エピソード81:さて、もう終わらせてあげましょう
現実世界からの帰還を経て、翌日。実に天気が良い日に僕は作戦を決行する運びとなった。
とは言え、準備はさほどしなくても良いので僕の場合はいつ異世界に飛び立つかそして覚悟が出来るかという二点が必要となる。
覚悟なら、幾らでも出来ているからこちらは問題にならないけど異世界に行くにはそれなりの時間を要してしまうなあ。
時々看護師さんが様子を見に来たり、両親も覗いたりするから実質残されている時間は案外ないけど櫻井はめげない。
寧ろ、やる気満々で攻め立てようとしていた。患者の僕に対して、これまた三人の男。
一人はお洒落な青色眼鏡をトレンドにする櫻井。二人は最初に僕に対して仏頂面で話し掛けてきた須藤。
そして最後の三人は……よく分からない人である。
「どうも、橋田という者です」
「こいつは宮田交番に勤務している若手でな。何度か捜査の時をしている時に付き合いが深くなった」
要するに知り合いって感じか。それにしたって、交番勤務なのに私服で大丈夫なのかな?
基本勤務中なら警官服の着用が義務付けられるのでは?
「今回話したあれ。誰にも漏らしていないだろうな?」
「あ、当たり前じゃないですか! あれを漏らしたら完全に僕も貴方もマスコミの餌食として食われますよ! それに……」
「警察組織の根本的な問題だよな。それはもう知っている」
「やっぱり止めましょうよ。幾ら須藤さんのお願いだからってこればっかりは無茶ですよ」
橋田は須藤の考えに納得を示していないようだ。昨日にあの兵器を毎度欠かさず常備している交番勤務のあいつから借りようと説得したんじゃなかったのか?
「無茶なのは知っている。だが、この子を命を万が一に失えば命と同時にこちらの未解決事件の切り口が掴めない。そうなると、守るというのは当然の答えになる」
「いや、しかし……」
「お前には以前借りていたツケがあったよな?」
声のトーンからして完全に脅し全開。それに対し、ヒットしたのか橋田は困ったのような顔付きをしている。
チャンスとみたかどんどん追い詰めていこうとする須藤。心が折れるのもそう時間は掛からなかった。
「はぁ~、バレたら首だけじゃ済まなくなる……」
「つべこべ言わずにとっと渡せ」
橋田は肩鞄から何かが入った布切れを取り出す。これを受け取れと言ってるのか? この布切れに関して何も語ってくれない。
ただ、受け取らずとも何となく形状があれっぽいのは分かった。
それは一歩間違えるだけで殺人兵器に早変わりする……あの。
「俺達がやっている事は完全に犯罪。見つかれば、即逮捕に繋がり指示を企てた俺と櫻井は間違いなく送検される」
「念には念を入れて、取り扱いは慎重にいこう。今回は橋田君からの説明を入念に聞いてから異世界に移動するまで、どうにか……ずっと手に構えておく状態にしておく」
上手くいけば、アルカディアの戦闘で拳銃をぶっぱなせる戦法か。
それで成功したら良いけど、条件はややシビアと言える。まずは看護師と医者からの定期検査。
これは朝と昼と夜の定まった時間で必ず執り行われるので、どうしようもなく避けられない。
幾ら布切れでコーティングしているとは言え、上手く隠せるかは保証出来ない。
「万が一医者とか一般人がこの部屋に来たら、その布切れを隠し通してくれ。枕の下でも何でも良いから」
そんな都合良く成功するのか。始まる前から不安しか感じなかったが、彼等のお膳立てを無駄に終わらせるのは失礼に当たる。
反撃のチャンスをくれたのなら、僕はもうこの手でアルカディアを殺るしかない。
悪いけど、これも僕が生きる為なんだ。
恨むのなら自分の行いを悔やめ。
「これから1日サイクルで僕らが見張る。もし……仮に君が異世界に移動したとして、朝も眠りこけていたらその布切れの正体を知られてしまう恐れがあるからねえ」
「要するに見張りをやる。まぁ、看護師の見張り時間はそこまで頻繁にやらないだろうから犯人の部屋を淡々と除くよりは遥かに楽だろう」
「早く行ける事を願っておいて下さい」
仮に行けたとしたら今度は自分の容態がどういう結末を迎えるのかが心配でならないけど。
まさか、病院でご臨終にはならないよね? それはさすがに怖すぎる。
「橋田。しばらくの間、お前にこれを渡しておく」
またしても同じような手提げ鞄から布切れが出てきた。これも、あれなのかな?
だとすれば……須藤はどうやって盗んできたのか?
その疑問はすぐに解決されてしまう。
「嘘っぱちのモデルだ。こいつで何とかやり過ごせ」
「そ、そんな!? いざって時にどうすれば良いんですか!?」
「最近お前、そこまで緊急案件に取り掛かった事ねえんだろ? だから俺はこうしてお前にこれを託してんだ」
「いやいや! これはバレたら冗談抜きで洒落になりませんって!」
「大声を立てるな。こんな病院内で万が一にでも聞かれたらどうするつもりだ? もう少し冷静になれ」
もはや須藤のペースに無理矢理丸め込まされている橋田を見ると何とも悲壮感が漂っていた。
数十分の説得が続き、嫌々ながらも頼み事はこれっきりですよと止むなしに受け取る橋田は僕を軽く睨み付けてから退出。
何故か恨みの矛先が僕に向かっているのが気に食わない。僕が彼に対して喧嘩を売るような覚えはないというのに。
「さてと。本日から言い出しっぺの僕が当番だ。基本はステルスしてるから宜しく」
櫻井は早速個室の病室の棚の中を拝借。あそこでずっと待機していたら、かなりの疲労が伴うのだろうなあと思いつつも……僕はようやく傍に置いてあるスマホを手に取った。
「じゃあ俺達は一旦帰るとするか。それじゃあ長い時間お邪魔しました」
各自役割に入り始めた。僕は最初に言われた通り、ゴツゴツとした物を覆い被さるようにカモフラージュしている布切れを枕の下に隠す。
これで一度でも疑われたら、かなりの高確率で知られてしまうけど……どうにか守り通すしかないか。
「……そう言えば、元気にしているかな?」
と言っても、すでに僕は看護師と医者から警戒されているのかもしれない。
いくらお見舞いだからと言って、三人も赤の他人が来るのはやっぱり怪しいと思われているのかも。
まぁ、僕の身体は骨以外まともなので全然来てもらってもウェルカムなんだけど。
だからこそ、今度は気の休む友達とラインを交える。幼い頃から長い付き合いをしている影野明の返事は速攻で来てくれた。
「さてと」
電話を使って、本題に切り込む事に決めた。今まで長らく目を背けてきた。
しかし、万が一……僕の見立てが正しければアルカディアを撃破する以上に覚悟は相当に決めなければならない。
「おや? 誰かに連絡を入れるのかい?」
沢山の患者さんが居る部屋は基本スマホの通話は使用不可能。けれど、個室ならそれは別なのでありがたく使わせて貰おう。
「はい、ちょっと連絡を入れます」
異世界に行って、これまで体験した出来事はまるで僕が中途半端に終わらせた小説とどことなく似ている。
確証なんてどこにもありはしないけど……もう見て見ぬふりをしてはいけない。
恐らく、このまま異世界と現実世界を行き来すれば次第に異世界のショウタ・カンナヅキの方へ流される。
最終的に破滅するのは現実世界の僕。下手をすれば帰還は永遠と叶わなくなるだろう。
だから、僕はこれから……僕なりの考えを彼に伝える。
「ごめんね? もしかして今は忙しいかな?」
『いや……でも、まさか急に電話で掛けてくるとは思わなかったぜ』
「異世界を仕掛けた犯人。いつも見ないようにしていたけど……僕にもう分かってきたような気がしてね」
『だから電話か?』
「会う前に告げておきたかったんだ」
櫻井は今もベットの隅っこで待機している。でも、さらけ出しても特に問題ない。
ここからは僕の考えをさらけ出す時間だ。時刻としては昼休憩が終わりそうな瀬戸際で、こんな長話をしているんじゃねえと言われてもおかしくなかった。
けれど、明は文句を言わずにただただ頷いた。僕の話が終わった時には半笑いが返ってきた。
『ははっ、そうか。やっぱ……あいつが仕組んだ事なのかねえ』
「どう思う?」
『証拠がないから確実とは言えないが、まぁ……翔大が異世界に頻繁に移動する能力を手に入れてから怪しい点は何個か存在していたからなあ。俺は翔大の考えに賛同する』
聞いて貰ったからと言ってどうにかならないのは分かっていた。
ただ、唯一気楽に付き合える明と話せただけで肩の荷は一気に下りた気がしてきた。
「ありがとう。気持ちが楽になったよ」
『気にするなよ。それよりも、本当に覚悟は出来てるのか?』
「えっ、何の?」
『真実を受け止める覚悟って奴だ』
この電話をした時から既に覚悟は決めていたさ。例え、僕の考えが的中したとしても……止める他はない!
「無論だね」
『へっ、だったら行ってこいよ! 翔大が求めようとする答えを掴んでこい!!』
まだ二日しか経っていないから、いつもより腕の筋肉に痛みが走ってきた。
これでも結構堪えてくれた方である……よし、明との通話も終わった事だし、やれるだけやってみようかな。
「今から……行ってきます。上手くいく保証はありませんが」
「えっ? ま、まさか自分の意思で向かう気なの?」
意思で飛んだ事は今まで一度も体感していない。けれど、こんな所でボサッと無駄に時間が過ぎ去るのを待つ訳にはいかない。
櫻井と須藤が用意した策を早い所……異世界で使わないと!
「頼む。異世界に飛んでくれ!」
個室の病院内で独り言。恥じらいを捨てて、向こうの世界へ辿り着く事を何分願ったか。
窓の彼方に広がる晴れ空を自分からシャットダウンして視界を目で永遠に遮る。
通常なら実行不可能。どこか遠い場所に存在するかもしれないあの地へ。
願え、飛べ、行け! 頭から伝わるぴきりとした痛み。徐々に収まり出した頃に開いた視界は……僕の願うあの世界。
「立てるか!?」
全身の痛みが一気に伝わってきた。本当なら凄く辛いけど、まだ僕にはやるべき事がある!
《現実》→→→→→《異世界》
右手には現実世界で持ってきた布切れがこちらの異世界へ見事に移ってきた。
スマホは通話を終了した後にズボンに入れておいた。服装は患者服のズボンから黒のズボンに変わってはいるけど……大丈夫、確かな感触はある。
「まだ、倒れるつもりはないと? なら……これで本当の終わりにしてやろう。聖なる裁きに感謝すると良い!」
「もう止めて! ショウタもその彼も、もうボロボロ! これ以上はさせない!」
前に出ようとするマリーを制止させた。僕の行為に対して、思わずビックリしているようだった。
アルカディアは上から僕を見下ろすように眺める。それに対して僕は見上げる。
「ほう……まずは君から死にたいようだね」
「先に逝くのは貴方です」
自分から見て左手に存在した蒼剣を下に落とす。
それから、恐る恐るではなく豪快に布切れを放り投げる。布切れが飛んだ後に窺える奇妙な武器。
「な、何だそれは?」
ザットは見た事がないのか、武器に対して疑問を浮かべる。
「け、拳銃!?」
マリーは……そういう反応でくるんだね。
「君に勝ち目はないよ!」
照準はアルカディアへ。息を殺して、狙い撃つ。
「それは……果たしてどうでしょうか?」
照準はしっかりと捉えた! これで一か八かの盛大な賭けに出る!
「君達は滅びるが定め! 私の新世界を築く為の生け贄となるが良い!」
いいえ……今回はそうはならないんです。この兵器が手元にある限りね!