エピソード15:振り返ってみよう
「良い所で戻るなんて。お前……ついていないな」
「本当。何であんな場面でこっちに帰ったんだろう」
自室の壁にあるカレンダーの日付はバレンタインデーが空虚に過ぎ去った2月17日。
今日はざあざあと地面に雨の音が窓ガラス越しでも聞こえる日曜日。
この日、影野明を本来呼ぶつもりはなかったが再度こちらの現実世界に帰還した事により僕の気分が変わった。
《異世界》→→→→→《現実》
「しっかし、凄い雨だな。これ、いつになったら止むんだよ」
戻ってきたのは本当に突然だった。あのコロシアムの場で決勝戦をどうにかして勝ち抜いた僕に武器を構える王様。
そいつが迫ってきた瞬間に視界が急激にフェードアウト。徐々に視界が薄れていき、次の瞬間には荷物を両手にぶら下げた僕の姿が。
因みに服装は異世界の青コートを除外した学ランとカッターシャツで現実世界に合った服装に戻っている。
「ううっ」
一般人は何だこの人はとおかしな目線で通り過ぎていく。視界が鮮明になった途端に両手に持っていたスーパーの袋が重すぎて、腕が持っていかれそうになったので凄くビックリした。
あっちの異世界でドタバタしていたから、こっちの現実世界で何をしていたのか完全にド忘れしていたのが原因だけど……あれは本当に驚いたな。
後で落ち着いた時にスマホの日付を確認してみると、この日は誰からもチョコを貰わなかった2月14日の木曜だった。
「降水確率は? っと。おやおや、これはしばらく止みそうにないな」
「ごめんね。急に呼び出した僕のせいで」
平日の空いた時間でも良かったけど、それでは僕のモヤモヤとした気持ちが晴れない。
明なら多少なりともあり得ない話に付き合ってくれるから、ついつい頼りたくなってしまう。
そのお陰で彼はこうして窓ガラスから見えるどしゃ降りの雨に陰鬱な表情で眺めている。
「折角晴天の土曜日にバイトが入った俺の方が悪いから気にするな! ……とは言え、原因は彼女と遊ぶ事に優先して無断欠勤決め込んだ糞先輩のお陰だが。野郎、いつの日か爆ぜやがれ!」
「ははっ、取り敢えず僕のしょうもない話に付き合って欲しい。雨が上がるまでで良いからさ」
「いいや。この際、翔太のモヤモヤとした気持ちが晴れるまで話に乗ってやるぜ! そうじゃないと気分良く帰宅出来ないからな!」
頼れる男、影野明。彼の気前の良さは恐れ入る。だからこそ気兼ねなく話せる。
最初はどこから話していこうか? まずは彰にも分かりやすいように異世界へと転移した出来事について、改めておさらいしておくとしよう。
「ありがとう。それじゃあ最初は……」
ノート、ノート。あっ、机の引き出しに自由帳が。これに書き込んでやるとしよう。
後半部分に棒人間の4コマがあるけど一切気にしない方向性で。
「僕が始めて転移した出来事から聞いて欲しい」
神宮希を目の前で失ったあの日の夢。それから僕は不意に目を覚ました。
4月中旬いや5月が間もなく迫る平日の朝。僕にとって非常におぞましい夢から逃げるようにして再度就寝すると、気が付いた時には野原の上だった。
部屋に籠っていた僕にとって、本当にあれは衝撃的な出来事だ。
異世界を好き好んで嗜む小説家なら目を疑う光景だろう。
「目覚めたら野原の上。異世界生活が始まるお決まりのワンシーンか。トラックに轢かれていないのは幸いだったな」
「現実問題、異世界の主人公が異世界で謳歌して人を轢いたトラックの運転手は危険運転致死傷罪としておぞましい人生を歩むから……僕からしてみれば、こっちの方が良かったよ」
それから訳の分からない場所でさ迷いながら数分。肌はハリのある色白でとても綺麗な白髪をした女性に出会う。
名前はマリー・トワイライト。見た目からしてみて推定でも僕と同じように見える歳で、うっかりしていたら吸い込まれてしまいそうな瞳を持つ彼女はこの世界について全く知らない僕を案内という形で異世界の観光に入る……筈だったけど、こちらの現実世界に唐突に帰還。
ここから現実と異世界の忙しい転移生活が始まったんだよな。
買い出しの時に起きた異世界転移はしばらくあっちに在中していたけど。
「マリー・トワイライトかぁ。翔大と同年齢の女の子って事はさぞかし可愛いんだろうな」
確かに可愛い。誰から見ても、こっちの方では男性が沢山寄って来るに違いない。
ただ……マリーは僕からしたら、あの子に激しく面影が重なる。
「あっ、それでそれで。どんな女の子だ~、強いて言ったら芸能人で誰似?」
「芸能人じゃない。彼女は何となくだけど……希に面影がある」
場が一気に静まった。明は一瞬驚くと、誤魔化すようにして丸形のテーブルの上に置いてあるお茶を一気飲み。
僕の答えに納得がいっていないように見える。
「言い過ぎだと思うが現実を認識した方が良い。俺達が中学まで遊んでいた……あの子は死んだんだ。俺には随分とツンツンしていたあいつはな」
「それでも似ていたんだ。こればかりは譲れない」
「ふぅ、これ以上言っても埒が明かなさそうだな。まぁ……そちらの世界に住んでいるマリーさんは翔大しか直接見ていないから俺がどう反論しようが意味ないか」
「ごめん。この話はまた落ち着いた時に、今は話を続ける」
話を戻す。僕にとっては神宮希にも見えてしまうマリーによる道案内が終わると、道中立ち寄って行った依頼屋さんでとんでもないモンスターを何故か退治する羽目に。
全力でお断りモードの僕にマリーはにこりと引き連れる。依頼屋の店主に渡された重すぎる剣を頼りにして。
「翔大に渡された剣はそんなに重かったのか? RPGの武器で剣はそんなに重たくない部類に入るだろうに」
「ところが違うんだ。RPGの剣ってゲームや小説から所謂媒体から見ている僕達からすれば軽そうに見えるけど、実際に持った感触では鉄より少し重い物を持たされている感覚に陥る。だから、そんなに軽々しく振り回せる物では無かったりする」
「じゃあ、あっちの住民は簡単に振り回せる感じか」
「うん。あっちの世界では軽々とモンスターを蹴散らしていた奴が居たよ」
店主から渡された重い剣を武器にして、どうにか目標物のモンスターが潜む森林に接近。
魔法を上手く扱うマリーとは対照的に重すぎる剣が足枷となって、動きがぎこちなくなる僕。
そこに漬け込んだモンスターは怒濤の勢いで迫る。よもや敗北寸前に陥り、弱気になっていた僕にマリーの言葉が届く。
頭に届いた言葉を胸に抱き、その想いを叶えるようにして新しい武器を脳内でイメージ。
重過ぎる上にモンスター相手に歯が立たない剣を改良させた剣を強く叩き込む事で月から剣が地面に突き刺さる。
目にも疑う光景だった。まさか頭の中でイメージしたくらいで実現してしまうなんて……驚きながらも、蒼剣を代わりに構えた僕は勢いをつけて凪ぎ払うと今まで苦戦していた強敵は数分も掛からずに終わってしまった。
さっきまで苦労していたの何だったのかと言わんばかりに。
「女の言葉で覚醒か。中々格好良いじゃねえか」
「その時はびっくりしたよ。本当に頭の中で妄想していた物がイメージ通りに舞い降りてくるなんてさ……ちょっと都合が良いような気がするけど」
「ちっちっ。そりゃあ、お前の中にある秘めたる力だよ。都合も糞もないって」
「どうかな。その武器を手に入れる前にも突然敵の動きが直前に見えてしまう先読みの超能力を手に入れたんだ。だから、何となく疑いたくもなる」
「超能力も!? どんだけチート能力を手に入れたら気が済むんだ……この異世界主人公は」
羨ましそうな目線で見ているけど、僕の身としては普通の人間か疑問を持ってしまうレベルだ。
ある時、突然として入手してしまった先読みと戦闘終盤で手にした蒼く輝く蒼剣。
この二つの力は偶然によって手にしたのか? あるいは他者の介入で手にしたか。
後者でやるとすれば、かなり難しい方法を使う事になると思うけど。
いずれにせよ大変まどろっこしい。
「その後は? もっと聞かせてくれよ」
どうにか倒したモンスターの報酬から頂いた報酬金と通行許可証。
その内の許可証はあっちの世界の舞台となるゲネシスとスクラッシュの警戒の目が光る強大国オウジャの通行許可証だった。
国を治める王はオウジャ・デッキ。
具体的にどういった人物なのかさっぱりだったが、実際に近くで見ていると密かに裏を働く野心家のように見えた。
危険な王が治める街に向かうマリー。本来の目的はオウジャの街で拉致された子供達の奪還。
色々と思いとどまってしまったり、またしても現実世界に戻ったりと忙しない時を跨いだけど協力を促すマリーに力を貸す事にした。
それからはオウジャへ向かう途中に謎の発言をする黒コートの男性アビスとの激戦。
途中で戦いに参戦したライアン・ホープとザット・ディスパイヤー。
ほぼ一人で丸め込んだザットは灰色の剣を持ってしてアビスとモンスターを退ける。
あのヤンキー口調と僕を見る視線が怖い。一方のライアンは眈々とした態度で立ち尽くしていたけど。
「異世界にも居るんだな……DQN野郎が」
「言動はともかくとして、実力は相当な物だったよ。敵に回したら確実にヤバいとさえ感じたくらいだし」
「ライアンって奴は相当信頼しているみたいだな」
「僕達には分かりもしない絆があるのかもしれない。ザットはライアンの事を度々兄貴って呼んでいたようだから」
現実世界で言う警察の代わりとなる組織治安団。二人の加勢に感謝しつつも、危険な国としてマークされている国に同行が出来ないとの事で引き続き僕とマリーでオウジャの到着を目指す。
この時、マリーとザットの静かな喧嘩があった。あれを見ている自分はヒヤヒヤが止まらなかったけど……ライアンは関わらないようにしていたな。
ザットって人は他人にはとことん喧嘩口調で喋りたがるのかな。
こっちは仲良くいきたいのに。
「最後は目的地に到着したものの、王主催によるトーナメントの開催。泡行くどうにか決勝戦も勝ち抜いた翔大に王が直々に挑み掛かってその後に恒例の」
「現実帰り。王が手持ちの武器を振るおうとした時に現実世界に帰還したんだ」
「いつになったら異世界に行けるんだろうな」
「そ、それは成り行きに任せるしかない。僕には現実と異世界を自由に交差して向かう力は皆無だからね」
雨の音が聞こえなくなった。窓を開けたらまだ空は暗そうだけど、これなら傘無しで帰れそうだ。
「よし。帰るとするか」
「今日はありがとう。現実味のない話を聞いてくれて……少しすっきり出来たよ」
「いいさ。次は俺に何かを奢ってくれると考えたら楽になる」
奢らせようとしているのか。まぁ……この日曜日にわざわざ出向いて僕のつまらない話を聞いてくれたんだから、奢りくらい訳無いか。
「それじゃあ、機会があったらやきそばパンを買おう」
「良いねぇ、それ。楽しみが一つ増えた!」
うきうきした足取りで僕の自室を後にした明。一階のロビーで夕食の準備をしている母さんに礼を告げてから玄関の靴を履くと神妙な表情になった。
大体何を言いたいのか、僕にはそれが分かる。神妙な表情をした明の問いに対して首を縦に振る。
「そうか……なら、俺もバイトを休めるか店長に頼んでおく」
「無理はしなくて良いよ。君には君の人生があるんだから」
「俺もあいつと長い付き合いをしているんだ。何があっても優先して行かせて貰うさ」
来週の土曜。僕はあの日の想いを忘れぬよう、あの場所に向かう。
幼少期の頃から中学二年まで長い付き合いをしていた神宮希の墓標へ。