エピソード20:月が沈むその日まで
「ここからだとどれくらいで到着しそう?」
「月が沈むまでには到着しているとは思うけど、着いた所で拠点が生きているかは分からない!」
「くそっ。もう動き始めたのか」
まだ一週間も経っていないのに早速始めるとは。オウジャは早急に世界を一つに纏めるつもりか。
そんな事を許せば戦争は避けられない上に損害はこれまでにもない数で溢れかえる。
一体どうして、貴方はそこまで非人道的な行為を軽々と出来るんだ!?
「間に合ってくれたら良いけど」
今ここで怒りを露にしてもどうにもならない。大事な事は拠点を襲撃している奴等を追い返す。
マリーと王国の彼等の力と一緒に協力して!
「前方にモンスターの影が接近!」
「ええぃ。こうなる事を予め想定していたか! 全軍、奴等を一匹残さず駆除しろ! 一気に蹴散らしてくれる!」
ゲネシス王国の砦とも呼ばれるスマートが襲撃を受けているとの報告を聞いたのはアン王女の強引な城の案内から数日が経った頃。
すっかり気に入られてしまった僕はアン王女に腕を絡めながら街観光をしようと誘われていた。
当然、僕は断ろうとしていた。王女である彼女とこの世界の住民ですらない僕に余りの格差が浮き彫りになっていたからという理由も一つだけど最近マリーの顔が優れていないのが最も理由に当たるから。
二人で一緒に行動していた時は気兼ねなく話せる女の子だったにも関わらず、現在はアン王女が僕に構ってくるお陰でマリーは必要最低限の用事以外話し掛けて来る事は一切を持ってなくなった。
それは以前よりもいいや……もはや彼女とは知り合い以前の状態に出来上がった望んでもいない関係。
代わりに構築されたのはゲネシス王国のバルト国王の娘に相当するアン王女との繋がり。
今の僕はアン王女のお気に入りとしてゲネシス王国の家来となった異世界の青年。
この先どうなるか分からない身からしてみれば家来という形で収めてくれたアン王女には感謝の気持ちで一杯一杯だ。
「うぉぉぉ! 兵長に続けぇぇ!」
「ショウタ・カンナヅキそしてマリー・トワイライト。君達は先にこの先にある拠点の無事を確認せよ! 可及的速やかにな!」
「承知しました!」
「うむ。頼んだ!」
しかし、事態は悪化の一歩を辿っている。今日の朝まではアン王女と散歩をしていたら知らぬ間に侵略が進行していた。
話を聞かされたの城に帰った夕方辺り。
使者らしき者から聞いた悲報。
やや身体が疲れていたがそんな情報を聞いたら居ても立ってもいられないかった僕は直ぐに部屋から飛び出そうとした。
けれどアン王女は引き留めた。
一人で飛び出した所で拠点を襲撃している相手は何体もの軍勢を率いているか分からないと……ここは何軍か率いて拠点の有無を確認すべきであると。
「アン王女」
「気を引き締めて行きなさい。そして、必ず無事に帰ってきて。それが私との約束ですよ」
「はい」
「マリー・トワイライト。貴方にはショウタ・カンナヅキと共にこの国の砦に相当するスマートの安否をお願いします」
その時の彼女の瞳と言動は一国の姫に相応しい姿だった。この戦争を一刻も止める為に国を出立し、今もなお帰って来ないバルト国王の代わりにアン王女は自分に出来る最低限のやり遂げる。
ならば任務を任された僕にやれる事は!
「ここは兵士の皆に任せて急ぐ! ショウタは私の後ろに付いてくるようにして!」
「あぁ、分かった!」
頼む……どうか、間に合って。
※※※※
拠点スマートにて熾烈を極める攻防戦。決して相容れぬ二人が交わる刃は互いを殺す感情だけ。
今宵月に照らされた日に二つの影は激しく動く。その中で一つの影に当たるザット・ディスパイヤーは感情の意のままに灰色の剣を持つ。
一方で沈黙を保つアビスはあくまでも冷静にそして感情を殺して襲い掛かるザットに立ち向かう。
「そうやって、てめえは姉さんを殺したんだろ? あくまでも自分が為し遂げる目的の為だけに!!」
「己の指す指針に邪魔者が来るのなら殺す。それがどんな境遇であれ」
「アネモネ姉さんは俺にとって一番の拠り所だった。強くて気高くてそれでいて弟の俺を大事にしてくれる存在……それをお前が台無しにした!」
「お前の語る姉さんに見覚えはない」
「過去にして無かった事にするつもりかよ!」
怒りが溢れる。剣を握る力はより一層に深まり、次の一撃を振り上げた瞬間に強大な一閃は地面をも切り裂く。
鬼の形相で詰め寄るザットに対して言葉で止めるのは不可能に近い。
最初から出会った時、既に理解していたアビスはどんな状況でも表情一つ変えずに武器を構える。
灰色の剣は振り回していく度に威力とその範囲を増していく。
「死ねぇぇぇ!」
灰色の剣はおぞましいオーラを剣の周囲を纏うと同時に大きく振りかざす。
「そら、たっぷりと喰らいやがれ!!」
吹き飛ばした斬撃。威力も去ることながら範囲も絶大なる技にアビスはしかと受け止める。
腕から伸ばした装着型の剣はその絶大なる威力に押し負けそうになる。
それは片足を地面に膝向かせる程に。
「楽観視していたか」
ザットが飛ばした一閃を受け流すようにして回避するとぶつかった壁は瞬時に形をなくしてバラバラと粉々に砕け散る。
威力相応の技にそれなりのハンデを喰らうザット。疲れの表情を浮かべた一瞬を突いて、アビスは間合いに飛び込む。
数cmの距離で顔面に当たる剣の射程範囲。ザットは決死の行動で払い除ける。
腕に伸ばしている剣先に右手を犠牲にして、更にそのもう片方に構えた灰色の剣を横払いにする形で。
「くっ、そう来たか……」
「まだ死ねるかよ。アネモネ姉さんの無念とこの世に蔓延る害虫をぶっ潰すまでは!」
横払いにより、肩に直撃を被ったアビス。流れ出した液体の赤は腕を伝うようにして最終的に床へと落ちていく。
しかし、彼等は互いに離れない。この状態が長引けばお互いに受けてしまった傷は徐々に広がりを見せていき痛みも増していく事を知ってもなお。
「おいおい、さっさと離れてくんないと直撃した肩が悲鳴を上げますぜ」
「忠告のつもりか」
「いーや。この世の悪をぶっ潰すヒーロー様からのアドバイスですぜ」
「心中を図るか」
「それもそれで姉さんの仇は取れるかもしれない。けどな……今も空の遥か高い場所で寛いでいる姉さんは俺の死なんて真っ平ご面倒だって言ってるに違いねえ。俺の知ってるアネモネ姉さんはいつも小さい俺に、どんなに辛い事が目の前で起こったとしてもめげずに挫けずに懸命に生きてゆけと」
眼光の瞳の中に宿る光は失われ、ただ振るう刃は残虐さを増した鋭き一閃。
時間が経つにつれてザットの感情は荒れていく。
「個人に興味はない。今の私は国家の最有力者オウジャ・デッキに支える兵士として己の意義を求める流浪人としてこの世の真理を喰らうのみ」
「世の真理の犠牲かよ……そんな理不尽で殺れた姉さんを返せ!」
「死を紡いだ者が生の道を踏み寄るのは不能。それ以前に私の目的の阻害をした時点で奴は死を選んだ。私が咎められる権利はなきに等しい」
こちらに対して憎悪の視線を送るザットを見て不意に懐かしき映像が唐突に送り込まれる。
それはある場所で追い込もうとする軍隊に対して、防衛手段として抗う反勢力に圧倒的な数で叩き潰す容赦ない絵面で周囲の全てが終わりを迎えた時、ボロボロの状態であろうとも立ち上がる女性は灰色の剣を力強く込める。
「終焉だ」
「はぁ……はぁ。まだ、まだ終わらせない! 私達が小さい頃から住んでいる村を他人なんかに渡す物ですか!」
「気高い女だ。しかし、この破滅はオウジャ・デッキにより領地拡大計画による礎にある。死してなお恨むのなら命令を下した王を心底恨め」
腹を一撃で裂かれ、次にとどめとして心臓を腕型の剣で貫き通す。
口から噴水のように溢れ出す血の液体は何もかもが終わったかのようにピクリとも指を動かそうとしない少年の手にべたりと付着する。
少年は付着した手を眺めて絶叫する。
意識をなくし、二度と日の目を見ることがない姉さんを抱き抱えるようにして。
「思い出した……オウジャ・デッキによる領地拡大計画への犠牲として該当した外れの集落。そこにお前の姉と思われしき人物が数を揃えて反撃に出たと。だが、私はそれをいとも簡単に制圧した。意識がある頃から備わっていた右手を通して」
「モンスターを操り人形にしてしまう力か。だとしても、計画を遂行する為に姉さんを殺した代償は重いぜ」
「お前の意思がどうあれ世界は進み、やがては収束する。その間に至る過程は……私が観測する」
「さっきからごちゃごちゃと言いやがって。結局の所、てめえは姉さんを殺した罪悪感はあるのかないのか? はっきりしやがれ!」
「下された命令を忠実に従っているに過ぎない」
「よく分かったよ……どうやらてめえは極刑ごときじゃ、生温いようだなぁぁ!!」
再び振り掛かる凶器。おぞましい形相で追い詰めるザットとは対照的にアビスは微動だにせず落ちついた表情で受け流す。
振り下ろしてもなおも回避を取るアビスにいらいらは更に募っていく。
「時間切れだ」
何体かの奇声が収まると一斉に基地の方へと集まるモンスター一同。
事の次第を済ませたモンスター達は目の前の視界に映る獲物に対して鋭い眼光で睨み付ける。
人間の身体を超えたモンスターが複数体。治安団に配属しているザットへ合流してきたのは最初の勢力の内の半分。
大量のモンスターはアビスをリーダーとして整列する反対側に疲労困憊のザット一同。
よもや、勝算はなきに等しい。
「へへっ。この勝負……どうやら俺達のぼろ負けらしい」
「天へと召せ。それがお前達に与えられた選択だ」
振り下ろした手を合図に停止したモンスターは一同に動き出す。
疲労を強いられた団員達は抵抗らしき抵抗を図るもモンスターに頭部を噛み千切られ、身体を粉砕されたりと理不尽な景色を遠目で眺めるザット。
身体はまだ動けると……自分に無理矢理言い聞かせ孤立無援の戦火の中へ駆け抜ける。
「おらぁぁぁぁ!」