エピソード53:計画の階段は実に順調
「へえ。中々やるじゃないか」
「まだよ! 何の罪もなき女性に酷い事を平然とやってのける貴方には手痛く受けて貰う」
「それは良い! 君の怒りがどこまで私を楽しませるのか実に楽しみだ!」
アルカディアにより精製された無数の炎の球を一時的な盾を幾つか敷いて守りの体勢へ。
次に守りの体勢から攻撃の方にパターンを変えて、アルカディアに少しでも距離を詰めようと躍起になるマリー。
その戦いはまさに魔法使い同士が長ける魔法対決で、剣を好む僕はどう考えても場違い感が半端なかった。
場に取り残されつつある時に二人の戦いを眺めていたサイガの矛先は僕に。
再び、振り下ろしてくる刃に対抗する。
「蒼の騎士! お前の力はその程度か!」
「いや……まだ、本気を出していないだけだ」
「だが、この状況でどう切り抜ける?」
「無駄話に付き合っている暇はない」
駆け抜けながら切り合いを交わす中で広場の一角で猛烈な攻撃を繰り広げる。
時には先読みの力を駆使して、相手の動きを読みながら隙となる箇所を叩き込む。
けど、相手も相手でそれなりの場数を踏んでいるのか技量が中々ある。
どうにか大ダメージを与えられる瞬間はないのだろうか?
息一つ整える事すら許されない熾烈な戦闘で思考を張り巡らせる僕。
しばらく交差する蒼の剣と黄色の剣。雨も止んできた所か少し晴れ間が差してきた空のの下で、休む暇もない戦闘がじりじりと体力を消耗していく。
もう、付け入る隙はないのかと戦闘を繰り広げている最中で未だに僕はタイミングを狙う。
しかし、相手はそれすらさせまいと容赦のない猛攻が降り注ぐ。
これが実に手厳しい限りで、僕の実力では相手の動きに対して合わせるのが精一杯。
それほどまでにこの男の実力は伴っている。
「そろそろギブアップするか?」
「まだだ!」
例え、そっちの剣に押されようが僕は負けないぞ! お前達のような不届き者に敗北する程弱くはないんだ!
「ふんっ。さすがはオルディネ民に怨念扱いされている傲慢王を倒しただけはあるな!」
「それは……どうも!」
僕が異世界に来てから、暗躍を開始する傲慢王オウジャ・デッキは己の野望に囚われた……所謂民にとっては自己中心的な傍迷惑野郎。
力と権威がありながら、国王として民に取り組む姿勢を間違ってしまった愚か者に等しき存在。
国を滅茶苦茶にした原因を作り上げたオウジャ国王の死去。残された民はぞんざいな扱いで遺体を処理し、今度は皆の幸せを築き上げるという民の理想を作る国が誕生した。
それがサイガの言っていたオルディネという物で民主主義でいて民から選ばれた国王は絶対的な権力ではなく、法律を改定・選定等々重要な物は民に選挙によって当選した王国委員なる人達の多くの可決・否決でこの国のあり方が変わるという僕の世界にある日本に少し似ている。
ちなみオルディネという言葉はイタリア語から取られている……ここは異世界の筈なのに。
まっ、変に考えすぎか。こんなしょうもない事に囚われている状況でもないのに。
目の前の戦いに集中しないと!
「貰った!!」
目玉に刀身を突き刺そうとするサイガ。このまま黙ってやられたりでもしたら、一生片目が開かなくなるという重い後遺症が残りかねない。
それだけは何としても抗わなければ!
「させない!」
「意地になるか。なら押し比べといこうか」
意地悪な奴だ。サイガはどうも力ずくで僕の片目を潰しておきたいようだな。
ただ、僕にだって意地はある。
どうにか、ぎりぎり防いだ蒼剣は何があっても離してはならない。
力に押し任され、諦めようとしても。
「さぁ……さぁ、終われ!!」
格好付けてみても、長らくこんな状態に置かされているのなら最悪片目が潰されるの免れない。
何とか、守りから攻めに乗じれれば勝ちが見えそうだけど……現状守りの体勢はそう簡単に変えられない。
「諦めたらどうです?」
「俺はお前に対して、宗主の邪魔にならぬよう妨害をしなければならない。片目を潰されようと悪く思うな」
「左目だろうが右目だろうが、僕の大切な瞳は潰させない!」
「終わりだ」
それなりに踏ん張ったけど……ここまでだったか。いや、こんな所でくたばっていられない!
そう強くありたいと願った時には蒼剣は想いに応えるようにして、力で押し込めてきたサイガをなくなく吹き飛ばす。
僕の方はと言えば、全く影響はないし不思議と力が流れ込んでくるはで至れり尽くせりである。
ピンチから逆転のチャンスを頂けたのなら……一気に叩き込む機会だ!
「せいや!!」
想いに応えた蒼剣の力は絶大で、あの一心不乱に攻撃を止めなかったサイガが吹き飛ばされて膝を付いてしまっている。
この好機の流れは是非とも乗っ掛かるしかない!
「くそっ!」
咄嗟の構えで防御。やはり、彼は吹き飛ばされた上によろめこうが振り掛かる攻撃には即座に対応するらしい。
「調子に乗るなよ。所詮、お前は剣だけが珍しい存在でいて技量はこちらの方が圧倒的に強い」
「確かにそうかもしれません。ですが、必ずやいつかは剣の力だけではなく技量も優るように追い抜いていきます!」
「ふんっ、威勢だけ良かろうと!」
僕の言葉がサイガに火を付けてしまったのか膝を付いているにも関わらず力で押し返される。
距離が離れた時に「隙あり!」と剣の先を再び、片方の瞳に焦点を当てつつ突進に入るサイガ。
勝敗を決したとこの時は思っていたのだろうに……彼にとって予期せぬアクシデントが優勢だった状況をどん底へと誘われる。
それはにょきにょきと出てきた人影。しかも、そこからサイガにやられていたと思われるライアン隊長が僕の背中の影を利用。
すぐさま僕の正面に回り込んで鋭利な刃を貫くと、まさかそうと来るとは思っていなかったサイガはとんでもない傷跡を貰い受ける。
「ぐああああああ!!」
「油断していたのは……君だったな」
「お前は!? 俺が完膚なきまでに倒した筈なのに!?」
「あぁ。君には随分とお世話になったよ……お陰で、こちらも逆転の準備に手間取ってしまったが」
ライアン隊長はサイガとの戦闘でやられていたと思っていた。だが、それらただ単なるこっちの思い込みであり……ライアン隊長にしてみれば油断をさせる為の戦い。
人の影から、実体として浮き出る魔法からの奇襲は物の見事に成功した訳だ。
「俺の……俺の、左目を返せえぇぇぇ!!」
彼は相当恨んでいる。自分の生涯の瞳の内の片方を失い、失われた瞳から水道のようにドバドバと垂れ流す血を左手で無理矢理押さえ付け憤怒の表情を浮かべている。
「これは戦いだ。今回の騒動を含め、悪事を働く君に手を緩めるつもりは毛頭ない」
怒りを露にして立ち上がる彼の左手には黄色の剣が。こちらから見て潰れた右目を押さえつつも、よろよろと近付こうとするサイガは実に哀れで……それすら超越してお気の毒としか思えない。
「上等だ。なら、こっちはお前らの大事な部分をこの剣でぶった切ってやる!!」
「ショウタ君」
もう何を言われずとも、どうするかは把握していた。ライアン隊長との有無を言わせないコンビネーションで今度こそサイガをどん底へと追い詰める。
最終的に僕の得物となる蒼剣とライアン隊長が所有する剣との羽交い締めでサイガは動こうにも動けなくなった。
「ははっ」
乾いた笑いが溢れゆく中で横槍のように急接近する光の球体。
慌てて、離れると床に着地した光の球体はバチバチという激しい音が鳴り響き、目に眩しさが映る。
「くくっ、かなり派手にやられたようだね」
「申し訳ございません。俺の力が足りないばかりに」
「隙ありね!」
サイガと合流するアルカディア。のんびりと会話を交わしている内に、マリーがここぞとばかりに飛ばした氷柱すらも簡易的な陣で無効にするという余裕ぶり。
大きな傷跡も小さな傷跡も見られない以上、かなりの実力を誇っていると言えよう。
「やれやれ。これじゃあ、おちおち会話も出来やしない」
「アルカディア、貴方がここまでする理由を話して下さい。正直何故女性ばかり狙っているのか、腑に落ちない部分が多いので」
「君達に話した所でメリットがないんだけど?」
嫌でも話して貰うぞ。ここまで、事態を大きくしてしまったからにはな!
「……あっちも、そろそろ終わりかな?」
アルカディアが見ている瞳を追うと、そこには未だかつて激闘が止まないザットとアビスがようやく手を止めていた。
遠くからでも見えるザットは息を切らして、立ち止まりながらも息を整えている。
一方でアビスも同様の反応を示しており、動きがピタリと止まっている。
「答えろ!!」
「……くくっ。そう声を荒げるなよ」
こいつ! どこまでも人を見下げる奴で本当に気に入らない!
「ありとあらゆる生命体をを築き上げた創造神ミゾノグウジンを再び呼び出し、この邪なる世界を一からリスタートさせるという壮大な計画を実行する!! どうだい? 話を聞いてワクワクしないかい?」
そうなるのは貴方だけで、こちら側は大迷惑だ。迷惑な表情を浮かべようとアルカディアは全く見向きもしない上に自分のペースに乗っていて僕の心の訴えを完全に無視している。
「美しくそして凛々しい彼女をこの世に降臨させる条件として、多くの女性を生け贄に捧げなければならないが……まぁ、多少の犠牲はやむを得ないだろう」
「多少の犠牲……そんな言葉で片付けないで下さい!」
「なんてゲス野郎なの」
何処かから空を舞う鳥がアルカディアの元へ。どうやらどっかの誰かと連絡を取り合っているようで、話を終えると含み笑いを浮かべて。
「今日の一件で各国の女性を多少集められた。これで計画の実行が本格的に叶う訳だ」
「そうはさせない」
剣を片手に構えながら、アルカディアの元へ切りつけようとするライアン隊長に多重の魔法陣を瞬時に設置。
幾つにも折り重なる鉄壁の壁が影響して、一切近付けない。舌打ちを立てて一旦距離を置くライアン隊長。
余裕の表情を見せるアルカディアは実に腹立たしい。
「数多の女を贄として、今や亡くなってしまったミゾノグウジンに生命体を宿すのが計画の第一歩であるが……そこの彼女が私の計画に意を沿ってくれるのであれば、彼女達を解放してやっても良い」
「えっ!?」
「君は神話に伝えられるミゾノグウジン同様に非常美しい。それゆえ、そこらの女と比べて中に眠る魔力も非常に高い。これらを吟味した上で君が首を縦に振りさえすれば、ミゾノグウジンを降臨させるだけに利用した数だけ用意した女性共は無価値になる」
「この……ゲス野郎が」
「くくっ。あぁ、堪らないねえ。その睨み付ける感情は見事に私の心をゾクゾクさせてくれる」
マリーがアルカディアに付いていけば、捕まった女性達は無事に解放出来る。
いやいや、そうだったとしてもそんな条件は簡単には呑み込めない!
女性が解放されて、マリーがどうなるのか分からないのに……こんなクソッタレな条件を承諾させる訳にはいかない!
「期日は一週間後。それまで、ミゾノグウジンを心から愛し、崇拝を止まない私にどう抗うか答えを見せてくれ」
途端に広がる煙幕。真っ黒な煙が一切の視界をも遮断して景色を封鎖する。
「さらばだ。ミゾノグウジンに相応しき華麗なる乙女! そして蒼の騎士よ!」
アルカディアの姿と片目に傷を受けたサイガの姿はどこにも見当たらない。
代わりに居るのは、屋根から飛び降りた……あいつだけ。
「どこまで……堕ちるつもりだ?」
「願望を成し得る、光ある時まで。私はそれを純粋に待とう」
「待てよ、くそ野郎!! 戦いはまだ終わっちゃーー」
「ザット・ディスパイヤー。お前との勝負はまたいずれケリを付けさせて貰う」
未だにアビスの明確な目的が一切分からない上にどうしてあんな奴と手を組んだのかが一番の謎だ。
もしかしたらお互いの利害が偶々合致して組んだのかもしれないけど。
「ザット。動けるのなら、速やかに残りの者を叩く。被害だけは最小限に食い止めろ」
「……了解しやした」
これから、この世界はどんな方向に向かうんだのだろうか?
新たに出現したアルカディアなるミゾノグウジン教の障害そして現実世界と少なくとも繋がりが見える異世界に僕の心は落ち着く事はない。