エピソード19:その一手は混沌へと誘わん
「数日で二ヶ所の防衛拠点を破壊。それを為し得るにお前の命令には無理がある」
「だが、その無茶ですらお前は抉じ開ける。別にお前一人でどうにかするようには言っていない。戦力での事なら俺様が特別に者共の力を一時的に譲与する」
「抜け目は与えんか。お前の瞳は本気で奴等を」
「討ち滅ぼす。今こそ、全ての者が血肉を流し合う世界のあるべき姿を拝む為に!」
王の決意は決して揺るぎはしない。それ所か益々燃えていく。
「いよいよ、三つの国が利権を求めて殺し合う時代が到来したのだ。血をたぎらせる熱き時代がなぁぁぁ!」
「撤回はしないか」
「あぁ。計画の始まりとしてお前には俺様が事前に玄関の外に召集させておいた者共を思う存分好き勝手に使って貰う。しかし、国王の座に君臨する俺様がお前を信頼して預けるのだから……それなりの戦果は出してくれよ?」
「……その願い聞き届けた。だが私が奴等に命令する事はない」
「ふんっ、最初からお前と者共の関係は最悪である事は知っている。気にせずとも好きに扱えば良い!」
「私は私のやり方で答えを探す。それを得る為の手段を」
「相も変わらずひねくれているな。まぁ、その尖った性格が面白い所ではあるが」
遠くから窺っていたアビスは王の椅子にふんぞり返るオウジャの想いをしかと受け止め、王室を後に。
「奴の願いは純たる破壊にあらず、人が本来求めていた闘争本能に存在するか」
玄関先を出るとオウジャがここぞと為に召集した選りすぐりの側近の視点が一斉に。
集まる視点は好意的ではない。
召集された側近はどちらと言えば王の命令に渋々従っているという印象を受ける。
「俺達はどこぞか知らぬ無法者の為に集まったのではない。それを決して忘れるなよ」
「敵意を隠そうともしないお前達に鼻から期待などしていない。私は自らが為そうと目指す理を得るだけに協力しているに過ぎないのだから」
「くっ、ああ言えばこう言いおって」
「お前達とはあくまでも利害の一致による関係性に過ぎない。ならばやるべき事は理解しているだろ?」
「ゲネシスとスクラッシュの両国を速やかに制圧し、オウジャの未来を永劫とする。それこそが我々の悲願となる」
勢いづく側近にして冷徹な表情で遠くを見据えるアビス。互いに違う目的は利害を得る為だけ存在する。
目的地はゲネシスとスクラッシュのそれぞれが要とした重要拠点。
そこを他国が攻めてしまえば、嫌が上でも戦争の火種は花開く。
最後に生き残る国が世界の全てを統べる頂点となるだろう。ただし、アビスにしてみれば誰が世界制圧をされたとしてもさほど興味が湧かない。
為そうとする目的は揺るがない。自らが生まれた意味と己の正体を知れれば後はどうでも良い。
少なくとも、この戦が終われば何かが変化すると。
見渡す限りに広がる快晴の空は戦争を起こすには万全である。
各々が思い思いに足を運んでいく。行く果てはゲネシスの重要拠点スマートとスクラッシュの重要拠点ブレイン。
「お前はどこに向かう?」
「食料物資が賑わうスマートに向かう。あそこは警備の者が多く居るが、数で攻めれば落とす事については容易いと言える」
「ならば俺も同行しよう。互いに得る目的の為に……な」
「勝手にするが良い。言っておくが邪魔だけは」
「するかよ。お前の命を狙っても、得にはならねえからな。もし、始末しようとしてもお前に潰されるし挙げ句の果てに処刑は免れない。やった所で返り討ちにされるのは目に見える」
「救われた命か。大事にせねばなるまい」
「お前は王様によって生かされているんだ……それを忘れんな」
晴天に昇る日に数多の兵は野望を持って立ち上がる。オウジャ・デッキが目指す闘争による闘争の世界を作らんが為に。
ぞろぞろと街を出ていく兵達に住民は畏怖する。
いよいよを持って恐怖の世界を作ろうとしていると。
アビスが映る瞳は力が及ばずただ見送る無気力な大人。
「くっ……いよいよ始まるのかよ」
「もう終わりだ。これで負けてしまったら俺達は」
「止せ。迂闊な言葉を吐いたら殺されかねないぞ!」
一人がどうこうした所で集団に捕らえられ始末されるのが予知できるからこそ理解力のある大人は拳を握らない。
それは一見してみれば英断とも取れるが、逃げ腰の臆病者と捉える事が出来る。
「自分の命を大切にするか」
門を抜けると広がるは砂漠。下手に足を踏み出せば迷子になりかねない広大な砂漠に対して馬を足枷として集団で移動。
時に出没するモンスターを集団で攻めていき、目的地へ黙々と進む。
途中二つに分かれる分岐点を前にして多数の兵士はそれぞれ分散していく中でアビスはゲネシスの重要拠点スマートを破壊する集団の中に。
兵士は剣や槍や斧など各自が得意とした武器を背負い身を守る防具服を着用していて、いつどこで襲われようが深手を負わないように身を守る一方で影と同化しかねない漆黒のコートを羽織る銀髪のアビスだけは集団にとって異質とも取れる存在でしかなかった。
しかし、視線が痛々しく集まった所でアビスは気に止めない。
砂漠を通り過ぎて幾つかの難所を潜り抜け、休憩を挟まず夜空が視界を覆う時。
崖の影がゆらりと動くその瞬間をアビスは逃さない。ピタリと動きを止める者は当人のみであった。
「おい、何故止まる?」
「気配を感じた。ただそれだけの事」
「ここら周辺に敵は居ねえだろうが。ぼさっとするんじゃねえぞ、王様に雇われた傭兵の分際で」
一歩先をも動かぬアビスに舌打ちをする男性はそそくさと馬を走らせる。
それに倣うようにして続いていく兵士達を見てもなおアビスは一切動かない。
この先に何かが起こると良からぬ罠が始まると彼だけが知っているが故の行動である。
「先に待つは生を貪る死の獄中。その一手は混沌へと近しき所業。彼等は愚かだった……私の行動を読まぬ時点で」
遠くで数多の悲鳴が轟く。崖の先から放つ弓はまるで空から注ぐ雨のように集まった兵士を次々と撃ち殺す。
その地獄から免れたアビスは事態が落ち着くのを待ってから、自らの手で笛を鳴らす。
「お前達の仇は討たん。これから先は私の自由にさせて貰う」
「ぐぇぇぇぇ!」
「おぉぉぉぉ!」
空は羽を自在に操るモンスターが数体。地面には牙を研ぎ澄ませた肉食のモンスターが数体。
おおよそ20体未満の戦力。しかしアビスにとってはそれだけでも充分な位の数値。
幾ら拠点が頑丈であったとしても、人間の肉体を遥かに逸脱した脅威的な身体能力を前には無力であると悟っていたからだ。
「これから先にあるのはお前達を殺そうと牙を剥く悪意ある闇。下手な遠慮は必要はない……お前達の気が済むまで、徹底的に気の済むまでに殺し尽くせ」
奇声に似た咆哮と同時にアビスの手に宿された操り人形に侵されたモンスターは言われるがままに動く。
対象はアビス以外の全ての人間。狙われた者は抵抗を図り必死に抗うもつかの間に背後に回った陸型のモンスターに踏みつけられ或いは崖の上で優勢を取っていた兵士達が次々と空を舞うモンスターの足に掴まれ振り落とされる。
人間には残念な事に空を飛べる機能は付いていない。
空中戦を得意とするモンスターに掴まれば最後に待つのは急降下による死が待ち受けている。
地面に到達した瞬間に大きな音が流れ込み、一つの遺体が出来上がる。
やがて、それが何人も何人も地面に埋まっていくのに時間はさほど掛からなかった。
モンスターが思い思いに暴れ回り、自らの命を守るが為に武器を振るう無力な人間の横を馬を置き去りにしてから徒歩で通り過ぎていくアビス。
ここまで火の手が上がったのなら重要拠点スマートを潰すにも時間は一切掛からない。
「呆気なかったな。まさか、モンスター数体で手こずるとは……人間にも力の限界があったと言えるか」
入り口らしき場所が次第に見えてきた。守りの数が手薄い今の状態ならもはや占拠したも同然。
ゆっくりと忍び寄る足音。見えてきた要塞を下から見上げ入り口へと入っていく。
ゲネシス王国がモンスターの侵入を阻止する役割を持つ要塞は完全に役目を果たさずに死んでいる。
これではおおよそ本気で攻め込めば本国の破壊は時間の問題になりかねない。
ただし、その結末は用意されていない。
オウジャを代表するオウジャ・デッキ国王がそこまでの命令を下していないからだ。
「終わったか……随分と呆気なく沈没した。少しは人間の悪足掻きを見せてくれると期待していたが、飛んだ見込み違いであったか」
悲鳴が飛び交う戦地にて一人静かに佇む。しばらくの時間が過ぎ去り、周囲を見回すアビスに一点の影が近付く。
それは獲物を見つけたかのように口角を上げてニヤリと笑う男で背後から襲い掛かるモンスターの気配を感じ取った瞬間に八つ裂きにする様子はまさに狩猟と呼ぶに相応しき存在。
「よう。探したぜ、指名手配犯」
「私を追ってきたか」
「そうさ、てめえを探すにも苦労させられんだぜ俺達は。色々とてめえの情報を兄貴と一緒に嗅ぎ回っている内に、ある地点で枝分かれをした怪しげな軍隊が進行していると通行人からの知らせが入った。そうして俺はゲネシス王国にある重要拠点へ一方の兄貴はスクラッシュ王国の方へ。一応何人かの部隊を引き連れ来てはみたものの結局無駄に終わったようだが」
灰色の剣を鞘から抜き出して戦闘状態に入る。よもや撤退を許す様子はなさそうである。
避けられない戦闘ならばこちらも対応する他ない。
事態を悟ったアビスは漆黒のコートの両腕に隠した剣を瞬時に取り出す。
「だが俺にとって拠点なんざ至極どうでも良い。指名手配犯並びに姉さんの首を撥ね飛ばした罪に対して永久に味わえ」
「憎悪の怒りを向ける愚か者。その矛先は無下の奈落へと至らん」
「ザット・ディスパイヤー。アネモネ姉さんを殺した罪……たっぷりと後悔させてやるよぉぉ!」
燃え上がる拠点。その中で二人の男の武器が交差する。
一人は過去にあった絶望を今度こそ終わらせる為に剣を取る青年。
そしてもう一人はただ己の存在を知るが為にあらゆる罪に手を下す事という躊躇すら捨てた男。
灰色の剣と普段腕に隠している剣がうねりを上げてぶつかる時、死闘の火蓋は切って訪れた。