エピソード66:全身全霊! 僕の全力を出し切ります!!
炎天下の昼はあっという間に過ぎ去っていく。一人取り残された僕が向かう場所はただ落ち着けるような空間。
そこを目指して、徒歩へ。
道中で僕をじろじろと見てくる住民もちらほらと居る。
あの絶望は今までに体験した事のない挫折だった。
蒼剣と出会い、ずっとかれこれ付き合いが長くなってきたあれを一度も使わなかっただけでこんなにも自分が弱いとは。
「過信……し過ぎるのも、駄目だったんだな」
要は力に溺れていたんだ。だから、別の武器に限定されただけでボコボコにされまくった。全く持って無様である。
「明日か」
それで僕の方向性が決まるかもしれない。もし、負けたりしたらスクラッシュ王国の兵士達の笑い物にされるかも。
けど、あのナルシストエースに勝てるビジョンが思い浮かばない。
一体……どうしたら僕は強くなれるのだろう?
今宵は三日月。遠くから聞こえる動物の声に耳を済ませながら、屋根伝いに寝そべる。
時間帯は真夜中だから、そうそう人目にもつかないので気にする必要もない。
それよりも考える事は他にある。明日からどう備えてやろうとか。
しかし、僕の小さな頭では限界がある。あの戦闘から自己分析をするには難しい。
かと言って何も考えずに一日を過ごせば、相手に弄ばれながら敗北するのは確実。
あぁ、どうしようか? 今の僕では考えても考えても打開策が思い浮かばないではないか。
「分身が厄介だ。せめて……明日の早朝には打開策を」
くっ、どう足掻いても勝てるまでの過程が見えない。今のへこたれている僕が蒼剣を使えても、勝てるかどうか……あぁ、くそっ! なんでこんに弱気になっているんだ!
前までの僕なら根性でやり遂げていた筈だろうに!
「そこに居たか」
うじうじと悩みを抱えている僕。そんな時、屋根に向かって静かに着地したのはスクラッシュ王国の顔になりつつあるエレイナ将軍だ。
「今日の戦。君には何が見えた?」
問われている。しかし、どう答えるべきかは憚られる。あの戦を通して僕が体験した物とは。
「周りが見えていなかったのかもしれません。大切な人を守れなかった、その時から」
「君は状況が見えていなかった。アルカディアを打倒して大切な人を助けようと治安団を頼ろうとしているようだが……そもそも彼等はミゾノグウジン教に襲撃を受けていて、君に構っていられる状況でもない。その上アルカディアは誰にも見つかっていない場所に潜んでいる。冷静に考えれば分かるというのに」
あの時、僕の思考はごちゃごちゃになっていた。
エレイナ将軍の言う通り、一回冷静に立ち回れば状況が見えていた筈だ。
なのに……どうしてか無我夢中になりすぎていた。
だから、こういう絶望に叩き落とされた。
今更猛省したら所で変わりっこないけど。
「そうです、その通りです。けれど……僕は何としても助けたい。自分を守る為に犠牲になったあの子をこの手で取り戻す為に!」
どんな障害が阻もうと、僕は全てを凪ぎ払う!
決して曲げない信念を握り締め、屋根伝いから立ち上がる。もう迷うことはない。
「決めたのか?」
「えぇ、明日に備えます。それで僕の持つ全てをあいつにぶつけてやります!!」
ははっ。何を怖がっているのやら。あんな戦いで止まっていたら、まともにアルカディアに挑んでも負けるだけじゃないか。
見ていろよ……人生崖っぷちの僕が這い上がる瞬間って奴を披露してやる!!
「やはり私の目に狂いはなかったか」
「えっ?」
「あの前までの蒼の騎士が……嘘みたいに変わったな。今の君はどんな困難でもぶち破ろうとしている。それは実に良い傾向だ。独房に連れ込まなくて良かったよ」
武器を抜いた相手が偶々エレイナ将軍だったから今がある。もし、違う人なら……暗闇の中でひっそりと暮らしていたのだろうか?
仮定の話をした所でどうにもならないのは分かっている。それよりもさっさと借宿で就寝しよう。
あぁ、今日はなんて素敵な夜空だろうか。心地の良い風。用意された部屋でゆっくりと一日を待つ。
静かに瞳を閉じて、時の流れが進む。やがて空に太陽が照らされてスクラッシュ王国に朝が押し寄せてきた。
「いよいよだな」
足取りは軽かった。昨日の朝まではあんなにも重苦しかったというのに、何とも不思議な事だ。
「猶予は与えた。今度こそは期待を損ねないで下さいよ……ねえ、蒼の騎士?」
昨日の僕はこのナルシストに腹が立っていた。でも、今は何とも安い挑発で実に清々しい。
だから悠然とした態度で相手の瞳を見つめる。すると相手は動揺をし始めた。
あの挑発が効かないとは思わなかったのだろう。予想以上に良い反応をしてくれるではないか。
「くっ、そんな顔をしていられるのも最後だ。昨日は私のおもてなしで救ってやったが、今日は君の悲鳴が城内に轟くまで泣きわめかせてやる」
上等。こちらも君と同じ気持ちなんだ。昨日のやられた分をしっかりと返してやる!
「ショウタ・カンナヅキ」
「はい」
手に持っていた模擬戦用の剣を片手で分断させた。女性がたったの数秒で。
潰した意味が僕には分かってしまう。きっと今日の戦いは自分がやりたいようにやれって意味合いなんだろう。
「では……始めろ」
期待の眼差しを向けられている。エレイナ将軍にはああも啖呵を切ったんだ。
ここで期待に応えられないようでは、騎士たる名が廃ってしまいかねない。
だから、今日は……一つの壁を乗り越えていこう。僕の持てる力を全て尽くして!!
「自惚れていた。君を手にした時からどんな物であろうと抗える。その力が僕を堕落させた」
「回想にひた走るとは……随分と能天気な男だ! そのまま私の刃の錆となって消え去れ! 蒼の騎士よ!」
「だから今度は……この世界と共に! ショウタ・カンナヅキ……いや神無月翔大君と一緒に奇跡を見せようじゃないか!」
僕の想いが君に届くまで。どんな障害を耐え忍んでみせよう!
「はっ! 大見得を切った所でなにも起きていないではないか!」
傷を数ヵ所切られた。相手は颯爽と武器を振り払い、そして勝ち誇ったかのように鼻で笑う。
何度何度刻まれようとも、この身の傷を受けようとも立ち上がる。
相手にしつこいと思われようとも。
「まだ粘るつもりですか! さっさと倒れた方が身のためですよ、蒼の騎士!」
いいや、まだまだ。蒼剣が僕に応えるまでは……決して考えを曲げない!
「何がそうさせているのかは知りませんが、そこまでくたばらないのなら私の本気を披露しましょう。まぁ、精々死なないように歯を食いしばって貰いましょうか」
また分身か。今度は数を大量に呼び寄せてきた。これで僕を完膚なきまでに倒す算段だろうが僕は倒れない!
「やれやれ。明日という猶予を与えてやったというのに……こんな結果になってしまうなんて、とても残念です」
「それはどうかな? 勝手に勝った気でいると後から怖くなるよ?」
「負け惜しみのつもりでしょうか? その割には随分と身体がフラフラとしていて説得力に欠けますねえ」
エースが剣をちらつかせると同時に分身も同じ行動を取るがまだだ。
その瞬間が訪れるまで待ち続けてみせるさ!
「けど。これで仮に僕の立場が逆転したら、果たしてどういう態度を取るのかな?」
「はっ? 何を根拠に……いや、話をするだけ時間の無駄か」
話を遮断すると相手は距離をじりじりと詰めてから僕に向かって走る。
分身も同時に向かってきた。数の暴力がすぐそこにある。前までの僕なら怯んでいたのかもしれない。
でも、それもさよならだ。
今日の僕は一味違うって事を君に教えてやる!!
「この身が砕けようと、僕という存在がある限り……この世界で生き続ける! そして、その第一歩を新たに踏もうじゃないか!」
直後。二日前に現実世界から異世界に戻ってきた際薄くなっていた蒼色が劇的なまでに輝きを増す。
それはどんどん眩くなり、最終的には目に見える景色全てを
蒼色に包み込む。
目が眩んだのか、剣から距離を取る分身と本体。相手のエースも相当目に食らっていたようで、かなり怯んでいるようだ。
もっとも剣を携えている僕の方が辛いけど。君がようやく僕の言葉に反応してくれたのなら、結果オーライとしよう。
「さーて、遅くなってしまったけど……これから僕の快進撃を始めようじゃないか!」
「やってくれたな。しかし、目眩ましごときで遅れを取ったとは思うなよ?」
当然さ。あんな一撃で君を倒せるとは到底思ってはいない。けどね……こいつが僕の想いを乗せて進化を遂げたその時から、君の敗北は決定している。
「思っていませんよ。それより、掛かって来ないのですか?」
手を手前に、分かりやすいような挑発を促してみる。そうするとやはり相手の良いの反応を示してくれるではないか。
あれだけ余裕ぶっていた表情が、一気に険しい顔になっていくというのが実に笑える。
「エレイナ将軍に目を掛けられているからと……調子に乗るのも、これで最後だ!」
輝きが収まった頃には剣の形状が一気に変化する。前まで剣にしては細すぎる形が一回り変わって、たくましくなった。
色合いはいつも蒼をベースとしていながら新たに赤が所々に追加されている。
持ち手に赤の一本線と刀身の蒼色の間に跨ぐ二本の線。
これは僕の心が成長した結果……と自分で言い切るには恥ずかしいけれど、新しく生まれ変わった蒼剣は以前の物とは比べ物にならないくらい力強くなった。
「まずは! 数の暴力を突破する!」
頭の中の妄想。剣のイメージを覆してありとあらゆる兵器を創造していく。
普通なら剣はとして役目を終えるだろうけど、僕は想像を張り巡らせる。
現実世界と異世界を行き来する青年ショウタ・カンナヅキによる限界を突き抜けた挑戦! 大丈夫だ。これでも小説家でいつもネタを妄想で作り続けている僕なら、きっと完成する!
「集中砲火で沈めてやろう!」
バラバラに動くのではなく、一点にかき集めたか。だったら余計に活躍出来るじゃないか。
僕の妄想で作り上げた武器なら……ね。
「な、ななな!? ぶ、武器がーー」
「剣が変貌。機構その物が変形したのか」
イメージがそのまま、この世にインプットされる。剣の形状を保っていた武器は僕の意思に反映されていく。
そして、5秒の出来事で完成された物。
刀身の持ち手を斜めに持ち変えて、銃としては今一つ補助の持ち手がないと不便なので剣の真横に握る部分も付け足すとあら不思議。
これが内気な僕が作り上げた底辺小説家による妄想力だ!!
「ぶち抜けぇぇぇ!!」
剣の先が真っ二つに分かれる。そこから瞬く間に発射される強烈な蒼の光が一直線に向かっていき空の彼方まで轟かせる。
我ながら恐ろしいと思った。まさか、こんなにも威力があったなんて。
手加減は……ごめん、してないや。あの人が無事でいてくれよう願おう。
「ははっ。し、死にそうでしたよ」
顔がひきつっている。と言うか、身体も震えている。僕のせいで恐怖を植え付けてしまったようだ。
少々心苦しいが……相手に戦意は見当たらない。という事でこの勝負、僕の勝ちかな?
「しかし! そんな遠距離で分身を凪ぎ払えるかな?」
ふーん。それで逆転出来たつもりなのかい? 残念だけど、僕には銃以外の武器も作れるんだ。勿論一分も満たない内にね。
「全てを切り裂く!!」
通常形態の剣に戻して、僕の周囲を囲む分身達を吹き飛ばしてから更に二つの剣へとモードチェンジ。
今度は剣の大きさが真っ二つに別れてしまったので単純な威力は半減してしまう……しかし、その分手数は増えるので掃討戦には大いに活躍するであろう形態。
さっきより威勢が感じられない分身。本人のメンタルが強く影響しているからなのか、時間を掛ける事もなく呆気なく始末出来た。
後半、完全に僕のペースで完膚なきまで叩き潰した試合。腰が引いているナルシストさんを起こして一応の礼は告げておく。
「ありがとうございました。お陰様で……僕はここまで成長出来ました」
主に君が煽ってくれたお陰だけど。
「か、勘違いするなよ。私はただエレイナ将軍の期待に応えるべく協力したのだ。き、貴様に今後お願いされても絶対にお断りだからな!」
「ご苦労だった。身体も痛めているだろうから、今日は一日羽を休めなさい」
「エレイナ将軍……分かりました! 将軍のありがたき言葉に従い、本日は休ませて頂きます」
新しい力を入手した。この力を有効活用して、世界の敵であるアルカディアを倒してマリーも救う。
それで、全てが丸く収まってハッピーエンドだ!
「……良い顔だ」
「貴方の方こそ、顔が笑っていますよ」
「最終局面であんなに盛り上げてくれたのだ。楽しめない方がおかしいに決まっている」