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エピソード37:見えない所にポッツリと

「物品窃盗の男の足取りを追っていますが、依然行方不明。現在も目下捜索中です」


「街の出入り口は全て封鎖するように務めろ。国からは私が説得するから心置きなく全力で探し出せ!」


 ネックレスを奪った男の足取りの成果は残念な事に進展がない。

 あるとしても、行方知れずという聞きたくもない結果だけ。どうにかこうにか今日中には結果を出しておきたい所だが、果たして犯人はそう簡単に姿を見せるのか?

 こうまでして姿を隠されていると、追跡している最中に逃げられてしまったのではと余計な事を考えてしまう。


「団員は増員だな。奴を取り逃せば、被害は膨大となり得る」


「その犯人は物品を盗み取るだけなのに、何故ここまで手こずっているのですか?」


「通常の窃盗犯と違って、今回の犯人はどこでどうやればスムーズに事が運んでいくのか研究をしている。それに相手は嵐のように走り抜けるという奇妙な魔法を扱うが故に私達は結果的に惑わされている。何とも情けない話だがね」


 相手が一枚持っているからか治安団もまともに機能出来ていないのか。

 今回の事件はあれと比べたら程度が知れているけど、僕がお金を出して正当に貰った物が違法な手で盗まれている。

 事件に大あれ小あれ、とても許す事ではない。


「相手が王女にも関わらず、金を稼ぐ為に奪い取るとは……ある意味肝が座っていますね」


「あぁ、犯人の動機がどうあれ盗みを働いた以上は立派な犯罪だ。王女にも手を出した以上簡単には返せなくなったな」


 見晴らしの良い高台で怪しい動きをしている者が、居ないかくまなく探してみるも僕の瞳では捉えられそうにない。

 折角の真っ昼間だというのに、これじゃあ時間の無駄にしかなっていない。

 犯人は包囲網を仕掛けられる前に逃げてしまったのだろうか。

 無駄にやってくれるお陰で治安団及び僕の意気は消沈の方向へと辿っていこうとした矢先、団員の一人が高台によじ登ると息を切らした状態で駆け込む。


「どうした、何かあったか!?」


「はい、報告がございます! 盗みを働いた犯人は依然行方不明ですが、この街の離れに位置する洞窟から悲鳴のような声が聞こえたとの事です」


 それってもしや犯人が洞窟の中に逃げ込んだと考えられるのでは? いずれにしても犯人関係なしに放置出来る案件ではない。

 間に合わなかったら最悪洞窟の中で誰かが死んでしまうのだから。


「犯人は洞窟に入っていたのか。だとしたら無視は出来んな」


「急ぎましょう!」

 

 報告を受けた僕達は早足で高台から降りて、人混みを掻き分けていく中で洞窟へと目指す。

 最初はガヤガヤとしていた街も離れの方に入っていくと騒がしさよりも静けさが目立つように。

 街の門を抜けて、橋の下から流れる川を逆らって進む奥に小さいながらも何やら奥の見えない箇所が目に留まる。

 これが報告に聞いていた洞窟。ゲネシス王国の領地下でこんな場所があったなんて……全く分からない物だな。


「嫌な感じが流れている」


「応援を呼んだ方が良いのでは?」


「いや、これ以上人手をこちらに回してしまえば街の中に犯人が逃げ込んでいたら易々と取り逃してしまう。この洞窟については私と君で対処するとしよう」


 果たして洞窟の中には一体何が待ち受けているのか? 手の汗がべたべたしていて変に緊張している。

 こういう時こそ慌てず騒がず冷静にしなければ。


「どうした? 蒼の騎士たる者が緊張しているのか?」


「別に緊張なんか……」


 あっ、笑ったな! もーう、どうしてそんなに笑うんだ!!


「無理に行かなくても良いんだぞ?」


「ここで退いたらザットに笑われます。それだけは断じて御免です!」


「そうかそうか」


 先がはっきりと見えない洞窟へ一歩踏み入れるだけで外と中は急激に逆転する。

 光が差し込む外の世界と光を遮断して代わりに暗闇が生まれる中の世界。

 簡易的な松明を頼りに進んでも、どこにどう来るか。警戒心は安易に解けない。

 洞窟の中で悲鳴が聞こえたという報告を受けた以上は。


「複雑な経路はないか。まぁ、良心的な洞窟と言えよう」


「モンスターは今の所出て来ないようです」


「奴等も警戒心が強いか。或いはこの奥に繋がる場所で獲物が来るのを待っているのか。いずれにせよ、警戒は怠らないように」


 洞窟のお陰で足音がよく響く。静かに歩いてもこれだから音を潜めるには少しばかりコツが必要になりそうだ。

 隣のライアン隊長もいつでも鞘から剣が抜き出せるように片手に乗せているという心休まらない状況下。

 人を見掛けたら、バタバタと四方八方に飛び去るコウモリなんて居ない。

 ただ、そこにあるのは湿気った空気から伺える闇の奥のみ。こういうのって内心ビビるよね普通は。

 なのにどうしてそんなに冷静でいられるですか! ある意味羨ましいですよ!


「止まれ」


 ん? この先にもしや……ライアン隊長が感じていた気配があるのか。

 だったら手は抜けないな。


「武器を持て。この奥にどす黒いオーラを感じる」


「まさか、悲鳴をあげていた人物もそこに?」


「その可能性は充分に考えられるだろう。良いか? この洞窟の特性上迂闊に動くと、逆にモンスターの罠に掛かって最悪の場合追い込まれる恐れもある。仮にそうなったとしても冷静に対処しろ。決して無理をせず、出来ないと考えたら素直に退け」


 待ち伏せされている可能性も考えられると……


「分かりました」


 久々のお呼びだしであろうとも祈りにはしっかりと呼応する蒼剣。

 やはり、いつまでも輝く蒼い光は形状をまるごと際立たせる。

 あれから一週間。形状は以前のように剣のままであるが、手に伝わってくる力は日に日に増して流れ込む。


 まるで意思を司る生物の如くって、それは幾らなんでも考え過ぎか。


「では行くぞ」


 まだ、一人じゃないから不安にはならない。しかし、奥に進む度に流れ込むひんやりとした空気。

 それと同時に行動の先を瞳に伝える先読みが稼働する。これは触手!? 

 こんなのに掴まったらひとたまりもないじゃないか!


「このおぉぉ!」


 こっちに来る前にタイミングを掴まえて切り払う。落ちた触手はまだ意識があるのかピクピクと動いて大変気持ち悪い。

 僕の反応に気付いたライアン隊長は忍び足を中断して、一気に加速する。


「そこか!」


 声が響く。奥の方ではモンスターの叫び声が耳に入る。急いで駆け付て、正面に広がるは狭い通路とは一転して非常に広々としたスペース。

 何本も伸びている触手とは別に端っこの触手では怯えている声が。

 あれは……物品を盗んだ犯人? 暗くて、しっかりと見えないけど声だけは…聞こえる。


「くっ、触手が邪魔だ」


「誰か……この際誰で良いから早くほどいてくれ!」


 叫んでいる貴方は取り敢えず無視だ。

 それよりも、やっておかない事がちらほらとある。まずはこの無数に生えている触手のモンスターの排除から。

 こいつは図体もデカイ上に触手のお陰で距離も稼がせてくれないから接近するには非常に不利になるが、簡単に諦める訳にもいかない!


「触手は僕が片付けます。ライアン隊長は今の内に!」


「了解。私は本体の掃討に力を入れる!」


 本体を片付けない以上触手は永遠に動き回る。触手の動きを止めるには本体から始末したいけど、そこに辿り着く前に触手が邪魔をする。


「邪魔だ!」


 迫り来る触手を片付けて、ライアン隊長が本体に接近出来るように支援する。

 程なくして、距離を縮める事に成功したライアン隊長は地面から高く飛び上がると同時に剣の矛先を顔面に突き刺そうとしたその時。

 危機を察知したモンスターはほぼ反射的な動きで首をぐねっと曲げた。

 これにより攻撃は失敗に終わるが、地面に着地した瞬間に背中の部分を切りつける。

 やはり、治安団の隊長を担うだけあってただでは済ませないようだ。


「今だ!!」


 動きは止まった! 停止した触手を無視して飛び上がって喉元に剣を貫く。

 悲鳴のような声が高鳴るが無視して続ける僕。しばらくの時間を置いて、剣を引き抜く事でさっきまで激しく抵抗していたモンスターは微動だにせず停止した。


「逃げれると思うな」


「ひぃ!」


 モンスターが停止した事で運良く触手から逃れた犯人はこの隙に逃げようとしていたらしい。

 しかし、残念ながら犯人のパターンを読んでいたライアン隊長に先回りされた。

 抵抗むなしく力業で沈められた犯人はもう逃げられないだろう。

 これから罪を改めて、懺悔をするんだ。


「どうにか無事に終わったか」

 

 事件はあっという間に終わってしまった。ギャンブルにのめり込んで金欲しさに金品目当ての物品を持ち逃げしていた犯人。

 住民からの苦情を受けて治安団に追いかけ回された犯人は最後の悪足掻きとして、人気のない場所へと逃げ込み奥に潜んでいたモンスターの気配を察知出来ず自滅した。

 もはや犯人の末路は自業自得に相応しい。哀れすら通り越して無に染まりそうだ。

 とは言え、犯人の身柄を治安団に移譲した僕は安心してネックレスを取り戻した。

 これで一件落着! もう久方ぶりに動いただけで身体全体に荷物がのし掛かっている。

 屋敷に帰ったら、風呂……作らないとなあ。


「君の活躍ぶりはあいつに報告するとしよう。彼はお前と違って真っ当な人格をしていると」


「ザットに言うんですか?」


「近頃のザットは自棄に苛立っていてな。一番の標的であるアビスに対してはどうやってぶっ殺そうだの……血の気が多過ぎて心配でな。私としては、このまま手の付かない事にならないか危機感を抱いている状態だ」


 ザット・ディスパイヤーは隊長を前にしても標的に対して殺意を惜しみなく向けているのか。

 

「まぁ、道徳はそれなりにあるから然程心配する事ではないのかもしれん」


 それはどうだろう……戦闘モードに入ったら、終わるまで暴れまわるから道徳があるかないかで言われると微妙な部分だし。


「では、私はこれで失礼する。今後の君の活躍を影ながら応援しているよ」


「あ、ありがとうございます!」


 さて。犯人を確保する為にモンスターとあーだこーだしていたお陰ですっかり太陽が沈んでいる。

 屋敷の中で待機しているアン王女は途中で帰宅してきたマリーと無事に合流出来たようだから急いで戻ろう!

 

「ーーーーうっ!?」


 視界が、視界が……また。そうか、世界が逆転するのか。次に意味する事を悟った僕は安心して身を任せる。


 さよなら異世界。ただいま現実。

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