エピソード64:剣のレクチャー……始まります
意識が段々クリアに。場所は櫻井事務所から多分……スクラッシュ城の廊下付近。
「確か、この世界では夕方近い時間になっていたか」
服装もガラッと変更。手軽な私服を着用していたのにも関わらず、この世界に戻ってきたら異世界に相応しいファンタジー向けなファッション。
白シャツの上にお気に入りの青コートが被さり、そのコートに騎士専用のバッチを付けている。
神無月翔大からショウタ・カンナヅキに様変わりした僕。この世界は今や窮地の危機に立たされ絶対絶命の危機を迎えようとしていた。
「ぐうぅ! あ、頭が!」
頭を不意に鈍器で叩かれるような衝撃音。立っているのも困難で思わず足元が取られる。
激痛の軽度は以前にも増して酷くなってきた。事ある毎に異世界と現実を行き来してきた代償。
このまま繰り返せば、命の保証はないかもしれない。それでも僕は繰り返す。
「ま、まずいな。異世界移動にも、そろそろ限界が来ているのかもしれない」
強制移動を強いられる異世界生活にピリオドを打つためにも。
その為にもまずは目の前の障害を取り除く。
僕がやるべき使命は創造神ミゾノグウジンを信仰するアルカディアの撃破とマリーの救出。
異世界が何者かによって裏で操作されている……という櫻井の推理は後回しだ。
切羽詰まった状況。王様に呼び止めれようが何だろうが急ぎ足で城を去る。
アルカディアの潜伏先はどこなのか? 検討が付いていないけど、こうなったら治安団に頼ろう。
何やらミゾノグウジン教に襲撃されたようなので、もしかしたら潜伏先を掴めているかもしれない。
他人任せで悪いけど、今の僕にはこれしか頼れない。
「そんなに急いで、どこに向かう?」
真紅の髪。上品な気風が漂う可憐な女性の背中に収納された大剣が存在感を大きくアピールしている……それがエレイナ将軍
会議の時に治安団が襲撃を受けていると報告を促した人か。悪いけど、僕は先を急いでいるだ。
ゆっくりともたもたしている時間はない。
僕の知らない間にマリーにどのような危害が加わるか……想像もしたくないんだ。
「治安団本部アークスに向かいます。大切な人を取られた以上ここに留まっている理由はありませんから」
「行って、どうするつもりだ? まさか、一国の騎士が組織に依頼をするのか? 相手にされずに終わるのが関の山だとしても」
「実際に行動を移さないと分からない事だってあるじゃないですか! と言うか僕を呼び止めないで下さい。急いでいるので」
「蒼の騎士。噂でしか聞いていなかったが……随分と情緒不安定なんだな」
馬鹿にされているのが分かった。しかし、真面目に相手をしているだけで時間の無駄になりかねないと判断した。
無言で通り去る僕に対して不満があるのかなんのか、まだ諦めが悪いようで前にしつこく立ちはだかる。
「いい加減にしろ!」
蒼剣を呼び出す。街中であろうが知るか! 僕の行く手を阻むのなら徹底的に叩くしかない!
威力は手加減出来そうにないけど悪く思わないでくれよ!
女性相手であろうとも僕は剣を全力で振るう。相手も剣を抜き出した僕を見て、すかさず戦闘体勢に入る。
何事かと駆け付けるスクラッシュ王国の兵士も急いで武器を抜こうと試みた。
しかし、相手の女性は加勢を拒んだ。一人でも充分であると。
「動きは素人同然。それでは私にも勝てない」
「くっ!」
大剣の威力はさながら、一撃ぶつけられるだけでも蒼剣が持っていかれる。
そもそも武器のサイズが大きく異なっている以上まともにぶつかりあったら、蒼剣の刀身が折れてしまいかねない。
だから、真面目に相手にするなら勝ち目はない。
「これでよく、傲慢王を倒した物だ。噂が本当かどうか……いよいよ怪しくなってきたな。蒼の騎士よ」
技量は一枚上手か! 悔しいが、相手がスクラッシュ王国の将軍の地位であるなら当然か。
僕なんて蒼剣を頼りながら戦場をどうにか駆け抜けてきた。けどエレイナ将軍はこれまで軍を率いて様々な戦場を指揮してきた筈。
傲慢王の戦ではエレイナ将軍を活躍を直接この目で拝む事はなかったが今なら、その実力が恐ろしく思う。
何度切られようが、何度倒れようが体力がある限り痛みを堪えて立ち上がる。
そして勢いよく駆け抜けながら蒼剣に勢い任せ。くそっ、なんだこれ。身体が思うように動かないじゃないか!
お前はこんな程度で終わる武器なのかよ! まだまだ力を発揮していないのなら、もっと全力を出してくれ!!
「蒼の騎士が今までやってこれた理由はその剣。それさえなければ君はまだまだ青臭い兵士と一緒だ」
僕が強かったのは……こいつのお陰だった。
先の動きを読み取る先読みがあれど一番に助けられたのは蒼剣という存在があったから。
それを抜き取れば、ショウタ・カンナヅキはただの青年。蒼の騎士などと大それた肩書きを貰える器ではなかったと言う事なのか。
「うおおおお!」
押される! 状況下からして明らかに僕が不利! しかし、素直に敗北を許すほど性根は腐っていない!
反撃をさせない、容赦のない猛攻。
兵士そして住民達が見守る中で蒼剣はこのギリギリの状況に応えるかのように呼応……しないだと!?
何故だ、どうしてだ!? 今までだったら、いつものように君は僕に力をくれて筈だ!? 一体何があったと言うんだ?
「どうした? 動きが止まっているぞ!」
呆然とした。その一瞬がエレイナ将軍に絶好のチャンスを許してしまう。
刀身から燃える熱き炎。一直線の斬撃が轟音と共に爆破した。僕の身体は宙にふわりと舞い上がる。
住民が居るというのに手加減なしとは。被害とかクレームとか将軍にとってはどうでも良いのか。
「ぐあっ!」
舞い上がる時は一瞬。されど地面に叩きつけられた衝撃は全身に鋭く伝わる。
こんなのをまともに喰らった以上身体は素直に起き上がらないだろう。
僕の身体どうなっているのかな? もう骨がボロボロになっているかもしれない。
住民の悲鳴が飛び交う中で近付いてきた足音。兵士達も後に続いてぞろぞろと近付く。
もう、この後どうなってしまうのかは何となく分かる。久々に自分からキレて剣をあろう事か街中で引き抜いてしまったんだ。
相手が将軍であれ何であれ、暴れまわったのではあれば独房は避けられない。
はぁ~、マリーが拐われて焦りが募りすぎている。いつもの自分が消えかかっている。これは実に悪い傾向だ。
「独房に連れ込みますか?」
「いや、それは待て。彼とはまだ話があるんだ」
「相手は蒼の騎士であれ、街中で暴れた犯罪者ですよ!」
「それでも……だ。下がれ」
エレイナ将軍の権威は強い。迫るように追い討ちを掛ける兵士達が彼女のたった一言。
それだけで引き下がり、撤退していく様子はまるで鶴の一声のよう。
見学していた住民達は兵士達が早々に下がらせた。残ったのは地面に転がった蒼剣を眺める僕と手持ちの大剣を収納するエレイナ将軍。
「あれが君の武器か。この世にはない形状と輝きを放っている」
掴み取ろうとした所でそれは消える。蒼剣はいかなる状況に立たされようとも所有者である僕以外は拒否を示す。
だから強奪しようが借りようが、一切を持って蒼剣は他者に力を貸さない。
あの武器は人を選ぶ不可思議な剣。まるで意思を持っているのかと錯覚してしまう。
「君は何かに急いているようだ。私に剣を抜いてまで……街中で暴れ回った理由を聞かせて貰おう」
ありのままの現状を素直に白状した。あの代表者が集う会議のお城で会議中の際にミゾノグウジン教の宗主アルカディアが会議室を散々にした挙げ句、この世で仲良くなったマリーが連れ去られてしまった事。
そして彼女を第一に救おうと、使える戦力に頼ってアルカディアを倒してやろうと。
なるべく異世界からやってきたというのは慎しむようにして。
「なっ!? それは本当なのか!? 事実だとしたら……私は!」
不甲斐なさに自分を叱責しているのか。まぁ、自分が会議の部屋から離れていた間にそんな異常事態が起きていだなんて誰もが思わないだろう。
しかも世界を滅ぼうとする張本人がわざわざ乗り込んできたのだから尚更想定が出来ない。
と言うか街中の兵士達が知っていないのだから、この事実は知らされていないと見える。
果たして、それは兵士に伝える事で住民が不安を覚えるのを避ける為にやっているのか。
いずれにせよ。今の状況では街中に知れ渡ってはいない。
「君から得た情報は至急ハーゲン国王から事情を聞くとしよう」
顔は慌てつつも、片手で僕を立たせるエレイナ将軍。じろじろと全身を見回しながら……とんでもない一言。
「ショウタ・カンナヅキ。君は蒼剣の騎士でありながら、騎士たる配慮が全く足りていない。なので、これから時間が許す限り……武器だけに頼らないよう私が鍛える。無論拒否権はないと知れ」
はい? このお方はあろう事かどういう状況で言っているのか分かっているの??
「肩書きを持ちながら、ここまで哀れだとは思わなかった。だから独房行きを省く罰として私エレイナ将軍が自ら君を鍛え上げる。明日から覚悟しろ」
くはっ! 独房行きを中断した事を盾に僕を鍛えようという腹積もりか。
どうして、こんな状況に立たされているのか訳が分からないけど……頑なに拒否したり逃げたりしたら今度こそ本気で独房行き。
僕を鍛えてくるようであれば、断るよりは素直に従った方が色々と学べるかもしれない。
マリーを真っ先に助けようと思ったのに、これでは遠回りだな。
今は、マリーに変な事をされないように祈るしかないか。もう少しの辛抱だから、我慢して待ってて!
「返事をしろ! 返事!」
「はい! いえっさー!」
「何だ! そのふざけた返事は!」
鬼のレクチャー開始か。明日から骨の髄まで叩かれそうだ。全ては僕の実力不足が招いた結果であると受け止めるしかない。
「あっ」
「どうした?」
「会議の概要だけ手紙で送ります。城内で報告を待っている彼等を無視する訳にはいきませんので」
それから本格的にスタートだ。エレイナ将軍がどこまで指導するかは震えて待とう……じゃないか。