エピソード79:僕らの挑戦はそれでも続こうとしていた
「はい、それじゃあ先生の目を見て下さい」
僕か起きた頃、様々な検査が始まった。主に血液を搾り取られるのは苦痛でしかなかったけど、その他の検査はあっという間に過ぎ去る。
しかし、大きな問題がここに提示されてしまった。
「脳の方も改めて調べてみたけど、異常なし。ただ……翔大さんの筋力はお父様お母様が思っている程芳しくはありません」
「いつぐらいになったらまともに歩けるのでしょうか?」
高校生にもなって車椅子に乗るなんて生まれてこの方初めての経験をしている。
別に乗れても嬉しくても何ともないし、感情としてはかなり複雑。
後から大急ぎでこっちに合流してきた母さんも僕が目覚めた事に涙を流していた。
いつもは気楽な性格をしているのにだ。
今回検査を行った主治医も深刻そうな表情を浮かべている。しかも、ここから数分間何も語ってくれないというよりかは項垂れているのか?
部屋もどちらと言うと質素な数人用の会議室みたいな部屋で正直狭い。
どうにか無理くりして車椅子に乗っている身としてはこの体勢が結構きついから早く終わらせて欲しい。
「個人差もありますが短くても1ヶ月。翔大さんの健康状態が良ければ早々にリハビリを行いますが。経過観察になるので、時として1ヶ月から延長する場合もありますので……それは覚悟しておいて下さい」
僕に向けて言っているようだった。異世界と現実世界の移動で1ヶ月というリスクを背負わされてしまったか。
いつもは何事もないかのように普段通りの生活を送っていたけれど……それはもうおしまいだな。
「分かりました」
まだ父さんにも母さんにも警察の須藤と心理カウンセラー兼オカルト調査が趣味の櫻井について付き合いがあるとは一言も言っていないけど、多分この感じだともうバレているのかもしれない。
恐らく最初に事の発端が起きた場所は櫻井の事務所。そこで倒れて緊急搬送されたのであれば家族に連絡を入れるのはやむを得なかった筈だ。
「先生。翔大は何の病気を患っているのか分からないのですか?」
「あの手この手で尽くしてはいるのですが……何とも言えないというのが現状です。脳にも腫瘍は見つからない上に臓器の異常も全く見受けられない。人体は間違いなく健康その物です」
「いやいや、翔大は1週間も眠っていたんですよ? どう考えても異常でしょ。もっと、調べて下さい。お金なら幾らでも出しますので」
「そうは言っても、翔大さんに異常はないんです。逆にどうして人体は健康だと言うのに1週間も寝たきりになるのか? 高齢になれば、その可能性も充分にあり得ますがまだ高校生の時期は殆どの確率で起きない。何故こういう現象に至ったのかは私が知りたい位です」
医者すらも曖昧な回答に対し父さんも母さんもやや首を傾げているように見えた。
いきなり1週間の寝たきりを経て、どこにも異常が見つからず病気も隠れているなんて正直どうなっているんだと傾げたくもなるだろう。
父さんと母さんには僕が異世界と現実世界を行き来していて、もしかしたらそれが原因となってしまい寝たきりの人生を送ったのではと説明をしようと考えた。
けど、こんな現実味のない話が到底信じられると思えないような気がする。
「やあ……具合は良い方かな?」
「櫻井さん」
「このまま目覚めないのかとひやひやしていたよ。結果的に起きてくれて安心したから良かったけどさ」
病室にいる患者は僕だけ。つまりここは病院の中では値段が高い個室になっている。
誰が払ってくれているのだろう? まさか、父さんか。いや、払うには結構厳しいと思うけど。
「この部屋は誰が払ってくれているんですか?」
「あぁ、それは基本私が賄っている。個室の方が色々と話せるからね……他の患者さんが居ると時間も考慮しなくちゃいけないから逆にそっちの方が都合が良いのさ」
「父さんも母さんもそれで納得したんですか?」
「個室の入院費と諸々は全部僕が立て替えているから、口には出してこないよ。ただ、問題があるとしたら」
言おうとしている言葉が何となく分かる。今回の一件で須藤と櫻井が何故僕なんかと関わっているのかと言う事。
これをしっかり説明した所で理解できる筈もない。ましてや上司の命令に背き、結果的に警察手帳を取り上げられた須藤は一応警察。
職務の都合上、話も余計に大きくなるのは避けられない。
「須藤さんは大丈夫ですよね?」
「どうだろうね。君は捜査の一件で協力してくれているとはいえ両親には一言も話していなかったようだから、話し合いは必然的に長引くだろうねえ。早い所で決着を付けてくれないと、健の頭も剥げるんじゃないかな」
両親に隠していた事が今となっては大事になりつつあった。こうなるのであれば、信じてもらえなくとも僕の口から一から十まで説明すべきだった。
もう馬鹿にされても良かったんだ。それなら須藤にも迷惑を掛けずに済んだのかもしれないのに。
「何の前ぶりもなく急に倒れたんですか? 僕は」
「うん。こっちの方では君の2回目の睡眠からすぐさま目覚めが来なかったので、この時点で怪しいとは睨んでいた。けれど……それが1時間はたまた数時間経っても全く起きようとする兆候が見られなかった。だから、最悪の事態も想定して外側から起こしてみようとアクションを仕掛けた。しかし、結果としては失敗に終わった」
だから櫻井の判断に基づいて、僕神無月翔大は病院へと運び込まれた。
当初の医者はあまりにもぐっすり眠っていた僕に対して馬鹿馬鹿しいと思っていたらしく、一旦様子見の形で置いていたようだけど一日経っても丸々起きない事に違和感。
だが、僕の身体には何ら異常がないことから手術は断念せざるを得なかったらしい。
「君の症状は医療業界にはどれも当てはまらない物。正直に言って、翔大君の病名はこの世にない……という事になるね」
「そんな」
「さて私からの話はこれくらいにして……君の異世界で何があったか、具体的に聞かせて貰おうかな? 勿論、体調が良ければになるけど」
「体調については問題ないです。それよりも身体の方が……ちょっとあれですが」
長らくの間休む暇もなく激しい戦闘を繰り広げていたお陰のせいか、この喉かな状況がいまいち馴れてない。
異世界ではミゾノグウジン教の宗主からの決戦を受け入れ、突撃するは僕とイクモ団長という治安団を取りまとめる組織。
それに続いて、前までゴタゴタがあって不安定な精神に置かされていた僕を救ってくれたスクラッシュ王国出身のエレイナ将軍。
様々な方からの力をお借りして遥か天空に佇む本拠地に僕達は喧嘩を売ったのだ。
「アルカディアだったか。彼を打倒する戦いがようやく火蓋を切って訪れたんだね」
「えぇ、まあ。その前に色々とトラブルもあったのですが、早い話そういう事になります」
だからこそ相手も一切の手加減はなかった。入り口付近で出会い頭に圧倒する巨漢はイクモ団長達に。
そして紫の短髪と同色を兼ね備えた片目の青年はライアン隊長に委ねられ、先に上に向かっていこうとした僕とサイガに、これまで何度か因縁のあったアビスが行く手を遮る。
激しい戦闘の中で治安団の団員もその他の兵士もほぼ全滅したものの、僕達は気合いではね除ける事に成功を収める。
アビスは最終的には底が見えない高い場所から自ら身を投げ出したお陰で生死は不明のまま。
決着が付いた後、歩みを止める事なくアルカディアが待つ部屋を目指す。
その頃にはメンバーは僕とザットしか居なかったけど歩みは決して止めない。
この道は彼等が繋げてようやく出来た道なのだから。
「犠牲もやむ無し。君は相当の修羅場を経験したんだね」
「状況はかなり最悪でした。最初本拠地に突入する際はアルカディアが仕掛けた罠を解除する為の地上部隊と、当の本人が潜んでいるアルカディアを打倒する部隊をすぐさま作成。僕は後者の方を選びましたが、部隊はそれなりに用意されてはいたのです」
「なのに全滅。敵はよっぽど宗主を守りたかったようだね」
「アルカディアはミゾノグウジン教の最高責任者です。信者から慕われるのは当然と言えるでしょう」
二人だけで迎えた決戦はかなりシビアな物だった。剣が銃・二本の剣・薙刀の計四形態になる新たな力を入手しようとも、会った頃から上級魔術を容易く扱うアルカディア相手ではやはり二体一でも苦戦を強いられていた。
けど、ここまで来た道を無駄には出来ない。
僕達は時に血を流し傷付いても這い上がった。
「以前戦っていた傲慢王との感触と比べてどうだった?」
「はっきり言うと、強いです。ただ強さで言うと同等かもしれません」
あいつにも野望があって、僕に絶望を陥れてきた彼にも野望がある。
強さは殆ど一緒だったけど……剣も進化した僕なら良い所まで持ち込めたかもしれない。
とは言え、それはもう過ぎ去った過去。今更掘り返してもどうしようもない。
「それで話の続きなんですが」
前半はアルカディアの魔術に押され気味になった僕とザット。ほぼ敗北するのは時間の問題となっていた。
それでも……その圧倒的な劣勢を覆したのは、僕が目覚めた最初の地で出会った彼女の声があったから。
「アルカディアの優勢を押し退けたはやはりマリー・トワイライトにあったと。へぇ~、やっぱり女の子の声援に燃えちゃった感じか」
表情がにたにたしている。こんな真剣な話をしている時に、櫻井は話をそらしてくる。
なんと言えば良いのか……取り敢えず気が抜けているって言った方が良い感じ?
「ん? でも、結果としては勝利に収めたんだよね?」
「勝ったには勝ったんですが……」
最後の最後にアルカディアは最終手段を自ら投じた。本来なら地上に居るであろう女性達の僅かな魔力とマリーの中にある膨大な魔力を用いてミゾノグウジンの魂を作り上げようとしたのだろう。
決戦の舞台の奥に鳴りを潜めていたミゾノグウジンと思われる銅像がそれを物語っている。
「あぁ……何か余計に強くなってしまって、手が付けられなくなったパターン?」
「そんな感じです」
「それでこっちの世界に戻ってきたのかぁ。太刀打ち出来なくなったアルカディアにぼこぼこにやられて、はたまた寝たきりになっている事も知らず戻ってきたのか。中々可哀想な道を歩んでいるねえ」
次にあっちに向かったら、僕の身体は今度こそどうなってしまうのだろう。
後、あらゆる攻撃を寄せ付けようとしないアルカディアの対策についても見出だせていない。
このままノコノコ戻っても、確実に殺されるのは目に見えている。
かと言って……ここで逆転の策は思い浮かばない。くっ、思っていた以上に詰んでいるじゃないか!
「あっちにの世界に居るアルカディアは今や神を越えた存在。僕達の魔法や武器も全てが通用しない。となると、その打開策が欲しい所ですが」
ふと話し合いに夢中になっていたら、ノックの音が聞こえてきたと同時に。
「須藤だ。入っても構わないか?」
「どうぞ」
僕の両親との話し合いは済んだらしい。やけに疲れきっているお陰か中年よりも更に歳を隔ててしまった感じである。
「お疲れ。早速だけど君にもアルカディアを打倒する方法を考えて欲しい」
「はあ? 第一声からアルカディアを倒す方法って何を言い出しているんだ、お前は」
「翔大君がいついかなる状況で異世界に戻っても、困らないようにする。そうしないと最悪の場合、死ぬ可能性だって考えられる」
「いきなり話のスケールがでかすぎだろ。まずは、お前と神無月君の間に何があったかを先に聞かせろ」
扉を開けた途端に話をひとまとめにしようとするから須藤は付いてこれないのだろう。
個室の病室の片隅にもたれ掛かったパイプ椅子を取り出し、櫻井から情報を取ろうと着席。
座った所で僕から話を聞き出した櫻井の顔つきは……どちらかと言うと諦めのない表情を浮かべていた。