エピソード24:目指す物はただ一つ
ゲネシス王国とスクラッシュ王国そして治安団によるオウジャ王国への総攻撃の準備が始まろうとしていた。
各部隊は戦力に余念がないように細心の注意を払って一週間後に決行する大規模作戦に供える。
何せ相手は突如侵略行為を始め、オウジャ王国を除いた各王国の拠点であるスマートとブレインを侵略して戦争を本格的に始動させた最悪の敵。
特にオウジャ王国の頂点に君臨するオウジャ・デッキは強さもさながら野心にも飢える人物であり今回の元凶。
現在の所、拠点などを破壊するだけで占拠したという話は聞かされていないが警戒は怠ってはいけない。
もしかしたら、次は王国の方に目を向ける可能性を考えておかないと。
「何だか、最近忙しくなってきたね。この戦いが無事に終わったら貴方とどっかに遊びに行きたいなぁ。例えば、花畑とかはたまた綺麗な海とか!」
そういや、この頃寝てる感覚がない。ただ感じるのはオウジャ王国との大決戦。
そこには二か国と治安団が結託した戦争。そこに僕は入り交じる事になる。
無論拒否権はあった。けれど、こんな状況に陥っている中で他人のフリなんてしていられない。
だから僕は今日も今日とて蒼剣を手に戦場を駆け抜けよう。この戦争の幕が閉じれば、僕らは平和に穏やかに過ごせるんだ。
「僕で良いのなら、どこにでも行こう。気分転換も大事だからね」
「こんな状況でもショウタは笑った顔が一番。生真面目にしていたら疲れるよ?」
今日も僕は疲れているのか。そういや、最初の転移を果たした時より疲労感が大分上回りつつあるような気が……現実世界の方に戻っても時々視界がグラッとする始末だし。
全く、勘弁して欲しいよ。そろそろ異世界と現実世界をあっちこっち移動する僕に人並みの癒しを下さい……どっかに居るかもしれない神様。
「うん、ありがとう」
「礼なんて言われる程でもない。私はただ貴方に世界を満喫して貰いたいのだから」
「この世界は僕の知らない事が沢山ある。それはまた追々ゆっくりと見ていけば良いさ」
常人では会得しない運動性能をこの世界で体得し、身体の一部として身軽に振り回せる剣が僕の小説心をくすぐる夢見た世界が直接この目である日を境にして手に入れた。
反面、異世界のショウタ・カンナヅキと現実世界の神無月翔大は交互ではあるが二人に分裂した。
いつ? どこで? 何分たりとも気が休まりそうもない転移現象の謎を解明しない限り本当の終わりは見えない。
「そうね、これからゆっくり……私と一緒に見ましょう」
そうだ。これが終わったら僕は……この世界の構造を調べる。
いい加減うじうじするのは現実世界の僕だけで充分だ。
そう思うと自然と拳に力が湧いてくる。
「無理しないで。戦っているのはなにも貴方だけじゃないんだから」
隣に居てくれるマリーは不安げな表情で僕の手を乗せる。ほんのりと温かい感触にとても気分が良くなる。
不思議だな。最初に出会って一月もも経っていないしまだ語るにも語っていない状況だと言うのに僕の視界が映る彼女がこんなにも美しい。
異世界転生していた僕なら確実に恋をしていた。だけど、転移を繰り返しあまつさえあの忘れてはいけない過去が邪魔して先にはいけない。
ごめん、僕はやっぱり神宮希が今でも好きだったんだ。この気持ちだけは一生変わらない……いや、変えられない。
「あぁ、頼りにしているよ」
どれだけ彼女の面影を残そうとも。
「ありゃりゃ。こんな時に邪魔しちゃったか?」
気だるげな様子で歩み寄るザット。片手で肩を擦っている表情に疲れが出ている。
やはり準備諸々でしばらく休んでいないのだろう。言動ならまだしも顔だけははっきりと出ている。
「久方ぶりですね」
「あ、あんたは……」
「マリー・トワイライト。砂漠で粗暴な態度を取っていた事は忘れていませんよ?」
「うっ。あの時はイライラしてたんだ! 指名手配犯のあいつをようやく確保出来ると息巻いていた矢先に逃げられたからな!」
「言い訳は結構。それより、私達に何かご用でも?」
「てめえは俺に恨みを持ってんのか?」
「別に」
棘がある言い方。マリーにとって、ザットの印象は最悪であり極力関わって欲しくないのだろう。
言葉と態度だけでもそれが何となく見えてしまう。
「オウジャ王国へ総攻撃を仕掛ける時期が正式に決まったから、一応知らせておこうと思ってな。時期は今日の明け方。そこでゲネシス王国とスクラッシュ王国と俺ら治安団が奴の国を襲撃する」
「いよいよね。世界を乗っ取ろうとするオウジャ・デッキに天罰を加えてやりましょう、ショウタ」
「うん」
「しっかし、妙だな……この数日間奴等は侵略行為を行っていない。普通なら」
そういえば侵略行為が過ぎ去ってから相手は手を一向に出さない。
オウジャは僕達が仕掛ける事に気付いて守りを固めて、様子を見ているのか?
このまま何事もなく平穏に過ごせれば、それはそれで肩の荷が降りるけど……奴はコロシアムで僕と戦い終えた去り際に戦争を起こすと言い張った。
そう考えると、相手の狙いは国が入り交じる大戦争。占拠すらしない破壊活動が僕達を挑発させ、各国王に宣戦布告をして戦争を引き起こさせようとするのが狙い目だった。
そこまでして、オウジャは戦いを望むのか。
全く持って奴の事が分からない。
「仕掛けてくるのを待っているんです。彼の真なる狙いは戦争……ですからね」
「オウジャ・デッキは民の事すら蔑ろにするのね」
「奴は己の野心で動き、政治その物は二の次に考えている。民にとっては自分勝手な我が儘な王様としか見えていない」
何にせよ、今日でこの戦争に終止符を打てる! これで全てを終わりしてやろう。
まずはオウジャ・デッキ……貴方のその野望を打ち砕く!
「うおっ! 手から武器が!?」
僕の意思で呼び出していないのに……勝手に来るなよ。
「光っている」
「本当だ」
蒼剣は僕の想いに共鳴しているのか。今日は光の輝きが一段と強さを増している。
試しに軽く振るっても……輝きは一定か。何時になったら収まるのやら。
「ははは、素振りの練習とは! 最近の若い連中は精が出るなぁ!」
「あっ! す、すいませんこんな場所で。すぐに戻します」
全く、もう。なんで僕が呼んでいないのに関わらず出てくるんだ!
君は僕が呼ぶまでは引っ込んでいろ。
「良いって良いって、若者は落ち着いてるより動いてくれる方がよっぽど若者らしい。あっ、これもおっさんの豆知識だから覚えておけよ?」
白のローブに治安団の代表を特徴とした金色のバッチ。服装と振る舞いは立派なのに緑の髪が乱雑なせいで野暮ったい中年の……それこそ髪を黒にしてしまえば居酒屋で酔っぱらっているおっさんの印象を受ける。
「イクモ団長、お疲れ様です」
僕達には粗暴な態度を取るのに対して団長だと、それなりの礼儀を正す。
人って、こんなにも態度を変えられるんだ。
「おう、お疲れ様! 今日も相変わらず整っていないなぁ~茶髪のバランスがぁ」
頭を撫で回す団長。その手つきはどことなく子供をあやすような感じ。
団長と部下の関係にしては随分と親密である。団長室で会話していた時もそうだったけど。
「大きなお世話です」
「そんなんじゃあ、折角のクールが台無しだ。お前はあともうちょっと頑張れば俺より先にゴールイン出来るのに。あぁあ、勿体ない勿体ない」
「俺に野次を飛ばす為に来たんですか? 貴方が呼び止めたのはそういうご用事で?」
「いんや、もっと真面目な話だ…今日の明け方。聞いているとは思うが、その時間帯にてオウジャ王国を襲撃する。目標は言わずもがな王国を代表する国王オウジャ・デッキ並びにそいつに従う指名手配犯アビス。俺達治安団は双方の国に立つゲネシス王国とスクラッシュ王国のバックアップを受けつつ城外の守りを撃退。上手く事が運んだら戦力を根刮ぎ減らす隊長各を前に持って……そいで、そこの君もオウジャの城まで出向いて貰うって寸法にしている。どうやらアビスに対して中々鋭い強さを誇っていたようだしな」
「ぼ、僕もですか?」
「男に二言はない。やるかやらないかは君の返事次第だが拒否しても咎める事は一切ないから、ここで決めろ」
ザットは……確かにあれを見せられたら、その役目を担うのは当然か。
けど僕もその役目を任されるのか。結構荷が重いような気もする。
しかし、これは千載一遇のチャンスかもしれない。そう思うと今度は負けられない。この戦には世界の行く末が懸かっているのだから!
「はい、是非ともその役目を担わせて下さい!」
「その言葉を待っていた。君なら、世界を救う一つの鍵となるかもしれないな。期待してんぞぉ」
「へぇ……団長にそこまで言わせるとはな」
「この場所、そして今この瞬間に居る時間。それを無下には出来ません。僕は僕に出来る最低限の事を! 全うさせて頂きますよ!」
「ショウタ、貴方の進む道は守り通す。私の出来る限りを持って!」
「ありがとう。これで背中を預けられそうだ」
オウジャ・デッキ。残念だけど、貴方の野望は必ず閉ざす。僕達の力を持ってして!
「たくっ……羨ましい限りで」
ちょっと、そこ。なんでニヤニヤしているんですか? 今すぐ止めて貰いませんか!
「マガツキ団長。各王国の代表が集まっております。至急お急ぎ下さい」
団長の姿に用事を告げると愛想もなく立ち去る事務次官クレア。
一方で団長の反応は。うん、話し掛けられて嬉しそうな反応をしている。
「よし、それじゃあ本格的な方針についてはこの後から始まる会議が終了次第説明する。それまで、やり残しのないようにしておけ。んじゃ、今から行きますかね……クレアちゃん♪」
「クレアちゃんは止めてください。団長であれ虫酸が走ります」
この人、どんな状況でもお構いなし事務次官にちょっかいを掛けるのか。
なんと危なっかしい人なんだ。あっちの現実世界じゃ、セクハラで即逮捕は免れないだろうなあ。
「俺もお前もそう簡単には負けられないな」
「元より負けるつもりなんてないですよ」
「そうだな。今回は王国いや俺達人類の将来が大きく変わる大戦争。精々俺と兄貴の邪魔にならないようにしてくれや……じゃあな」
軽く手を振って去るザット。この頃、彼とはそつがなく話せているような気がする。最初に会った時よりも。
「さて、お昼ご飯にしましょうか? 貴方に味が合うかは分からないけど」
おっ、弁当かな! これは嬉しい! そう言えば、朝固いパンを食わされて気持ちが萎えていたんだよ。
女の子の手作り料理で明け方に始まる戦に備えるとしよう!
「うんうん、頂く頂く! 丁度お腹が減っていたんだ」
「良かった。そうと決まれば、あそこの広場で食べましょう♪」
天候はやや曇り。今日の明け方に始まる大戦争。正直言って素人の僕が戦うのは気が引けるけど任された以上は後には引けない。
今はただ待つんだ。世界の行く末を変える決戦を。