エピソード47:いや、因果な運命ですなあ
警察手帳を見せつけ、当日になれば連絡をすると言い残した須藤。
正直、何も来なければ良いのにと土曜日になって僕は朝から自室で籠りっぱなしになっていた。
3月12日のお昼前。もう、ふと思い出してみたら異世界と現実世界への行き来を一ヶ月やらされている。
身体の重みが中々取れそうにないこの頃、残念ながらそう楽に方向に流れてくれないのが人生で。
僕のスマホに着信が入っている時点で、無情にも終わりが告げられたのである。
「はい。もしもし」
須藤の連絡先は携帯電話番号のみ。もう出来る限り、あんまり関わりを持ちたくないので名前をアドレス帳に残しておきたくないのが心情だ。
『……須藤だ。この携帯は神無月君で間違いないな?』
「間違っていません」
『そうか、なら今から車で拾っても良いか? 勿論人目の心配もあるだろうし、ご希望の場所があるなら極力意見に沿おう』
ふーん。だったら家の近くは下手すると学校の人達に見られる可能性があるから万が一に供えて、希のお墓参りに行く為だけに立ち寄った最寄りの駅のホームで拾って貰うとするか。
場所決めにそう時間を割かずに通話をこちらから切ってやった。
後は遅れる事なく須藤と待ち合わせしている場所に行かなければならない。
そうと決まれば、ぼうっとしている場合じゃないよね。
「行くとしますか」
気乗りはしないけど変に無視して、これからも須藤に追い回され続けてしまうの考えると気持ちの悪さが滲み出て……最悪、普通の高校生の暮らしを余儀なくされる可能性も万が一に供えて想定していた方が良い。
そうなると、ああいう奴には素直さが一番重要だ。従順に従いつつ、さっさと終わらせてやろう
ダラダラとしていた一日から一気に忙しくなってきた僕はひとまず私服に着替えてから、家族にバレないように静かに家から立ち去る。
自然な感じで出たから母からは散歩もしくは遊びに出掛けたとしか思っていないだろう。
これでまずは両親にまたしたても迷惑を掛ける心配はなくなった。
ほっと胸を撫で下ろしながら約束の場所へ向かっていく。場所は駅からすぐ近いバス停付近にしてから、家から近いバスを利用して向かう計画に。
休日特有の子供がざわざわしたバスに揺られながら、約束をしていた場所へと到着。
辺りを見回すと一台だけ、いかにも警察らしい車を見掛けたので身構えながら近付いてみると。
「よく分かったな」
「そりゃ……バス停の中でそんな目立つ車があったら、誰でも分かると思いますが」
「どうかな。これでも、この車は型が落ちた……いわゆるマニマック系の車だからな」
にしても、ジェスチャーで乗れと言われて乗ってみた良いけど凄く煙草臭い。
窓開けて換気しておこう。
「悪いな。君が来る前に一本吸ってしまった」
緩やかなアクセルで進み始めた車の向かう場所は、須藤が任意で来て欲しいと言われた宮城警察署。
約一時間も掛けて走らせた車。ドライバーの須藤はやや疲れが溜まってる表情を浮かべるも警察署に着いた途端、瞬時に表情を切り替える。
「知っているとは思うが、ここは宮城警察署。今日入って貰う場所は取調室でもないから、安心して受け答えをしてくれ」
「は、はぁ」
「ご苦労様です」
「あぁ。ご苦労さん」
ドラマで見る警察署。遂に内部に突入か……警察関係者以外基本一般人お断りの部屋に入るのなんて生まれて始めてだぞ。
「須藤、君は土曜の昼間から何をしている? 私はそんな命令をした覚えはないぞ」
「本堂課長、疲れ様です」
敬礼をしようが、表情が一切しない本堂。その瞳は明らかに怒りを表していた。
だが、須藤は態度を改めない。彼はこのまま抵抗を計る算段に入るつもりか。
「答えろ」
「今回の事件の被害者に関する関係者をお呼びして、独自に調査しようかと思いまして。いや、もう既に上からの通達は知ってはいるのですが……どうしても」
「あれはあれで決着を付けた筈だ。その子が幾ら君の言葉で承諾しようとも、事件の調査による続行の命令がなければ無断行動として署長に報告する権利が発生する。君はそれでも抗うのか?」
「真実を掴みたいのです」
「警察は個人で好き勝手にやる職種ではない。それは最初に警察学校で習っている筈だが」
「……お願いします。今回の件については目を瞑っては頂けないでしょうか?」
場が凄く凍っている。正直、二人の会話に取り残されている身としては即刻逃亡したいのが心情だけど……それすら許されなそうだな。
「須藤健作。君には上司による無断行動に基づき、一切の職務を二週間を持って禁ずる」
「そ、そんな!」
「それが警察という組織に塗り固められた規則だ。この内情は俺が署長に報告する後に、改めて署長から正式な命令が下されるだろう。それまでは」
表情を一ミリも変えない冷徹な課長。警察署で呼ばれる身分が課長となると、ネットの調べでは確か階級は警部。
きっと相当のやり手なんだろう。この風格も相まって凄腕のエリートに違いない。
だからこそ個人による独断を私情が挟まろうがなかろうが一切を許さない。
厳しい上司による命令にさすがの須藤もたじろいでいる。これで僕のお役目も早々に終了かな。
「勝手にどこにでも警察の行う範囲外でやってこい。君の気が済むまでな」
「……!? あ、ありがとうございます!!」
「感謝をされる謂れはない」
あれ~、何か予想していた事が全く違うのですが。
「じゃあ。お腹も空いたし、今からファミレス行くか。そこで色々と話すとしよう」
折角警察署に来たのに、警部とのトラブルで次はファミレス。
忙しない一日だ。須藤に巻き込まれただけでこんなにも疲れるなんて。
誰が嬉しくて中年のおっさんとファミレスの食事を共にしなくちゃいけないのか。
大体この人のせいで、僕は本来なら明と一緒に出掛ける予定が入っていたのに全てがパーになってしまっている。
これって、ある意味被害者じゃないの?
「難しい顔すんなよ。どれでも好きなものを奢るからさ」
「じゃあ……すいません!」
好きなものを奢ってくれるようなので、本当は少しは遠慮するのがマナーだけどこの男のお陰で大分予定が狂っていたので腹いせに高いステーキ並びにライスとスープとを注文。
これには須藤の表情も一瞬ぐねっていたけど、どうにか元通りにして普段通りの表情に戻していた。
一瞬の間から見ていた僕からしたら上手く誤魔化せてはいないけど。
「そういや、君が警察署に呼び出される理由に見覚えはないよな?」
「はい、全く見に覚えにありません」
犯罪なんて手に染めている筈が……あっ、いや異世界だったらモンスターとか世界の掌握を目論む者に対して剣を振り回していたけど。
それこれとは全く別問題って事で良いですよね!? そうじゃないと、これは間違いなく現実で言われる銃刀法違反になっちゃいますよ!?
「そうか。まぁ、それが普通なんだが」
「普通ですか」
「今から喋る内容は他言無用。言い触らすと誓わなければ詳細を述べてやるが……一生の命を掛けて誓えるか?」
うわっ、重いなあ。そんな言葉で言われたら、こちら側としてキツいプレッシャーに迫られているよ!
だからお断りしますっとか言える雰囲気じゃない感じがするんで、ここでは命を掛けて誓う他選択権はなさそうである。
「誓います」
「事件が起きたのは今から5日前に遡って、3月7日。夜の自室で一人の少女が横たわっているのを、仕事帰りで帰宅した母が呼び掛けても反応がないので119番通報。しかし、搬送される以前から意識が全くない事から死亡が確認された……と、ペラペラ喋ったがここまではニュースで知っているな?」
「夜に見ました」
「そうか。では、ここから俺達組織による極秘情報を君に伝える。良いか? さっきも言ったが友達でも家族でも、この件には極力漏らすなよ」
「わ、分かりました」
明に隠し事をするのか。何か、嘘をついているようで居たたまれなくなるけど警察の立場にある須藤からのお願いなら拒否して良いメリットがない。
「被害者は葉山友子。県立宮城高校の一年生でテニスが大好きな活発的な女の子と呼ばれ、友達も沢山居たそうで至って優等生に相応しいと教師一同口を揃えて言っていた。ところが、ある日を境に葉山さんは仲の良い友達に対して不思議な事を告げた」
「その不思議な事とは?」
「異世界に行って、自分が姫になり王様の元で自由を謳歌する。そんな中で目に写る格好良い青年が私をいつも虜にしてくれると……」
「ま、まさか」
「そう。葉山さんは事ある毎にショウタ・カンナヅキが夢の世界に留まらず、現実でも会えたらなと言っていたそうだ……果たして、これが何を意味しているのやら」
ショウタ・カンナヅキは異世界で活動している時に使用する名前だ。
それが、異世界とこの現実世界を互いにリンクさせている!?
一体何がどうして、そうなってしまったんだ。
「因みにこの人が今回の件で病死として片付けられた葉山の写真。一応だが、この子に見覚えは?」
「ありません。ですが」
ふんわりとした黒髪を金髪にして、仮に戻してからドレスを着させてやると……まんま異世界で僕にやたらと構ってきたアン王女に似ている。
異世界で何者かに殺され、事件が迷宮入りになったと思ったら予想のつかない場所で遭遇してしまうとは。
「……?」
しかし、仮にこの子がアン王女だとすると。僕が異世界に向かっている時点で、あっちの現実は時間が止まっているという法則性がある。
被害者の葉山が秘めになる夢を見る時は睡眠がトリガーとなっと現れる?
だとしたら、彼女と僕は一緒に異世界の人間として活動している場合互いに時間がリンクしていない。
うーん。もしかして、他にもそういった人が現実世界に紛れているのかな?
だったら、それはそれで問題だ。つい先月前から多発する異世界移動はもはや他人事では済まされない事態に陥っている。
「異世界でショウタ・カンナヅキとなった際に、何度かお会いして結婚を迫られました」
「け、結婚!? おいおい、幾ら彼女が出来ないからと嘘をつくのはーー」
「本当です。僕は異世界の人間になってアン王女に攻めよられ、結婚の約束を取り付けて……しかし、いざ当日になると結婚式の日に何者かに襲撃されてアン王女が誘拐されました。それから僕達は結婚式の会場を抜けて懸命に捜索したのですが、発見した頃には既に誰かが刺したような形跡があって」
「ん? ん!? さっきから単語の中に異世界が連発しているが……それは正気か?」
「正気です。そうでないと、この被害者がショウタ・カンナヅキと呟いていた接点が見当たりません」
鳩が豆鉄砲を食らった表情をバッチリと浮かべている須藤。やっぱり、現実逃避に近い異世界の話を持ち込んだのは間違いだったのか。
いや、でも被害者の葉山がショウタ・カンナヅキというワードを呟くとなるとこれしか立証出来ない!
「あー、事件はまさかのオカルト方面か。こうなると事件の解決が難しくなってきたぞ。ただでさえ、被害者の葉山が心不全で亡くなる前に高校の不良のリーダーが唐突の死を遂げたばっかりだと言うのに」
異世界と現実世界はもしかするとイコールの関係性で成り立っているのか。
だったら、もう他人事では済まされない。一刻も早い早期解決を目指さないと。
「その人はいつ頃なんですか?」
「葉山が死亡した二日前か。あの時は謎の事件として警察も困惑していたから、表のマスコミには自殺として発表している……無論、俺は納得しちゃいないがな」
顔写真を見せてもらうと、輪郭及び顔の目付きから一つの結論が出た。
こいつは僕達いや引いては世界をも巻き込んだ重罪人であるオウジャ・デッキだ。
そんなはた迷惑な男が、あの異世界で何者かにより無惨な死を遂げて……現実世界で別の人物に影響を及ぼした?
となると、やっぱりおちおちと異世界で過ごしている場合ではない。
早い内にあっちの方でどうにか解決方法を探らないと。
「須藤さんの話を聞いた限り、やはり異世界の方で事件の源が発生しているようです」
「その異世界ってのは……本気で言ってるのか?」
「何度言おうが本気です」
「ふぅ、その妄言が仮に真実なら……事件はとんでもない方向へ向かっているな」
頭を掻いているのも無理はない。日々現実世界で悪者を懲らしめている警察がこんな世迷い言を聞かされたら、正直堪った物ではないと思われる。
でも、僕が語る言葉は全て真実だ。それを無理だと分かっていても受け止めて欲しい。
「なら……ここは一つ、賭け事をしてみるか」
レシートを手に取って足早にレジを済ませる須藤。再び、戻ってきた須藤は車の鍵をちらつかせる。
「今度はどこに?」
「オカルトは好きじゃねえが、君の話を真正面に受け止めて解決するヒントをくれるとしたらあそこしかない。だから、今からそこに向かう」