エピソード62:恋する乙女は強いのよ~♪
振り向けば魅惑な匂いが鼻をくすぐり、その場に居るだけであれだけ騒がしくしていた男達は目の色を変える。
上品な黒髪と中学生でありながらも女優と立ち並んでも遜色のない容姿と華奢な腰付きはもはや少女とは呼びづらい。
気を許す者以外とは一切口を閉ざし、その美貌と物静さ……そして勉学も学年一位を誇る秀才ぶりは校内の教師を驚愕させ男子の生徒も簡単に魅了にさせてしまう。
もはや、その活躍を四字熟語に言い換えれば完全無欠で天才少女と言ってもあながち間違いではないと言える。
しかも世の男子生徒は神宮希の虜となり、入学式を迎えて早々彼女のファンクラブを作り出す始末で仕舞いには全校の生徒からアイドルにされるという大惨事。
その状況は悪い方向に流れていき、一部の女性達が彼女を嫌うという事態を招く。
しかし、自分の意見など鼻から相手にしていない希に怖い物など存在しない。
「口を出すべきじゃないが、背中には気を付けた方が良い。お前は最近同性異性にも狙われ過ぎている」
「あら、アドバイスしてるの?」
「そうだが?」
「ふっ、生憎私は貴方なんかにアドバイスされる程落ちぶれていない。ましてや同性異性のターゲットになっているなんて既に知っているし自分の身は自分で守る。逆に、貴方の方こそ身の回りには気を付けなさい……世の中学校に関わらず、ドス黒い物があちこちに蔓延っているのだから。勿論翔大を除いてだけど」
学校お昼休憩の合間。何校か屋上が封鎖されているにも関わらず、この学校だけは解放されていた。
先生のうざったい授業から解き放たれ、飯に食らいつく明とは対照的に彼女はバックから一通……いや、それこそ五通もある手紙を取り出す。
白く繊細に透き通る小さな手で封筒を丁寧に千切ると顔に出したのはやはりと言って良いのか、内容は彼女神宮希をここぞとばかりに話があると場所を指定してくる謂わば告白。
他の四通も同様の内容である。違いは時間と場所だけで。
「大方、翔大が居ないから……一人身で帰ろうとする私を口説き落とそうとする魂胆でしょ。浅はかな思考が丸見えね」
神宮希は総合的に見ても、弱点は殆どない。だが……唯一あの点取り上げてしまえば。
「はぁぁ、もう! 翔大が居ないとやっぱり寂しい! 昨日体調悪そうだったから、明日寝込むようにって指示してしまった私も愚かだけど……いざ居なくなったら、男子はすぐに私にアプローチしてくる!! あぁ! 本当にその残念な思考に苛々が止まらない!」
「ま、まあ。ちょっと落ち着けや」
「これがどう落ち着いていられるの? 私はこの後放課後で今すぐにでも翔大の家に飛び込みたいのに! 邪魔な障害を五つ潰さないといけない! そんな事で翔大の辛そうな寝顔を愛しく思……ごほん。有意義な時間がごっそり減るのよ! 貴方が私の立場になったら、少なくともそんなに落ち着いていられると思う?」
神無月翔大。出会う頃からして運命を感じて以来、一生の愛を注ごうとする希にとっての最後の希望。
彼の存在が神宮希の生きる活力となっており、それを邪魔しよう物ならあらゆる手段をも手を出しかねない危険な女となってしまった。
だから、既に幼少期の頃から神宮希の裏の顔を認識している明は幾度となく希にちょっかいを掛けられている翔大を哀れに思っていた。
しかし口には決して出さない。翔大を茶化そう物なら希がどうなるか、想像するだけでも寒気が走る。
スポーツもそれなりに勉学もそれなりに、まあまあ人生上手くやっていけている影野明にも神宮希は惹かれようとはしない。
彼女にとってはただ幼少期から知り合った幼馴染み止まりという訳だ。
「そう言われたら、そうかもしれないな」
「はっきりしないね。もしかして答えづらくて濁してる?」
「俺は五人の異性に告白される機会なんてないんだから答えようがないでしょ」
「まっ、考えてみれば……それもそっか。なら手紙の件は軽く片付けるとして本命の方をやっつけるとしましょうか」
開封した手紙を全て鞄の中に入れ込み、次に取り出したのは銀色のコンパクトな機械。
明にとって、それは見覚えのない物。希は空に向かって軽くボールのように機械を飛ばす。
「そいつは何だ?」
「ボイスレコーダー。それを更に簡略に言えばボイレコ。学生で使える用途としては先生の授業しか使えないけど社会人になれば会議とかが録音が出来ちゃう優れる物よ。貴方はまさか、これを知らないの?」
「いやいや……知ってるけどさ。中学生の俺達が使うような代物じゃないだろう」
何故かここで溜め息を吐いている希。返答の仕方にガッカリしたのだろうが、では果たしてどう答えれば満足にいったのか?
神宮希の求めている答えはかなり厳しいと言える。
反対にボイスレコーダーを握り締める希は両手を柵にもたれ掛かる体勢に入り、時折風で飛ばされそうになる黒長髪を片手で優しく押さえ付けている。
「今日はこれを使って、対象を無力化にする。最悪は相討ち覚悟でね」
「何と戦ってんだよ……お前は」
「貴方には知らされていないでしょうけど……最近翔大、私の見えていない所で酷い苛めを受けているようなの。残念な事に翔大は私に知られたくないのかひた隠しにするのだけど、態度が見え見えだから殊更可愛そう。全く! やるなら私を標的にすれば良いのに、私が狙えないから代わりに彼を狙うだなんてとんでもない奴等よ。生きている価値なんてない……さっさと今すぐ私にそして翔大の為に惨たらしく死になさい」
運動場に顔を向けている希。毒づいた言葉を吐き続ける表情の裏はきっと皆がイメージしている神宮希とは大きくかけ離れているに違いない。
「苛めは殺人に等しき行為。ましてや私の愛しい彼を付け狙うなんて死すら生温い。彼女達には永久に逃れられない生き地獄に晒してやる」
「ちょっと待て! 翔大が苛められているなんて初めて知ったぞ!? それにお前は今から何を仕出かすつもりなんだよ!」
「陰湿で私を直接狙わず、生きているのも無価値な女共を駆逐してやるのよ……最新式のこいつとお気に入りのスマホを上手く使って」
神宮希は元来自分から興味を持って自主的に動こうとする性格ではない。
しかし、彼女は生きる価値を見出だしてくれた翔大に心酔する程彼を狂おしく溺愛している。
だからこそ神無月翔大に対して危害を与えようとする者には一切の容赦はない。
そこに幼馴染みの明が混じれば、問答無用で消されかねなかっただろう。
「残り20分。時間もないようだし、さくっと終わらせましょうか」
「おい」
「終わった頃には全てが片付いている。まぁ、貴方は気長に報告を待ってーー」
「はっ、誰が呑気に待機なんかするかよ。反撃するのならこの俺も同行させてくれ。翔大が苛められている事を知らなかった俺にも責任があるし」
「なら行きましょ。私達は彼の為にも全力で救わなければならない義務があるのだから」
神宮希は今日で翔大に対する苛めと今後の人生を終わらせてやろうと準備を整えた。
場所は聞いていないが、希の後ろに付いていけば自ずと分かるだろうと明は黙々と歩く。
希が言われなければ全く気付かなかった苛めに後悔を募らせながら。
「しっかりしなさい」
「あぁ、分かっているさ」
「気にやむのは後にして。そう言うのは翔大に会ってから謝れば良い」
ぴたっと足を止めてから何秒かしてから再度踏み入れる場所はバドミントンや卓球やバスケットボールなどの球技等の中の相性が合う体育館……の倉庫。
昼間の休憩時には基本誰も近付く事などない筈だが、その中心地に待ち構えていたかのように女性達が睨み付けている。
もしかして、こいつらが……翔大を苛めていたグループなのか?
にしても、苛めのグループにしては随分と可愛らしさがある。
しかし、人を苛めるような奴等だから性格についてはおおよそ期待してはいけない。
「はろー。私の手紙を読んでくれてありがたい限りね」
「ご託は良い。それよりも、私達をこんな場所に指定してきた訳を話せ」
「あらら、呼び出された自覚はないの? それなら貴方達の脳内はポンコツだったと判断して良いかしら?」
「はぁ!? 学校で一番にちやほやされているからって調子に乗るなよ!!」
喧嘩腰の希に対して、やはりであったか女性達は彼女の一言に堪忍袋の緒が切れたご様子。
希が渡したであろう手紙を乱暴に投げつけるリーダー格の女性。
もはやヤンキーと同格の態度丸出しである。
「別に調子に乗っていない。寧ろ貴方の方がやり方も性格もクズよ」
「場所だけ提示して、貴方と話があるとご丁寧に私の名前まで付けられてわざわざ来てやった。だからさっさと内容を話せ」
余裕の態度を表に出す希。いつ喧嘩になってもおかしくない状況下だったので、ほぼ外野に置かされている明もこれはやばいと希が話を出す前に横槍を入れる。
「えーと、あのな。お前達が神無月翔大を裏で苛めを平然とやっていると希から情報が入った。つまりはこれが事実かどうか確認しておきたい訳」
「あんた、そいつらとどういう関係?」
「隣に居る希そして風邪で寝込んでいる翔大も含めて、古くからダチ関係だ。もっとも幼馴染みと言った方が早いかもな」
「それよりも、この内容に間違いはあるの? ないの?」
「あるに決まってるだろ。何で私達があんな暗そうな奴を苛めないといけないの? 意味不明過ぎるし受ける~」
直後希からおぞましいオーラーを感じ取った。話し掛けるのも憚られる程に。
無感情に押したレコーダーの再生ボタン。そのたった一つの指先で馬鹿にしていた女子達が一気に凍りつく。
『おい、パン買って来いよ。買ってこなきゃ……てめえのデスクボロボロになっているかもな! あははっ!』
「なっ!?」
「このご時世でまさかのパシり? 古い思考。幼稚過ぎて呆れちゃう」
『あいつが偶々休みで助かるわ~。ようやく放課後で殴り放題!』
『ストレス解放!』
『じっとしていろよ。動いたり騒いだら……もっと痛め付けてやるからな?』
「はぁ~。男なんだから少しは抵抗して欲しいのが本音だけど……こんな暴力沙汰を平気でのうのうと実行しちゃうDQN女に立ち向かうなんて無理よね」
「まじか。こいつら……」
「何だよこれ、何だよこれ」
「こっちが聞きたい。これは私の大事な大事な大事な翔大に何をしているのかってね?」
幼少の頃から希望として崇めていた翔大を傷付けた事に対して希は一切の妥協も緩めない。
翔大を苛めよう物なら徹底的に潰しに掛かるのが彼女のスタイル。
片手に目の前の女性達が発していたであろうレコーダーともう片方には彼女が所有するスマホがある。
「社会的に潰す準備は万端♪ 映像とかも隠しカメラで経由して、このスマホにデータとして残っているから指先を軽く押せばネットに垂れ流せるし……貴方達が逃げる隙はもう残っていない」
「おいっ! 止めろ! 止めろって!」
「あはっ、泣いて叫んで喚いても翔大の傷は癒えない。だから垂れ流す……でも、そんな簡単に流したら折角集めた証拠の頑張りがなくなる上に被害者の翔大が映像に流されるというのも不服よね。という訳で私が望む条件は」
人指し指を床に。顔は笑いながらも怒りに震える神宮希が要求した物は謝罪でもなく。
「擦り付けて頭を全力でつけなさい。貴方達が仕出かした一件は死に導かれるまで到底許されない」
「くっ……」
「あぁ、貴方達の魂が悲鳴を上げて泣いている。けど私に報復しようとするなんて反省の色が全く見えない。仮にそんな事をしたら……貴方達の生きる場所を社会的に無くしてあげるけど。それでも良いなら掛かって来なさい」
声のトーンが本気だ。これは間違いなく、やりかねないと。今日は翔大が風邪で寝込んで良かったと明は安堵する。
「明、この事は翔大に永久に話さないで。万が一話したら……その先は言わなくても賢い貴方なら分かるよね?」
「話さねえよ。そんだけ怖いお前を見てしまってたらな」
「少なくとも私が生きている間は宜しく」
「はいはい。てか、どうする?余りのしっぺ返しに固まっているぞ、こいつら」
「放っておきなさい。どうせ昼間休憩が終わったら、教室にのこのこと戻ってくる。それで元通りよ」
すべき用事が完了したのか、泣きじゃくる女性達を無視して体育館の倉庫を後にして廊下へ。
教師に見つからなかったのは不幸中の幸い。下手に見つかれば同行人の明も含めて放課後に呼び出しを喰らっていただろう。
「放課後は面倒なゴミ掃除か。もう、私をどれだけ邪魔すれば気が済むのよ」
「ボイコットしたら?」
「それも良いけど、後の事を考えたら面倒事を始末した方が良い……これも翔大の為だと思えばね。今日は昼間の時間、付き合ってくれてありがとう。また機会があれば何か奢って上げる」
「へいへい。ありがとよ」
翔大に危害を加えようとするなら何があろうと、全力で潰す。
神宮希が注ぐ愛情が消えない限り。