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エピソード117:事件を全て知った所で残るのはプラスマイナス0の人生

「やあやあ、お待たせ! 待ちに待った! もつ鍋だよ!」


「私は何も待っていないがな」


「さすがは本堂課長。一端に警部だけはあって身持ちが固いねえ。そんなんじゃ彼女も簡単に作れないよお」


 7月16日。須藤は上司に当たる本堂に警察官としての身分証明書を一時剥奪されながらも、あの事件についての調査を元同期であった櫻井と共に追い掛けてどうにかこうにか最後は謎を掴んだ。

 その調査結果に対する報告を落ち着いた時間に書類として提出したのだが、これを受け取った本堂はしかめっ面を浮かべながら。


「件に関わったのは前にこっちに所属していた櫻井もか」


「はい。彼は個人的に不可解な事件について解決を図れるキーマンになるのではないかと思い、目的を互いに共有しつつ協力をしました」


「ほう……私の知らぬ間にそんな事が」


 櫻井は部署内では独特な思考を司る上に上司からの命令には時には無視を決め込もうとする根っからの嫌われ者として、特に署長からは腫れ物の扱いを受けていた。

 だが、どんなに煙たがれようと呑気にじゃれあおうとする彼は同僚だけには人気があった。


「どうしましょうか? 彼も併せて呼びましょうか?」


「そうだな……事件も解決し、お互い仕事もセーブしろと署長からのお達しが来ているのなら」


 ペラペラとざっくりと書類を読み上げる本堂。読み終えたとされる紙の束をゆっくりと机の上に置いてから。


「今日の夜に時間を空けておいてくれ。可能なら櫻井にも予定が空いているか聞いておけ」


「場所とか時間はどうするんですか?」


「そっちの都合で決めておけ。俺はお前達になるべく合わせるようにする」


 実質強制的な誘い。予定は空いているにしろ、空いておらずとも誘いは受け取るのが部下のマナー。

 須藤はそれから櫻井と連絡を取り合い、場所と約束の時間を指定してきた。


 よりにもよって、そっちの方が偉そうに指定してくるとは。しかも……場所は櫻井の事務所と来た。

 驚きながらも呆れながらも須藤は今もこうして完全に季節外れの鍋を食わされているのだった。


「櫻井。お前はいつになっても空気を読むつもりがないようだな」


 櫻井と本堂の中ははっきり言って、こっちが肝を冷やす程に仲がご宜しくない。

 だから、どうしてこうも櫻井に会おうとするのかが分からない。

 恐らくは今回の事件を受けての簡単な事情聴取を図っていると思われるが。


「ちょっとちょっと! まだ、白菜は入れたばっかりですってば!」


「うるさいな……白菜は固い方が歯応えがあって良いんだ」


「はぁ~、元部下とは言え私だけには冷たすぎませんかね?」


「課長、もつは?」


「後で食べる。そいつはお楽しみとして取っておくんだ」


 よりにもよって何故に関係が表にはっきり出てくる鍋料理を出すのはいかがな物かと出汁を味わいつつ、煮込んである野菜とメインのもつを合わせて口にする須藤。


「いやいや、まだたっぷりとあるんで勿体ぶらずに取っちゃって下さいよ」


 食事というの食べれば食べる程に量が減るもので何だかんだで和気藹々とした食卓となった。

 そして締めのご飯も使い果たし、まさかまさかの上司である本堂が食器やら鍋を洗うという貴重な場面を拝めた所でようやく本題に乗り込んでいく。


「それで……やっと本題に入れる訳だが」


「健、これが君のまとめあげた書類なのかな?」


「勝手に触るな」


 人のプライベートの塊である鞄を無作為に触って、許可なく拝読する櫻井に話に入ろうとする本堂も呆れ顔を浮かべるという始末。

 須藤は溜め息を軽く、付けてから躊躇なく自分の書類だと言い聞かせて櫻井から報告書を取り戻して議題へと突入していく。


「事件は3月7日。宮城高校に通う高校生葉山友子の死から全てが始まりました」


「主な死因は心不全。夜7時に仕事から明け暮れて帰ってきた母が娘が返事をしない事に不自然を感じて部屋と入り、顔色も悪く声を掛けても一切返事がない上に床に倒れている点を踏まえて119番通報。しかし、既に死後間もない事から息を引き取っている。死亡推定時刻は……夕方4時時から6時の間と判定され、我々としての調査では病院から下された心不全の捜査以外では一切情報を掴めない事から事件としては病死といった所で区切りを付けた」


「でも……高校周辺ではこの被害者がアン王女としてショウタ・カンナヅキと呼ばれる青年と共に楽しく過ごしているという情報もあるわけだけど? それについてはどう思っているのですか?」


 葉山友子の夢の話は警察の身元調査で必ず掴んでいる筈。なのに、警察の捜査会議にて表沙汰にしなかったのは不必要だという判断なのか。

 だとしたら意図的に隠されており、実に最低な行為である。


「署長にはそれを進言したが、必要のない情報はご捜査を生み出しかねない要因になりかねないから伏せておけと言われていた」


「やれやれ、いつの時代にも上に立つと効率重視の利益野郎が居てうんざりするねえ」


 犯罪を病死として済ませて無理矢理捜査を打ち切られ、結果的に葉山が心不全による事件の前に発生したやんちゃな青年の死の関連の繋がりの発見も遅れてしまった。

 青年は宮城県随一の偏差値が低い低遍高校の不良のリーダーでどうしようもない野郎。

 名前は浅倉五郎。性格も非常に喧嘩早く、家庭内の両親とも上手くいっていない。


 その上で発生した事件が……葉山友子と繋がりのある事件だったとは。

 いがみ合う二人の会話は耳に入らない。寧ろ、意外な接点で繋がった事に今も驚きが隠せない。

 

「被害者が葉山友子の証言によるショウタ・カンナヅキ。この名前をひっくり返せば、神無月翔大になる訳か」


「調査を進めていく内に判明したのは異世界は神無月君と幼馴染みの関係にあった神宮希本人が起こした計画的犯罪だという事実があからさまになりました」


「神宮希は交通事故で死んだ筈だ。あの事件は部署に関わらず、宮城警察署内で大きく話題が広まっていたので鮮明に覚えている」


 異世界の犯人が……知り合いのツテでどうにか入手して手渡しをした拳銃によって神宮希が異世界の住民に成り済ましていた事が神無月の証言から判明。

 

 それからは神無月の証言による予測がこの報告書に記載しているが、恐らく特定された事で本来進めるべき計画を急遽変更する形へと移行。

 

 計画はこちらに恐怖を押し付ける形に移り、こちらの方でも異世界の星と思われる球体が徐々に接近。

 衝突する危険性もあった為に国が自衛隊も使って、自己防衛する程の徹底ぶり。

 それだけならまだ良かった物の……事件は更に悪質に変わっていく。

 具体的には宮城県内を中心として巻き起こった未曾有の犯罪者の勃発。

 まるでテロかと思いかねない程の殺人が有象無象に舞い起こり、人は恐怖という感情に植え付けられた。


「それにしても未だに謎なのが……あの惑星の出没によって発生したとされる突発的な事件だ。あれだけが妙に引っ掛かる」


「私もこればかりは分かってはいないのです」


 どうしてああなったのかが分からない。推測するにしても、あの緑の球体に関連しているかどうかも定かではない。

 

 疑問が疑問を呼んでいる状況の中で櫻井は入れたての珈琲を自分を含めた三人分を机の上に置いてから、呑気に湯気を眼鏡に曇らせつつ。


「原因は緑の球体により発生された負のオーラと言った所かな」


「何を根拠にそんな事が言える?」


 人が暴れ出した原因を櫻井は根拠もなしに口に出した。それに対して本堂は警察の上の立場にあるので、全く納得してはいない。

 しかし、いつも落ち着いている櫻井にそれは通用しない。それどころかこの状況を楽しんでいるようだ。


「本堂課長。今回大規模な事件を実行に移したとされる犯人は警察が裏の力で締め上げようとも……絶対に捕まえられない死人なのです。そんな犯人が仕掛けた計画に根拠とか存在すると思いますか?」


「ふんっ、お前の意見はもっともかもしれんが……些か、その態度が目に余るな」


「櫻井!」


「おっとと、少し言葉が出過ぎたようだね。ちょっとだけ自重しておくようにしよう」


 空気が徐々に凍り付いていく中で見えてきた線。点と点を繋げば、通常取り扱われている事件の多くは自然に繋がりを見せていくというのに。

 やはり、この事件だけは明らかに別格だった。そもそもの話がこちらの世界で交通事故を遂げた上で死人として向こうの緑の惑星もとい異世界へと飛び移り、更には神としてこちらを潰そうと目論んできたというのがよもや訳が分からない状態に立たされている。

 一体どうしたら、彼女がそういった行動に移すのかもさっぱりである。


「結局の所、彼女神宮希による犯行動機は?」


「……うーん。多分神宮本人が抱いていた世界に対する恨みかもしれませんね。そうでもないと辻褄が合わないのでね」


 話し合いの末に本堂が下した決断は、須藤健作が築き上げた書類は心の中にしまうという警察の上司としては大丈夫かそれは? と言わんばかりのそれ。

 理由としてはやはり異世界というワードが一般社会ではただの小説のネタでしかなく、科学上に置いて抽象的か具体的な論文も発表されておらず妄想にしか過ぎないのと死人が犯罪を犯すという誰もが理解を示し得ない滅茶苦茶な報告書というのが本堂の解答であった。


「多くの罪なき一般市民も何人か犠牲を出したのは警察の立場として恥ずべき事である。が、失態をいつまでも恐れていては市民の失望に繋がりかねない……だからこそ」


 珈琲を飲み干し、洗い場に飲み終えた食器を静かに置く。それからそそくさと部屋を退出しようとした時。

 

 本堂は珍しく晴れやかな表情を浮かべて。

 

「須藤健作、お前が思う正義をこれからも示していけ。櫻井は……そんなにマイペースを貫いていると、いつか痛い目に合うとは思うからそれなりの覚悟を決めておけ」


 帰り際に送る言葉が櫻井にだけはもはや虐めに近い。しかし、櫻井はどう言われようが笑いで済ませる。


「はははっ、凄い言われようだな」


「正義か。俺の人生はこの先もずっと警察の意思を貫くんだろうな」


「今回の事件に関して、異世界に行った際に手持ちのスマホの時間が停止したりまだ間もない時期に現実世界の衣装が異世界に一部起用されるなどの原理は謎に包まれているが……」


「もう、そう言うのはお前がぼちぼちと調べておいてくれ。俺がやる仕事は既にやり尽くしているんだからな」


「了解。じゃあ、私がひっそりと調べている間に健は女でも作っておきなよ。運悪かったら、生涯独身お先真っ暗な孤独警察が出来上がりかねないからね」


「お前がそれを言うな」

 

 冗談を混じ込みがながらふざけ合う櫻井と須藤。こんな日々が続くのかと思うと若干うんざりしながらも、彼は心の中のどこかでは安堵しているのであった。

連絡。最終回は4月29日の月曜に掲載させて頂きますので宜しくお願いしますm(_ _)m

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