エピソード7:求めるは真理
大きな宮殿。その内装はとてつもない金色でひしめき合い、雇われの者達は鍛えられた肉体を持ってして頑丈な警備を勤める。
一般人が安易に近寄れない宮殿。宮殿に近付く前に置かれた蛇の台座をチラリと横目で見ながら扉の先にある玄関へ。
国王に従える者達は怪しげな瞳を差し向けた。
「国王に呼ばれたからと言い気になるな」
「私は自分が為すべき事を勤めるだけだ。お前達に一切興味はない。無論、国王を含めてな」
「貴様……」
男の言葉に痺れを切らした者が指を鳴らして部下を召集。たちまち囲まれた男に誰一人とて味方は存在しない。
そこにあるのは敵意を剥き出しに己が得意とした武器だけ。逃げられる猶予は与えない。
最早戦闘は避けられない結末。国王には来るように呼ばれただけであった彼もこれには苦悩を浮かべざるを得ない。
「二つの国を牽制しあうオウジャが私の言葉で刃をちらつかせるとは。随分と喧嘩早い国だな」
「この。あんまり図に乗るな!!」
男は豪快に斧を振り下ろす。その一瞬の隙を図り、後ろに回った彼は袖に隠していた鋭利な腕型のナイフで男の首を跳ね飛ばす。
ごろごろと転がる物体がある所で落ち着いた瞬間に乱闘の火蓋は本格的に切られた。
「許さん。貴様を殺してアーズの仇を取る」
「紛れもない正当防衛だ。私が恨まれる筋合いはない」
10対1。数だけ見れば明らかに1である彼に負けの軍配が上がる。しかし技量の点において結果は逆転する。
国王を守る側近。男達は怒りを露に武器を乱暴に振り上げるが一方で彼は冷徹に対処。
降り掛かる武器を弾き返し、適度な場面で切り裂く彼。時間が経てば経つほどに彼に優位性が立つ。
気が付けば周辺に居る者達は地面に倒れ伏せていた。残りの者は複数人。
増援を呼び寄せてしまえばまだ戦えるがどう足掻いても勝ち目が見えない。
そう未だに彼は傷跡を残さず、五体満足な身体で立っているのだから。
「どうした、これで喧嘩はおしまいか?」
「うっ!」
「安心しろ、最初の男以外は全て峰打ちで済ませている。これ以上この宮殿を血祭りにすれば国王に何と言われるか分かった物では無いからな」
「待て!」
「案ずるな、私は王に呼ばれて謁見するだけだ。それ以上の行動は起こさない。お前達が余計な手間を回さない限り」
沈黙と化した宮殿。武器を引っ込めた彼は王の間にある階段へと足を伸ばす。
そこに取り残された者達は彼の恐るべき背中にただただ恐怖を感じた。
「奴は何者だ」
王の間に繋がる扉を両手で広げて入室。更にその先に広がる廊下に王様は居座っている。
「すまなかったな。玄関を担当させている者達は血が若いのだ。ここは俺様の顔に免じて許してくれ」
「勿体無き御言葉。失礼ながら頂戴致します」
王を守る最側近の顔は明らかな敵意。
しかし彼は動じない。
その雰囲気を僅かながらに汲み取った王は最側近を下がらせる。
最初は断固お断りしていた者達も王の覇気に渋々部屋を後にしていく。
密室空間に取り残された者は王と彼。彼は最側近が居なくなるのを見計らうとすぐに口調を砕いた。
「オウジャ、お前は爪が甘いな。私はもう少しで死ぬ所だった。戦力よりも部下のマナーを鍛え直した方が良い」
「それは難しい相談だな。俺様は世界の全てを掌握するのに忙しいんだ。その為にお前をわざわざ飼い慣らしているんだから感謝してくれよ……なぁ、アビス」
「私は為すべき事に準じて、この身を置いているに過ぎない。お前に価値が無くなった時は容赦なく切り捨てる。それを忘れるな」
「ほう、王に対して凄い言い分だな。それじゃあそれなりの期待をさせて貰おうじゃないか。口先だけ偉そうにされても分からんからな」
20代前半の若き王として君臨したオウジャ。予め手に持っていた巻物のような物を広げると印を示した地点に指を指す。
そこはゲネシスの領土内に置ける観光地。
示した場所にDEAD。すなわちその文字が意味する事は。
「お前にはモンスターを従える裏技があるんだろう? それを使って、この地点を落としてこい」
「戦争を始めるか。それをやったが最後、後戻りは出来ないぞ」
「俺様が目指すは全世界征服。綺麗な女は全員俺のペットにして弱者の野郎は強者に敷かれる実力社会を作り出す。その為にも平穏主義を貫いている二つの国が邪魔なんだ。あいつらが居るから血がたぎらない。そう、たぎらせるにはもっと血が必要だ! だからこそ、俺様は奴等に宣戦布告を開始する! 最早覚悟など王に君臨した時から決まっている!」
「ならばお前達で締めた方が早い。私がこそこそ動くよりもな」
「いいからやれ。金をたんまりと払っている以上俺の命令には従って貰うぞ」
「拒否権は無しか」
「お前は俺様に見出だされた数少ない優秀な駒として召喚しているだけに過ぎない。本当なら感謝して当然の扱いをされているんだぞ」
「私は貴方の兵士ではない。よって、好きに決めるのは私の自由だ」
「ほう。だとしてもやって貰うぞ……これで色々と動けるからな」
「資源の消滅を狙っているのか」
「あの観光地は綺麗な水を生み出す装置があると俺の国を含めて知れ渡っている。と言う事でお前がその地点を沈めてしまえば……ゲネシスが貴重にしている一つの資源は消滅する。そうするとどうなるか」
「資源の消失により、一般人の生活は乱れ、最終的に矛先はゲネシスに向かう。その後は国の崩壊が起きるという算段か」
これ以上の言い争いは時間の無駄だと察したアビスは話を自分から切り上げると共に王の間から離れる。
オウジャは話が終わると片腕をひじ掛けに乗せて気楽な態度で出ていくアビスを見送る。余計な一言を添えて。
「お前の働きに期待する。これはお前だからこそ出来る任務だ。失敗は許さん。分かったな?」
「…………」
帰る途中に兵士の瞳に恐怖の視線を感じようとも堂々とした態度で外へ。
時間は早朝。働く者は職場へと走り、魔法学校へ急ぐ子供達は慌ただしい様子で走り去る。
この国は一見して普通にも取れるが裏の裏では恐怖の闇が渦巻いている。
何をしても地に這いつく弱者は頂点に近い強者に強いたげられ、学校でも最低点数の者は名前と一緒に乗せられやがて自滅していく。
力だけが全て。それがこの国の掟で国王として国を牛耳るデッキ家系に逆らえる者は存在しない。
外見だけ見ていれば頑丈な光景に見えるであろうが内部では崩壊寸前。
いつ暴動を起こされても可笑しくない光景にアビスはただ無言で歩く。
「あいつって……」
「指を差すな。殺されるぞ」
アビスがこうして人当たりの良い場所で歩けているのは国の絶対的な王であるオウジャに守られているからだ。
普段彼はあらゆる場所で指名手配を受け、狙われている。
モンスターを従え、暴動を招く災害として。
やがて辿り着く国の入場門から出た砂漠が広がる光景。
「利用出来る物は利用する……それが私に与えられた神の使命。その為にも」
彼の歩く先にうようよと蠢く砂漠のモンスター。彼等は一目散に獲物を捕らえると瞬時にして取り囲む。
砂にまみれたモンスターの数はそれなりだがアビスの表情に曇りはない。
モンスターが先制攻撃を仕掛ける。
「愚かな」
どんな奇襲であろうとも機敏な動きで制圧を始めるアビス。一体一体のモンスターを技量で踏み潰し、怒濤の勢いで切り殺していく彼の姿にモンスターでさえも一歩下がる事態。
「喧嘩を売ったのはお前達だ。それなりの覚悟は元から決まっているのだろう。ならば……」
挑発に乗せられたモンスター。再び乱闘が始まると彼は跡形も無く消し去っていく。
そして全てが片付いた頃にはモンスターは砂と一緒に死滅していく。
「つまらん。その程度で私に挑むとは、恥を知れ」
それでも仲間の仇を討とうとモンスターが続々と集まっていく。
オウジャの国の周辺は危険なモンスターが集まる危険地帯で生身で行けば死を招く場所に彼は存在した。
敵意を丸出しにするモンスター。一方でアビスは何かを思い付いたのかふっと笑う。
「そうか。お前達は……」
「ぎぎぃぃぃ!!」
「良いだろう、予定変更だ。本来なら別の場所で使えそうなモンスターを従えさせる予定だったが……」
武器を納めたアビスは右手のグローブを外して、一体のモンスターに見せ付ける。
ぶつぶつと呟くアビスにモンスターは様子を見計らう。だが、それが失敗だった。
「さぁ……私に従って頂こう。全てが終わるその時まで」
「ぎぎぃぃ」
「まずはゲネシスの観光地を陥落させる。大丈夫だ、お前達ならそれが簡単に出来る……行け」
地図を指で示し、先に向かわせる。アビスの掌から見せられた魔法の影響下により下僕と化した砂にまみれたモンスターは一斉に出発していく。
その後ろ姿が見えなくなった頃に再び歩き出すアビス。飛び交う砂嵐は益々勢いを増していく。
それでも彼は前へ前へ歩み続ける。ただ己の果たす所業を目指して行く。
「己が手にする欲望はあるのか……私はそれを知る。この何も無い世界に生まれた私が出来る事は世界を1から始める創造。その為には汚れ仕事であろうが手に染める。例え全ての者に恨まれようとも」
世界は三つの国に統制されており周辺にはモンスターが潜む危険地帯。
いつの間にか意識がはっきりとある頃に彼は目覚めた。幼き経験も両親に育てられた経験も無いままに。
これが記憶喪失なのかは分からない。気付けば、そこで眠っていた。
彼は知らなければならなかった。何故自分は気付いた時には一人で生まれ、何も記憶を持たない状態で生き長らえているのかを。
魔物を従えさせる能力もつい最近得た。最初の内は自分の隠れた素質に戸惑うばかりであったがアビスはふと思い付く。
空っぽの世界に生きとし生きる自分が生まれた意味を知るには……偶然得た産物を逆に利用して自ら追い求めていくしかないと。
「私は追い求める。その答えを知るまで」
この世界に疑問を抱こうともしない人間は沢山存在する。しかしアビスはそれを否定する。
言葉で表すには難しい不穏がここに充満している。その真相を掴むには自身の手で動く。さすれば求めていた物がこちらに近付いて来る。
その為には闇の一端になる事も躊躇わない。全てが終わる時までアビスは走り続ける。
「真理を喰らう。来るべき時が迫るその日まで……闇に染まり続けよう」