エピソード50:気分は……最高だよ!
「ここが」
「創造神ミゾノグウジンの生誕の地であり、今もなお崇められている救済聖堂。この地は三つの国に属さず、人の目からは一切逃れた光を帯びた救済の場。ここに私の主に当たる宗主アルカディアがお待ちかねです」
豪雨が降り注ぐ状況で魔法陣を用いてサイガに案内された場所は何百人も招待が可能な豪華な聖堂。
黙々と案内されているアビス。聖堂に静まる妙な空気に気を付けながらも聖堂の中心点にただ一人そびえ立つ。
その男は足音に気付くや否や振り向いて微笑で迎える。
白いローブと立派な杖が魔法使いのイメージを膨らませていく。
「君が……あの、傲慢王と手を組んでいた」
「宗主アルカディアとはお前の事か?」
「そうだよ。私こそがミゾノグウジンを心から愛し、また世界を零から築き上げんとする為に必要だと思えば即刻消す事も躊躇わぬアルカディアだ」
その優雅な舞いとは別に考えている思惑は優しい表情とは裏腹に酷く残酷な考えを持つ。
必要な目的ならば、徹底的に切り捨てるという考えは以前手を組んでいたあの男と似ている物がある。
だが、上から目線で応対していない。
あくまでも、アルカディアは自分に対して低姿勢で相手の出方を窺っていると。
初めて会話を交わした瞬間から僅かな情報を汲み取るアビス。
お固い雰囲気が正に合わないのかアルカディアはすぐさま沈黙を守るアビスに話を切り出す。
「君がここに訪れた。そこには大きく感謝しよう」
「俺からも……礼を言わせて下さい」
「御託は良い。それよりも私をここに連れてこさせた理由を話せ」
「やれやれ、釣れない子だね」
深くため息を吐きながらもアビスの機嫌を損なえば、折角の機会を逃してしまう。
それだけは避けねばとアルカディアは内心嫌々とした表情を隠し通しながらも言葉巧みに。
「率直に言えば、君のその手袋の中に隠し持った奇妙な力を私達の為に役立てて欲しい」
「従う義理が見えない」
「私の目的はミゾノグウジンをこの世から再び再生し、薄き汚ない世界を零から作り上げるよう説得……いや、必ずさせるように話を持っていく。それこそ、私が決行しようとした最大の目的。しかし、これには君にも得がある話でね」
アルカディアに余裕があった。堅物であるアビスでさえも首を頷きかねない話を切り出せば必ず協力を惜しまないと。
是が非でも戦力に取り組むが為にあらゆる内情を探り、アビスが今の今まで戦乱を巻き起こしていた理由の一つを探りきっていた彼に敗北はないと。
「ただ一つ……知りたいのだろう? 君がこの世界に誕生した真意を」
「どこで知った?」
「君の活躍は世界の全てに知れ渡っている。その上で君がそうする内情を知るのは結構苦戦してしまったが……理由を得た限りでは実に誘いやすくて助かる」
真理を追求する為、世界の悪になろうと歩みは止まらなかった。
だが、目的は自分の胸の中に仕舞い込んでいた筈。
別に知られようとも不利になる状況に陥らないが第三者に知られてしまった今、アビスの心は曇りを募らせる。
それを手玉に取ったアルカディアは心の中で高らかにほくそ笑んでいた。
「時間は掛かるかもしれないが、上手く計画が進み予定通り創造神ミゾノグウジンが甦れば……君の願いを叶えてくれるかもしれない。それを踏まえたら私達に協力するのは実に合理的だと思うのだがね」
「協力するば、それなりの対価を取得する。なるほど……お前は見た目に反して計算高く生きているようだ」
「お褒めに預かり光栄だよ。では、君の疑問に関する穴埋めが出来た所で答えを聞かせてもらおうかな?」
これで、断れまいと確信したアルカディアは穏やかな表情で手を伸ばすもアビスは無情にも払い除ける。
彼はアルカディアの握手を拒絶すると目の前に大きく目立つようにそびえ立つ銅像の前に。
腰まで届いた長い髪。それでいて、目を閉ざしていようが凛々しさが隠しきれない魅力的な外面。
しばらくして、それが誰をイメージして作られた物なのか……この聖堂とアルカディアが信仰する神を思い返せば、想像に難くはない。
「ミゾノグウジン。こいつが私の最後の希望となるか」
「どうかな? ここは腹を括って、希望を私達に賭けてみないかい?」
「期間は?」
「私の掲げる理想が誕生するまで……それまでは私達に協力する形で自由にやって貰っても構わない」
「願いが果てるまで、お前達の組織に準じよう。但し、私の行動を阻むのなら」
言おうとした矢先に人差し指で左右を揺らすアルカディア。彼にとって、協力さえ漕ぎつけてしまえば後に起きる問題はさほどどうとでもなる。
だからこそ、彼はどこまでも丁寧な姿勢で心の底から歓迎するのだ。
「そうならないよう、手下には徹底的に君の邪魔はしないように口出ししておこう」
「これからも宜しくお願いします」
こうして緊迫の状況下に置いて、アビスを自身の戦力へ置き換える事に成功した。
まずは目的の序章が完了したと喜びを悟るアルカディア。隣で見守るように立っていたサイガもこれには同じく笑みが溢れる。
摩訶不思議な光景に、アビスだけは一切感情が揺れる事なくただ一人じっと溶け込む。
「それで? これからはお前達はどう動くつもりだ?」
何もしない時間が無駄に感じられるアビスは早々に質問を投げ掛ける。
問い掛けられたアルカディアは話を広げようとある話を切り出す。
「君は今、世界でもっとも名を馳せている青の騎士を知っているかね?」
白い頬に瞼が二重でいて大きな瞳を持つ黒髪を宿した普通の青年。
端から見てみたら、それは普通の或いは頼りがないのなそうな人物であると判断してしまいがちだが……
あの不思議な形状を宿した蒼い剣が青年の力に大きく及ぼし、やがては世界の悪と化したオウジャをも討ち滅ぼす最強の力を持ってる。
アルカディアはその剣の力に魅了されつつ、世界の有名人となったカンナヅキ・ショウタをすべからず警戒していた。
「蒼剣の使い手か」
アビスにとって、初めて出会ったのが辺り一面の砂漠。その時に対面したカンナヅキ・ショウタは純粋でありながらも、どこか油断ならない人物でいて……その上心のどこがではいずれ縁があるのではと思っていた程であった。
そんな彼を蒼の騎士と呼ぶアルカディア。自分が呼んでいた名前と多少食い違う事に困惑せざるを得なかった。
「ん?」
「私はそう呼んでいた」
「そうかい。なら、彼の為にも青の騎士と呼んで上げるが良い。これから会う機会は増えるだろうからね」
話が終わるや否や、アビスの肩にそっと触れてから聖堂の玄関の扉へ。
サイガは即座に反応を示してアルカディアにそそくさと同行する。
アルカディアは準備は遂げたと言わんばかりに無駄な動きを披露しながら、扉に手を掛けた。
「では私達も行くとしよう! この汚れた世界を真っ白な世界へと生まれ変わらせる為に! その目的を果たすにはまず……私が個人的に目につけていた彼に丁寧な挨拶を交わすとしよう」
目的にしては趣旨がずれていると思わずにはいられないアビス。
しかし、それを予測していたアルカディアは表情が出会ってから随分と経過しているのに未だに固いアビスに補足を促す。
「いやね。個人として会っておきたいんだよ……彼に。計画の進行についてはミゾノグウジンを崇めておきたいと集う同志諸君に任せてはいる。それまではほんのちょっと余興を楽しみたいと思っていてね」
「つまり……これから向かう先は娯楽にあると?」
「嫌だったかな? 君も久々に会える機会が出来たんだし、良い話だと思うよ?」
僅かに首を動かす。それを黙認と判断したアルカディアは扉を開けた瞬間に、曇り空から差す一筋の光に身を震わせて穏やかな表情から一変して再び大袈裟げに両手を広げる。
「天候が回復したようです」
「それは、それは! 喜ばしい限り!! 実に気分は……最高だよ!!」
宗主アルカディア。以前組んでいたあの男とは性格も自身がやり遂げようとしている目的も異なる第二の契約者。
大声を張り上げるアルカディアに冷たい目線を送りながらも、彼はまた真理を食らう為だけに再び再起動。
これから始まる、激動の日々に。アビスはアルカディア並びにサイガと行動を共にしつつ、出会いを果たせば一ヶ月ぶり以来となるショウタ・カンナヅキの元へと向かうのであった。
「蒼の騎士か……生きていればお互い様だが」
「彼の力は生半可な物ではないだろう。穏やかな青年に見えて、実力は破壊しれない。油断はしない方が良いかもね」
「宗主アルカディア。俺としては……先に阻害活動をしかねない治安団なる賊を討つべきだと思うのですが」
「彼等は後々でも充分だよ。一部の者を除いたら、脅威にもならない連中の塊でしかないからね」
アルカディアにとって、治安団は脅威以下の対象として定めていた。
対してサイガは後々の阻害となる治安団を先に排除しておきたかったというのが意見であった。
だが、主導権がアルカディアにある。サイガは主であるアルカディアの意向に削ぐわぬようこれ以上の追求を中断。
気まずい雰囲気から醸し出す中でアルカディアはサイガに対し。
「まぁ、君の意見は大変参考になるのは確かだ。先程については状況が落ち着き次第速やかに取り図ろう」
「感謝します!」
「……奇妙な関係だな」
「ふっ、サイガとはかれこれ3年以上の付き合いでね。実力はそれ相応にあるし頭も中々キレる。以上を踏まえて私にとって彼は頼りになる右腕として今も付いてきてくれている……が、君の言う通り、私と彼は服装も相まって全く似ていないから奇妙に見えてしまうのは仕方がないだろうね」
語らうアルカディアはある場所でふと足を止める。そこは聖堂から離れた広場でありサイガと共に瞬時に転移してきた場所でもある。
そんな場所に再び魔法陣を展開したアルカディアは先に足を踏み入れると。
「さーあ、出発だ。私達の初めての初陣……綺麗に飾ろうじゃないか!」
口角を釣り上げ、これ以上ない位に屈託の笑みを浮かべるのであった。