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エピソード38:悲劇は抜け出せない


     《異世界》→→→→→《現実》


「ふぅ」


「急に溜め息をつけおったな」


 呆れたような目線を送る神宮神社の責任者に当たる神主。

 異世界の日付とは別にして、現実世界の日付は2月23日の土曜。

 ライアン隊長と別れた僕が次に目覚めた場所は神宮神社の近くにあった祠。

 ここでは希の父親であった加藤さんの許しを頂いて、蒼剣のモデルとなったとされる蒼天神村雲が奉られているとの事で僕はその剣を鞘から引き抜いて立ち止まっている状態だ。

 確か、こっちの剣が蒼剣と重なりあった時に向こうへ行ったのかな? 異世界の出来事がいつもアグレッシブだから、こっちの状況がはっきりと思い出せなくなる。

 もしかしたら、もうあっちの異世界に毒づけされていのかも。

 そうだとしたら……かなり侵食されちゃってるな。


「もう良いのか?」


「えぇ、この祠で蒼天神村雲を直接触れられた事は大変貴重な体験でした。今日は本当にありがとうございます」


「構わん。どうせ、最後に心が折れた以上は君の気が済むまで付き合ってやるのが情けだ。しかし、ただ一つ腑に落ちない点があるとすれば」


「異世界についてですか?」


 現実世界から切り離され、別の場所へ転送された事で始まる異世界。

 この時、異世界の方で物語を進める際は現実世界はどういう理屈かは知らないが時間が一切を持って停止する。

 そして何よりもっとも辛いのが、どういったタイミングでもう一度帰投出来るのかが詳細に分からない事。

 異世界で暇な時間が出来た時に限って意識的に現実世界に帰投したいと願っても、全く効果なし。

 出来る限りの希望では是非とも異世界と現実の行き来を自由にしておきたい。

 そうしたら、何度も何度も忙しなく移動するという事で発生する疲れもなくなるだろうから。

 現に今の僕は少々気だるさを起こしている。これも異世界で溜まった疲れが現実世界に帰投した影響だろうか?

 眩暈が発生したり等身体に良くない事が意図せず発生している以上、異世界と現実世界を行き来する旅にも限度があるに違いない。

 

「わしの娘がよう言いおった。神は天に立つ者ではなく、常に人間のように渡り歩く存在であると」


 僕の考える神は人知れず遠く、そして誰にも届かぬ高い場所でひっそりと人間達を監視している存在であると認識していた。

 しかし、神主の娘にしてみればそれは間違いではっきりとした容姿は見せずに今日もどこかで人間と一緒に溶け込んでいると主張している。

 神は一人か数人か……この現実に置いても、はっきりとした詳細はない。


神宮遥じんぐうはるか。享年32歳……まだまだ未来へ羽ばたき、これからの人生を楽しますと屈託のない笑顔を浮かべていた遥が老いぼれた老人よりも先に逝くとはな。なんと不条理な世界であろうか」


 遥さんの遺伝子は希に継がれて、母が所有していた力は娘に引き渡された。

 受け取った希は僕が居ようと居まいと時々謎めいた行動で学校中の生徒に噂になっていたりもした。

 無論、それが仇となって希にちょっかいを掛けてくる生徒も現れた。

 ただ希にしてみれば、苛めやちょっかいに関しては全て無駄事であると呟いていた。

 

「彼等も暇な物ね。私を苛め抜いて何を見出だそうとしているのかしら」


「……っ! やっぱり僕がきつく言ってやる!」


 中学初期の頃、クラスが別だった僕は女子の輪の中で希に関する悪口を言っていた。

 当時はそれが嘘であって欲しいと心の底から願っていた。しかし、実際にこうして直接話を切り出せば希は観念したかのように語りだした。

 話の途中で切り上げた僕は苛めの主犯に対して話を付けにいこうと早足で屋上の扉を開けようとした瞬間。


「待ちなさい。貴方が仮に話を付けようとした所で苛めの対象が増えるだけよ」


「でも、動かない限りは」


「翔大はこの件に関して動かないで。絶対にね?」


 彼女の意思は何よりも固かった。曇りのない表情に折れた僕は影ながらも見守る事にしたが、日にちが経過していくにつれて苛めをしていた集団は急激に沈黙していて女子や男子の会話から希に関しての事は一切耳に入らなかった。

 裏の力でも動いたのか? そう思ってしまう程に苛めはさっぱり綺麗になくなっていた。

 

「私を邪魔する者は全て排除された。これでしばらくは安泰ね!」


 放課後。帰り道の途中、明も僕も顔を見合わせた。どうして、こうも彼女は事態を重く受け止めないのか? 苛めの対象が僕だったら、とても耐えられそうにない。

 

「お前……楽観過ぎるだろ」


「いつも能天気な明がいつにもましてシリアスね。何か気持ち悪くなってきた」


「おい、こらっ!」


「噂では希はあからさまな苛めを受けていたのに関わらず、それがどうしてなくなったの?」


「ふふっ、それは乙女の秘密よ♪」

 

「やれやれ」

 

 例えどんな物が目の前で邪魔をしようとも、冷静に打ち砕いていく。

 その前向きな姿勢が今でも忘れられない。いついかなる時でも冷静に対処する心構えを含めて。


「よう、お帰り」


「ただいま」


 祠の出口に向かおうとした途中にふと脳内に走る記憶に耽っていたが、ようやく外に出られたようだ。

 この出来事に突入するまでに実に一週間以上。

 異世界を経由しているお陰で時間を大幅に消費してしまったの実に痛い。

 

「加藤さん、明。僕の為にありがとう。大切な時間を無駄にした事謝罪します」


「小さい頃からの仲なんだし、そんなに気に病む事はねえよ」


「悩みが解決出来て何よりだ」


「君の人生がこれから良くなるよう、影ながら応援しよう」


 でも誰も僕を責めやしなかった。それどころか逆に励まされていて。

 

 協力者の力を借りてながらも色々とあっちの方でゴタゴタが終わった今日。

 神宮神社から立ち去った僕達二人は加藤さんの車に乗り込み、最寄りの駅で解散する形となった。

 別れ際に加藤さんからまた連絡があれば、いつでも連絡が出来るようにラインのIDを渡してくれた。

 僕も同様に渡しておいた。何か必要な時が来るかもしれないと思ったから。

 自宅までの帰路は僕と明でしょうもない会話を交わしていた。

 時々、僕が打ち明けた異世界について語らいながら。


「最近異世界で良い体験してんのか?」


「それなりには」


 大きな問題も解決して、最近は専ら屋敷掃除に明けてくれていて異世界でも暇が欲しい状況だけど悪くはない日々を送っている。

 その分傲慢王を倒した暁として頂いた蒼の騎士なる称号のお陰で色々な人達から尊敬されたり恐れられたりと肩身が狭くなってきている。

 

「言葉の割りには疲れてんな」


「あっちの方だと僕の名前が知れ渡っているから気が抜けないんだ。本当なら、目立たないように過ごしておきたかったのに」


「それは無理だろ。世界征服を企む権化を直接倒してしまった時点で、翔大は皆からしてみれば英雄になったんだからな」


「なるほど」


「まだ異世界ごっこは続いてるのか?」


 現在進行形で続いてる。異世界と現実の移動に関して十回は超えていないけど、その分の疲労感がいつにも増していて。

 今でも明には内緒にしているが、身体の疲れが尋常になくある。

 分かりやすく言えば片手で肩をぐっと押されている……という感覚か。

 何にせよ早く身体の疲れを癒しておきたい。


「うん、まあね」


「……翔大。ありきたりな事だが異世界に行っても無茶はするなよ。無論こっちの方でもだ」

 

 明の気配りに感謝しつつ、家に帰宅。本当なら希の墓参りをするだけが加藤さんと色々話し込み、その会話の中から希が語っていた件で気になった言葉を語っていたので迷いなく言葉に関係する場所へ。

 神宮神社と呼ばれ、参拝客からも効能があるとして人気のある場所。

 加藤さんのお力添えを頂いて、神主から許可を貰って僕は祠にある剣を手にした。

 抜き出した剣は突如として異世界で所有していた剣と重なりあった。

 これが証明された事で一つの謎が生まれた。もっとも、それは過ぎた事実かもしれないけど。


「遅かったのね」


「ごめん、ちょっと希の父親と話し込んじゃってさ。今日は疲れているから、少し寝ておくよ。料理が出来たら起こしてくれると嬉しい」


「大丈夫? 何か疲れていない?」


 さすがは母さん。僕が胎児の時からしっかりと育ててくれただけあっていち早く察しが良い。


「熱でもあるの?」


「いや、ないと思う。長旅で疲れているだけだから心配しないで」


 あんまり語っていたら自然と変なボロが出てしまいそうだから、母さんにはもう話さない。

 どうせ、正直に言ってもからしてみれば頭が少々おかしいと思われるだけだ。

 こんなリアルな社会でフィクションは通用はしない。あっても、それはドラマとかアニメとかがあるだけで。


「雑炊にしておくわ。料理が出来たら起こしてあげるから、それまでは少し身体を休めておきなさい」


「ありがとう、母さん」


 母さんの優しさに感謝しながら自室に戻る。部屋は殺風景で特にこれといった物は置いていない。

 手持ちのスマホの時間は進んでいた。因みに異世界では時間が止まっている。


「…………」


 スマホのデスクトップにあるアプリである小説家になってやろう。

 あの地獄のような体験をしてから、極力思い出せないようにして端っこの位置に寄せておいたアプリを久々に開くと執筆を停止している作品があった。

 それは大方のユーザーが狙う大人気のジャンルである異世界転生。

 主人公がよくある経緯から異世界に流れ込み、見知らぬ者達と一緒に旅をする異世界型ファンタジー。

 この小説に着手したのは中学生で執筆をしている時に除き込んでいた希からアドバイスを貰ったのは大変貴重な思い出であり、最悪の出来事を体験した僕にとってはもはや過ぎた作品。

 忘れたい過去があってもそう簡単に捨てられない。ボタン一つで消去可能なデータだとしても。

 これまで培ってきた作品を蔑ろにしてしまえば、あの時まで教えてくれた希に怒られるような気がして……何となく消せない。


「くっそ!」


 なぁ、僕はまだ過去から抜け出せていないんだ。あの忌々しい過去から一体いつになれば解放されるんだ? 居るなら居るで教えてくれよ、希。

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