エピソード80:神を越えようとする最悪の手段を考案したようです
「ふーん、それで最後は悪い幕切れを残してこの世界に戻ってきた」
「翔大君の話をひとまとめにしてみるとそうなるねえ」
須藤は聞いてる間、ずっと黙り込んでいた。もはや口を挟むような気力もないのだろう。
顔色がやっぱり疲れている。入室してからずっとこんな感じが抜けていない。
「結局……あれか。こっちの方で起きた未解決事件の謎は解けていねえのか?」
「まぁ、解決はしていない。けれど……それよりもまずは彼のピンチを切り抜ける手伝いをすべきだ。この調子でもし、あっちの異世界に戻っても数秒で片付けられるのは時間の問題となりつつあるからねえ」
「おいおい。また戻るつもりか? そんな事を繰り返していたら……今度は神無月君が本当に死んでしまうかもしれないんだぞ!」
「だからと言って、止まれないでしょ。神無月翔大君の意思とは無関係に異世界に飛んだり、元居るこちらの現実世界に行ったり来たりをするのはもはや現象だ。移動する構造を本人が掴まない限り、到底続く。だからこそ僕達がやるべき使命は」
協力を惜しまない。それが櫻井が毎回毎回前触れもなく移動してしまう僕を見て導き出した解答。
須藤はやれやれとした態度を堂々と丸出しでしていたが、何かしら決心がついたのだろうか?
表情がいつにもまして真剣な眼差しになっていた。
「俺達で協力出来る範囲か。なら、具体的な事を言ってくれ。そうでないとアドバイスも出来ない」
「おっ、乗っかってくれたねえ。それでこそ私の信頼する唯一の友達だ」
眼鏡を光らせる櫻井。須藤は嫌々そうにしていながらも協力すると言ってからは聞く体勢が段々と前のめりになりつつあった。
櫻井は僕からの話を洗いざらい伝えてから、須藤に対し本筋を切り込む。
内容はずばり戦闘しても全く埒が明きそうにないアルカディアの撃破。
どんな攻撃を仕掛ければ、彼は静まるのか。あれから何時間経っても僕の頭の中では解答が思うように導かれなかった。
だからここは心理カウンセラー兼オカルトを密かに研究している櫻井と現捜査警察の須藤に何か策を提示して欲しかったのだけれど……やっぱり思い浮かんではこないのか。
予想以上に険しい表情を浮かべていた。特に考え込んでいる須藤の顔付きは実に近付いただけでメンチを切られそうな風格になりつつあった。
「ほぼ無敵の敵に攻撃なんかやっても、効かないのでは普通サレンダーしかなくねえか?」
「諦めたら試合終了じゃないか。君がそれだと、相手のアルカディアは自分の望む世界を承認する事になるんだよ……その事は深く理解しているかい?」
「問答無用のゲームオーバーか。仮にそうなったとしたら眠っている神無月君は最終的にどうなるんだ?」
「それは実際に体験してみないと何とも言えない。しかし異世界の翔大君が命を落とせば、こっちの現実で眠りについている翔君の命が無事に済むかどうかは想像も付かなくなる。となれば、僕達で出来るだけサポートをしてあげるべきだろう。未解決事件の謎を紐解く為にも」
最大の目玉はやはりアルカディア。あの人さえ倒せば、こっちの現実世界で起きてしまった事件を究明出来るというのが貴方達の考えか。
それが僕にとっては酷く怖い。何だか後戻りが出来なくなるのではと感じてしまう。
まぁ、オウジャ・デッキが最終的に何者かに殺された後の展開から急にドタバタとしていた。
それから何か不気味だなと感じていた事はあったんだ。
「神無月君。君に一つ質問したい事があるんだが」
僕に対してべったり気味だったアン王女が何者に殺された事も同様に。
もし……あの衝撃的な出来事がオウジャ・デッキを殺した人物と同一人物ならば。
犯人は異世界で密かに潜んでいる。どこに居るですか……貴方は?
「おーい、話を聞いているのか?」
「あっ。すみません、少し考え事をしていました」
「そうかい」
「少し休憩を挟もうか? 長々と喋っていては身体も疲労するだろうからね」
いや、ここは解決するまでは終われない。僕は休憩をしようと促してくれる櫻井の心遣いを敢えて断ってから、話を再開した。
「あらゆる攻撃を受け付けないと櫻井からそう聞いた。この言葉は誰が主張したんだ?」
勿論アルカディアだ。あの人が膨大な魔力をその身に宿し、未知なる身体に変貌してからは攻撃が全くと言って良いほどに歯が立たなくなってしまった。
ザットからはお前の武器で色々と試してみろと言われたが、あの言葉を言われた手前全力でやった所で無駄に終わるのは目に見えた。
何も実行しないというのは臆病でもあるが、一回直接真っ二つに切り裂いたにも関わらず五体満足で復活したんだ。
それが僕にとって恐怖を頭の中に産みつけた。
「アルカディアです」
「なら……そいつが言った言葉を今一度くまなく教えてくれ。あらゆる攻撃という発言がどの範囲まで指すのか。個人的にここが頭の中で引っ掛かるんだ」
えぇっと。確か……うーん、あれだけ激しい戦闘を繰り返すと会話の内容なんか朧気になるのに。
須藤は無茶なお願いを平然としてくれる。言葉を思い返して拾うのにどれだけ頭を張り巡らさなきゃいけないのか分かっていないのかな?
「翔大君。そう言えば喉は渇いていないかい?」
アルカディアとの会話を振り返っている僕に気遣いをする櫻井。
当然ながら喉はカラカラに渇ききっていた。だからその問いに首を縦を下に。
櫻井は僕の答えに、すぐさま財布を取り出し小銭を取り出すとそれを須藤に。
渋々受け取る須藤は意味を理解したのか椅子から立ち上がった。
「健、自販機で水を」
「はぁ……分かったよ。代わりに買いに行けば良いんだろ」
頭を掻きながらも病室を後にした須藤。僕はその間に会話をどうにか捻り出す。
あぁ、今にして思うとアルカディアとの会話はそんなにしてない筈なのに会話のあれこれを忘れている。
こっちの世界でまさかのアクシデントが起きたせいかもしれない。
急に病室で寝たきりで1週間後に目覚めてしまうなんて、幾ら何でも衝撃的過ぎる!
良くも悪くも、この出来事がショッキングを招いてしまったんだ。
「少し寝たらどうだ?」
「えっ、でも」
疲れの色が見えているのかどうかは定かではない。ただ、いつも陽気な櫻井は今日は異様に優しさを見せる。
うん、何か企んでとると妙に考えてしまう。さすがに櫻井に疑心暗鬼になりすぎだろ。
「やれやれ。こっちの方に戻ったら戻ったで君は全然年相応の表情をしないね」
どういう意味で言っているんだろうか? その答えは櫻井が予め病室に入室した際に適当な場所に置いていた鞄の中の手鏡が疑問を導く。
頬はやつれ、全体的に顔色が優れていない。これが神無月翔大なのかと疑問を浮かべる程に。
「外に出られたら……なお良かったんだけどね。君の身体では外出許可は100%受理されないだろう」
櫻井が窓を開けると気持ちよく風が頬に当たる。凄く清々しい気分になれた。
「お互い10分間休憩しよう。その方が脳もすっきり! とはならないかもしれないが、ないよりはマシだろう」
櫻井はすぐに扉を開けて退出した。一人きりになったのは異世界を含めると実に久し振りだ。
この居心地は本当に素晴らしい物だ。それでいて心が晴れる。淀んだ心がスッとクリアになる感覚が僕の精神を和らげる。
「寝ようかな……あと少しだけど」
風に揺られながら眠る数分は気分が喉かになった。このまま、またあっちの方に戻るのではないかと多少なりとも思わなくても良いのに思ってしまった。
が、それは杞憂に過ぎ去った。結果としては櫻井達に起こして貰ったから。
もう何分間か眠りこけていた。少ない時間で我ながらよく眠れた方だと思う。
「おはよう。それじゃあ、目覚めた早々に悪いけど質問の解党を再開だ。用意は良いね?」
頭の中のモヤモヤもたった少しの睡眠で良くなった気がした。僕は今一度須藤が聞いてきた内容について吟味する。
アルカディアと交わした、あのあらゆる攻撃をも受け付けないという会話と類似した内容。
あっちの異世界の僕が繰り出した会話は……確か。
「この世界にある魔法・武器それらが全て無力化される私に対してどんな攻撃も皆無って言ってたような」
そうなるとアルカディアに対する攻撃の手段はあちらの世界ではないと示しているのか? どれだけ圧倒的な物量や超強力な魔法で沈めてもなお簡単に復活を遂げるのだろう。
とんでもなく末恐ろしい怪物に仕上がっているではないか。出来れば地上で捕まっている女性達を早く解放して欲しかった。
上手くいけば、アルカディア諸とも計画を丸々潰せていたのに……と愚痴った所でどうしようもないか。
ん? それにしても、さっきからずっと考え込んでいるな。この二人は。
僕の解答で何か導き出せると良いけど。果たして上手くいくのやら。
「異世界の武器は基本的に言えば、剣とか斧とか弓とか……そんな感じかな?」
「はい、多分そんな感じだと思います。あっちの方で何件か武器ショップを見ていたので」
特段変な武器は見当たらなかったと思う。あちらの異世界ではよくあるスタンダートな武器が売り出されていたし。
しかし、これで何かを閃いたのだろうか。二人はほぼ同じタイミングで顔を合わせた。
「私の言おうとしている言葉……勘の鋭い君なら分かるんじゃないかな?」
「ふっ、奇遇だな。それは俺も薄々感じていたぜ」
「なら! それを実行しようじゃないか! こっちの世界ではあの技も通用するようだからね。試す価値は充分にある」
「いや、お前が思う以上にバレたら俺の立場が完全に危うくなる。それこそ、解雇では済まされない位にやばい」
危険な作戦を仕掛けるのか。櫻井の口から具体的な言葉がないけど、須藤の焦りようがそれらを推測させる。
「一か八かの賭けに出て、成功しない限り……君の追う難読事件は永遠に解決されない。それに神無月翔大君の命もどうなるか保証されない。それでも構わないと言うのなら、私は目を瞑ろーー」
「待て待て! 分かった、分かった! 分かったから一旦落ち着いてくれ」
櫻井を黙らせて、とにかく唸る須藤。この提案に乗っかるか乗っからないか慎重に考えているのだろうけど……具体的な作戦は彼等にしか把握していないだろうから、僕は一切蚊帳の外。
焦らされるのはあんまり得意じゃないから、早く教えて欲しい所。
「あの……」
「ちいっ、やるしかねえか。完全にギャンブルの賭けだな、こりゃあ」
「それで大いに結構。早速だけど、僕達の考えを彼に内密に伝えてくれ。ここでもし一般人に聞かれたりでもしたら、まずいと思うし」
一体何を考えているのやら。ただただ疑問符しか湧かない僕に須藤が接近してくる。
何だ、何だ!? 今度は近付いてきたんですけど!? 僕にそんな趣味はありませんよ!!
「……はぁ。良いから大人しく耳を貸せ」
「えっ? あぁ、はい」
声が元々低いせいで近付かれたら完全にそこらのヤンキー顔負けの強面だった。
内心須藤に脅されながらも黙って耳を差し出す僕。須藤はそこでようやく語る。
にわかには信じられないような言葉を叩き付けて。
「本気ですか? それを僕が……やるんですか?」
「現実世界で一部の服装と持ち物が引き継がれるのであれば、それを利用する他ないと櫻井は言った。俺も確かに最初はやりたくはなかったが……目の前の君を見捨てる程、警察は腐っちゃいない」
「じゃあ、アルカディアに一泡吹かせる作戦は」
「明日に決行出来ると良いな。全ては交番勤務に所属するあいつの返答次第によるかもだが」
「早めにケリを付けさせよう。いついかなる時にあっちに戻るか分かった物ではないからね」
「分かっているさ、そんな事は」
その平気で僕は人を殺めるのか? でも、この兵器ならあの無茶な状況から切り抜けられるのかもしれない。
よし、全てはあの兵器に勝利を祈ろう。
一歩使用を間違えれば、平気で人を殺しかねない日本の警察が誇る。かの兵器に。