エピソード36:受動的に巻き込まれていきます
屋敷生活が始まって間もない頃、屋敷の清掃は残念ながら全て行き届いてはいない。
あれだけ息込んでいったのは何だったろう。これじゃあ、四字熟語の有言実行ならぬ有言不実行だ。
しかし、いざ取り掛かろうとすると広大な有り余る屋敷が僕を襲う。
自分の部屋さえ掃除をするのに、母に言われないとやれないのにこんな馬鹿デカイ屋敷を自主的にやるのは実に疲労が溜まる一方だ。
「ぐへぇ~」
「ショウタ様。具合が悪いのですか?」
二日経った今日。朝食を食べて、手軽な場所と自分の部屋の作成等々済ませていた僕に身体が疲労のピークを迎えていた。
もう何をするのにも、ぐだぐだでしばらくは清掃なんてしたくもない。
とにかく、身体が休めと悲鳴を上げている。今はもうお昼前でマリーは別行動。
ここにはアン王女しか居ないので、実質二人きり。だからこそなのかアン王女はチャンスとばかりに僕に話し掛けてくる。
どうにもしんどいので、本来なら無視を突き返したい所ではあるけど相手は国の王様の娘となれば話は違う。
後でどんなしっぺ返しが来るのか……想像するだけでも、恐怖の底に陥りそうだから早めに切り替えていく。
「屋敷全体の掃除に疲れまして。今はただ休憩をしているのです」
「何とお痛わしい……私が貴方の為にマッサージをしてみせましょう。これをするのは父だけでしたが、ショウタ様には特別サービスです!」
嫌な予感がびんびんしてきたよお。これは回避した方が良いんじゃないかなあ。
いや、でも父親もマッサージを受けていたみたいだから多少なりとも大丈夫かも。
「じゃあ……お願いします」
「はい、喜んで!」
次の瞬間にマッサージを受けて、僕の意識が吹っ飛んだのは姫には内緒だ。
あれは、誰でも絶対にああなる。王様もその例外に漏れない筈。
きっと王様は娘に言われて為すがままに言われた。そうじゃないと、納得しないぞ。
「ふぅ」
「アン特製のマッサージ。いかがでしたか?」
「色々と凄かったよ」
「そう言って下さる割りにはまだまだお疲れのようですね……うーーん、あっ!」
おっと。今度は何を思い付いたんだ? 余計な事はしないで欲しいけど。
「昨日は雨で外に出れませんでしたが、今日はすっかり晴れていますので私と一緒に気分転換を図るお散歩をしましょう! 鈍っている身体にはこれが一番最適です!」
まさかの散歩ときた。確かにアン王女の言われ通り外に出たら、心機一転にもなるからありと言えばありか。
けど相手はこのアン王女。迂闊な行動を取られたり、勝手な事をされたら一番困るのは僕になる。
出掛けていくのであれば、アン王女に怪我がつかないように守ってあげないと。
下手したら牢獄行きは免れないか。それだけは本当に勘弁!
「んー」
「出掛けるのには最適ですよ?」
気分転換。煮詰まった状態では身体も動かないし、外に出歩くのも良いか。
「よし、行ってみよう!」
「その言葉をお待ちしておりました!」
外は穏やかな快晴。万が一にも事故があった時の為にテーブルの上に置き手紙を乗せておく。
これで、マリーが帰ってきた時にはこの存在に気が付くだろう。
アン王女は置き手紙に対して必要ありませんと言っていたけど、最悪の状況を想定して残す。
屋敷から出た僕達は街の周辺を散歩していく形で回る。隣でうきうきしているアン王女には悪いけど、心の中はいつ敵が奇襲してくるかひやひやが止まらない。
それに、あんまり喋る内容も実はなかったりする。マリーだと自然体でいられるんだけどなあ。
「緊張していますか?」
「いやいや、そんなことはないさ。うん、断じてね」
あくまでも悟られないように虚勢を取る僕。対してアン王女は反応が面白いのか次々とちょっかいを掛けてくるのは……はぁ~困ったものだよ。
「視線が気になりますね」
それは貴方が王女の立場にあるからだと思います。だから、なるべく目立たないようにして頂けますか!?
「あの?」
「はい、なんでしょう?」
話がややこしい方向に行きかねないので是非とも腕を絡ませないようにお願いします!
こんな場面を知り合いに見られたりでもしたら……どう言い訳をすれば良いのやら。
「離して頂けるとありがたいのですが」
「折角二人きりの時間ですのに、何もしないなんて勿体無いですわ」
「貴方は一国の姫です。そのような事をされたら、問題も起きかねませんので」
「遠慮する事はありません! 私と貴方の仲であれば!」
だーかーら! それが迷惑だって言っているのに、この人は問題を起こしても平気なのか!!
「~~~♪」
あれ? ちょっと……もう、無理か。
「はぁ、それにしても」
街って、現実世界の商店街よりも流行っているな。店が沢山ある中で目についたのは、異世界独特の奇妙な食べ物と中々お洒落なアクセサリー。
そして、各地に広がる問題を報酬を付けた依頼として設置して報酬狙いの者達に挑戦させる依頼屋ならぬギルド。
武器も勿論充実したラインナップで足りない店はないくらいにはある。
当然、僕の所有する剣よりは幾らか頼りない。
前に依頼屋のおっさんから貰った剣は無駄に重い上に威力も全く出ない置物でしかなかったのだから。
「ショウタ様! 私、これが欲しいです!」
アン王女が目に止まったのは星の形をしているネックレス。あんまり現実世界とは大差がないようで、非常に繊細な作りをしている。
まだ、この世界のお金については詳しくないけどマリーの教えで何とか扱えている。
正直野口英世とか福沢諭吉の札を使っている方が気分が落ち着くんだけど。
「すいません、これ下さい!」
「はいよ、おおきに!」
欲しがっているので、取り敢えず買ってみた。アン王女が非常に喜んでいるみたいだから、これで良しとする。
さて、あとは適当に回って帰るだけだな。今日はばれなくて良かったぁ。
「……! ちょっと待て! 貴方はア、アン王女!? 何故、ここに!」
やっぱりばれてしまったか。一国の姫だから、誰かに知られているだろうとは思っていたけど。
「はい! 皆様のよく知るアン王女です!」
「挨拶している場合じゃないですよ!」
呑気にしているアン王女を無理矢理腕から離して、有無を言わさずに退散。
今度外出する時はアン王女に王女らしくない服装にして頂いて、振る舞いを少し変えて頂こう。
そうでもしないと外出したらしたらで、国民にばれるという許しがたい事態になってしまう。
「すいません。浅はかでした」
「何を謝っているのです? 例え、謝る事があったとしてもショウタ様がそんな顔を浮かべるのは私にとって望ましくありません。私のショウタ様はもっと清々しくして貰わないと!」
期待されている。現実世界でおどおどしている僕にその言葉は実に重い。
「退け!」
「きゃっ!」
凄い勢いでぶつかってきた。しかも僕が見ていたのにも関わらずだ。
相手は風のように去っていき、アン王女をシカトとしてどっかに行ってしまった。
くそっ、バルト国王に任されている立場でありながら全く情けない。
「怪我は!」
「大丈夫です。お気になさらず」
ふぅ、怪我がないなら何より。安心していた僕とは裏腹にアン王女は次第に表情を変える。
どうやら、何かを必死に探している様子。床にドレスのスカート部分が付いていても。
「ない、ない、ない!」
「どうかしましたか!」
「ショウタ様が下さったネックレスがないのです!」
一体、いつなくなって……あぁ、まさか! 通り過ぎた時にあいつが盗っていったのか!
「くっ、やられた」
物品狙いの犯行だったか。にしても今から追うのはもう遅すぎるか。
「待て!」
困り果てた状況下で見慣れた服装が目に留まる。それは白いローブを巻いて、一寸乱れぬ服装を纏う何人かの兵士。
その集団の中に一人だけよく知る男性と目が合う。
「君は!?」
ライアン・ホープ。国全体の治安を均衡とする狙いを目的とした部隊。
治安団の隊長格として、言動及び態度が完全に問題児のそれであるザット・ディスパイヤー副隊長を兄貴と呼ばせる人物。
水色の髪を基調とした丁寧な言葉遣いは隊長と呼ぶに相応しき者で部下に慕われていても全くおかしくない。
「貴方は!」
「奴は逃すな! ここから屋根を使ってでも、先回りして傷を負わせてでも捕獲しろ!」
「はい!!」
部下に先回りするように指示を出すライアン隊長。その表情にはどこか焦りがある。
「ショウタ君。君の噂はかねがね聞いているが、ゆっくりと話している暇はないんだ。すまないね」
「待って下さい! 僕も付いていきます!」
星のアクセサリーをさっきの男に盗られてしまっているんだ。
このまま、黙っているなんて出来ないね!
「そちらにいらっしゃる姫はどうするつもりだ?」
「アン王女には屋敷に居て貰います。犯人がまだうろついている状況下では大変危険ですので!」
ひょっとしたら判断を見誤っているかもしれない。だが、黙って屋敷で連絡を受けるよりかは自分も付いていって直接取り返した方が絶対に良いに決まっている。
問題は屋敷をアン王女だけにさせる事。これはどうにかしないと。
「正気か? 君は一国の姫を屋敷の中で一人にさせるつもりか?」
「そ、それは」
「もう良いか? すまないが、私には盗賊を捕まえる仕事があるのだ」
「治安団の皆様、私は一人であろうとも平気です。それよりもアクセサリーを取り戻そうと必死に抗うショウタ様の願いを無下にしないで下さい。ショウタ様の為なら私は一人でも屋敷に残ります!」
彼女の言葉にライアンは頭を悩ませる。状況も状況だったので、悩みはすぐに消して部下の一人に命じる。
「お前はアン王女を徹底的に守れ。王女に傷は一切付けるな。後で問題になれば色々と厄介な事になるからな」
「了解」
「ショウタ様、私も付いていきます。このまま黙って屋敷に籠る訳にはゆきません!」
うるうるとした瞳で見つめるアン王女。きっと、いや自分も一緒に奪われたネックレスを取り戻したいのだろう。
しかし、立場が立場であるゆえに危険な場所へと足を踏み入れさせる事は許されない。
だからこそ、分かって欲しい。
「王女は屋敷に。奪い取られたネックレスは必ずや貴方の手元にお届けしますので!」
納得はしていないようだが、アン王女の身柄は治安団の者にお任せするが僕が居ない間に下手な真似はしないで欲しいので、一応釘は刺しておく。
団員は身を翻して首を縦に振っているので大丈夫だろう。もし、これで嘘をついたら容赦はしない。
「はぁ、そこまでするなら君が姫のお隣に居てくれた方が良いような気がするのだが」
「ライアン隊長。そこを何とかお願いします!」
「はあ、分かった。蒼の騎士、ショウタ・カンナヅキ。傲慢王を倒したとされるその実力……期待させて貰うとしよう」
「はい! 宜しくお願いします!」
呆れつつも承諾を決めたライアン隊長は逃げていった男の足取りを追う。
その背中に続いていく形で犯人が持ち去ったネックレスを奪還する為に僕も足取りを追っていくのであった。