エピソード57:それでも立ち上がるのが俺達
サイガの咆哮と同時に押し寄せる黒のローブを着飾った者共の襲撃。
何としても本部は落とすまいと意気込む団員達は必死の思いで行く手をどうにか阻む。
その一方でライアンを執拗に狙うサイガを止めるべく、イクモとザットはライアンの加勢に回っていた。
「三人まとめてもびくともしねえのか!?」
「やれやれ、随分と恨みがお強いよう……で!」
片目に受けた傷が彼の闘争心を燃やしたのだとすれば、こんなにうざったい事はないと呆れながらも叩き潰しすように剣を振るう二人の剣士イクモとザット。
その両者の隙間をトンネルのように潜り抜けて、仕留めようとするライアン。
辛くも防いだ一撃。サイガが次に移るは闇を纏う邪悪なる剣撃でその無数なる刃は避ける暇もなく、辺り一面を覆うように地面が剣により割れ目を作り出す。
以前の会った時に垣間見た余裕の顔付きはすっかり失い、今や標的を狙う狼と化したサイガ。
これ程まで強くなろうとは……復讐心を燃やした者の末路は末恐ろしい。
「もう逃れられんぞ」
「悪いが、お前の復讐に付き合わされている……こっち側は大迷惑なだけだ」
基本穏やかなライアンはもうそこには居ない、今立っているのは闘志を僅かに燃やして早期解決を図ろうと躍起する。まさに隊長に相応しい姿。
改めて、ザットはライアンの背中から兄貴と呼ぶに相応しいと認識せざるを得なかった。
「ありゃ~、残念だったなぁ。お前の憎む相手は眼中にないようだぞ」
「へっ。とんだストーカー野郎ですぜ」
どこまでも馬鹿にする連中。
底から湧き出す怒りが更に加速するとサイガの足は一瞬で彼等の元へ舞い込む。
完全なる殺意の剥き出しでに対しイクモは慎重に動きを読み取り、ザットは後ろに回って俊敏な剣撃で背中を削ぎ落とそうと目論む。
「ほらよ、がら空きだ!」
「させるか!!」
僅かな判断で回避した次に振り掛かるのはイクモの上……ではなく、下の影から飛び出したライアンが得意とする影から実体化させる希少な魔法。
通常ならここで仕留められる筈だった。だが、しかしあの忌まわしい体験を得たサイガにとっては影から飛び出る魔法をいつかのタイミング使うなどお見通し。
前回は自分の大事な目を失うという悲劇を乗り越えて、今度は斬撃を大きく弾いて、逆に押し返す。
「なに!?」
「同じ手が通用とすると思うな!」
増幅された力に為す術もなく後ろに引き下がってしまったライアン。
後手に回ったザットとイクモはライアンを守るように、支援するも暴れまわるサイガに身動きが取れなくなってしまうという痛恨の痛手を患う。
「やべぇ。速すぎる」
「目視だと追い付かねえ」
「そうだ! そうだ! お前らはそうやって翻弄されていきながら絶望に朽ちていけ!」
視界に映す無数の残像は影分身のように作り上げ、身動きが取れない両者に俊敏な速度で剣を何回も何回も切り払う。
風のように吹く音がやがて静まると、ザットは身体中にあちこちの切り傷を残しイクモは何ヵ所か傷が深い場所が出来上がり、床に膝を付けてしまうという大惨事を残す。
「ありゃあ、手の付けようがない化け物だ。今日会ったのは厄日だ」
「それでも仕留めなきゃ、こいつは止まらねえ!」
残像の間に降り掛かる凶器の刃。まるで何かに取り付かれたかのように、無心に切り裂こうとするサイガは最後まで止まろうとはしない。
たが、この状況下に置いては相手の動きを止めるのが何よりの打開策。
かくしてザット、イクモ、ライアンの三人は互いのアイコンタクトを示すとすぐに行動を再開。
今度は相手のターンを潰すように、二人が動きを停止させるように挟み込みを掛ける。
すると、サイガは思った通りザットとイクモの挟み込みに動きを封じ込められてしまった。
「貴様らぁぁ!」
「こちとら死にたくねえんでな!」
「お遊びはここまでしようや!」
「その傷を受けても、なお這い上がるとは……さすがは組織を束ねるリーダー。団長という名は伊達ではないか」
「お前も大概だけどな」
二人に武器を押されても、未だに抗うサイガ。その屈しない姿勢に感心せざるをえない。
片目が潰れて、生活や戦闘面に支障を来そうがなお抗おうとするサイガ。
こいつには普通の青年にはない何かが、眠っているのでは?
紫の短髪でいて、睨み付けるや敵を怯ませんとする赤い瞳が彼の恐怖を掻き立てる。
「怪我人は寝てろや!」
イクモの力強さに押し負けるサイガ。その隙を狙うか如く、ほくそえんだザットが怒濤の動きでねじ伏せようと畳み掛ける。
先まで身軽に動いていたサイガは戦闘から初めて、異様な動きを繰り出すザットに足を取られ仕舞いには相手のペースに良いように乗せられてしまう。
「ちぃぃ!」
「おっと、体力が切れちまったか? なら、こっちのターンが回ってきて助かるぜ」
「このぉぉ!」
「頭に血が昇ったか」
「しまっ!?」
目の前の相手に集中していたサイガの背中。その影からゆっくりと慎重に出てきたライアンは前方にいるザットとタイミングを合わせるように背中を一払い。
「これで終われるかぁぁ!」
最悪の場合、骨まで響いた激痛。肉片がもぎ取られ片目と同様の痛みに苦しめられても、なお逆襲の刃を振り下ろす。
「はぁ、はぁ……どうだ。思い知ったか」
「てめえ!」
見るも無惨に横腹を掻き切られたライアンの姿に怒り任せに武器を使うも事冷静に立っていたサイガに一枚食わされる。
すぐさま加勢に入るイクモ。こうも人数が多いと……本命を始末するにも目障りであると感じたサイガは黄色の剣を頭上に持ち上げ、どこからともなく剣に集まる黒いオーラを集める。
「ブラッディー・アウト!」
「まずっ!」
イクモはサイガに受けたダメージがじわじわと増してきた傷をぐっと堪えながら回避行動へ。
同じく、目の前の光景に生命の危機を感じ取ったザットも素早く横に転がる。
そして……その直後に映す斬撃は一直線に。固い地面を縦にえぐりとる程の紫の閃光の恐ろしさに三人は息を呑むしかなかった。
「……ふふっ、ははは。次こそは殺してやる!」
「ちょちょ。今度それやられたら洒落にならねえぞ」
「はっ! だったら、やらせなきゃ良いんだ!」
イクモ団長は全身にくまなく傷を受け、兄貴と誇れるライアンは横腹に大きな致命傷を患った。
少々の傷を受けたが比較的自由に動けるのは自分であると、息を巻いたザット。
俊敏に駆け抜け、あの技を繰り出さないように攻撃のスピードを緩める事なくひたすら突進としてもなお決着は付かない。
その苛立ちがピークに到達し、ザットは歯軋りをしながら刃を振るう度に暴言を吐き続ける。
「最近の部隊は言葉遣いがなっていないようだな」
「元々俺はこんなもんだ」
「程度が知れる。こんな馬鹿げた組織に壊滅されてしまったのか、俺達は」
「俺達だと?」
ミゾノグウジン教宗主アルカディアに仕える剣士が過去にどこかの組織に所属していた。
だとすれば、彼が元から強いのは納得がいく。しかし、過去にテロを企む組織を潰した際に上げられた報告からは彼のような人物は発見されていなかった。
そうなると、ある結論が自然と思い浮かぶのは時間の問題。
「数年前王国を武力で潰す極悪のテロ組織が存在した。有り余る行為において、全力を尽くして捜査網を張り巡らせ結果的に導き出した本部を襲撃。壊滅を確認した所でようやく無事にケリがついた……そう思っていたが、まさか君がその生き残りだったとは」
「あの頃の俺はまだ力も年齢もありとあらゆる要素が足りなかった。物心付いた時から拾われ、そして戦場で成果を上げる度に力を発揮してきたがその矢先に貴様らの部隊が……古い体制に敷かれた王国を潰し、俺達だけで独自の国家を築き上げてやろうという偉大なる目的を完膚なきまでに粉砕した」
「けっ! どうせ上手く事が運んだとしても、その先にあるのは自滅しかねえよ。国の管理を知らねえお前らがどうやろうが国ごと消えるのは目に見えてる」
「確かに。今に思えばそうだ……だが、俺はその件についてはもう関わるつもりもない。ましてや組織をもう一度作るつもりも殊更ない」
下ろしていた剣を両手に持ち直し、再び切りかからんとする姿勢に三人は戦闘の構えに移行。
いつ動くか分からない状況に緊張が走る。
「そう……俺の目的はただ、一つ。この左目を葬った貴様に復讐を遂げる。それだけだぁぁ!」
「来るか!」
復讐に走るサイガ。ほぼ瀕死状態にあるライアンを救援すべくザットとイクモは真っ先に全力疾走。
「残念、うちのライアンは殺させないよ」
「兄貴は絶対にやらせねえ」
「邪魔をするなと言っているだろ」
敵側が所有する黄色の剣が振り下ろされそうになる瞬間にどうにかして邪魔をするように働き掛ける。
だが、このギリギリの状況下ではいずれサイガに勝ちを許してしまう。こちらの部隊も黒いローブを着た集団に押され勝ちで放置しておけば部隊ごと本部が襲撃を受けかねない。
三人でも勝ち目の見えない戦闘に組織を纏めるイクモが抜ければ、ザットでも苦戦してしまうかもしれない最悪の状況。
予定調和がサイガの手の中に。このまま事が進めば勝利は揺るぎない。
そう確信を得た瞬間に……どこからともなく一人の人物が戦場に舞い降りる。
「戻れ」
「あと少しで勝てるんだ。それを邪魔するのなら、例えお前であろうとも」
「そうか……なら、口で黙らせるより力で封じ込めた方が効能的か」
ぼやきながらも片手を広げると、そう時間を掛ける事なく手に記された特殊な記号の力で床から三体の蛇が姿を現し、一体はライアンの前に立ちはだかりもう二体はザットとライアンの前に立ちはだかる。
一方で指示を拒絶したサイガは男の奇抜な動きに対して為す術もなく良いようにしてやられる。
「てめえ! よくもぬけぬけと顔を出してきたな!」
「お前の殺意。そうも執念があるとなれば、近い内に決着を果たす日を用意せねばなるまい」
銀色の髪が風に揺られ、ザットと年も変わらないであろう黒コートを羽織る指名手配犯アビス。
怒りが迸るザットとは反対にアビスは事冷静に振舞い、この場の状況を収めようと試みる。
しかし、肝心のサイガの態度はまるで反省していない。
「儀式の準備に必要なトリガーを手にいれた。もう、間もなく新世界への扉を開くと……お前の主から指示がきた」
「だから戻れと?」
「そうだ、お前のその私情とやらはまたの機会にしろ。いずれ復讐を完遂する日が訪れる以上」
喉元に貫かれそうな刃。それからやっとの事で解放されたサイガは周辺の状況を見渡してから武器を収める。
「治安団隊長ライアン・ホープ。次に会った時はお前の命日となるだろう……その日をよく覚えておくが良い」
「行くぞ。アルカディアの元に」
「くそがっ。おい! 待てよ!! てめえはのこのことしゃしゃり出てきて邪魔な土産物を置いて解散か? 随分と腐りきった真似をしてくれるじゃねえか!」
「審判の扉は開かれ、私の求める真理は近い」
会話の内容が全く噛み合わない。アビスの言動に苛立つきながらも仕方なく耳を傾ける。
「だったらなんだよ!」
「決戦の舞台が開かれる運命の日。それを機に私がお前に引導を引き渡す。それまで誰かに殺されないようにな」
「それはこっちの台詞だ、アビス!」
瞬間移動かはたまた空間移動か。いずれにせよ、サイガとライアンはこの場から立ち去った。
残した置き土産は三体の蛇のみ。さっきまで襲撃をしていた黒いローブを着飾った連中はアビスの撤退を境にそそくさと退散していた。
「ならぁ、生き残られねえとな!」
「そうですね。これで益々頭に血が昇ってきやした」
「やるぞ! 私達の底意地を見せてやるんだ!」
三体の蛇はモンスターを召集したアビスが消えるや否や激しく動き始めた。
人間よりも遥かに高い身長であろうとも三人は勇敢に立ち上がり、今日も今日とて迫り来る敵を薙ぎ払う。