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エピソード61:届いてくれたら嬉しいかなっていう願望

 現実世界で示すは3月13日。昨日は土曜で今日は日曜日だから、これを迎えたらまたしても面倒な学校生活が再開するが考え込んでも仕方がない。

 生憎今日はあの強面の須藤も神宮神社に掛かりきりになっているだろうから、僕に寄ってくるストレスは皆無。

 前までは大好きだった小説も相変わらず書けないし、ここは思いっきり外に出て気分転換を図ろう。


「おっはよう」


「おはよう」


 まずは腹ごなしの為にリビングに入室。そこには休日を迎えて、ダラダラとソファーに居座る父さんと料理を作っている母さんの姿。

 この頃は異世界の生活が中心になっていたので、現実世界の食事にありつけていないのが正直な所。

 珈琲が入ったコップを一口ずつ、ゆっくりと飲み進めながらテーブルに美味しそうな皿を置いてくれる母の食卓はやっぱり異世界とは比べられない位に美味しい。


「そいや、最近は元気がないように見えるが……悩みでも出来たか?」


「えっ? そう見えちゃう?」


「たまに下を向いている時とか何か考えているよな顔付きで部屋に行っちゃうから、母さん心配よ」


「深刻なら迷わず相談しろ。金とかだと要相談になっちまうが、それ以外ならお前の父である以前に人生の先輩として何でも……根掘り葉掘り教えてやる」


 さすがは僕を育ててくれた両親。細かい部分はパッと気付くか。

 これじゃあ、おちおち嘘もつけないじゃないか。全く、もう。


「この問題は自分で解決したいんだ。だから気持ちだけは受け取っておくよ、ありがとう」


 現実世界から異世界へ。そして異世界から現実世界に戻るという異常な能力を授かってしまった僕。

 それを、洗いざらい話しても両親はただただ困惑するのが目に見える。

 だからこれは……隠しているようで罪悪感が増すけど、なるべく僕と異世界と現実世界を行き来している事を知る数少ない人達と協力しながら解決に向かいたい。


「いつでも相談受け付けるからな。遠慮なんかするなよ」


「うん」


 太陽同様の眩しい笑顔。小さい頃から、いつも僕を守ってくれる大きな身体。

 反対に優しい眼差しで、僕を包み込んでくれる静かな背中。

 本当に僕は恵まれている方だと思う、これ以上ない位には。


「ちょっと外の空気を吸ってくる」


 朝食を済ませ、何もする事もない僕が起こす行動はただの気晴らし。

 閉じ籠っていても仕方ないしね。ぐうたらとベットで天井を見つめるよりはよっぽど良いかもしれない。


「気を付けてね。外は結構物騒だから」


「夜遅くなるなら連絡入れろよ」


「分かった」


 多分夜まで帰らない事はないと思うけど。とりあえず返事をしつつ、一本道が続く住宅街を無言で歩く。 

 目的地も何も見当たらない虚無。こんなにも平和な街を歩いているのは随分と久し振りな気がする。


 あっちの世界では宗教の取締りが暴動を起こしてくれたお陰で僕達は必死に抗った。

 最後はアルカディアの思うがままにマリーを連れていかれてしまった訳だが。

  

「ここで休むか」


 丁度良い場所に公園のベンチ。背もたれに乗っかるようにして見上げる空はどこまでも透明なブルー。

 時間も早朝だと風が良い感じに頬の当たるのが最高だ。


「はぁ……あれから色々あったなぁ」


 平和な時間で留まっているのは随分と久しい事で。異世界の中で多忙な時を駆け抜けた影響か今の僕は疲労がどっと押し寄せてくる。

 マリーを追いかけなかった後悔とアルカディアに敗北を許した屈辱。

 同時に襲い掛かる痛みは安易には取れないのだろう。


「早く行かないと」


 現実世界で呆然と空を眺めている訳にはいかない。一刻も早く異世界に旅立たなければ。

 だと言うのに、異世界に術をまだ知らないのでは話にならないじゃないか!


「あらよっ!」


 くそっ。折角良い天気なのに、これじゃあ気分転換出来ない……あひゃゃゃゃゃ!? 


「うわぁ。冷てぇぇ!」


「お前……ぼうっとし過ぎだぜ。後、そんなに塞ぎ込んでいたら鬱に見えるから止めとけや」


「君には分からないさ」


 そう言いつつ、影野明から無料で貰った缶コーヒーをゴクゴク飲んでいく。

 あーあ……何か身体に染み渡ってくるけどさぁ。


「苦くない、これ?」


「ブラックだからな」


 よく見たら黒じゃないか!? こいつ!! よくも騙してくれたなぁぁ!


「うげぇ」


「ありゃありゃ。これはこれは苦しそうですね」


「誰のせいだと思っている」


「ふっ……さあ、誰かな?」

 

 ブラックが苦手だと知って、このイタズラを仕込んだか。全く気分が晴れてない時によくもやってくれるよ。


「どうだ、気分は?」


「考え事をしていたけど一瞬で吹き飛んだよ。代わりに明への恨みが募った」


「ひぃ、そんな恨むなよ。あくまでも俺はお前の為に思って、やった事なんだからな」


 余計なお世……いや、これで逆に良かったのかもしれない。くよくよしているよりかはこっちの方が断然良い。


「というのは冗談だ。明のお陰で嫌な気持ちも吹き飛んだから一応は感謝する」


「おうよ」


 ほぼ腐れ縁に近い真柄である明とは何が起きようと、気楽に接する事が出来る相棒と言っても良い存在。

 最初で最後の恋をした希が亡くなった現在頼れるのは君だけ。

 だから、自分の中に仕舞い込んでいた思い出をありったけ語らう。

 

 例え僕がどう思われようとも。


「お前にとってのヒロインが……遂に奪われてしまったのか」


「何とも情けない限りだよ」


「しかも相手は何もしてない女性達を大量に誘拐する最悪の犯罪者。早くしないと……やばくねえか?」


「うん。だからこそ、こんな所でのんびりしている場合じゃないんだ。さっさとどうにかしてでも異世界に行かないと!」


「方法はあるのか?」


「それは……そうなんだけどさ」


「焦っても無駄に時間が過ぎるだけ。なら、落ち着いて俺と状況を整理してみねえか? 結果的に落ち着くかもしれないし」


 うん。言われたら、そうかも。焦るだけじゃあ、前に進まない。

 

 ならば……


「異世界から帰還した翔大がこの世界でやるべき使命。まずはそこからかな」


「えっ? どういうこと?」


「翔大は……その、異世界とこっちの現実世界の行き来とやらに不便を感じてないのか? 別に、異世界の住民とかそっちの世界の事を真剣に考えているのも良いけどよ」


 言われてみれば、僕は本来の世界を放棄して異世界ばかり夢中になっていた。

 まるで虜になったかのように……つまらなかった人生が面白くなったのはあっちの異世界が予想以上に嵌まったからかもしれない。


「こっちの現実世界だと、居場所がないかのように自分の心も唯一の趣味も潰してしまった。良くも悪くもやっぱりあれが原因だと思うけど」


 心の支えであった小説は大切にしていた希を目の前で失った今急激に枯れ果ててしまった。

 どんなに栄養剤やら水を必死に与えた所で決して咲き誇らない花のように。


「そっか。けどな、翔大の目がきらきらしていた時に肌身離さずいつも傍に居てくれた希は本当……翔大にぞっこんだったぞ。それこそ、他の男なんてまるでゴミを見るかのように」


 ゴミ? えっと……ん? 急に話が逸れているにも関わらず何を言い出しているのですか?


「はぁぁ。ここまで言われて気付かないのか?」


「だって……希は僕に対して凄い上から目線だったし、何より全然男として意識してくれなかったんだよ? 何回言われた所でやっぱり、うーん」


「やれやれ。鈍感過ぎるのもあれだねえ」


 呆れているようだ。でも、僕の言い分位はちょっとは聞いて欲しい。

 

「なーら、別に話すつもりは金輪際なかったが……時間もあるようだから話しておいてやるか」


 希がああもちょっかいを掛けてきたのは実は好意があってやったと? 明に言われた所で全く実感が湧かない!!

 しかも、話すつもりないとか言ってる癖に話そうとしているは何故?


「別に……知りたくないんだけど」


 それを聞いてしまったら、いよいよ戻れなくなるような……僕の本能が密かに囁いている。

 にも関わらず明は困り顔の僕に対して、へらへらと。あっ、こいつ何をどうしようが話す気満々なようだ。

 

「いやはや、不謹慎であるが良かったぜ。こりゃあ、下手したら未来永劫希の口封じで喋れなくなる案件だったからな」


「だったら……話さなくても」

 

「大丈夫さ。天国から希が首を絞めて来ない限りはな」


 仮にそうなったら怖すぎだろ!! ホラーを超えた絶叫アトラクション物だよ!!


「あれは思い返せば。えと、中学一年の中間テストを乗り越えた辺り……だったかな」


 結局話すんだ。なら、きちん聞いておこうと決めた僕は明の回想話を一言一句逃さず耳に入れる。

 

 そうして判明する衝撃の回想。最後まで聞き終わればそれもう……唖然が相応しい。


「で、感想は?」


「正直やっぱり君の口を全力で止めるべきだったと思う」


「そうかあ。でも、結果的に止めなかったな」


 話してくれているのに、話をわざわざ遮る訳にもいかないだろう。

 だから素直に聞いた。そうしたら残った感情が唖然だよ。


「念の為に確認したいんだけどーー」


「何を言おうが、れっきとした事実だ。俺の言葉に一つも間違いはない」


 一応間違いはないか確認したかったのに……そんなにきっぱり言われてしまったら黙るしかないじゃないか。


「……そうなんだ」


「あの面倒事を避けたがる希がわざわざ動いたんだ。突っ掛かったら自分にも降り掛かるかもしれないのに、それでも助けるなんてよっぽど正義感が強いか好意がねえと出来ねえよ」


 原因は僕が密かに受けていた虐めか。その事は他のクラスにいる明にも口を閉ざしていたと言うのに。

 同じクラスに居た希は見過ごさなかった。だからこそ、彼女は僕の為に。

 

 ははっ、情けない。これでも男なのに、よりにもよって希に助けられていたなんて。


「風邪が治って再び登校した時、皆の様子が少しおかしいとは思っていたけど……まさか希のお陰だったとは」


「感謝しときな。今更遅いと思うけどさ」


 もう遅過ぎるとしても改めて礼を告げよう。


 僕なんかの為にいつもありがとう……と。

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