エピソード54:もう、やるしかないでしょ!!
あの大騒動から三日。ミゾノグウジン教の宗主と名乗るアルカディアが招いた行為はこのゲネシス王国に飽きたらず、他の国にも甚大な被害を被られているとの事。
ミゾノグウジンを信仰する信者達がアルカディアの命令に従ったお陰で多くの女性が拉致されてしまうと大惨事を招いてしまった。
そこで今回起きてしまった事態を非常に重く受け止めた各国の代表は明日ミゾノグウジン教に対抗する会議を開くと、わざわざ使者を寄越してまで詳細な場所と時間を連絡してくれたのだが。
「バルト国王。今は非常に辛いとは思います……ですが、今回起きた事件への対抗手段を図る為にも各国の代表との会議に参加して頂けないでしょうか?」
説得はもうかれこれ二日経過しているけど相も変わらずでバルト国王は一切の口を開かない。
それどころか目蓋が一ミリも動かない。アン王女を失ったが故にここまで枯れ果てるとは。
今のバルト国王は国王の器すら怪しい者である。これでは、ただの年老いたおじさんだ。
「僕達にはもう時間がないのです。だから、急かしているようで申し訳ないのは重々承知の上で言います。お願いですから、今だけは力をお貸しください!」
正直、時間は限られていない。早くしないと宗主アルカディアが去り際に言い残したタイムリミットが近づいてしまう。
マリーがアルカディアに唆されるとは思ってもいないけど、この最悪な状況下でマリーがアルカディアの意向に従えば……どこかに連れ去られた女性達は無事に解放される。
右も左も分からない僕に今の人生を与えてくれた親切心のあるマリーを……アルカディアの元に行かせるなんて考えられないからこそ王を諭してでもどうにかしたい!
「バルト国王!」
「もう、止めましょう。バルト国王はアン王女の件で精神が安定していない以上無茶はしないで」
石のように固まるバルト国王にどれだけ説得しても無意味。
それを悟っていたマリーは僕の肩に手をそっと乗せて、首を頑なに横へ。
振り替えると、そこにはマリーと同様に沈んだ表情で佇む人達がちらほら。
あの事件から数週間。どんなに時が流れようとも、今のままではバルト国王の復帰は困難を極めていると言えよう。
「どうすれば良いんだ?」
あれほどバルト国王が梃子でも動かないのであれば、各国の会議の代表としての参加は絶望的に困難となると僕達の判断で代表を代わりに向かわせるしかない。
だから、その為の手は一応城の者達が手を打っているらしい。
愛すべき娘を亡くしたバルト国王の覇気が早々戻るとは思っていなかったと言うのが大きな理由だけど。
「返事は?」
「……駄目でした」
ほぼ寝たきり状態のバルト国王に一方的な別れを告げて、王の間へと入室すると圧倒的な人数を持ってしてぞろぞろと待機兵士。
その中でバルト国王に長く仕えている幹部もちらほらと王の空席の両端で僕を待ち構えていた。
返事を待っている幹部にありのままで、ついさっき起きた事をさらさらと話すと案の定幹部の表情は苦々しくなっている。
「うーむ。明日にでも会議があるというのに」
「こうなると……最悪、欠席もやむを得まいな」
「しかし、こんな大きな問題に対して欠席など早々に出来る物ではない」
あーだこーだとこの大人達は交互に別々の意見を交わすお陰で、全く意見がまとまっていない。
しばらく経っても、耳がぐちゃぐちゃな音に交じって聞こえるので大変耳障りである。
「あの……」
「なんだね? 君も意見があるのかね?」
何故に上から目線? しかも、僕を邪魔者扱いするような目付きを即刻止めろ!
バルト国王に長く支える幹部の集団に見下げられようとも、僕は一歩も引かない。
寧ろ、断固として意見していく所存だ。
「この中で一番バルトに仕えている……もしくは信頼されている人を会議の代表として向かわせるべきではないでしょうか?」
とにかく会議に参加してくれないと話は動きそうにない。僕が話を切り出さないと会話が終わりそうにもないし。
「……なら、我々の中で取り決めるとしようか」
「私は認めません」
「トワイライト。お前の意見は聞いていないぞ」
「本来この国の代表者に相応しいバルト国王が不在であるなら、私は蒼の騎士であるショウタ・カンナヅキに代わりの者として出席させるべきではないかと思います」
彼女の意思は非常に固い。マリーよりも年上の者に見上げる強情な目付き。
幹部の者は皆、僕を会議の代表として向かわせる事に賛同の意を唱えない。
やっぱり途中からしゃしゃり出てきた小僧に重要な会議に出させる訳にはいかないという考えを持っている人が多勢居るのだろう。
だからこそ、答えが全く出てこない。
そこでマリーはわざわざ僕を指名してたとなると、その意見には大きく賛同した方が良い。
どれだけ批判されようともね。
「明日の会議の代表は僕が出ます」
「何を言っているのか分かっているのか?」
「幾ら蒼の騎士と名を馳せていようが、明日の会議は国の代表として出るのだぞ? この国の王に仕えて、半年も経っていないのに前にでしゃばるな」
「平行線になるよりはよっぽどマシです」
「ぬうぅぅ」
古参の幹部は頑なに僕とマリーの意見を受け入れてはくれない。
しかし、現状ではこの方法でしか切り開けない。いつまでもうじうじするよりかはよっぽど良いのに。
バルト国王に古くから仕える幹部達が障害物となるのは腹立たしい限りである。
「明日はショウタ・カンナヅキが代表として、付き添いは私が参ります」
「トワイライト。お前に仕切る権利はーー」
「うだうだうだうだ……明日迫る会議に愚痴愚痴言い合っても、話が進まないだけでしょ!」
瞬間、迫真の表情と天井に響く大きな声に誰もが黙る。マリーがこれほどまでに苛ついているのは、知り合って初めての体験かもしれない。
やっぱり、アン王女の死で色々と体調が優れていないのだろうか?
いつものように笑顔が素敵なマリーとは程遠い表情であるのがまさにそれだ。
「そこまで、真剣に言うのなら……彼に一任するのもありか」
「スマイラス卿。この提案を受け入れるつもりなのですか?」
「私は戦いしか知らない男だ。そんな者が会議とやらに出席した所でどうにもならない……ならば、まだそこの若造達に任せておく方が適切であろう。現状、代わりの代表となる者の器がなきに等しいからな」
実質ゲネシス王国の中核を任されているスマイラス卿のお言葉に今度は誰もが黙り込む。
こうなると、もう明日に出る者が誰なのかは決着が付いたような物だ。
「ただし、明日の会議はミゾノグウジン教の大元となる宗主アルカディアに対する対策について。このゲネシス王国の代表として恥じぬように徹底したまえ」
「はい!!」
「うむ。良い返事だ」
「スマイラス卿!? 本来に宜しいのですか!?」
さっきから髪の毛が寂しいお爺さんが邪魔ばかりしてくる。
どんだけ僕の邪魔をしたいのか知らないけど、はっきり言って良い迷惑だ。
「それで話は付いた。よって……この件に関する追求は不要。ただ、今日の事については国の決め事でもある故に私からバルト国王へ報告だけはしておく」
軽く僕の肩に手を乗せて、そそくさと退出したスマイラス卿。
僕達の意見にガミガミと反抗的な態度を取っていた側近達も続くようにして退散。
はぁ~。明日に始まる会議は僕が代表として無事に決まったけど、普段学校で目立つように行動していないのにそんな大それた会議に堂々とした態度で望まなければならないのか。
「ふふっ。緊張してきた?」
「嘘か本当かで言えば本当になる」
「大丈夫。幾多の試練を乗り越えてきたショウタなら明日の会議なんてへっちゃらよ。なんなら、隣で私が見守っているからリラックスした体勢で望んで」
偉い人ばっかりなのに、どうリラックスしろと? 明日はマリーが隣に居ようとも、内心ガチガチで上手く進行できるのか分かった物じゃないよ。
「各国の代表に交じる僕か。本番で下手な失敗がないようにしないと」
「いつもの調子で望めば、失敗はしない。落ち着いていきましょう」
もう体調はすっかり良くなっているようでほっとした。会場で重症を受けた時はどうなるのか心配していたけど、今は元気で何より。
まぁ、まだアン王女の死を受け入れているかどうかは分からないけど。
「そうだね。ありがとう」
「いえいえ、どういたしまして」
「それより……マリーはもうーー」
「うん、ショウタの言いたい事なら分かるよ……アン王女の死に吹っ切れたかどうかでしょ?」
「えっ!?」
まだ何も言っていないのに。なんで僕の心が……もしかして、また顔に出てたの?
マリーはさも僕の言いたい事が分かっているかのように語り始めてきたけど。
「アンが死んでしまったのは正直辛い。どれだけ、あの子に嫌われようとも古くから付き添っていた友人である以上……でも、いつまでも後ろを向いていても時間は巻き戻らない。だからこそ嫌でも現実を受け入れる必要がある」
「吹っ切れたの?」
「えぇ。少なくとも私は……受け入れた。いつまでもくよくよしてたら、前に進めないしね」
迷いが一切ないと分かるどこまでも真っ直ぐな瞳。それでいて去り際に広がる落ち着いた臭いと肩まで伸ばした白い髪がふわっと横へたなびく。
「ショウタ……相手が誰であれ、会議は落ち着いた態度で接して。そうでないと相手のペースにとことん嵌まるわよ」
うわぁ、そうか。やっぱり相手も相手だから警戒心を持って、明日の会議に望んだ方が良さそうだ。
ただ僕のコミュニケーション能力は誠に残念ながら、それほど高くはない。
あんまり迂闊な事を喋らないようにしとかないと。
「なるべく善処します」
「頼りないなあ~。まぁ、そんな所が実にショウタらしいけど」
ニコッとはにかむ表情に一瞬くらりと来そうだったが、どうにか立て直した。
やっぱりいつ見ても希と面影があるから、その笑顔にやられてしまう。
「明日の会議……頑張るか」
「その意気よ、ショウタ」
明日はどうなっちゃうのかな? 代表が集う会議にまさかの代表として参戦するという不安な事態にマリーは終始笑顔で立ち去るのであった。