エピソード74:最後まで恐ろしい奴だった
「あははっ! これで遂にお前を殺れる。ようやく俺の執念が報われるぞ!」
ザットと目の前に居るサイガは名前もさながらどことなく性格が似ていた。
「じっとしてろよ……じゃあねえと傷も深くなるぜ」
仇を奪われたザットは以来アビスに固執するかのように力を蓄え、反対に宗教団体に属するサイガは自分の目を奪われた以降はライアンに対して非常に固執していた。
「そう言う訳にはいかないな」
一度敵と認識した瞬間に気性が荒くなるのは両者ともよく似ていると言える。
だがもっとも可愛いげがあるのは無論ザットの方だ。ライアンは精神が未熟だった頃の幼いザットを丁寧に躾けていた。
生まれてこのかた一人っ子として育てられたライアンにとってはどれだけ自分に対し心を開かなかったとしても非常に放っておけない人物。
まるで兄が弟に接するかのように、真摯に向き合った。
「今日から治安団に入れる事に決めた。これからの指導はお前に託す……んじゃあ、軽く挨拶しろ。嫌だろうと何だろうと最低限の礼儀はやれ」
三年前、空全体が綺麗でいてぽかぽかとした日光の下。まだ団員も少なかった時期にひねくれた顔をしている少年が突如やって来た。
治安団の限られた訓練スペース。
本人は沈黙を貫こうとしていたが、イクモ団長から半ば強制的にやれと渋々吐いた最低限の言葉は。
「…………ザット・ディスパイヤー。宜しくお願いします」
やけっくそに吐き捨てる名前。どのような理由で入団を決めたのかという経緯は本人は勿論拾ったとしか言わないイクモ団長もそれ以外は黙りを決め込んでいた。
当然ながら、ザットは挨拶の時から皆と仲良くしないオーラがあった為に部隊からはハブられがちだった。
しかしながら、実力は少年くせにそれなりの強さを感じた。これは下手をしたら自分も追い抜きかねないと恐怖するくらいには。
「お前、強いな」
「そうでもありませんよ」
誉めても超絶無愛想。こんな調子で仲良くなれるのかと我ながら不安が募る。
「俺はもっと強くならねえと駄目なんだ。これで満足しているようじゃ、あいつが上を行く」
「あいつ?」
「黒コートを着た銀髪です。俺の人生を滅茶苦茶にしやがった糞野郎……絶対に許すもんかよ」
まだまだ少年のザットがこうも苦しんでいるの黒コートを着飾った銀髪が原因。
それが彼の幸せを壊したのだろう。もっと追及しても良かったが、個人の感情に対して土足で踏み込む訳にはいかない。
ならばこそ……ライアン・ホープは思い付く。
彼の満足がいくようサポートをしてやろうと。ザットの過去がどうであれ、治安団の傘下に入ったのならいずれは部隊のエースに君臨する。
訓練中も体格や身長が圧倒的に高い者に対してザットは決して焦ることなく、翻す。
その姿勢にライアンはザットの内なる強さを見出だしていたのだ。
「だったらお前の気が済むまで、精一杯手伝ってやろうじゃないか」
「何か企んでるんですか?」
「別に……何も疚しい事は考えていない。ただザットがやり遂げたい目標に手を差しのべようとしているだけさ」
「はぁ」
「付いてこい。これからお前のひねくれた性格と戦い方の基礎を叩き込んでやる」
人に対して、あれこれと教えるのは非常に難しい。自分が分かっていても、それを完璧に伝えるのはやってみると分かるがかなりの難しさ。
時には自分を治安団に招いたイクモ団長のアドバイスを受けつつ、荒くれ者のザットにしっかりと教養を叩き込ませた。
最初は嫌々ながら受けていた時もあったが、指導に熱が入る内にザットは真面目に聞いてくれていた。
それからだったのだろうか? 気付いた頃には。
「兄貴。前に教えてくれた四面楚歌に置ける脱出を教えてくれませんか? ちょっと分からねえ所が何個かあって」
「わ、分かった。少しだけ待って貰うぞ」
このように彼は自分が経験したであろう過去を一切言い触らす半年が過ぎようとも心を開く事はない。
熱心に取り組むのはある意味世話を焼いたからなのか? いずれにしても、入団から半年が過ぎた頃にはザットとの関係が丸々変わった。
現時点で世界を流浪するS級指名手配犯アビスに対する恨みがかなり強いので、そいつとの繋がり何かしら過去が絡み合っているのではと踏んでいる。
しかし、それは個人のプライバシー。あれこれ考え結局ザットとはより良い関係で保とうと決めた。
「なぁ? なんでお前はそうもしぶとく生きる。さっさと大人しくしていれば楽に死ねるのに……随分と勿体ない事をするもんだなぁぁ!」
サイガの雰囲気が余りにもザットに似ていたお陰で、こんな状況下にも関わらず過去の回想を頭の中で浮かべてしまったようだ。
ピクリと反応したから良かったものの、今の反応が少しでも遅かったりでもしたら頭から振り下ろされていた所であった。
こんな時にボケッと入り浸っている場合ではない。変則的な加速に目を動かしつつ、身を守るライアン。
サイガの舞台は明かりが照らされたが、動き回っているせいで影から身を乗り出す魔法が使用できない。
出来た所でサイガはすぐに奇襲を防ぐので余り意味があるとも思えない。
「君に殺されるなんて真っ平ごめんだ。私の命は私が守ってみせる!」
「言葉は立派だな! だが、憎しみに飢えた俺を殺せるかな? まぁ、そんな太刀筋ではこの変則的な機構に付いてこれないと思え!」
悔しいがその通りではあった。余りにもイレギュラーな動きを繰り出すサイガにライアンの目は追い付かない。
これでも視力は良い方なのだが、いかんせん対戦相手がかなり厄介だ。
長期戦は完全にデメリット。なるべくなら短期決戦で彼等と合流したい。
「君は本当に面倒くさい奴だな」
「はぁ?」
「どっかの荒くれ者と似ているんだ。生まれも所属も違うが、どこか遠い方を見ていて尚且つ狙った目標に対しては一切の躊躇いもなく襲い掛かる彼を」
「思い出話か。悪いが、そんな話をちんたらと聞いている暇はない! そういう話はあの世で語っていろ!!」
この目の前に居る相手はほぼザットの上位互換。茶色のボサボサ髪が紫色の短髪だったり、治安団の制服に当たる白色のコートとは別に髪の色と同調した紫の衣。
潰した片目の反対側に映り込む瞳はライアンを必ず殺してやろうというどす黒い感情。
もはや逃げ場与えない。一対一の決闘に持ち込んだのは、自分以外は余計だと断定したからであろう。
少なくとも、この戦闘で数ヵ所の傷を受けてしまった。黄色の剣に付いた血痕はライアンの物だ。
「あの世への行き先は私が誘おう。お前は大人しく、くたばりやがれ」
「敵の言葉に対して素直に従う奴があるもんか」
「ふんっ! お前のその傷……どこまで強がれるかな?」
足の脛を切られたの大きな痛手であった。それにさっきの乱闘で身体も完全にガタが来ている。
だが、しかしサイガは以前ピンピンとしていた。極度の興奮が原因か? それにしたって意気揚々である。
剣を携え、ゆっくりとは行かず猛スピードで迫る恐怖の刃。
次々と高速で迫り掛かるサイガの異様な速度にライアンは必死に抗う。
「なぁ、ここらで降参したらどうだ? お前の傷もそんなに浅くねえんだろ?」
「だからと言って素直に殺られる程、心は弱くない。私は仮にも! 治安団所属ライアン・ホープ隊長! 皆の模範となる存在でなければならんのだ!」
「格好付けた所で! 何を今更!!」
ピンチを逆境に。ライアンはこの後のない状況で、決死の行動に移す。
何度も何度も振り下ろす凶器を次の瞬間……片手でがっつり掴んだ。
ハッと驚くサイガ。その一瞬を利用して持ち手の所に構えていた剣で腹をブスリと刺し殺す。
急所を貫かれ、血を吐き散らす。動きが止まったのを確認してサイガの背中の影を利用。
そこから瞬時に移動して、すぐさま背後を切り倒す。
ずっと優勢であるが故気分が高まり過ぎていたのだろう。完全にいいように嵌められている。
地面にくたばる。二回程切りつけても、サイガはまだ立とうとしている。
これも執念がこびりついているせいか? 何とも哀れ過ぎて言葉すら憚られる。
「まだ。俺はここで終われない」
「諦めろ、お前の傷もそこまで浅くはない」
お腹に刺さった箇所はやがて池と化した。それはどこか生臭く、近寄るだけでも鼻が拒否反応を示すくらいには臭いがキツい。
「ふふ、ははははっ。そうかそうか……俺はこんな所でくたばる定めだったのか! ちっくしょう!!」
敗北したと悟ったのか。頭ごなしに数回床を両手で叩き付ける。
奴の手は真っ赤に染まり始めていた。
それは叩き付けたお陰で血流が回ったのか、あるいは血の池が手に付着したのか。
いずれせよ、この勝負は片付いた。それよりも今は彼等との合流が先である。
長話をしている暇はない。ライアンは武器を鞘に納めて、先に行った彼等の跡を追おうとした……が、そこで剣が床に付くような物音が響いた。
振り返らなくても分かる、奴だ。まだ死ぬつもりは毛頭ないらしい。
「宗主の作る新世界に貴様らは不要。だが、俺の目を潰したお前は最優先で殺す! それから、あいつらも全員皆殺しにしてやる! 食らい尽くせ! ブラッディー・アウト!!」
黒い斬撃が一直に飛び、寸での所で回避。彼の体力が全快だったら一堪りもなかっただろう。
「もう止めにしないか? 今の君では立つのも精一杯……幾ら執念が強かろうが、己の限界を知った方が良い」
振り絞った力は敢えなく撃沈。彼の戦意は尽く消失した。武器を落とした所を見る。
これは、もう戦う気力は消え失せたと見て良いか?
「さらばだ」
「……ははっ。馬鹿がぁぁぁぁ!!」
それは最後の彼の浅はかな入れ知恵だった。サイガの片目はライアンをしっかり捉えるも、見事に切り殺され無様なまでに這いつくばる。
もう息はしない。今度こそ死んだ。
サイガという男はミゾノグウジン教の宗主アルカディアに従いながらも最終的には見事な末路を迎えた。
我ながら彼の行く末を考えると悲惨な奴だと思う……と同時に自分の受けた傷は最後まで取り戻そうと抗う執念深く末恐ろしい奴であった。
「っ!?」
傷はみるみる内に広がりつつある。サイガから受けた傷はすぐには戻らないだろう。
となると彼等との合流はまだまだ時間が掛かりそうだ。
「……すまない。少し到着が遅れそうだ」
半笑いを浮かべつつ、上の階に居るザットの表情を浮かべながら先を急ぐ事にした。
下の階にある轟音に耳を済ませながらも。