エピソード30:傲慢王による最後のアプローチ
広場で戦闘を繰り広げているザットとアビスを差し置いた僕達が向かうは当然あいつが待っている居城。
道中には幾多のモンスターもしくは兵士は全くと言って良いほど存在しない。
恐らく、戦力は城の外へ回されているのだろう。それで敵も姿が見当たらないのだ。
人影は一切見えない。この国に住んでいる住民はこの一件に関わりたくないと塞ぎ込んでいるのだろうか。
それにしても、非常に静寂に包まれているな。何か敵側が罠を仕込んでいるのではないかと心配になる。
「存在感がある城ね」
「本当だ。まだ距離があるのに、凄く目立った色をしている」
存在をアピールするかのように染められた金色。自己主張が激しいとも取れるそれは闇の中でも一際異彩を放っている。
あの城の中にオウジャ・デッキは胡座をかいて、今か今かと待っているのか。
「マリー。ここまで来ておいて……何だか緊張してきたよ」
「緊張するのも無理はないと思う。相手はなんて言ったって国を束ねる最高権力者のオウジャ・デッキ。言動や態度からして自由勝手に動く姿は手を付けられない暴れん坊でいて実力も去ることながら強力……そんな付け込む隙のない王に緊張してなおお、普通でいる方がよほどおかしいと思う」
「そうか。でも気合いを入れていかないとね」
この先は決着が付くまで戻れない戦い。後悔先に立たないよう、踏みしめていこう。
ドキドキの高鳴り。妙に汗ばんできた拳を握り締めて城の門へゆっくりと着実に進む。
大きな門を無事に潜り抜けた先には何もない広場。恐らく、本来としてはここが兵士達の訓練場の代わりを果たしているのだろうが、今は生憎出払っているらしい。
けど……幾ら何でも静寂過ぎる。もしかしたら、オウジャは戦力を別に回しているのか。
だとしたら、どこに隠している? 拭いきれない不安を抱えながら踏み出す城の内部は外観と同じく金色を内装した豪華なお城。
やはり、内部も外と同じくもぬけの殻だった。
「誰も居ないなんて」
場所を間違えた? いや、そんな筈はない。広大なだだ広い空間の先にある階段。
あれこそがオウジャ・デッキが待ち構えている王座に繋がる部屋になるのか。
「足音が聞こえる」
「ん?」
耳を澄ませば、聞こえてくるのは床の音を響かせる足音。この感じだと二階からか。
城に入る際に収納していた蒼剣を再び呼び出して構える。その最中にも近寄る足音。
ピタリと止まると存在感が極めて高い人物が上からほくそ笑む。
そう、その人物こそがこの世を世界征服をせんと大戦争を起こした当事者。
オウジャ……デッキ!
「ほう、待っていたぞ」
「貴方の計画を止めに来ました!」
「命を掛けてまで、ここに来るとは。大した者だな……その敬意を表して、俺様からささやかなプレゼントをくれてやる!」
地面からモンスター!? こいつ、いつの間に仕込んでいたんだ!?
「ほらほら、遠慮せずに受け取るが良い。なに? もっと欲しいだと? ふははははっ、そうかそうか!」
ちょっとちょっと! 誰も増やせって言っていない!
「一瞬にして囲まれた……上手く嵌められたみたい」
「さぁ! それが、居城に自ら舞い上がったお前達の最後の試練だ! 二人で永遠の地獄を味わうか……はたまた一人を残して、残った一人を犠牲にして進むか。どちらか好きな方を決めるのだな。ふははははっ!」
あ、あの男。最後の最後にとんでもない仕掛けを用意してきた。
僕達の周囲を取り囲むモンスターは見た目は骸骨。弱点の箇所は分からない。
ここは一度試しておいた方が良さそうか。
「このぉぉぉ!!」
「では、俺様は待つとしよう。底辺が死に物狂いで掛け上がるその姿を。精々串刺しにされないよう、身の周辺には気を付けておけよ?」
くっ。倒しても倒しても、ふらふらと起き上がってくる! こいつらは全員不死身か!
「燃えよ!」
マリーの放った炎の雨でさえもモンスターは燃え尽きない。
それ所か再びふらふらと起き上がって攻撃を開始する。魔法でさえも消滅しないし、蒼剣の一撃二撃でさえも全く歯が立たない曲者。
このまま耐久戦に持ち込んだとしても、今の状態では長く続かない。
メンタル的な事を考えても数十分以上か。それ以上は精神に負担がどっしりと掛かる。
うっ……どうする? こんな状況下では戦力すら足りない事だし退くのも作戦か? いやいや、やっと城の内部まで潜り込めたのに撤退をしてしまえばオウジャを撃破するチャンスを失う。
そうなってしまえば、一気に手遅れになるんだ。ここで死にたくもないけど簡単に折ってはいけない!
「まだよ! 私にはこれがある!」
対象を直接手に触れる事により氷の力を増幅させて結果的に氷付けにしてしまう魔法。
相手にはそれなりに効いているようだが、時間が増してゆくにつれて魔法が粉々に砕け散っていく。
駄目だ駄目だ。僕達のやっている事が全て無力になってしまう。
くそっ! こんな状態で先になんて行けそうにない!
「私は一人で戦える。貴方は貴方に出来る最重要を片付けなさい!」
「マリーだけを置いていくなんて!」
明らかに一人で残したら、状態が更に不利になってしまう。
それこそ、オウジャ・デッキの思う壺に。
「でも、この状況下では貴方が行くべきだと考えている。オウジャの考える世界征服。それを完膚無きまでにぶっ潰せるのはショウタ・カンナヅキの力だけ」
「過信し過ぎだ。僕の身体能力はそこまで高くはない!」
「お願い。貴方だけが、唯一あの傲慢王を倒せるかもしれない逸材なの。これはただ単なる私のわがままでしかないけど……どうか、その手で世界を救って!」
また、その台詞。僕に世界を救うなんて、これ以上重い言葉はないのに。
マリーは簡単に僕を信用するんだね。
でも期待をされていたのなら期待に応えるのも僕の役目か。
「絶対に生きて帰ってくる! だから、マリーも!」
「えぇ、お互い五体満足で再会しましょう!」
去り際にハイタッチを交わして、前方を力ずくで突っ切る。そこから追いかけてくる骸骨のモンスターは稲妻の遠距離魔法による足止めを食らう。
マリーを一人残して、王座に駆け込む気持ちは実に後ろめたい。
頼むから……死なないでくれよ。僕も五体満足にはならなくとも、どうにかして帰ってくるからさ。
「はぁはぁはぁ」
かなり廊下を歩かされたが、ようやく王座に到着か。まだ、道中に変な仕掛けがなかっただけマシだけど。
息を切らしながらも重い扉を開ける。そこにはオウジャ・デッキ本人が居座る王座とそこまで続く赤い絨毯と目がチカチカしそうでお洒落なシャンデリアのような物が照明の代わりをしていた。
「お前は後者を選択したか。まぁ、妥当な判断と言えよう」
「側近達はどうした?」
「奴等なら全員出払っている。いや、俺様が出払わせたと言うべきか? なにせ、俺様との決戦に横槍は一切不要だからな」
「じゃあ、モンスターを準備したのは?」
「本来なら使うべくもなかったのだが、二人以上だったので使った。アビスの残した最後の切り札を使わないのは勿体ないからな」
もう、言葉による説得は不可能。こいつを黙らせるには力でねじ伏せる他はない。
「おっ? その目付き……気に入ったぞ」
「止まるつもりはないんですよね? この愚かな計画を」
「ふっ、笑止! 世界の頂点に君臨する俺様が言葉だけで止まる訳がなかろう!」
先に踏み込んだのは僕。王座に向かって、気合いを入れて振り下ろすと見事なまでに椅子は半分に割れると同時にオウジャは微笑をしながら跳躍する。
「遊びは終わりだ! 今度は本気で潰す!!」
跳躍しながら取り出す金色の槍は不発した僕の元へ飛び込む。
寸での場面でかわした箇所は槍の影響もあってか、地面に大きなヒビが。
だが、それでも奴の動きは止まろうとしない。勢いはコロシアムの時よりも更に過剰になる。
「中々すばしっこいではないか!」
「ここまで這い上がっておいて、おいそれと死んだら皆に申し訳が立たないんでね!」
「その余裕。俺様が今日を持って消し去ってくれる!」
あの時の戦闘は手を抜いていたのかと言いたい位に動きが違う。
異世界に戻ってきて、久し振りの先読みの能力を開花させても相手に合わせるのが精一杯。
ここはあと一歩。もう一歩先に踏み込まないと勝機は見出だせないぞ!
「お前の全力はその程度で終いか」
激しい動きの中で不意に突かれた金色の槍が目先に飛び込む。
条件反射で蒼剣を盾代わりにした僕は反動で後ろに引き下がる。
しかし、その一瞬をも許さぬオウジャは己の槍を両手に持ち直して矛先を向けた。
無論対象者は僕だ。
「死ねぇぇぇ!」
矛先から一筋の光が。こ、これは砲撃か!? 槍の先端部分からあんな物を放射できるなんて……槍の概念を覆している!
「まだだ!」
砲撃を蒼剣で受け流すようにして、全速力で駆け抜ける。今度はこちらの番だと分からせるように叩き込む。
そうして、そうして攻防一戦の瀬戸際を繰り返す僕とオウジャ。
どれだけ長い時間が経過したのだろうか? 体感的にはそれほど感じてもいないし、互いに疲れは表に出さない。
「やはり先を読んでくれるか……それを使われると、ちと厄介であるな」
槍を自在にして、自身は腰にある剣を二つ構えたか。こうなると先読みの力を過信する事は許されない。
もう、ここから自分の力であくまでも先読みは足枷として対処する。
そうでないとこの先厳しくなる。
「先に言っておくが、今回は策士のような計画を立てても無駄だぞ。今日の俺様は一味違うからなぁ」
分かっているさ。あれは偶々状況が状況で避けられた出来事。
今回に限っては……もう逃げられやしないだろう。
「この城に来た時から覚悟はしていましたよ」
「殊勝な心構えだな。今の言葉で遠慮なく戦える」
「この呆れた計画にピリオドを」
「いいや、違うな! これは世界を俺様色に染め上げる壮大足る計画! オウジャ・デッキがこの世に存在する限り、世界の覇者になる事は決して止めぬ!!」
宣言と共に襲い掛かる三つの武器。数は不利であれど、戦うしかない!