エピソード2:呼び戻されました
「おいおい。どうした?」
「うん? 別に何でも」
「にしては箸が進んでいないぞ。まさか……今日はバレンタインデーだから何人貰えるか内心ドキドキしているのか?」
僕みたいな根暗が一つも貰える訳が無いだろ。それよりか学校内で親友以外放置されているよ。
異性どころか同姓にも気味悪がられているし。
「親父は何個か貰った経験があるの?」
「いやー、面白い位にゼロ。毎回2月14日には髪型もびしっと決めて、放課後までじっくりと耐え忍ぶけど異性に全く見向きもされなかった。あれは……今思うと泣ける」
「あぁ、そうなんだ」
結局今日いや正確には昨日なのか? あの時体験した出来事は嘘で終わってしまったのか。
まさか、異世界転移を為し遂げた僕が今では現実世界に戻って親父と何気無い朝食を摂っている。
どっちが本物なんだ?
「貴方。早く行かないと会議に間に合わないんじゃないの?」
時計の針は丁度8時を指していた。親父の会議が何分に開催されるのかは息子の僕には知る由も無いけど、母さんがああ言うのなら急いだ方が良いだろう。
「うげっ! 今日は大事な企画に関する会議があったんだぁぁ。やばいやばい」
母さんの作った朝食を綺麗に食べ終え、必要な事は最小限に留めて家を後にしていく親父。
僕はその頃に朝食を食べ終わる。昨日の夢もしくは現実だった事が引っ掛かって、しっかり眠れていても気分はモヤモヤとしていた。
「今日の翔大は顔色が優れていないんじゃない?」
「やっぱり分かるの?」
「そりゃあ、私が腹を痛めて産んで赤ちゃんの頃からずーと育ててきたんだから嫌でも分かるわ」
どんな事が起きても落ち着きを払っている母さんは僕と違って、小さい頃から友達が多い。
それでいて仕事もこなせているだから息子の僕としては頭が上がらない存在。
時々この母さんは本当に僕の母さんなのか疑問を浮かべてしまう事もしばしばある。
「そろそろ仕事に行かないと間に合わないけど……少しくらいなら聞くわ。だから、聞かせて」
こうなると頑固だ。どうせ言ってみた所で母さんでも信じちゃくれないだろうけど駄目元で言ってみよう。
「昨日の夢でここの世界じゃない場所で不思議な女の子に出会った。それでその女の子とあれこれと会話して歩いている内に、現実世界に帰ってきた。誰が聞いても信じられないと思うけど」
スマホ? 一体それを使ってどうするつもりなんだ、母さん。しばらく黙り込む母さん。いい加減声を掛けた方が良いのか?
スマホを片手に画面をじっくりと見ている母さんに近づいていくと……これは、そう言う意味で言っていないのに。画面が履き違えている。
「へぇ、翔大が異世界に行っている夢は色んな事に興味を示しているようね。そして女の子に会っているのであれば恋愛運は上昇!? 良かったじゃない。これで今日から異性の女の子にガンガンモテるわよ!」
夢占いをして欲しい訳じゃない。はぁ、相談する相手を間違えてしまったみたいだ。
母さんは母さんで異世界に行って夢の意味にご満悦な顔で頷いているしで失敗しちゃったな。
もう、放置して学校に行こう。
取り敢えず出席だけでもしとかないと、卒業は夢のまた夢となって留年する恐れもあるから。
「じゃあ行ってきます」
「はーい。気を付けて行くのよ」
家を出ればコンクリートの光景で一軒家が並ぶ街並み。朝8時は専業主婦以外は社会人が軒並み歩く時間帯だ。
いつもの決まった時間に気温そして体温と時折変わる木々以外は何も変わらない世界。
あの草原に広がった解放感はもう一度味わたい。願わくば、もう一度戻れたらと強く願う。
夢の中? で会ったマリーは今はどうしているのだろうか。
もし、あれが本当に夢だったとしたらマリーの存在は消えて無くなる。
それはそれで悲しいけど、夢ならばぎりぎり割り切れる。けど、僕が行った世界は夢では無いと感じる。
確かな感触とはっきりした意識があったからだ。
「ほら、急げよ。あと5分で朝礼だ」
マリーに注意されたのにも関わらず、考え事にふけっていた。
相も変わらず皆は走りながら学校の門を掻い潜っていく。対して僕は無言のままに歩いていた。
門で待ち構えていた先生から視線を浴びている気がするが無視を決め込む。
どうせ、僕に構う人達は誰も居やしない。この学校に通っているのも近くて早くて偏差値はそれなりだったと言う理由で行っているだけに過ぎない。
唯一ここに通って良かったのは親友の明と休憩時間中にたわいもないお話が出来る事か。
人生を大きく変える原因となった事件から1年。モノクロに映る廊下をゆっくりと歩いて教室内へ。
僕が皆の視界に映った時に一瞬だけ黙り込むのは最早定番のお約束。
挨拶は交えない。椅子に座り込んだ途端にチャイムが鳴り響き、担当教師からのつまらない挨拶と別段興味の湧かない授業を休憩を挟みつつ50分。
淡々と聞かれている僕の立場になって欲しい。
「織田信長が明智光秀に殺された事件を本能寺の変と呼ばれている。この事件は1582年とされているから、しっかり覚えておくように」
先生の授業に対して真面目にノートを取る生徒。そして今する必要性が感じられないのに、隠れてひそひそと手紙のやり取りをする生徒などちらりと観察したら多種多様の生徒が沢山。
そうして何の為になるのか分かりもしない授業に休憩の合図を告げるチャイムが音を鳴らす。
この時、大半の生徒の表情は緩んで先生の顔はやれやれとした表情を表に出す。
これもお決まりの展開だ。
「それじゃあ、今日はここまで。再来週にはテストが控えているから予習はこまめにしとけよ」
ここまで50分×4時限で200分費やした。60分で1時間となるから時間単位で直すと2時間。
体感的には倍以上の時間を感じる。生徒達は各々好きな場所で昼食を取るようだ。
さ……て、大方の生徒は出ていった事だし僕も昼食を食べよう。
財布にはお母さんから貰った食事代があるけど、あんまりお腹が空いていないからあんパンとかで済ませてしまおう。
椅子から立ち上がり、教室の後ろ側の扉から出ていこうと足を踏み入れる。
いつもなら、そこで廊下に……出る筈だった。
それが今や違う光景。正面には夢として扱っていた草原の光景と傍らにはあの女の子が不思議そうな表情で見つめている。いや、何故か驚いていた。
「ショウタ……い、いつの間に着替えたの!? 貴方魔法は使えないって言ってなかった!?」
僕は一瞬にしてこの世界に戻ってこれたのか。どういう理屈で転移をされているんだ。
転移はほぼ無意識にされた。これは僕の所有する力? それとも誰かの手による力?
前者なら説得力が高まるが後者ならそうする理由と目的が今一つ分からない。
とにもかくにも、僕はまたこうして二度と会えないだろうと思っていた彼女と再会を果たした。
これは素直に喜ぶべきだと思う。
《現実》→→→→→《異世界》
「さぁ……僕にもさっぱり分からないけど。もしかしたらマリーと同様に何かしらの力を宿しているのかも」
誤魔化した。異世界から現実世界に帰還していたなんて仮に言ったとしても信じてくれる訳がない。
いや、もしかしたらマリーなら信じるかも。でも、うーん。
やっぱりしばらくは誤魔化しておこう。話せそうな時期が来たら話したら良い。
僕の想いは決まった。今はこの異世界を知る事から始めよう。
そろそろ街も見えてきたし。
「ふーん。その言い方だと……もしかしたら貴方は魔法を使えるかもしれない。取り敢えず今は街に到着したから、適当に気になる所をブラブラしていきましょう」
これが異世界の街か。一目見た感想だと世界史の教科書に載っている国の洋風な街並みって言うのが第一印象。
唯一外国と違うと言える点は通行人の容姿か。耳が尖っていたり、お尻に尻尾が生えていたりと現実世界では到底考えられない容姿をしている。
これが現実だとコスプレ大会になっている……と思う。
「色々な人が居るんだね」
「この世界には沢山の人種が存在するの。特定の人種以外は皆仲良しなのよ」
中に仲良しごっこをしている人達を嫌っている人種も少なからず存在しているのか。
やはり人種差別はどの世界に置いてもあるんだな。
「さぁ、どこから案内しようかな」
服装が制服だから完全に浮いてしまっている。取り敢えず最初は服屋に赴いて適当な服装で凌いでおきたい。
冬服の上着の内側ポケットから財布を確認……した所で金単位が違うから結局は使えないか。
「変わったお金を持っているね」
「うーん。このお金を買い取ってくれる質屋さんはない? あったら凄く助かるけど」
「任せておいて。そういう事ならとっておきの場所を知っている! ただし、質屋なんて無いから何でも屋になっちゃうけど」
「構わないよ。案内をお願い」
これは朗報だった。急ぎ足で何でも屋に向かう僕とマリー。人当たりの良い道に建て並ぶ何でもに到着した瞬間に有無を言わさず足を踏み入れる僕。
接客態度はそこらのコンビニ店員に負けず劣らずだったが、割かし良い値段で買い取ってくれた。
「これで服装も揃えられる」
「そうね。それじゃあ、次に貴方に似合いそうな服をチョイスしましょう」
今度は服屋に足を向ける。隣で異性が一緒に歩いているから余計に緊張する。
これって、微妙にデートになるのか? いやいや早まるなよ。
まだまだ決めつけるのは早計だ。
「到着! 早速ショウタに似合う服装を探しましょう」
やばい。何故か彼女に見えない炎が暴れまわっている。
「お手柔らかにお願いします」
「うんうん。任せて!!」
その笑顔凄く怖い。
「いらっしゃい! 気になる鎧とか服があったらお気軽に言ってくれ」
うわぁ、店主も熱いな……。服屋の雰囲気が熱いせいかドン引きに近い僕は彼女マリーになすがまま。
最終的に仕上がったのは茶色の紐靴と身軽な動きが取れそうなズボンと白のカッターシャツを上から羽織るだけの青色のコート。
服に関してはかなり適当になったけど、始めは鎧とかゴツゴツした服装をマリーや店主に勧められたので全力でお断り。
結果、現実の服装とあんまり変わらないような気がするけど……これはこれでアリだろ。
「本当に後悔しないの?」
「大丈夫大丈夫。それよりも次に行こう。次に」
「ふーむ。次はあそこに行きましょうか」
「うん? どこへ行くつもり?」
物騒な場所に連れ込まないでくれよ。僕の切なる願いとは裏腹に彼女の一言で砕け散る。
「お助け屋よ。気になる依頼を受注してそこでモンスターを討伐。報酬金が貰えて結果的に人の助けなるから私達はWinWin。まだショウタの力を見てなかったから、これは絶好の機会になるわ」
部活も帰宅部を自称している僕がライオン並みの相手に武器を片手に戦闘!? うわぁ……これから僕は死ににいくのかな。
「じゃあ、出発!!」
鬼だ。この女の子は見た目に反して性格が鬼だ。力どころか戦闘もした事が経験上一度も無いのにモンスターと戦闘。
あはははっ、涙が止まらないよ。