エピソード48:こっちでも妙な事が始まってきた
「これ、今どこに向かっているですか?」
「10年前からの腐れ縁に会いに行く。性格はかなりの曲者だが、そいつは俺よりも頭の回転が優れている上に君の言っていた異世界とやらにも興味を示してくれるに違いない。最近は変な趣味に没頭していると仕事中にも関わらず、ラインを打ってくるからな。空気の読めなさは俺の知る限りでは世界一だ」
今から変わった人に行くのか。そういう人はもう体育館と保健室で会話した櫻井だけで充分なんだけど。
ファミレスから抜けて、そこまでの時間は掛からずに到着したのが何階かな? えっと、5階くらいはあるのか。
「君は先に降りていろ。ちょっと、駐車してくる」
車から先に降りた僕。下から上に見上げるビルは中々に縦が長いけどビルの外装に関してはややオンボロ。
結構月日が経過しているのかもしれない。果たして、このビルの中にどんな人が待ち構えているのやら。
「お待たせ。じゃあ、付いてこい」
須藤の背中に続いてビルの中に潜り込む。待ち合わせをしている人物が待っているのは最上階の5階。
「ちぃ。相変わらず固えな!」
ガチャガチャと乱暴にドアノブを回しまくったり押しまくったりと忙しい須藤。
固い玄関まで数回手間取る内にドアをなんとか抉じ開ける事に成功……したのに、周囲には人の気配が全くない。
「あれ?」
「おーい! ん? まさか……あいつ、約束したのに出ていったのか。どんだけ気紛れなんだよ」
「えっと」
約束をほっぽり出している事に苛立っている須藤。待ち合わせを交わした人はかなりのフリーダムであるようだ。
ウロウロしていても、あまり意味もないようなのでひとまずリビングにあるソファーで休憩しておこう。
「へぇ~」
沢山の本棚とちょっと変わった物が僕の視界に写る。本のジャンルは多種多様あって、随分と勉強熱心と思わせてくれる。
他にも脳とか心とか……読んでいて理解するには難しい本がズラリと。
ここの人は学者かなにかかな? 須藤から聞く限りでは10年前からの付き合いだと言っていたけど、もしかして警察を辞めて転職したのか。
でも付き合いが続いているのだとしたら、須藤とこの事務所に在中している責任者との仲はそれほど悪くはないのだろう。
「いや~、お待たせ。コンビニで気に入った子を見ていたら、時間を食ってしまったよ」
「お前なぁ」
ようやく後からやって来た事務所の責任者。謝っているような謝っていないような表情でひょっこりと顔を出す。
「あれれ? これはこれは……素晴らしい出会いだね」
「貴方は!?」
この前保健室で出会って以来、もう顔を見る事はないと思っていたのに。
世界はなんて狭いのだろう。
「神無月君が依頼人って訳か。さーて、どんなお悩みをお持ちで?」
「それよりも……話をするのなら、まずその両手にぶら下がっている袋を片付けてからにしてくれ。特に、その本は彼に見せないようにな」
「はいはい」
須藤の指示に渋々従う櫻井。片付けを手早く済ませて、分厚い本を自分のデスクの棚に仕舞い込むと。
「じゃあ、ミルクと砂糖の希望を聞きまーす」
「ミルク2、砂糖1。君はどうする?」
「頼んで良いんですか?」
「勿論だ。遠慮せずにオーダーしてくれ」
「ではミルク1、砂糖1で」
「はい、かしこまり!」
てきぱきと動いて、渡されるコーヒーの一口はなめらかな……それでいて雑味のない心地の良い舌触り。
身体の疲れが少なからず取れているような錯覚に捕らわれるが、櫻井にちらちらと見られているお陰でコーヒーを飲む事に集中出来なくなった。
「さて……わざわざ君が僕の事務所に来てくれた訳を話して貰おうか、健?」
向かいのソファーに座り込んで、話を聞く体勢になる櫻井。ミルクたっぷりのコーヒーを半分だけ飲み干した須藤は車から持ち出したとされる黒い革鞄から一式の書類を取り出す。
机の上には被害者である葉山の鑑定結果及び個人情報がずらりと。
それを無言で受け取り、パラパラと捲る櫻井。何分かじっくりと文字をなぞると、書類を元に戻して人差し指でこめかみを小突く。
「ふーん、で? この自殺で片付けられた事件を僕にわざわざ見せつけて、何がしたいのかな?」
「被害者の葉山の死因は確かに心不全で、事件としては自殺で処理されている。しかし、この被害者は死亡直前に隣に座っている青年の名前を叫んでいるんだ……神無月翔大を反対にしたショウタ・カンナヅキを」
「へぇ、それはそれは」
「俺は未だに全てを信じてはいない。だから、詳しいあらましは……君から頼む」
「分かりました」
葉山の容姿があっちの異世界に存在するアン王女に似ているという事実で王女の方は前からショウタ様と呼び慕っていた。
そして、その同日かは定かではないが現実世界の葉山とアン王女が死去している。
これがどういう意味に繋がってくるのか。話を終えた所で眼鏡を押さえ付ける櫻井。
指をくわえて、しかめっ面で頭を悩ませている事からこの話を全て理解するには難しいようだ。
「えと……つまり君が言いたいのはこの現実世界とはまた違う世界に住む一人のお姫様が何者かに殺されると、こちらの方では宮城高校一年生の葉山さんが心不全で死去。普通なら、そこには接点は存在しない全く別々の事件になる筈。だが……葉山さんの方が生前友人に異世界に行っている時に使用していた名前を呟いていた。ふむ、これらを元にしたらその異世界? とこちらの世界が因果で結ばれている可能性が充分にあるのか」
ホワイトボートに要点を踏まえて、ポイントいうポイントを押さえ込む櫻井。
対して、このあり得ない現象に須藤は頭を抱え込んでいるようだ。
「くそっ、訳が分からんくなってきた」
「異世界……異世界かぁ。この現実社会にまみれた世界ではそれは嫌な現実から避けたい引きこもりが考える設定だが。神無月君は本当にそれを体験しているのかな?」
体験もなにも死にそうになった経験は様々。異世界に初めて来た時から不思議な力を手に入れた僕はある時は熱々の砂漠を渡り歩いたり、世界の掌握を企む敵を退治したりと平和には程遠い第二の人生を送ってきた。
そんな確かな体験が今更夢物語であるとは非常に考えれない。
「はい。この身に誓っても」
「おいおい、そこまで言ってくるとは……かなりマジなんだね」
「嘘なんか付きません。僕はこの身でしかり異世界とこの現実世界を行き来しているのですから」
「端から聞けば、妄想癖の高い青年にしか思えない。しかし喋っている時の態度は真面目であるという点を踏まえて全部嘘には聞こえない」
「あたかも本気で語っているという事かな? だとしたら、もう少し異世界について語って貰えると助かるかな。今の状態だと信憑性とやらが少し足りない」
異世界に来たのはもう一ヶ月前。初めて降り立った場所はのどかな野原で夜に寝ていたパジャマがそのまま服装として現れていた。
そんな所で、右も左も分からない僕に導きを与えてくれたのは希の面影を残しているマリー・トワイライト。
雪のように白く、腰まで届いた髪の彼女との出会いがここにあった。
しかし、ひょんな所で再び現実世界へと帰還を果たす。そこから異世界→現実→異世界→現実という忙しない移動が巻き起こる。
その最中に入手を果たしたのは先を見通す先読みと強固な敵をも切り裂く蒼剣。
異世界で徐々に力を身に付けていく僕は三つの国がある異世界の内の一つに当たるオウジャ。
国王の立場に相当するオウジャ・デッキが残りの二つを支配して、自分を含む国を一つにしようと謎の人物アビスと手を組みつつ本格的な侵略を開始。
それを阻止しようと働き掛ける二つの国ゲネシスとスクラッシュ。
世界の秩序を守る治安団を交えての戦争が巻き起こり、なんだかんだで最後の最後に僕とオウジャは正々堂々の勝負を仕掛ける。
先読みの力があれど、大苦戦を強いられる僕を執拗に追い詰めるオウジャ。
最終的には気合いで打ち負かして、その場を勝利にして収めるも突如床が抜け落ちたと同時に沈むオウジャ。
落ちた地点を懸命に探し、ようやくの事で発見するもその時のオウジャは誰かに始末されていた跡らしき物があった。
「ぐさりと刺されていた跡?」
「はい。明らかに殺意を持った感じで……何度か刺しているのか血が溢れていました」
「えげつねえ奴だ」
「犯人は迷宮入りしましたが、結果的に僕はオウジャ・デッキ王を追い詰め撃破したという快挙で蒼の騎士という称号に選ばれました」
「撃破したのは別の者なのにねえ」
「国は称号を授ける事で早々に決着を付けさせ、その上で不安がる住民を安心させておきたいのが狙いなんだろうな」
それからはゲネシス王国のバルト国王に献上された屋敷でマリーとアン王女と僕の三人による生活が始まった。
当初は埃だらけの屋敷の清掃に困難を要していたが、途中参戦を果たしたザットの協力を経て屋敷全体はピカピカに。
心も晴れやかになり、異世界の生活が現実よりも充足した日々が続く中である日を境に事態は大きく変化する。
「結婚?」
「はい、姫の立場たるアン王女から結婚式の準備をせよとの命令がありました」
「そういうのは互いの合意……もとい、交際を経て繋がるんじゃないのか?」
「確かにその通りです」
何故、あんなに急かしたのだろうか? 今となってはその真意は定かではない。
「こんな冴えない若者でも結婚を女から迫られるのか!? あぁ、世の中不公平過ぎる!!」
「黙れ」
「そういう君も僕と同類なんだよ? いつまでも童貞なんて……やってられないと思わないかい?」
「昼間から下品なトークを止めろ」
ああだこうだと揉め合いになっていて、話すにも勇気が言ったが最後の結末を言葉に出すと彼等は沈黙と化して黙り込む。
「結婚式の最中に何者かに誘拐されたアン王女の遺体はボロボロ。これを境にして、現実世界でアン王女との関連性が高い葉山友子が心不全という病に侵されると敢えなく死去……か」
「こちらの世界では自殺に間違いないが、アン王女の方は間違いなく犯人が逃げ隠れしている。今回騒がせた事件の裏には同一犯であると見た方が良いのかもしれない」
「おいおい……ぶっ飛び過ぎだろ」
「話を聞いた上ではアン王女と君の結婚を望まない犯人による犯行が大きいだろ。となると、君がやり遂げる目的は……そっちの世界に向かって、犯人を確保だ」
犯人確保か。アン王女が殺して逃げ延びた犯人がそう安易に姿を見せてくるのだろうか?
「って格好良く言っているけど、その異世界が実際にどのような世界観で保っているのかは僕達では知り得ない。まさに知るのは君と……天で仰いでいる神ぐらいだろうね」
彼等にどれだけ告げようとまやかしとしか思えない言葉はただの夢。
幸い、僕の話を必死に聞き込む櫻井は熱心にアドバイスを持ち掛けたりするので話していて非常にありがたみがある。
一方で悪者をバンバン捕まえる立場にある須藤は未だに頭を抱え込んでいらっしゃるようで。
「今回の事件。そして、ここ一週間前以上に起きてしまった青年の謎の死。これらの事件の起こした犯人が異世界とやらに密接しているとしたら……さすがに手出しが出来ない」
「そういうのは大人の僕等がやるのが常だけどね。残念な事に今回に限っては彼任せになりそうだ。だから僕はせめて君に出来る限りのアドバイスを告げていくとしよう」
「こうなったら意地でも犯人を見届ける。危ない橋を君一人に渡らせてしまうが……頼んだぞ」
「あ、ありがとうございます」
櫻井も須藤も僕が異世界と現実を行き来する事を知る仲になった。
これで心置きなく助言を求められる。
話という話が終わり、安心しきった僕。アットホームな雰囲気に居心地の良さを感じてきた頃合いにて、ふと電流が走る。
「っ!」
「どうした?」
ぐっ。今度はなんだ? 頭が滅茶苦茶……割れそうな痛みだ!
「救急車を呼ぶ!」
「いや、それは待て。もしかしたら……これは彼が何かしら行うプロセスかもしれない」
「何を悠長な!」
疼くまる痛みがしばらくして掻き消された時。次に映る視界は櫻井の事務所とは大きくかけ離れた景色に移動する。
「……戻ってくるのか?」