エピソード82:異世界の裏。僕には重すぎたんだ
「ねえ?」
希は誰からも認められた美少女。入学の頃から全校生からのアプローチをことごとく粉砕してきた彼女の意思は頑なに強い。
その癖、幼い頃からの付き合いが影響しているからか分からないけど事ある毎に僕はちょっかいを受けるという不幸。
面白がってやってるのかは不明。ただ、僕が希に対する印象は美人で世話を焼いてくれる子。
中学1年から中学2年になろうとした頃。
何回か僕の母と鉢合わせした時に希はあろうことか「翔大は私にとって、なくてはならない人です」と冗談の修正が効かなくなる発言でたびたび僕を困らせた事があった。
あれは衝撃過ぎて固まっちゃったけ? その後に母さんが「あら、これは将来が本当に楽しみね! ふふふっ」とか後から完全に修復不可能な言葉を吐いてしまった。
が、しかし希はその発言に対して撤回はしない。寧ろ、それを望んでいる? らしい。
こんな内気な性格のどこを見て、そんな発言をしてくれるのだろうか?
「おーい」
「……うわぁ! 近い、近い!!」
「あははっ、凄い反応だね。もう一回やってあげようか?」
「いや……心臓に悪いから止めてください」
仄かに香る花の香り。髪の先までずっと美しく保つ長髪の黒と危うく吸い込まれそうになる魔性の瞳。
誰よりも超人に近い神宮希が誰よりも暗い僕とこうして関わり合っているのが、やっぱり不思議でならない。
彼女が望めば僕よりも素晴らしい友達と遊べて楽しい学校生活を送れている筈。
「翔大? 貴方、何に怯えているの?」
「な、何も怯えていないけど」
「真っ赤な嘘ね。嘘をついている時の翔大は一瞬テンパる……それが何よりの証拠よ」
神宮希に隠し事は出来ない。追求されたら最後殆んどの確率で逃れられない。
何故、こうも僕の弱点は希に調べ尽くされているのか? これじゃあ、これから先も嘘は意図的に吐けないじゃないか。
「希はなんで僕と一緒に居てくれたのかなって思ったんだ。成績も性格も全てが劣っていて小説だけを生き甲斐にしている奴と付き合うより、アクティブで心が広い子と付き合っていた方が君の為になるじゃないか……最近、そう思えてきたんだ」
「はぁ~。翔大が暗そうな顔をして悩んでいるから、何事かと思ったら……そんな下らない事に悩まされていたのね」
「いやいや! 結構重要じゃないか!!」
寧ろ、希の今後に関わってくるかもしれないんだよ!? それを下らないで一括するもんじゃないでしょ!
焦る僕とは対照的に希は冷静である。本当に……なんで、彼女はこうも魅力的なんだろう。
笑っている時の顔も、怒っている時の顔も、真剣になっている時の顔も、それらを引っくるめて全てが愛しい。
「貴方は自分で思っているよりも素直で心が清らか。それは自信を持って言えるし、私は何よりも翔大が大好きなの。具体的に言えばある日突然、世界の敵が翔大を狙う事態になれば権力を使ってでも全力阻止する。それ位には好き」
この好きって言葉はLike? それともLove? 踏み込もうと思ったけど、今の僕ではそこまでの度胸はない。
「でも、どうしても……この貴方と私を含む世界が退屈だと感じるのなら」
白く透き通った手が伸びる。それは一体何の意思表示なんだろうか?
「世界を作り替えて上げる。どうしようもなくつまらない、この止まった世界を……貴方の望む世界へと」
「この現実世界にオカルトとか超能力は存在しない。冗談は程々にしてくれ」
「強いて言うなら?」
あり得ないと一喝しているのに、まだ僕に問うのか?
「心の片隅では望んでいるのでしょ? 貴方がこうでありたいと描く世界を……ここに置き換えたい。そうよね?」
あんな物は逃げだ。けれど結局は頑張って書いた作品に対して読者が感想を書いてくれるのであれば、これ程嬉しい物はない。
でも、書いている内に僕の世界よりも素晴らしいと感じてしまう事はある。
妄想で描いた世界観が予想以上の出来で完成されようとしていたのも、羨ましいと思っていた時期が存在する。
「あぁ……出来るのであれば、そうして貰いたい。しかし現実はそう甘くはない。夢は夢で終わらせる方が一番楽しめるんだ」
僕の描く小説。あれは求めても、求めても決して手に入らない物。
小説内の世界は小説だけに留まっていれば良い。僕はこのありふれた世界に居るだけで充分だから。
「私は酷くつまらない世界で退屈している貴方に光を与えたいの。神に受け継がれし力がこの手に存在し続けている限り」
「また……それか」
「嘘だと思っているんでしょうけど、私は翔大に迫る危機を悉く回避させている」
そう言われたら、何かと希の助言で助かったと思った時がある。
例えば一日中晴れで希から朝の電話で必ず置き傘を持っていきなさいと言われた時。
この日、内心半信半疑で言われるがままに置き傘を鞄の中に入れて放課後まで授業を受けると希の言う通りの突然予想外の雨がからからに乾いたグラウンドを叩きつけた。
あれは本当にビックリしてしまった。
まさか、天気予報士でもない希がこうも変わると言い当ててしまうなんて。
「天気か。確かに……あれは今にしてみれば凄かったね」
「でしょ! まぁ、他にも色々とあったんだけど」
なら、希の発言は下手をしたら実現する可能性が充分にあるのか。
神宮希の言葉は本当に居心地が良かった。だからこそ、僕はぶれてしまったんだ。
あの発言が現在まで引き摺り回す羽目になろうとは。まだ、頭の浅い中学の僕では思慮が足りなかったんだ。
くそっ、こんなに大事になってきたのは一体誰のせいでなんだと怒ってやりたい!
「具体的にいつかは伝えられないけど、気長に待ってなさい……」
話半分に聞いていた。例え、希が僕を何度も助けてくれても……そんな非現実的な現象はまず起こせないと。
完全に舐めきっていたんだ。どうして、こうも気付くのが遅くなったのか。
とっくの前から気づいていた筈なのに気づいていないフリをしていたのも本当に愚かだと思う。
ミゾノグウジン。最初に聞いた時から、どこか聞き覚えがあるような気がしてたけど……文字を実際に紙に書いてみれば、こんなにもあっさりと判明する事なんだ。
それを僕はずっと放置していた。それは知りたくなかったからなのかあるいは見えていないようにしていたのか。
「これで……ラストだ」
現実世界から受け継いだリボルバー。病室の時に交番勤務の橋田から拳銃を発砲する際の細心の説明は一通り聞いている。
一歩間違えれば暴発もやむを得ない危険な代物。標準が外れたら、最後アルカディアによる痛い仕打ちが待っている。
そうなると、肝心の一発は決して外してはならない。この一撃で勝敗が左右される。
震えそうになる右手。左手を右手の拳の下部分へ持っていきながら対象をアルカディアへ。
この状態がずっと続いていた。僕とアルカディアは互いに見合っていた。
いつ、どちらが先に動くのかと。
「どうした? そのヘンテコな武器とやらで私を当てるが良い! もっとも……神と同等いや、それよりも超越した私に! 君の攻撃が届くとは思っていないんだけどねえ!」
現実世界から引き継いだリボルバー。これで、ミゾノグウジンに取り付かれた貴方を見事解放しましょう。
少し後ろに佇むマリーは見守るように。隣で血だらけにになっていたザットはその場で膝を付く。
アビスとアルカディアの連戦が身体の不調を引き起こしたせいなのかもしれない。
逆転の切り札がある今、君はゆっくりとしていると良い。
「届きますよ……必ずや、この銃弾が!」
撃鉄は引いた。僕が構える拳銃は引き金を引くだけで何発も発砲可能なダブルアクション。
弾丸の装填数が潰えない限り、このリボルバーは最強の兵器と化す。
「ふっ、愚かな……君のその余裕。最大限に築き上げた最強の障壁を潰せたのなら、認めてやろうじゃないか。」
魔力の塊を喰らう前よりも何倍にも敷いてきた幾重にも連なる障壁。
運命の一歩となる引き金を引いた。耳栓がないので、たった一発の発砲で耳が強烈な音として伝わる
そうして、リボルバーから放たれた一発の弾丸は10枚以上はあるかと思われる障壁をいとも簡単にガラスの要領で割っていきアルカディアの身体の真ん中部分に直撃。
大量に吐血している所を確認するに、今の一撃で相当喰らったようだ。
たったの一発で、しかもあれだけ不死身に近い状態になっていたアルカディアが一瞬にして終わった。
「ば、馬鹿な!? 神を越えし私の力が失われるなど!」
神秘的な鎧を纏った力は失われ、元の姿へと戻るアルカディアの表情に戦おうとする意思は感じられない。
あれだけ自信に満ち溢れていた彼にとっては今ある状況が絶望でしかないのだろう。
リボルバーから焦げ臭い匂いが充満している。この匂いが改めて拳銃を使ってしまったんだと痛感させられてしまう。
「君達は……愚かな道を歩んだ。世界の崩壊を招く破滅の選択を」
「そんな選択はさせません。僕達が生きている限りは」
「てめえの忠告なんざ蹴っ飛ばしてやらあ」
「……新世界なんて必要ありません。私達は今あるこの世界を大事に生き抜いてきます。だから、貴方はここで安らかに眠って下さい」
「くくくっ、そうか。私は君達人間にも創造神にも見捨てられたのか。なんと、無様な人生な…………んだ」
最後の最後まで彼アルカディアは創造神ミゾノグウジンを慕い続けた。
その元凶たる創造神が弄んだという事実を知らずに貴方は瞳を閉じる。
身体はピクリとも動かない。あれだけ騒がしかった戦闘は嵐が過ぎたかのような静寂を保つ。
ようやく、長い期間を経て平和を取り戻したんだ。
宗主の死去により宗教は崩壊をする。一部の者は何かしらの行動を起こすかもしれないけど、それはこの世界の秩序を守る治安団が対処してくれると信じたい。
「それじゃあ、戻るとするぜ。早い所道中で別れた団長と隊長を拾わねえとな」
城の持ち主が死んだ以上、城に長居は無用。この神秘的な空間もいつ崩壊してもおかしくないから急いで地上に戻らないと。
「帰ろう、私達の町に!!」
そろそろ、答え合わせをしないといけない。拳銃の一発で意識が戻りそうにもないアルカディアを置いていき、崩壊が始まろうとする城を大急ぎで降りていく中で僕の思考はぐるぐると回る。
今回の一連の最後で僕は完全に確信した。ただ、念には念を入れて予備を打っておこう。
「ははっ」
「……? どうかしたの?」
「いいや、何でも」
「そう」
異世界の裏はなんて残酷なんだ。僕には重すぎるよ……