エピソード51:個人の余興をもて余した、お遊び
「うぅ!」
まともに立っていられない激痛が脳裏にほと走る。今の、この異世界では何をしていたのか?
頭の痛みがようやく引いたとしても、思い出すにはしばらく時間を要していた。
場所の確認をしておくと、現在僕は立派な宮殿の床の上に立っている。
そうすると、ここは……誰かのあっ、そうか! 僕はゲネシス王国の城に居るのか。
なんですぐにこんなのが思い出せなかったんだ!
《現実》→→→→→《異世界》
「現実と異世界が交互に絡み合っていて混乱しているのか?」
頭が混乱している。こっちは異世界のショウタ・カンナヅキとなって神無月翔大ではない。
早く切り替えようと脳が動いて身体も動く。静まり変える城の二階の窓から見える空はいつにもして超絶な悪天候。
こちらの状況は確かバルト国王が娘の死を知ってしまい、部屋に籠りきりで併せて何者かに怪我を患ったマリーは……残念な事に意識が回復していない。
この悪天候では迂闊に外には出られないと判断を下した僕。今出来るはもはや残されていない。
強いて言うなら、マリーとバルト国王の回復をただただ願うのみ。
「これ以上……ややこしくしないでくれよ」
ただでさえ、こっちでは一国の姫が何者かに殺されて皆の意気が消沈しているんだ。
これ以上厄介な不幸が続けば国の崩壊も最悪起きかねない。
「ふぁぁ」
もう欠伸が。眠気も止みそうにないし、睡眠を取る事にしようか……それにしても、こっちに来てから段々と疲れが溜まってきているような。
いいや、違う。これは恐らく現実と異世界との移動を幾重にも連なって疲労がピークを迎えているのだろう。
欠伸を押し殺し、国王の側近に眠気が酷いと相談を持ちかけるとひとまずは一階の客間を使用するようにとのお許しが出た。
バルト国王の精神不安定そして一向に目を開けようとしないマリーなど抱える問題は数多にもあるが、眠気がここ一番で冷静に考えるよりも眠りに付いてしまいそうだ。
客間の敷かれたベットにダイブするような形で飛び込むと、すぐさま眠りの扉が開かれる。
ずっと、ずっと、目を閉じていて何があろうと開眼しない。
ベットの気持ちよさに包まれながら、深い眠りに入り込む僕。
気持ちの良い……ふわぁーと宙に浮かんでいる感覚が勝っていた僕。
しばらくしてみて、その静まり変える無言の闇の中で長い長い眠りに浸る。
「翔大。これから……貴方には大きな試練が立ちはだかる」
闇の中で一際目立つ光。それは人間の姿をしていて、酷く懐かしい感覚で。
ぼやぼやとした感覚の中で近付いていくと、その子は僕の下の名前を知っているようで。
「君は?」
「でも……異世界と現実を自由に行き来し、尚且つ世界の英雄となりつつある貴方なら。このイベントも乗り越えられる」
声が聞こえていないのか、そう思わずにはいられない程に女性は勝手に語り出す。
話の内容は頭がはっきりとしていなくて正確には聞き取りづらいが、ただしかとこの耳に聞いたのはこれから起きるのはあくまでもイベントだと言う事。
しかし……何故彼女がその事実を知っているのかは調査が付いていない。
「じゃあね。ふふっ、今後の活躍に期待しているよ」
待ってくれ! 彼女が段々と闇の中へと入り込もうとした矢先で僕は出来るだけ……懸命に彼女を追い掛ける。
だが、しばらくして彼女の姿はどこにもなく綺麗に消え去った。
そして次に視界が開けると、そこは客間。僕は夢のような場所で謎の女性と語っていたのか。
それにしても冷や汗が止まらない。もう、眠気もすっかり取れたし部屋を出よう。
ベットから起き上がり、ドアに手を掛けようと近付く時にはコンコンと叩いて慌てた様子で一人の兵士が入室してきた。
「大変です!!」
切羽詰まっているのか、返事をする前に入り込んできた。まだ、僕が男子だったから良かったものの女子ならそれ相応のお叱りを受けていただろうなあ。
内心、慌てふためく様子で入ってきた兵士に対して何だ何だと呑気にしている僕。
「何があったんですか?」
しかし……次に語る言葉が事態を大きく変化させる。
「ミゾノグウジン教の信者達が次々と女性を拉致! これに対し、反論もしくは妨害する者達を容赦なく殺害! 現場の兵士が早急に対応しておりますが、現場の収拾が付きません!」
「側近の皆さんは?」
「事態の収拾に赴いておりますゆえに、どこかに居るであろう蒼の騎士にも対処に赴いて欲しいと」
現在城の守りは殆どの人達が出払っていて、それほど固められてはいないか。
相手がミゾノグウジン教で尚且つ女性ばかり拉致しているのなら、ここが集中的に狙われる可能性は極めて低いけど……相手の目的を知らずに城を留守にする訳には。
「敵がミゾノグウジン教であれ、ここには国王もいらっしゃいます。現場の者の一部にも召集を掛けて万が一の事態に供えるよう速やかにお願いします!」
「はい、直ちに!」
こうしている場合ではない。一刻も早い状況確認を! 城の件については兵士に任せて、走って走って城を出てようやく映る景色。
それは言葉に言い表すには何ともグロい惨殺な光景。前はあれだけ賑やかで楽しそうな声が聞こえていた街が一瞬にして、泣き叫ぶ悲鳴が止まない異常事態の街となってしまった。
犯行グループはミゾノグウジン教を信仰する者達。
奴の狙いは何処にあるのか知らないけど、放置する案件ではない。
「やめろぉぉ!」
か弱い女性を執拗に狙う者達。ミゾノグウジン教はいつから、こんなに乱暴を? これでは、ただの暴行だ。どんな理由がそちら側にあったとしても許しておけない!
「あ、貴方は!?」
彼等の行為に武器を持って追い払う。なるべく死なないように、気絶させるように切り払っていく中で以前立ち話を交わしていた人と直接出会う。
言動が常人とかけ離れた……強いて言えば友達が出来なさそうな彼は慌てた表情でナイフを女性の首に突き立てる。
ここは慎重に事を運ばないと、被害が大きくなる。例え、彼の手が酷く震えていたとしても。
「その手を離してあげて下さい」
「おう、駄目ですぅ。こ、ここれは神聖なる奇跡を! 宗主アルカディアと共に! 歩ばねばならぬのでーす!」
「彼女は嫌がっている。それを貴方は……都合だけ押し付けて! 無理矢理やるのが神聖なんですか! 絶体におかしいでしょ!」
「うぐぅぅ!」
よしよし、彼の手が止まった。今なら近付いて彼女を救出するのは容易い。
この人には……落ち着いた時にどうしてこうなってしまったのかをじっくり根掘り葉掘り聞いておかないと。
僕の言葉でおどおどさが更に激化する男性。これなら、近付いて制圧が出来ると踏んだのでなるべく興奮させないように一歩一歩着実に。
あと少しで彼女を開放出来ると思っていた矢先に背後から聞き覚えのある声が囁く。
「刃物を即刻離しな。さもないと……お前の首、消し飛ぶぜ」
「ひぃ」
悲鳴と共に離された刃物。それを確認した瞬間に女性にぶつからないように程よく蹴り飛ばした後に。
「おっとと、危ねえ危ねえ。手が滑ってしまったぜ」
手が滑った割には目ん玉に突き刺しそう距離にあるんだけど。
しかも、謝っているにしては顔が反省していないし。
「その人には色々と」
「分かっているさ。こいつは吐かせたら、結構な情報が取れるだろうにしな」
「君達、無事か!」
駆け付けるようにしてきたライアン。その顔には事態の焦りが垣間見える。
「兄貴。こっちはどうにかなりました」
「あぁ、そのようだな。しかし……現状ではミゾノグウジンを慕う者の暴動は沈静化されていない」
「そのようっすね。ただ、こっちはこっちで収穫がありましたぜ」
戦意が完全に喪失している彼を立ち上がらせて、収穫を得たと自慢するザット。
その僅かな油断が相手のペースに乗せられる事を知らずに。
「ぐぼぁ!」
「なっ!?」
ギュイーンと響く嫌な音が耳の鼓膜に直接靡くと共に彼の心臓の箇所は空洞となって肉片が向こうに飛び散る。
一瞬の隙に突かれてしまった。油断が生んだ相手のチャンス。
振り向くとそこには、白いローブを羽織る上になにやら高貴な飾りも身に付けた魔法使いに近い服を着飾る青年が笑顔で佇む。
その微笑みは色白も相まって、歌劇団の中心格に居てもおかしくはない美青年で。
だけど、彼の犯した行為は残虐と呼べる酷い行為。それを平然とやってのける彼は見た目が幾ら優男であっても……とんでもないサイコパスである。
「やぁ、こうして直接会うのは始めまして……蒼の騎士」
「名前を名乗れや」
「せっかちだね。急かし者は嫌われるよ?」
「俺は当に嫌われてんだ。今更それがどうした」
「ふーん。君には聞いていないのに、ずけずけと突っ込んでくるねえ」
あの手に掲げた杖の力で彼を即座に殺したのか。唯一の証人を殺した上に人間の一部の肉体に空洞を作るとは……この人は只者ではない。
「所属。名前を正確に言え」
「ミゾノグウジン教宗主。偉大なる神を心から愛し、そして崇拝するアルカディアとは私の事だ」
「宗主アルカディア……あの胡散臭い宗教の取締役か」
「聞き捨てならないな。その言葉を今一度修正して欲しい物だ」
もう二つの影が近付く。城を後にした時に現れた霧に上手くカモフラージュされた影。
それが鮮明になると、減らず口を叩いていたザットの表情がみるみると激変する。
「てめえぇぇぇ!!」
黒いコートに銀髪。それに顔の一部に刃物を切られたような跡。
またしても、貴方とこうして会ってしまうとは。
「かれこれ一ヶ月ぶりか。真理の扉が再び開かれようとする中でお前の足掻きはどう応える?」
「アビス。貴方はまだ……その真理とやらを探しているのですか?」
「蒼剣の使い手改め蒼の騎士ショウタ・カンナヅキ。私は私の求む道が示すまでは止まれないのだ、簡単には」
要するに自分の目的を得るまでは徹底的に邪魔をするって事でしょ!?
今度は国の王様ではなく宗教団体の宗主と組んでいるようだけど、貴方の秘めた野望とやらはそいつと一緒に潰れて貰います!
「お前達全員の噂は聞いている。特に灰色の剣で乱暴に振る舞うザットと蒼の騎士と名高いショウタ・カンナヅキについては」
「誰だ、てめえは?」
「俺は宗主アルカディアに仕えるサイガ・アルフォース。宗主の為ならば幾らでも全力尽くそう」
紫の髪を持つ青年。その手には得物と呼べる剣。敵味方をも怯ませる細い瞳は果たして……どこを捉えているのか?
「ではでは、早速僭越ながら我々の力を直接知って貰うとしよう。このまま、挨拶だけで帰ってしまうのは非常に勿体ないからねえ」
「野郎……」
「気を抜くなよ。相手はああ見えて、かなりの強者だ」
「分かりました」
こいつら相手に蒼剣はどれだけ発揮してくれるか。頼んだぞ、君の力が唯一の頼りだ。
「始めよう。私の個人的な……余興をもて余したお遊びを」