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エピソード65:急行直下の転落。経験は残酷であれ

「あと10周!!」


 無茶だ。無茶だ。何回も言ってしまう位には無茶だ。もう、2日経っているような気がするけど生きている感覚がない。

 この鬼のようなスパルタ指導にはヘロヘロ。

 しかし、相手は軍を指揮するクラス相当する将軍だ。


 真紅の髪の長さはロング。気高く、大剣を抜いて時には敵地を制圧する姿が非常に美しいと軍の中ではトップクラスに人気が高いエレイナ将軍。

 彼女を悪く言えば、どれだけ殺意が向けられてしまうか。

 後の事が恐ろしすぎて、こればっかりは口が裂けても言ってはならない……とか言ってみるけど今日の暑さは本当に険しい。


「足がふらついているぞ」


「はぁ、はぁ。付いていけない」


 こうなってしまったのは僕に原因があった。エレイナ将軍曰く、蒼剣に頼りきりの僕に基礎能力が何もかも欠如していると。

 それでよく戦場を駆け抜けてきた物だと逆に感心されてしまった。

 あの時は奇跡に近い活躍だったのかあ。そういや乱暴者のザットにも僕については散々の評価である。

 もう、こうなる前から蒼剣には頼りっぱなしだとは思っていたけど。

 2日前に起きたあの件が僕の生き方を変えてきたのは確かな事でもあった。


 ただ……僕は元来兵士なんて自衛隊しか存在しない平和な島の国である日本に生まれた。

 僕が生まれる遥か昔には戦争があった事にあったけど、今では兵器を作らず、使わせず、使わないという平和に道溢れた条項を掲げている。

 そんな国で身体を自らビシバシと鍛える人なんて運動部の子達か趣味がマラソンとかそういうアウトドアを好む人達だけなんだ。


「広すぎる~」


 城の庭は尋常になくだだ広い。兵士達が思いっきり訓練が出来るように設計されているので当たり前と言えば当たり前だけど。

 景色一面が広大なお陰で僕は苦しい思いを強いられている上に叩き上げようとするエレイナ将軍。

 そこに優しさという感情は微塵にもない。

 唯一あるとすれば、へとへとになっている僕に対して徹底的に叩き込もうとする指導のみ。


「遅い! この調子だと、更にもう一周増えるぞ!!」


「勘弁してくれえ」


 しかし、こうなる原因を作ったのは自分にある。今の僕は一人の女の子を救えなかった事が起因となって、暴走行為を起こしている。

 アルカディアの居場所すら判明していないのに、組織に頼ろうとする無謀な考えと腹が立ったからと剣を引き抜いてしまうという致命的なミスが合わさった結果……蒼剣が死んだ。

 

 それは全ての責任置いて僕の失敗と言える。力も考えも浅はかだった事が招いてアルカディアにもエレイナ将軍にもボロカスに負けたのがそうだ。

 だからって、地面にずっとくたばっているつもりはない。あの屈辱を噛み締め、今日も己と戦う。

 長い長い。時間がいつ流れてくれるのか時折空を見上げる度に想う。


「明日も同様の訓練と同時に障害物避けの訓練を開始する。以上! 返事!」


「はい! ありがとうございました!」


 エレイナ将軍のスパルタとも呼ぶべき肉体的訓練に終わりは見えない。

 そもそも、この訓練にエンドは存在するのか? 将軍の許しが出ていない以上訓練はまだまだ続行……という事だろう。


 突き刺さる暑さと戦いながら切磋琢磨する日々。時々スクラッシュ王国の兵士達が馬鹿にしているかのように笑う。

 

 本当なら殴ってやりたい。

 

 だが、最初に他国に喧嘩を売ってしまったのは僕。これ以上のアクシデントを招く訳にはいかない。


「そこまで!」


 そういや……独房に連れ込まれそうになった僕を皆はどう見ているのだろうか? 

 やはり愚かな奴だと蔑んでいるのかな? 蒼の騎士という称号を持っているのが不思議と思われてる可能性もあるかも。


 もう、あんなに暴れたお陰で何人かの住民にも知られているだろうから瞬く間に世界中に噂が広がるのも時間の問題かもしれない。

 戻ってきたら、それなりの処罰は受けないとならない。あーあ、終わったな。僕の異世界人生。


「……心に迷いがある」


「えっ?」


「長らく訓練をしても、その調子ではまだ真価は発揮出来ないようだな」


 見透かされているか。ただ、僕は真価を発揮しようがしまいが救いたい者が居る。

 その人の為ならば、僕は全身全霊で駆け抜けてやる!


「だが、底の中では秘めたる想いを仕舞い込んでいる。それは実に良い兆候だ」


 いつもはお堅いエレイナ将軍の顔が初めて崩れる。それはどこか僕のその表情を待っていたかのようで。

 僅かながらに微笑むとすぐさま武器を放り投げる。

 くるくると回転する武器を上手く掴む……が、手に馴染む蒼剣とは違い重量は中々に重い。

 こいつを振り回すには馴れる為の時間が必要かも。


「これは?」


「模擬戦用の剣だ。今から、そいつを使って軍のエースに挑んで貰う」


 どういう意図だ? 急にこんな物を投げつけられた上に軍のエースと戦え? 

 経験の浅い僕が模擬戦用の剣で勝てるのか。


「やあ。独房行きを免れた青年君。いや、それとも蒼の騎士って呼べば良いのかなあ?」


 舐めた態度だ。しかも、あからさまに上から目線で見上げている。

 茶色の短髪。前に掛かった髪をいちいち調節しているその姿とさも自分が美しいと称える言動は正にナルシスト。

 よくも、まあこんな人間が軍のエースになった物だ。

 もしかして家の財力かなんかで裏口入学したんじゃないかと疑いたくなる程だ。


「本当に貴方がエースなんですか? 失礼ですが、その発言はエースにしては大変無礼だと思います」


「君とて、街中で暴れた騎士。こういうのはお互い様だと思わないのかい?」


 駄目だ。ああ言えば、こう言ってくるウザい野郎だ。

 まともに相手をしたら神経が持たないな。


「戯れ事はそこまでにしろ。今からお前達には一対一の決闘をして貰う。ルールは単純! 誰かが倒れるまで! だが、ショウタ・カンナヅキにだけは特別なハンデを下す!」


「ハンデ?」


 えっ、ちょっと待って下さい。目の前のナルシストが……剣を引き抜いてるのは何かの間違いですよね!?

 

「蒼剣の使用はいかなる状況下でも禁止する。一回でも呼び出したりすれば即失格。君には極限の状況下に立たされる経験を補うべく、模擬戦用の剣だけでそちらのエースを倒して貰おう」


「ははっ。その薄っぺらい剣だけでどこまでいけるか……傲慢王を倒したと噂される実力。私に見せて下さいよ先輩」 

 

 くっそおお。頭に血が沸々と燃えたぎる。このナルシストエースは人を逆撫でにするのが実にお上手だ!

 別に誉めてもいないけど! 戦闘開始の合図。颯爽と繰り出す素早い斬撃。

 ナルシストエースの態度は滅茶苦茶腹立つが、経験を積み重ねているので動き方は一味違う。 

 たが、当たらなければどうとでもなりそうだ。蒼剣が使えずとも切り札の先読みさえあればカウンターは仕掛けられる。

 残念だけど、この勝負は僕の勝ちに終わるだろう。

   

「動きが読まれている!?」


「素人の僕と戦場の経験を積んでいる貴方とでは圧倒的な差が生じている。しかし、僕には任意で発動可能な唯一無二の能力が存在する。それさえあれば……ある程度の融通は効きます!」

  

 上から目線であればあるほど、急なアクシデントに滅法弱い筈。

 その隙を逆に好機と捉えて、ここぞとばかりに畳み掛ける。それで僕の勝利は揺るぎない物となる。


「ぐあっ!」


 よし! 正面にクリティカルヒット。相手がよろけている間がチャンス!

 これで勝負ありだと確信出来た時には身体は思いっきり前に進んでいた。

 だが、それが逆に相手の術中に嵌まっていると知らず。

 

「遊びは終わり。こっからが本番だ」


 ナルシストエースの目付きが変わった!? 何だかまずい空気だ!

 思わず距離を取ってしまう僕。すると、目の前の男は瞳を閉じて、二体三体四体……飛ばして十体の分身を素早く築く。


「仮にも軍のエースである私が新兵のお手本になるよう、務めるのは当たり前。だからこそ、この力は私が誇る最強の力だと言っても過言ではない!」


 あれれ。さっきまでの戦いは前哨戦に過ぎなかったの? やばい、これは相手を本気にさせてしまったのかもしれない。


「エレイナ将軍。手加減はどのように?」


「しなくて良い。寧ろ、全力で叩け」


「という訳だ。悪いが……恨むのなら自分の哀れさを呪んだな」

 

 瞬間的だった。十体のエース達が消えた時には既に上手いようにサンドバックになっていた。

 模擬戦用の剣を使いながら先読みの力を行使しても、全力で倒す。

 しかし、武器を振るうも相手は大勢に無勢。適当に凪ぎ払った所で数は減らない。

 それどころか相手のペースに乗せられっぱなしだ。良いように遊ばれている。


「おいおい笑えるな。あの蒼の騎士と謳われる者が私の手で転がされているぞ!!」


 物量に押されている。焦りに焦る僕とは対照的に相手は鼻高々に襲撃。

 馴れていない武器とはいえ、蒼剣がないだけでこんなにもボロボロに裂かれるなんて……完全に僕の失態だった。


「目を泳がせ過ぎだ。もしかして私の華麗なる早さに付いてこれないのかな?」


 いつも、あの剣に頼っていたのが裏目に出たんだ。これはもう僕の落ち度だな。

 だからと言って、先読みの力を酷使すれば最悪の悲劇を生みかねない。

 悔しいが……これ以上は何も出来ない。

 

「無力だったんだ。今の僕では」


 戦意を失った時には既に剣を落とす。カランカランと無情にも響く音。

 見上げた頃には立派な剣がほんの僅かな距離にある。このまま突き刺せば僕の死ぬ。

 そんな位置でピタリと止める相手。舌打ちを打ってから素早く剣を鞘に納めた。

 

「つまらん、これで勝っても腑に落ちん! エレイナ将軍! 彼に明日の猶予を与えて下さい! こんな弱々しい彼と戦っても興ざめするだけです」


 はっ。僕は相手のお情けで負けてしまったのか。なんと哀れな男なんだ。


「……では、明日再度決闘をして貰おう。今日はご苦労だった……持ち場に戻って引き続き警戒を」


「承知しました」


 取り残された僕。そして、城内の舞台場が静まり返る頃にはエレイナ将軍がゆっくりと。

 僕の足元の位置で止まる。それから予想だにしない言葉を告げた。


「お前にはがっかりだ……ショウタ・カンナヅキ」

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