エピソード63:ざわつく気持ちは一方通行
今でも到底信じられそうにない明の話を聞いてしまった僕は平常心を保ちつつも、再び学校に通って勉学に励み放課後には途中の帰り道が違う事はあれど明と過ごした後に家族と食事に入り自分のスタイルに合わせて就寝するというどこにでも居る平凡な生活を何日か過ごしていく。
僕が現在通っている高校は神宮希と共に過ごしてきた中学校とはかけ離れている。
そうした理由はやはりあのトラウマから逃れたかったから……と言うのが一番の決定打になるが今にして思えば僕なんかの為に引っ越しをしてくれた両親に対して改めて礼を言わなければならない。
次いでに一人暮らしを味わいたいという理由をつけて、こっちに来てくれた明にも。
「異世界の移動はあれから全く音沙汰がない。一体いつになったら機会が来るのやら」
気長に待ってみるしかないのかな。まぁ、僕が現実世界に居る間はあっちの異世界の時間は止まっているようだけど。
その仕組みの解明はおいおい分かってくるのかな?
悩みの種はまだまだ尽きそうにない。一体にいつになったら解決するのか。
何日も経っても変化しない日常。それがずっと平坦に流れて……ようやく変化が訪れたのは3月18日金曜日の放課後。
残念ながら、この日は空は暗くいつ雨が降ってもおかしくない様子。
「えっ!? こんな時に……」
そんな日に掛かったのは嬉しくもない一本の電話。一定のリズムで刻む着信音の画面上に須藤健作。
友達ならまだしも、警察なんてロクものじゃない。
本当なら無視したいが、警察相手にシカトを噛ませば後のしっぺ返しが怖い。
校門を出た所、連絡が来たようなので場所を選んでから恐る恐る通話のボタンを押してみると案の定不機嫌な態度を表に出してきた。
念の為に言っておくが、僕は悪くない。悪いのはこの時間に掛けてきた警察だ。
「随分と遅かったな。何かやましい事でもあったか?」
「いや、別に。僕は何もしていません。遅かったのは場所が場所だったので」
「学生の君が警察からの電話を見られるのは気が引けるだろう。まぁ、その反応はある意味正しい。で、ここからは肝心の本題に入るが」
なら良かった。あらぬ誤解を生むよりはよっぽど良いや。
「前に櫻井に指示された神宮希について。ようやく可能な限りの情報をかき集めた。時間があれば、早速明日の昼には櫻井と一緒に話し合いを始めたいと思うが……この日空いているか?」
断る理由もないから、須藤の提案にすぐに乗っかった。明日の用事は全くないので。
「じゃあ明日俺が出迎えよう。場所はどうする?」
本来なら家が良い。けど、そんなに目立てば両親に万が一にでも見られたら追求は逃れられそうにない。
別に悪事は働かせていないが、余計な事に気を取られるのはごめん被る。
「家の付近に公園があるのでそこに車を置いて下さい。一応確認しますが……僕の家はもう知っていますよね?」
「それは折り込み済みだ」
僕の家は既に知られていたようだ。約束事をスムーズに決め終えた後何食わぬ顔で、自宅に戻った僕は親に極力ばれないように至って平然な表情を浮かべて寝不足がないよう早めに眠りについた。
そうして朝日が昇った翌日。親には外で遊びに出掛けると半分嘘と本当が混じり合った用事を告げてから、指定された場所で待っていたであろう車の助手席に乗り込む。
実に数日ぶりお会いした須藤。煙草を吸っていないようだが、車内には異様な臭いが立ち込めていたので有無を言わさず空気を勝手に入れ換える。
人の車だからあんまり意見したくはないが、この臭いは高校生の僕には厳しい。
「すまねえ。ついさっきまで、吸ってしまった。今度から控えるように努める」
「いやいや、別に構いませんよ。人の車にとやかく言う資格はないので」
「こういう時は遠慮せずに文句を言えば良い。大人相手にびくびくされても俺が困るだけだ」
サイドブレーキを外して、Dレンジへ。アクセルを緩く踏み込むと車はなだらかなに発進。
須藤が乗っている車のタイプは警察がよく好んでいるセダン。
車内で聞いた所、須藤はこの車をかれこれ五年前から中古車として購入してから愛着を持って運転しているとの事。
「社会人になったら、色々と責任が増えるが色々な体験も出来る。ただ、若い頃にとんでもない失敗をしたらその分背負い込まなきゃならねえから今の人生……大切にしとけ」
大人からのアドバイスは実に貴重と言える。
ましてや民間の治安を守る側である警察官からなんて一生に一度あるかないか。
こういうのはありがたく頭の隅に入れて置くべきだ。
「はい。今の人生、大事に生きていきます」
と見栄を張ったは良いが、過去のトラウマが僕の足を引っ張る。
これだけは忘れようとしても絶対鮮明に甦ってくる。頭の中で放棄しようと試みても。
「未来の活躍は今後若者が担う。年老いた俺は影ながら応援させて貰うとするか」
「少なくともこれが終われば、須藤刑事は現場に復帰出来るのでは?」
「だとすれば万々歳だな。もっとも、戻った所で署内の腫れ物扱いとされている俺に自由はなさそうだが」
警察って大変なんだなと心の中で呟く。
ぼうっとした時間の間にも車は知らぬ道路を走り抜き、しばらく経てば目的地に到着。
元来僕が駅を経由していけば一時間も使わなければならないであろう場所の付近にあったオンボロのビルは一時間前に無事に到着。
ただ、事件が終わるまで須藤と櫻井との付き合いに終わりはないと考えるとややストレスが溜まる。
ここはさくっと真相を解明して両者から解放されたい。こういうの実に息苦しい。
「やぁ、定時通りでごくろうさん!」
「お邪魔します」
「コーヒーは……ホット?」
お茶とは言いづらい雰囲気。一週間ぶり再開した櫻井のテンションに圧倒されつつも、なるべく平常心を装ってニコニコスマイルの櫻井が提供したコーヒーを一口。
うむ。砂糖もミルクも溶かしてみたけど口に馴染まない。もう少し時間を置いてからにしようかな。
「健。君は……コーヒー飲む?」
「胃が荒れそうだからパス。それよりもさっさと本題に入ろう。お前も暇じゃないんだろう?」
言われてすぐさま手帳のあるページを一定に見つめる櫻井。そこに用事を書き込んでいるとすれば、彼も彼で何かと忙しい人なのかもしれない。
「大丈夫。どうせ夕方までにはこの話も切り終わる……それまで丁寧に紐を解いていけば良いのさ」
「なら話を始めよう。無駄な時間はなるべくなくしたい」
「オーケー。それじゃあ、まずは僕が宿題にしておいた“あれ”から分かる範囲で提示してくれ」
ハンサムな顔立ちにあるを愛用の眼鏡をくいっと上げる櫻井が提示する“あれ”とは彼が個人的に睨んでいる神宮希の素性。
別段、何も悪さはしていないのに警察が調べるから余計に犯罪者みたいに見えてしまうのは過剰反応だろうか?
「たくっ。手帳を没収されて情報収集するのも苦労したんだ。少しはありがたみを受けた上で聞けよ」
「はいはい、どうも」
「はぁ……もう良いや。取り敢えず、神宮希の調査を進めると宮木中学校の三年生。住所は宮木県宮木市神宮通り7ー5ー3の一軒家で母と父との三人構成で至って普通の家族。彼女を含む一家の代を追うと、お前の睨んだ通り祖先が神宮神社を最初に設立した神主で神宮希は神宮家の末裔に相当する。しかし、彼女自身は普段から神社にそれほど興味がないのか、特に神社の用事には参加していない。ただ、周辺の住民と学校に話を聞いた所礼儀正しくそれでいて成績も優秀なようだから、極めて隙のない女性だったに違いない」
「性格も良くて美人なら、僕としては是非とも猛アタックしたいね」
「写真についてはそれほどないようだが、これは彼女が住んでいた家から引っ張ってきた物だ。無論家の所有者である父には許可が降りているから安心しな。それと、唯一の親族だったから聞ける範囲で聞いてみたら何やら独り言で世界を変える力があるなどと言っていたそうだ」
「えっ、なにそれ怖い」
これは、修学旅行の写真。あんまり嬉しそうな顔で写っていないのは修学旅行自体楽しめていないと聞いていた。
希からの話では本当は僕と二人だけであちこち回りたかったようだけど、それがどこまで本気なのかは分かっていない。
あくまでも気の知れている僕と遊びかったという線もあるけど。
それにしても櫻井の目が異様に輝いているようにも見える。
中学生相手に興奮している大人の図。一歩間違ったら刑務所行きは免れない。
「校内でも男女問わず大人気だったらしい。まぁ、この容姿なら納得出来るな」
「大きくなったらミスコンテストで優勝は確実。これで違う人が優勝なら異議を唱えたくなる。そこまで思わせる程彼女は綺麗だ」
大体の感想がこう跳ね返るから当の本人は完全に相手にしていない。
しかし、僕に対しては事ある事に私服の感想とか髪の感想とか聞いてくる日が度々。
あれが意味する物は果たして。
「何不自由のない生活を送っていたようだが、中学三年当時。2月21日に人通りのある交差点で車の正面衝突で脳を強打して死亡。天候状態としてはやや雨が降っている時に赤信号を見ずに加害者は加速。端から見ても警察が判断しても10:0は止むなしだ」
「改めて聞くと、やっぱり酷い事故だ。加害者は完全に頭が狂っているとしか思えない」
「僕は小説を止めました。あの日の事故がトラウマを植えつけたのでしょう」
ここでようやくスマホを取り出す。前々から言われたパスワードは棚の奥に隠していた紙から判明している。
条件が揃った今、一年も開示していなかったサイトを久々に開いてみると案の定感想はない。
執筆中小説をタップすると長らく溜め込んでいた小説がずらりと並ぶ。
この中から選んでみるには時間を要するだろう。
「それが……君が書いてきた小説かい? 随分と一杯書いているね」
「あの頃は暇を見つけてはやっていたので。まぁ、ロクに投稿していないせいで沢山溜まってしまった次第です」
「小説家になってやろう?」
「ほら、あれだよ。最近巷で異世界ブームで乗りに乗っている小説家やアマチュアの小説家達がこぞって、いつでも自分で考えたオリジナル小説を投稿出来る万能サイトだよ。小説家になってやろうのユーザーになれば、評価や感想も書ける上に時折開催されるコンテストに優勝したら晴れて素人小説家からベテラン小説家として羽ばたける……まさに夢を追い掛ける者達が集う最高の舞台になり得る訳だ」
櫻井はどうやら、このサイトを深く知っているようだ。一方で須藤は説明を聞きながら黙々と首を上げ下げしている。
「へぇ。じゃあ、こいつを使えば全くの素人が小説家になれる訳だ」
「全員が全員ではないよ。才能があったら編集者にスカウトされ、晴れて陽の目を拝めるけど……才能すらなければ一生太陽を見ることなく終わる」
「博打と変わらねえな」
「実際小説家になれる人は少ないからね。なったとしても、食い繋ぐ程収入はないから兼業をしているのが実情だよ」
「あの……」
話題がちょっと逸れている。それよりも、櫻井がわざわざ僕に小説を開示してきた理由を教えて貰いたい……という視線を送ってみると、はっとした表情で。
「話が逸れちゃったね……じゃあ早速個人の携帯で悪いが、少しだけ貸して貰っても良いかな? 少し確認しておきたい部分があってね。無論悪さをするつもりはない」
「どうぞ」
しばらくの沈黙。それから後になって櫻井は静かにスマホを返却。
いつも思考が読めない櫻井が膝を上げて、以前ホワイトボートに書き込んでいた要点を見つめ直す。
こればかりは考えがあると見たか須藤は見守る体勢に。
「健。すまないが、神宮希に関してまとめたノートをこちらに」
「はいよ」
じっくりと……目を横に泳がせている。ペラペラと紙を捲りつつ、ホワイトボートをちらちらと見ながら補足の部分も付けた。
そして考えがまとまると櫻井はノートを須藤に放り投げて、自分の席に戻る。
「端的に言って、僕は異世界と神宮希に接点があると睨んでいる。確実な証拠はこれと言ってないが、神宮神社の祠に奉っている蒼天神村雲と君があっちの世界で扱う蒼剣? とやらが神宮希がモデルとして扱うと同時に、異世界に転用させたのであれば確実に黒に近い。それと、異世界で体験した出来事とやらがややストーリー染みていて君が提示してくれた異世界小説とどことなく雰囲気が似ているのも妙に引っ掛かる……あっ、因みに君が執筆した小説は誰かに見せているのかい?」
「基本家族にも友達にも見せていません。唯一見せているとすれば……希だけです」
「うーんと。つまり、これらの証言をまとめ上げると」
「現段階では神無月翔大君を異世界に招待している人物は神宮希という可能性が極めて高い……という結論かな」
ここに来て納得してしまう答えが開示された。考えたくもなかったけど。
しかしその結論の答えには僅かながらの矛盾が存在する。それは一体具体的にどうやって希が僕を異世界に招待するのかという事。
仮にも彼女のあの交差点で事故死をしたんだ。そうしたら幾ら彼女が異世界に関与しているのであれど死んだのであれば僕を異世界に誘うには無理があるのでは?
僕の考えをなるべく点をまとめて口で説明すると、櫻井は深く考え込む。
「それ……なんだよなあ。君に言われる前から疑問に持っていたけど。彼女が死んだ後に異世界へ移動しているなら、誰によって作られたのか証明が出来ない。けど神宮希には世界を変える力があるという情報もある以上は軽視出来ない」
「お前がそんな様子だと、二件の事件が迷宮入りになっちまうぞ」
「焦っても、解決の道は開かれない。ここは一旦落ち着くのも必要だよ、健」
口喧嘩を聞かされているこっちの身にもなってくれよ。只でさえ希の件で参っているのに。
「とにかく…………そちらの異世界に行って、異世界を裏で手引きしていると思われる人物を捜索してくれ。上手く見つけたら、こちらの世界で起きてしまった二件も解決出来る糸口が見つかるだろう」
「結局人任せか」
「このケースは極めて異例だ。現実世界が神無月翔大が潜り込む異世界とやらに繋がりがあるのなら慎重に事を進めないと、最悪の事態に陥る可能性も考慮しなければならない」
頭がぐらつく。景色がはっきりとせず意識も安定しない。不安定な状態。
さっきまで健康その物だったのに……ここに来て、ようやくチャンスが巡ったか。
「やべぇ。始まったか!」
「翔大君! くれぐれも異世界で無茶をしないでくれ! 君には……まだ聞かなければならない事が沢山あるんでね!」