エピソード23:こっちから攻め込む番だ
野原を駆け抜け、幾つかの街を通り抜けて見えるはそれなり大きさの形をした基地がある。
そこにはザットと同様に白いローブを巻いた何人かの者達が門番として見張っていた。
「到着っと」
「ここが」
「治安団唯一の本部アークス。この世界の秩序を均衡とする為に創設された組織」
内部に潜り込む事で見える豪華な内装。玄関に入るだけで重苦しい雰囲気も同時に伝わってくる。
ザットに関しては気楽にしているようだけど。
「治安団第一班ザット・ディスパイヤー。ここに帰投しました」
「帰投ご苦労。イクモ団長が上で報告を待っているので速やかに向かうように」
「了解しました」
やや無愛想な態度で団長が待ち構えている部屋へと向かうザット。
僕も慌てて行こうと矢先に眼鏡を掛けた真面目な女性に呼び止められる。
やっぱり部外者だからこれ以上先に行かせるつもりはないのかな。
それだと付いて来た意味がなくなるのだけど。
「君はどこから来た? 服装からして部外者に違いないが」
「現在ゲネシス王国の家来として勤めておりますショウタ・カンナヅキと申します。私は本日お願いがあって、こちらに伺った次第でありまして」
「ほう。現在という事は前に色々とあったのか?」
「まぁ……多少は色々ありましたが、そちらの方は詮索しないでくれると助かります」
それにしても随分と突っ掛かってくるなぁ。見た目は真面目系女子で口を開かなければ、美人な感じなのに。男性の僕からして見れば、少し惜しいよな。
「何やら言いにくい事情があると……では、それについては追求しない事にしましょう」
「あ、ありがとうございます」
「私は治安団の事務次官という役職を任されておりますサリア・ハーベルト。この中は本来関係者以外の立ち入りをお断りしておりますが、ザット・ディスパイヤー副隊長による許可に基づき一時的な立ち入りを許します。ただし、こちらの意見に従わない及び勝手な行動は永久追放の対象となりますのでご注意下さい」
「は、はい」
凄い早口で言われたよ。この女性は敵に回したら益々手がつけられなくなってしまう困ったタイプをしている。
なるべく目をつけられないように、大人しくしておこう。
「おいおい、さっきからそこでぼさっとするな。お前も俺と一緒に来い」
「えっ、僕もですか?」
団長に会えるのならそれはそれで好都合だけど。付いてきて大丈夫なのか? 事務次官のサリアさんは納得していないように見えるし。
「それくらい減る物じゃねえだろ。ここまで来たんだから俺の好きにさせてくれや」
「副隊長であれど言動については注意対象です。それに隣の彼は私達治安団に正規加入を為していない素人である以上はーー」
「ああ! ごちゃごちゃとうるせえぞ! そんな性格してるから同姓にも異性に好かれねえんだよ!」
うわぁ、ここ凄い修羅場になっているじゃないか。おまけに皆の視線が集まっているしで見ているこっちが酷く堪らない。
「やれやれ、そこの事務次官は放っておいて良いから先に行くぞ」
「うん……あの人、顔固まっているけど大丈夫なの?」
「ありゃあ一時的なだけだ。しばらく経てば元に戻って態度も横暴になる。たくっ、黙っていればそれなりに綺麗な奴なのに勿体ねえったらありゃしねえ」
もはや銅像のように一歩も動かないサリア・ハーベルト事務次官を放置して、僕達はだだ広い通路を小走りで進む。
この先に進めば治安団の責任者たるイクモ団長が待っている。
ここで僕が為し遂げるべき目標はオウジャ王国の暴走を少しでも早く食い止める為に戦力の一部を譲渡して貰う事。
彼等が全勢力を出し切った時に対処する戦力がどうしても欲しい。
「気楽にいけよ。相手の団長は気さくに話し掛けるタイプだが、言葉を選ばないとお前の持ち掛ける交渉とやらも破綻しかねないからな」
「そんな……」
「だが、まぁ俺もそれなりの助言はしてやる。結局今の世界を放置しておけば最悪世界はオウジャ・デッキによる自己中的な国が出来上がるだけではなく、不満を爆発させた全ての民が武器を持って争う物騒な世界が出来てしまう恐れも高いしな。もっとも指名手配犯のあいつが……この先、どういう行動を叩き起こすか考えるだけでもひやひやが止まらんぜ」
三回ノックをした後に返事が入るやすぐに入室をするザットは入念な礼儀で机の前に立つ。
部屋の周辺は資料がやたらと放置されており、ヤニの臭いが籠っている。
正直言って高校生の僕からしてみれば、社会人の嗜むたばこが好きではないので辛い所ではあるが我慢我慢。
「にぃ~、ここの武器増設予算をカット出来てたらゾロ目で済んだのによ~」
「団長」
「ちょっとばかり悪いけど東周辺の支部に予算が大分上回りつつあるから削減を意識しとけって言ってくれる? このまま何ヵ月か過ぎたら、予算を下げる事態にもなりかねんからさ」
「その事は後程事務次官にお話を通しておきます。今は俺の報告を聞いて貰っても良いですか?」
椅子に座っていながら忙しない動きで資料を片付けたり、必要な分の書類を積んだりとどこか落ち着きのない団長。
ザットはタイミングを見計らってから話を切り出していく。
「先日の夜にゲネシス王国の領土内にあるスマートヘ突撃。こちらの方では指名手配犯のアビスが居たので力ずくで捕らえようとしましたが、あと一歩の所で取り逃しました」
「はい、報告は承った。つまりザットの言い分は二手に別れた物騒な連中の内の一つは俺達がよくご存知のアビスを捕まえようと戦闘に入ったが、生憎奴の方が一枚上手だったと。やはり、そう簡単には捕まってくれないか……うーん、困った困った」
「ブレインの方は?」
「防戦一方であるとの連絡を受けた。まぁ、ライアンが戦闘に立っている以上は早々落ちる事もないだろう。逆に関して言えば長期戦になればなるほどに陥落するリスクも高まる……被害が拡大していったら放棄するのも考えないとな」
席をおもむろに立ち上がり、外の景色を眺め始める団長。しばらく黙り込んでるみたいだけど、そろそろ僕から話した方が良いかな?
「うん? さっきからお前の隣に突っ立っている奴は目をつけた新人か? そのような報告は一切耳に入っていないのだが」
「初めまして。私、ゲネシス王国の兵士を勤めておりますショウタ・カンナヅキと申します」
「堅苦しいねぇ。俺の時はラフにしてても良いんだぜ? 例えば、そこの椅子で居眠りするとかさ」
移動ばっかりでクタクタだけど、こんな状況で居眠りしながら紹介するなんてある意味肝が座っている。
「下手な冗談な止めてください。それよりもショウタ・カンナヅキからお願いがあるようで特別にお連れしました」
「ふ~ん。じゃあ俺の名前はイクモ・マガツキ。年は内緒かつ、この方恋人のこの字すら危うい団長だ。良い歳して何やって来たんだとか、俺の悪口をばら蒔くの厳禁なんでそこの所宜しく!」
「イクモ団長は恋人に関しては手遅れだが、腕っぷしは俺の上を遥かに凌ぐ存在。ここを設立する前まではスクラッシュ王国のお膝元で働いていたらしい……あくまでも噂では」
王様に支える上級兵士の立場にあったのか。なるほど、風格からしてどこか只者ではないなと思っていたけど納得した。
「それ俺がピチピチの頃だった話だろ? てか恋人に関して手遅れとか止めてくんない? 俺にもまだ春があるかもしれねえだろ?」
「そうかもしれません。それより、本題に入っても?」
投げ掛けた疑問に対して華麗にスルー。なんかザットの方が肝が座っているような気がしてきた。
「うんうん。もう、手短に頼むよ……うん」
「だってよ? 頼んだぜ」
僕に押し付け!? まぁ、その為に来たけど。それにしたって。
「既に周知かと存じますが、昨日からオウジャ王国がゲネシス王国とスクラッシュ王国の領土内を侵略しています。侵略行為に移行したオウジャ・デッキは世界の掌握を掲げ、今もなお進行しています」
「それにアビスも関与している事は間違いないかと。このまま様子見を決め込んでいたら、二つの国はいずれ崩壊を招きオウジャ・デッキが独裁する世界になりかねないかと思います」
「だから、治安団がオウジャ王国に攻め込むようにしろと? 悪いが、それは違反だ……俺達はあくまでも治安団。ザットなら、この意味理解しているよな?」
「世界の秩序。この言葉から連想するに秩序の前提が崩れていますが?」
「違う違う、分かってないなお前は。良いか? この治安団は秩序の均衡を保つ為に、俺が組織を作って各地に支部を点々とさせている。しかし組織が国を侵略する行為は如何なる理由も許されていない……それは因果がどうあれ結果的にみると俺達のエゴに繋がってしまう恐れが充分にあるからな。だから駄目。分かったら諦めな」
簡単に首を縦にはしないか。だったら、はったりかまして説得する。
こうでもしないと彼は揺れ動かないだろう。
「ゲネシス王国もスクラッシュ王国もこの事態を非常に重く見ております。場合によれば、第三者の部隊を招いて総攻撃を仕掛ける予定です」
「何?」
おっ、食い付いてきた。これならいけそう?
「この場合、治安団は参加出来ますよね? 世界の秩序を乱すオウジャ王国を打倒する為に一致団結したゲネシス王国とスクラッシュ王国の加勢目的で」
「ほーん。確かにそれなら参戦出来るが、失敗した時のリスクがやたらとハイリターンになってしまうのが少々やばいな」
「悩む必要はないです。今は早急に勢いを付けているオウジャ・デッキの侵略を阻止する為にも力を貸してください」
なにやら瞑想を始めるイクモ団長。まさか、このままずっと瞑想を続けるつもりなの?
両目を閉じてゆっくりとした動きで立ち上がると何かを察したのか、扉の前に立った。
「君の意見は大変貴重だった。しっかし、肝心の両国が動かないと俺達は梃子でも動けない事を覚えて欲しい。これ、おっさんの頭の隅にある豆知識ね」
ノックの音が響く。イクモ団長は分かっていたのか事務次官のサリアから便箋のような物を二つ受け取ると同時に投げキッス。
団長の背中が被さってあんまり見えないけど、多分無視されたと思う。
「嫌われ者はつれえや。俺はこんなにも好いているのに」
愚痴を溢しながら、丁寧に封を切るとそこには誰かが記したとされる手紙をチラチラと分かりやすく見せびらかす。
「その手紙は?」
「良かったな、これさえあれば俺達組織は動ける。世界の平和を乱し、三つの国を中心としたアグニカ大陸で二つの国を乗っ取ろうとする野蛮な国の解体って奴をな!」
「っ!」
「へっ、随分と意地悪な事をしますね」
本当だよ、それならそれで僕が威張った意味がないじゃないか。
一体僕は何の為にここまで来たのだか。
「歳を重ねると若者を苛めたくなるんだよ。これも豆知識として覚えておけ」
イクモ・マガツキ団長は最初からこうなる事を予測していて、僕達の話をさらりと聞いていたのか。
全く、ふざけた真似をしてくれるよ。
「よし、今世紀最大の依頼が舞い降りた! ザット副隊長は各支部の団員をなるべく本部に集めるようにして待機させろ! 俺が帰って来るまでな!」
「了解。その間、イクモ団長はどこに?」
「各王様に事務的な挨拶と作戦の段取りについて。それが何日間かは掛かるが、帰る頃には支部でパトロールをしている奴等も本部に集合しているだろ……うん」
まぁ、結果的に言えばこれで動いてくれるようだから……まずは一歩前進かな?