エピソード17:王は常に恐れられる象徴たれ
「まずは一手!」
「しまった!?」
視界が次に捉えた物は突如プツリと遮断された王との決闘。しかも、よりによって相手は槍を顔面へと狙いを済ませている。
あっちでは希の事で気持ちが一杯一杯になっていたお陰でこっちの世界の出来事がすっかり抜け落ちていた。
そのせいで僕は今、窮地に立たされている!
「ふん。優勝を勝ち誇った途端に自惚れるとは、王の俺様に対して随分と殊勝な心構えをしているではないか!」
危うく顔面に刺されそうになったが、ぎりぎりの所で肩の服の部分が千切れるだけで済んだのは助かったと言える。
しかし、相手のオウジャは僕を壁に押し込んで次なる一手を加えるとしている以上まだまだ安心は出来ない。
「なぁ、あの男を唸らせた秀才よ!」
「うおっ!?」
肩に突き刺さった槍を抜き取った次の一手は壁にヒビを刻む横払い。
槍の威力は当然ながら申し分ない。どうにか先読みの超能力で予測する事には成功したけど。
「どうした? 俺様を楽しませてくれるのではなかったのか?」
「そんな事は一言も言っていない!」
「ならば、俺様がお前を玩具のように嫌程遊んでやるとしようではないか!」
オウジャは僕の反撃を封じるかのように徹底的に振り回す。
その金色の槍の切れ味は透明の刃を飛ばす位の実力で威力相応とも取れる凶暴さ。
まるで海で獲物を見つけて、必死に食いちぎろうとひたすら追いかけ回す鮫のような男だ。
このまま黙って相手の思うようにさせてはならない。こちらも反撃の手に転じて奴のペースを乱す!
「ふんっ、少しはやる気になったか」
「決勝戦で優勝したにも関わず、喧嘩を吹っ掛けられている身にもなれ!」
「この国では俺様が法律。貴様の意見なぞ知った事ではない」
王の肩に蒼剣は貫かない。かすり傷すらなく無傷で後退していく王は余裕ぶった態度を表に出すと、槍をクルクル振り回して衝突猛進。
「その程度で俺様に突っ掛かるとは馬鹿にされたものだ」
武器を持った奴の速度は尋常になく末恐ろしい。
ここは先読みで相手の動きを把握して回避に専念するか、それともこちらも実力で対抗するか……えぇい、迷っている暇はない!
ここは攻勢に転じて王を倒すという決意を胸に僕もその手に構えた蒼剣を用いて豪快に振るう。
ぶつかり合うと共に金属の音が会場内を響かせ、オウジャの猛攻と負けじと応戦する僕。
こちらの世界では次第に夕方から夜へとシフトしていく。終わらない戦闘。
一切を持ってして黙り込む観客一同。ただ、唯一高笑いする男は王であるオウジャだ。
「貴様は常に俺の先を踏まえて、一歩先の戦術を計るタイプと捉えた」
何だ、動きを止めた?
これ以上攻撃に転じても無駄だと判断して手を止めたのか?
それだったら、助かるけど……そんな上手くはいかないよね。
「俺様の動きを把握した上であらゆる攻撃を回避する貴様の実力……はっきりとは分からんが、面白い力を持っているではないか! ふははっ、これは実に興味深くなってきた! これなら俺様も少しは力を出せそうだ!」
まずい、こいつは僕に対して何らかのアクションを起こそうとしている!? 早い内に仕留めなければ!
僕の足は自然とオウジャの元へと詰め寄っていく。空を見上げて不気味な表情を曝すオウジャは槍を放り投げ更には腰に予め収めていた剣を二本とも取り出す。
あの剣も槍と同様に金色に施していたのか。僕は今の今でずっと腰に収めた剣は飾りか何かだと思っていた。
しかし、あれはお飾りでもなく武器だったんだ。にしても何故今更手持ちの槍を離して剣にした?
「では貴様の弱点とやらを俺様の頭で少しずつ解明していくとしよう」
剣はオウジャの手元にあった。だが、もう一つ放り投げていった槍は……槍はなんと空中に浮いている!?
えぇ!! どういう理屈で自由に浮かせてるの!?。
「普段は俺様の愛具として携行しているが、いざとなれば意思を持って自由に動く。その間に俺はのんびりと八つ裂きされる姿をこの目に焼き付ける事が叶う……筈だったが、貴様の特殊能力を前にしては手加減すら出来まい」
槍は僕を標的にして、徐々に加速を増していく。一方で二つの剣を構えて狙いを定めたかのように走り抜けるオウジャ。
瞳に映した先読みの画像はオウジャが剣を振るう直後の映像しか映されていない。
これではオウジャの手先しか対応が出来ない。となるともう一つの槍は自らの手で払い除けるしかないという。
「このぉぉぉ!」
「ほう、まだもがいてくれるとは。少しは見込みがあるとみた。だが、背後にある凶器に気付かないようでは……終わっているも当然だな」
いつの間にか迫っていた背後の槍。正面から迫るオウジャの剣をどうにか払い除け、次に槍の対応と思っていたが反応が少し遅れてしまった。お陰で背中の一部分に痛みが走る。
「さっきの手加減だ……今度は急所を外さんぞ。死にたくなかったら必死に抵抗した方が身の為になろうな!」
槍が僕を標的に急降下。背中の痛みを押し殺しながら、蒼剣で弾く。
その合間に再び迫り来るオウジャの追撃に対応すればするほど槍の相手もしなければならないという実質二対一の厳しい戦闘。
状況は完全にこちらが不利だ。恐らく相手が本気で迫ってきたら勝ち目は無いかもしれない。
「ほう。やはり、それなりには耐えてくれるな。良いぞ良いぞ、その調子で俺様をもっと楽しませろ」
これは決勝戦でもない、ただの王様の遊び。付き合う必要性なんてどこにもない。
しかし、コロシアムの景品になってしまった子供達は主催者であるこの国の王たるオウジャ・デッキが任命した物。
迂闊に機嫌を損ねてしまえば、何をされてしまうか分からない。
ここは無理にでも付き合っておかないと後がない。だけどこのままいけば……負けが見える。
そもそも僕はオウジャと戦う前、今日だけで三人の挑戦者と渡り合っていて体力においては著しく低下している。
一方でコロシアムの主催者である王は長らくコロシアムの見学をしていた。
始めからハンデがあった戦闘。これは王が有利になるように仕掛けた作為あるレースだったんだ。
「貴方はこれで勝つつもりか? この国の法律だか知らないけど、随分と笑わせてくれますね」
「何だと? もう一度はっきりと言ってみろ」
「三回も戦闘させておいて、それでいて優勝を果たし体力が低下していた僕を付け入るかのように叩きのめす王。こんなハンデある公平もない戦闘に勝利して貴方は王であると名乗れるのですか?」
確実に喧嘩を売った。これは反応次第では王に殺意を湧かせかねない。
さぁ、どういう反応を見せてくれる?
「勝てないと知って、策士と来るとは。俺様と同年に近い貴様が意外とそこまで計算高いとはな……ふむふむ」
考えた末に判断したオウジャの答えは。
「良かろう。貴様の策士に折れて、この勝負は無効としてやる。元々は貴様の実力をこの目で拝める為の目的で作ったコロシアムであったが……良く良く考えれば正々堂々とは程遠い試合だった。その点を考慮するとなると、王が勝利をもぎ取るのは公平性に欠ける。ふはははっ、命拾いをしたな! 蒼剣の使い手よ!」
武器を収めてくれたか。取り敢えずは一安心出来そうだ。今後また合間見えるのか分かった物ではないけど……
「勝っていないとは言え、俺様の力を少しだけ開花させた点を称賛してお前が良ければ部下になる権利を与えてやる」
「自らを法律だと名乗り、尚且つ戦争を進めんとする王様の部下なんて願い下げです。僕は子供をコロシアムの景品にしてしまう貴方のような身勝手な人間には絶対に従わない!」
「王様の前で更に喧嘩を売るとは。中々どうして血が湧いているな!」
オウジャ・デッキから発する危ないオーラを微かにだが感じる。
こいつは間違いなく己の私利私欲で満たす危険人物に相当すると。
本当はたじろいでしまう程に恐ろしい。正面で居るのに上から目線で見上げてくる王に視線で負けてしまいそうだが、負けてはいられない!
「ふんっ。王たる俺様に突っ掛かる見込みはあるようだ」
「それはどうも」
「近い内に世界を己の物とする戦争を進める。俺様が世界全体を統べる絶対なる存在として……もし、仮にお前が俺様の計画の柱になるなら喜んで招いてやるが逆に俺様の計画の障害として立ちはだかるのなら……」
「容赦はしない」
「物分かりが良い。そう、俺様は躊躇しない。相手が子供であろうと女であろうと年老いたジジイババアであろうと進む道に障害があれば、踏み潰し壊すだけだ。そして俺様の野望にお前が片足でも突っ込んできた時には手加減抜きで相手をしてやる。それまで暫しのお別れだ」
会場を後にする王の背中は堂々としていた。あの男は自分の為す目的の為なら、どんな物でも破壊する。
今回は運良く逃げ切れたらけど、次に会う時は決着が付くまで逃げられないだろう。
その時までに何か逆転の切り札となる奥義を身に付けておかないと。
「世界を統一せんと企むオウジャ・デッキ。恐ろしい男だ」
僕と王による対戦はカウントされない。コロシアムは三回共に勝ち抜けたショウタ・カンナヅキの優勝に落ち着いた。
優勝商品として当てられた子供達をどうにか助け出せた僕は自然と顔が綻んだけど……あの男が言っていた、いずれ起こそうとする戦争に心が落ち着かない。
戦争なんて、あっちの現実世界では何事もない無縁の生活を送っていた。
それがもし実現したとなれば被害はどれだけ発生するのか?
戦争を実際に体験した事のない僕に想像をも遥かに超えた絶望が待っているかも。
「ショウタはもっと誇らしくていないと駄目よ! 貴方は優勝して何の罪もない子供達を助け出したヒーローなんだから、自信を持ちなさい!」
「ありがとう、ショウタ!」
「いえいえどういたしまして。君達に怪我が無いようで何よりだよ」
子供達は僕に対して律儀に礼をした。それだけで今日の事は大分報われた。
だけど、それでも最後に去り際に残したあの言葉が妙に引っ掛かって取れそうにない。
「命懸けで頑張ってくれたショウタには今度埋め合わせをしないとね。そうでもしないと虫の居所が収まりそうにないよ」
「別に無理しなくても良いって。今回の件は自発的にやったに過ぎないんだから」
「ありがとう。人任せにしてしまった私がこんな言葉で片付ける資格はないけれど……貴方だけにはこの気持ちを伝えます」
白いドレスのスカートは風で揺られる。僕は地面で彼女は階段の段差に立つ。
その時の笑顔はあらゆる疲れを吹き飛ばし、やって良かったと言える最高の瞬間。
彼女の飛びっきりの笑顔が見れただけでも大いに収穫した。
「あっ、兄さんの顔が赤くなってる!」
「本当だ。リンゴみたいに赤くなってる!」
「ちょっと!? 余計な事は言わないでくれよ!」
「あはははっ!」
今日の事は今日考えて、明日の事は明日でじっくりと考えれば良い。
何か楽観しているけど……それもアリだよね?