エピソード118:ここから綴られていくかどうかは自分次第
あれから幾ばくか時の流れは20年を経た。彼女が起こした最悪の事件……当時、高校生として異世界に渡るというファンタジーな出来事を身を持って体感。
それから数々の苦難を乗り越え、最後に死ぬまで一生忘れる事はないであろう悲しみの別れを告げた後に私は小説をこれでもと言わんばかりにネット内にある小説になってやろう……ではなく、実際の紙の原稿に溢れんばかりに文字を綴った。
例え、親友の明にどう言われようともそれはそれはお構いなしに書き綴ってやったのは今にしては凄い執念だと思う。
高校を無事に卒業してからはとにかく彼女が応援していた小説を世に出さねばと言う一種の観念が私の心を奮い立たせて、ろくに大学にも行かずどっちかつかずの営業職に入社してなるべく目立たないように仕事を普通にこなしつつ人生の大半をこの小説に捧げた。
もはや小説は私の身体の一部となり、書かなければずっと妄想に浸る程の重症が続く。
何十年か経つと、私は賃貸のボロアパートで生計を立てながら上司達には小説が完成するまでの間は定時で上がらせて欲しいと切実な理由を口にしてしつこい位に説得を試みた。
「ようやく……このステージに立てたか。ここまで、随分と長い時間を掛けてきた物だ」
結果、上司には嫌々な顔をされながらも何度も何度も諦めずに粘った事からどうにか承諾。
順調とはいかなくとも穏やかに過ごしていた日常を経て、更に10年が経つと何人かの同期達が役職付きの管理職に昇任していく中で私はすっかり会社の中で残されていく形に移った。
顔も時が経つと、前までの面影がなくなり私の頬には髭が生えるという要らない成長ぶり。
「あの……すいません。私、二週間前に編集部宛に原稿を送り込んだ神無月翔大と申しますが」
「神無月翔大様ですね? 編集部の方に確認を取りますので、今一度お待ちください」
今にして思えば……あの冒険はどんなに凄いアトラクションでも二度と体験しようのない最高の転移だったのかもしれない。
もし、私が仮に彼女の思うがままの道を選べば想い人である神宮希と永遠に幸せの道を築けたに違いない。
だが……そうしなかった理由は現実から目を背けたくなかったからかもしれない。
私は彼女の想いを敢えて拒み、この道までやって来れた。どれだけ偉き者が絶望を突きつけようとも抗っていく。
神宮希の期待をどんな形であれど、天国で笑って見ているであろう彼女に示したいが為に。
「どーも、編集部の佐渡です。今日は遥々遠くからありがとうございました。早速、案内します」
時王文庫。ジャンルとしてはファンタジーや異世界転移並びに転生などの所謂若者層に向けての本に力を入れるとされる有名な本会社。
そこではある雑誌にて原稿を送って小説家デビュー! というやけに目立った応募欄が目についた事から私はすぐさまここにエントリー。
原稿を丸々と送る前に、コピーを全部取ってから時王文庫の編集部に送り込み私は休日を狙ってわざわざお昼前後にここへと立ったのだ。
「いや~、まさか募集を掛けた一週間目からエントリーをなさられるとは。大した者ですねえ」
それは貶して誉めているのか? 質問の意図を汲み取るに暇人と言いたいのか? この男は私よりも若いからか年齢が一応は上である私に対して些か常識に欠けているような気がしてならない。
「どうぞ、どうぞ。あそこの奥の席に座ってお待ちください。簡単な物をお出ししますので」
「お構いなく」
編集部とやらはイメージとしても湧いてはいなかったが、中々にドタバタとしている。
よくよく耳を澄ませると、電話の会話から締切日というワードも伝わってくる。
どうにも……ある小説の原作者の原稿が間に合っていないようだ。
担当の編集者のお疲れ顔がプライベートカーテンから顔を出してみるとよく窺える。
何というか、あれは……残業に明け暮れて、心をぽっかりと開けられたサラリーマンのように見えて仕方がないのは私だけだろうか?
「はい、どうぞ」
どっかの小説を担当しているのかもしれない編集者。見た目は清潔に溢れており、中々にハンサムな出で立ちをしているがさっきも言った通り若干マナーが悪いのがこの男の短所である。
「ありがとうございます」
「皆忙しそうに見えるでしょ? やっぱりこの時期になると目が血走って、いつもいつも大変な思いをするんですよ」
早速愚痴を溢された。私は君の愚痴吐きを聞く為に聞いている暇人ではないと心の奥底から主張したいが……耐えろ、今は頑張って堪えるんだ。
「佐渡さん。私の原稿を……お読みになりましたでしょうか?」
「えぇ、それについては編集部に届いた時から時間が空いた時にゆっくりと読ませて貰いましたよ」
どうやら適当に済まされてはいないようだ。まずは手堅く第一関門を突破と言った所か。
本当の本題は彼の解答で全てが明らかに提示されるのだが、果たしてどうなる?
期待と不安を両方に押し潰されそうになりがら、私は身を少しだけ乗り出す。
耳障りな編集部内が何故か不思議な事に今ある瞬間だけは嘘のように静まり返っていた。
その中で解答を口にする佐渡。どうか良き答えが得られますようにと私は九死に一生の願いだと思うばかりに机の下に見られないように膝の上に置いてある拳を強く握り締める。
時が忽然と止まる。実にあり得ない現象に立たされている。
首をキョロキョロと動かす私。その正面を振り向く時には自分の黒のボサボサな髪とは大きく異なるとてつもなく美しい黒髪が腰まである少女が居た。
いつの間にやら、一体どういう原理でこうなってしまったのか? 戸惑う私に幻影としか思えない当時のままの希がこちらの顔を見る。
相変わらず綺麗な瞳で、どの中学生よりも比較的にスレンダー。
やはり希は私にとってかけがえのない一番の大好きな人である。
そんな彼女がゆっくりと近付き、やがて触れられそうで触れられない位置で止まる。
ん? 何か私に伝えようとしているのか?
「翔大。貴方がどれだけ挫けようとも……何度も何度も諦めずにゆくてをこばもうとする壁を壊しなさい。そうすれば、きっといつかは貴方の求める道に辿り着けるって私は信じている」
「……!?」
声がどうしてか出ない。出そうとしても喉がつっかえてしまう。
触れたいのに触れられないというジレンマ。段々とぼやけていく意識と離れていく希。
目が再びはっきりとした時には最初からそこには存在しなかったかのように。
場所は時王文庫の編集部室に戻されていた。
「どうかされましたか? なんかぼうっとしているようですけど」
「いえ……別に何もありません」
「そうですか。では、単刀直入に伝えますね」
私が何年も端正を込めて築き上げた原稿が机の上に置かれる。そうして、置いた瞬間に浮かべた表情はどちらかというと眉間に若干ながらではあるが素直に喜んではいけないような雰囲気を醸し出していた。
本人はどう傷付けまいとするか頭の中で必死に整理しているのだろう。
妙に感覚が鋭くなってきた私には隠された所でそれが否応にも分かってしまう。
「正直、この量をずっと書き上げたのは並々ならぬ想いを素直に感じます。しかし、ジャンルは異世界転移でありながらも現実世界にちょくちょく戻る理由が今一つと感じますし、読者のニーズとしては毎日毎日繰り返していくループが蔓延る現実世界から逃げたいのが理由の1つで異世界が流行っているのあるので……一々現実世界に戻られると読者が興醒めしてしまう恐れが非常に高い」
この男の感想としては良くもなく悪くもなくと言った所か。随分と現実世界に一々引き戻すなとも取れる感想ではあるが。
挫けてはならない、今こそが正念場だ。こんな所で怯んでいては先に逝ってしまった希に顔向けが出来ない。
「というのが以上の感想でして、私としては……誠に残念ながらこの本を出荷という形に出すのはーー」
「待って下さい! まだ、それで終わられては……はっきりと言って、魅力を充分に理解していないと思われます」
苦難な道を進んでいるのは覚悟の上だ。そして、それは幸せの訪れない末路だとしても。
だが、戦おう。私には永遠に死ぬまでに添い遂げたい業を背負っているのだから!
「いや、そうは言われましても」
「お願いします! もう一度充分に内容を読んで下さい」
「だとしても、内容がこれで……肝心のタイトルが空いているのも個人的にどうかと思いますよ。貴方は仮にですよ? もし、出版が決まった際はどうなさるおつもりですか?」
タイトルなんて、正直考えてはいなかった。内容に力を注ぎまくっていたお陰で空っぽになっていた。
しかし、内容を全部言いくるめて……あの異世界と現実を移動させられた当時の私の気持ちこそが!
「それは前から決まっていましたよ。小説化が決まった時のタイトルは」
〈異世界と現実。交互に無理矢理行き来される僕に休みはありません!?〉
~~END~~
長き渡った自作小説は泣いても笑っても終わりを迎えました。
サブタイトルのように結局人生をどう歩んでいくのかは個人である自分です。
人の手によって決まった人生なんかに何の価値も生まれないでしょう。
神無月翔大君は色々と神宮希が生んだ事件から、改めて小説家になる道を選んだようです。
そこから上手く事が運ぶのか、はたまた落ちぶれていくのかも人生込み。
私は彼の生き方を遠くから応援していきたいと思います。
さて、ここまで読んで頂いた読者には感謝の意を。
物語はようやく完結しました……が、いつの日かまた別の世界の物語が動くかもしれません。
その時はその時で機会があれば良いので、手に取って頂ければ幸いです。
ではでは、皆様お元気で!