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エピソード76:今と昔では変わるもんだねえ

「ありゃ、ありゃ。結構手こずらされるなぁ」


 遥か空中に浮かぶ城の入り口。一階ではイクモ団長とエレイナ将軍が未だに巨漢と乱闘を繰り広げる。

 どうにも、この巨漢は見た目以上にかなりの強敵だったようだ。

 二人掛けで攻めているが一向に撃沈されない様子でそれどころか猛威が更に増していた。

 

 ちょっと彼等にカッコつけて先に行かせた事に後悔するイクモ。

 やり直しは効かない。選択はもう少し慎重にしておくべきだったか?

 頭の中で自問自答を繰り広げているが、結局彼等を先に向かわせたのはある意味正解だったのかもしれない。

 何故なら今もこうして巨漢との戦いに巻き込まれているのだから。


「全く誰だよ。俺達二人だけで倒せるって言っちゃった奴は」


「イクモしか居ないだろ」


「いや、そりゃそうだけどさ。君も大分カッコつけただろ? 二人でやれば一瞬で倒せるとか言っちゃって」


「見た目の上をいく強さらしい。こうなると長期戦は必然的に避けられない」


「何ごちゃごちゃ話し込んでいるんだ? そっちが来ないようなら……こっちから出向いてやるぜ!!」


 巨漢が一気に距離を縮めてきたと同時に地面を殴った爆風と地面が割れてしまう強烈な拳。

 あれは人間の手を越えた腕力だ。生身の人間ではああも強くはない。

 拳だけを武器として愛用する巨漢。

 

 ミゾノグウジン教の宗主アルカディアはいつでも投入出来るように秘密兵器をこっそりと準備させていたのだろうか?

 辛くも地上に投入されなかった事には胸を撫で下ろす。こんな危険人物が街で暴れられた被害は尋常ならざるものではないだろう。


「危ないね。あれ、少しでもミスったら死んでたぞ」


「良くも悪くもこの流れでは最悪私達は全滅だ」


「だから? 何か提案でもあるわけ?」


 迫り来るピンチ。状況を判断して、明らかにこちらが不利だと感じたエレイナはイクモに対して打開策の案を講じようとする……もそれは完全に横槍で封じられる。


「おっと、俺を無視するのは止めてくれや!!」


「ちょいちょい。これじゃあ落ち着いて話も出来ないじゃないか……少しは勘弁して下さいよ」


 巨漢の攻撃にスピードが増してきた。一旦話を中断して、生きるか死ぬかの戦闘を繰り広げるイクモ団長。

 言葉はラフにしつつも、その目付きは本気であった。


「イクモ! 伏せてろ!!」


 大きな威勢と共に振り下ろす業火。真っ直ぐすすみ、巨漢に当たれば炎が天井まで燃え広がる。

 メラメラと燃える火はとてつもなく熱い。当たらない距離に居ようが、中々に熱気を感じるほどであった。

 

 にも関わらず、呆気もなく炎を振りほどく巨漢。こいつは一体どういう神経で退いたのか。

 もはや耐久性に関してはモンスター並みにタフ。倒すにもかなりの苦労を強いられるのか。

 考えるだけでも頭が痛くなりそうだ。この巨漢がいまいちダメージを受けていないのが何とも辛い。


「ふぅ~、暖まってきたぜ」


「ありま。こいつを暖めてどうすんのさ、エレイナ」


「暖めるつもりでやっていない! まさか、まだしぶとく生きるなんて」


「火も駄目か。だったら、どうやれば俺達は勝てるんだか。なぁ、巨漢さん……俺達にヒントくれよ」


 炎が効かないのであれば、身体に傷を負わせてやるしかない。しかし、相手は拳を得意とする肉弾戦闘のプロ。

 距離を狭めるだけでも危険度が増す。どうにか相手の動きを止めれば封じ込められるだろうが。


 そうなるとエレイナとは息を合わせて打破する他ない。スクラッシュ王国から抜けて以来実に久々の共闘になる。

 上手くやれるかどうかの自身はそんなにない……が昔から何かと馴染みのあるエレイナなら多分やれるだろうとイクモはそこまで読んだ。


「安心して死ね。そうすれば何も考えずに楽に天国に行けるからよお!」


「いや~勘弁して欲しいな。こう見えて、オジサンは結構やらなきゃいけない仕事が多いから簡単に止めれないのよねえ」

 

 猛加速で振り掛かる拳。それを愛用の剣で受け止めても力ずくで吹っ飛ばされる。

 何ヵ所か地面に転んだ影響で全身に痛みが走りそうだ。けど、だからと言って黙ってやられるのは団長にとって失格。

 

 あれだけ皆に偉そうな口を叩いておいて無様にやられて死んでしまうなど治安団の団長として恥知らずだ。

 名前負けも良い所である。


「へっへっ。いやはや、さっきの滅茶苦茶骨に効いたぜ」


「だったら、もう一発サービスしてやるよ!」


 拳を振り上げた瞬間。エレイナの大剣が見事に巨漢の肩にクリーンヒット。

 血は少々垂れているが巨漢に対してダメージは入っていないのかすぐさまエレイナを全力で投げ飛ばす。

 風を切る音と一緒に凄まじい衝撃音。

 鼓膜が破れそうになるのを片耳でどうにか防いだ。

 

「がはぁ!」


 それにしても女性に対しても明らかに手加減なしか。この化け物に遠慮とかそういう精神は微塵にもないようだ。


「おいおい、少しは加減って物を覚えた方が良いぞ」


「敵に情けは掛けるな。これは宗主から授かったありがたきお言葉だ」


「あぁ……なるほど。それで加減してくれないのね」


「お前達は宗主アルカディアの新世界への手向けとなるのだ! 光栄に思え!」


「そんな世界。こっちから願い下げだぜ!」


 互いに譲れない思いが剣と拳を通じて交差。加速する戦闘は次第にヒートアップ。

 いかれた巨漢の拳がイクモにとって大事な骨を付き当てる。完全にあばら骨が逝った感覚。

 表情が酷く歪んでいく。平然を装うのは至難の業である。だが、イクモはどうにか歯を食い縛る。

 

 下手をしたら、歯が砕け散る位には。


「どうした? 元気がなくなったようだが」


「誰のせいだと思ってんだが」


 巨漢の拳が何ヵ所も当たる度に身体に悲鳴が上がりそうになる。

 根性で耐えなければ今にも泣き叫びそうになってくる。それを我慢するのは並々ならぬ気合い。

 それだけで彼は必死になって耐えきっているのであった。


「ぐほっ!」


 強烈な蹴り。それだけで遠くに転がされる。次は止めを差しに来るのだろうか。

 だが、不思議と死を感じない。何故かって? それはあれだけ強い巨漢が自分以外に全く感心していないからだ。

 

 逆に言ってしまえば……こいつの背中はがら空き。


「けっ!」


「何だ? 何でそんなにボロボロなのに立てるんだ!?」


「こちとら隊長・副隊長押し退けて、何百人も束ねる団長やってんだ。早々簡単に死んでたら団長なんてやってらんねえんだよ!」


 身体を奮い立たせる。この一時だけでも良いから持ってくれと。


「とかカッコよく決めているが、副隊長は力業以外は態度が完全に粗暴だし、隊長に限っては根が真面目過ぎて肝心な時にミスる。そんか奴等すら纏められねえ俺も俺だが……負けたくねえ思いは人一倍強いんだよおぉ!」


「はっ、良い気合いだ! だったら大量出血サービス! 今度は骨の髄まで叩き込んでやる! ありがたく受け取りな!!」


 骨の髄まで叩き込まれるのはお前の方だと半笑い。その表情を素早く読み取る巨漢。

 もう遅い。気づいた頃にはそっちが手遅れって奴だ。


「ほらよ。それじゃあ、まだ足りねえだろ。これもくれてやるよ」


 背中を思いっきり切り伏せられた巨漢。さすがにこれでは動きも止まってくれた。

 半ば笑みを溢しつつ、突き刺した一本の剣が背中に浮き出る。何とも耐え難い表情でこちらを睨み付けているようだ。


 さっきまであんなに威勢が良かった奴がこうも無様にやられ果てるとは。


「貴様ぁぁ!」


 怒りを込み上げた顔付き。反撃の行動を取ろうと身体を動かしてきた……が背中を奪ったエレイナはそれを断じて許さない。

 

「もう動くな。お前の敗北はもはや確定だ」


「ぐおおおっ! これしきで! 俺は殺られるのか?」


 正面に一本。背中に一本。見事に突き刺さった二つの刃。どんなにタフであろうとも、こんなに刺されてしまったら身動きは愚か意識も失いかねないとどめの二撃。

 巨漢の口から大量の血が口元から溢れ出した。仲間も居ない状況となると、こいつに下された状況は死あるのみ。


 だと言うのにこの巨漢は不思議と涙を流さない。それどころか満面の笑みを浮かべていると言う。

 何かのねじが外れてしまったのか。実にぶっ壊れているではないか。


「あーははははっ! 未来永劫! 宗主の為に俺は死ぬ! 新たなる世界を見れず無念だが、死してなお魂さえ残れば!」


「黙ってあの世に行きな!!」


 イクモとエレイナはほぼ同時に無意識に剣を抜く。そうしてまた同時に振り払った時には巨漢の身体は真っ二つに転がり落ちる。

 戦闘が終わった空間は何とも静寂。さっきまでの騒がしさはどこに消えたのか。

 静かさ漂う空間でイクモは緊張の糸が取れた事を感じた。身体は悲鳴を上げていないが、思うようには動いてくれない。


「……はああ。やっちまったか」


「イクモ」


「あいつらが心配だ。しかし、俺の全身はもうボロボロ。そうなるとエレイナだけで先に言って貰う方が遥かに効率が良い」


「お前を無視して行けと?」


「なーに、心配しなさんな。それにお前と俺は昔知り合いだったとしても、今は赤の他人。使えない奴を無理矢理行かせるよりは放っておいた方が絶対に良い思うぜ!?」


 肩を掴まれ、イクモの意思に反するか如く強制的に立たせる。

 エレイナに聞く耳はないのか。

 馬鹿な真似は止めろと言いたいが口を挟める気力はもはや残ってはいなかった。


「こんな危険な場所にお前を置いていく訳にはいかない。例え軍を離れようとも、私が将軍の地位を築き上げたのはお前なんだ。憎まれ口を叩こうが、必ず引っ張りあげる」


「たくっ、そんなのは昔の話だろ……そういうのはもう忘れていると思ってたんだが」


「大事な思い出を忘れる訳がない。お前との出会いが最終的に引っ込み思案な私を変えてくれたのだからな」


 照れ隠しなのか何なのか、エレイナの頬は薄く染まっていた。ふらふらで意識も若干はっきりとはしていないが、エレイナの特徴的な真紅の髪からはやたらと良い臭いが鼻孔をくすぐってきた。

 

「ん? 何か付いているか?」


 昔治安団となる以前のイクモは将軍の立場として数多の兵士に教訓を叩き込む中で性格がやや引っ込み思案なエレイナに対しては時には優しく時にはきつく指導に当たっていた。

 そんな彼女はまるで将軍いやそれ以下の立場にずっと居続けているのではないかと国を離れる際には思っていた……のだが。


 まさか将軍の地位に君臨し、あまつさえこんなにも美人に化けるとは。

 地味だった彼女が今になって実に考え深い事であると同時にほぼ無自覚に口が動いた。


「こうして見ると……綺麗になったよな、お前。昔あんだけ地味だったのによ」


 褒めているのにどつかれた。こちらは骨もやられて、今すぐにでも治療した方が良いレベルなのに。

 エレイナは自分に対して手加減なしである。


「ば、馬鹿な事を言うな!! それと地味は余計だ!!」


「なんで……殴るんだよぉぉ?」


「知らん、自分で考えろ!」


「やれやれ。困ったねえ」


 何か戦闘が終わった途端にだらけっ切っている訳だが。


 果たして、こんな事をしている場合なのやらと遠目で未だに彼らが戦っているであろう状況に申し訳なく思うイクモであった。

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