エピソード115:さよならと大好きを
「哀れね。私は駒という存在でしか扱っていないにも関わらず、彼があんなにも健気に頑張っているのが無駄に笑わせてくれる」
モニターには一体のモンスターらしき生物が白いローブの人達といがみあっている。
これを見た限りでは白いローブを制服とする治安団の彼等は力を合わせて、悪戦苦闘になりながらも戦闘しているようだ。
となると、彼等はミゾノグウジンを裏切ったのか?
その真意とやらは僕では解りかねる。
「治安団。外部で色々とゴタゴタが発生した際にコントロールをさせようという魂胆で作り上げた組織ではあったのだけど……結局は的外れの行動を起こしてくれたようね」
「お前の下僕とやらは遅かれ早かれ、じきにくたばる」
「ふっ、一体どの口がそう言えるのかしら?」
散々に叩き付けられた身体を自ら奮い立たせ、ザットはお構いなしに喋る。
ザットの偉そうな態度に機嫌がすこぶる悪化し出した希は圧倒的な早さ持ってして、真っ直ぐに一閃を飛ばす。
飛び交う一閃をギリギリの場面で回避したザットはかなり参った表情で息を荒くしていた。
「武器も破壊された貴方ごときに、私はくたばらない……武器を軽く振っただけで回避するしか脳がないのが何よりの証拠よ」
「そうかよ……くそが!」
彼女に立ち向かう手段は存在しないのか。もはや、対抗する力を失った僕達は神宮希によりなすがままに動かされる運命にあるのか?
例え、そうなったら僕は……手が足があれば全力で繋ぎ止めたい。
相棒の真・蒼剣を失ったとすれば力ではなく言葉で説得したい。
でも決してそれは叶わない。彼女はあくまでも僕を異世界に取り込もうとする為に自分の計画を全力で叶えようとしている。
「さーて、翔大。貴方だけのオリジナルの剣は時間は多少掛かったけど消滅した。これにて、ようやく長い長い道程が終わりを告げて私と翔大だけの幸せを掴むのよ!」
取り込まれてはいけない。僕は彼女の事が世界でかけがえのない存在だからこそ、間違った道は止めなくちゃいけない。
剣がバラバラに砕け散ったからと言って諦めてはならない。
希。君の犯した罪は原因を作らせた僕が止めてみせよう。
「君の異世界騒動に巻き込まれて何ヵ月か経った。それからは異世界に長く滞在し、時折君と僕が本来存在していた世界に帰還し日々忙しい毎日を送っていた」
「急にどうしちゃったのよ?」
「異世界では最初君と出会いを果たし、半ば巻き込まれるような形でザットやアビスと幾度となくいがみ合ったりもした。でも、それも塵も積もればなんとやらで最終的には僕達は君の野望を止める同士として手を結んだ」
激動の中にある絆。敵として立ちはだかったアビスも異世界を作らせてしまった原因である僕と同じ立場にある被害者で。
そうして、今までアビスに恨みを抱いていたザットも過去を丸々希によって設定付けられた最大の被害者。
僕はこれらの罪に対して全部謝罪出来やしない。やるとしても、彼女をこの薄汚れた手で存在を抹消する必要がある。
「けども……貴方にはもはや頼れる力は存在しない! よって、幾ら喚こうが私の言う通りに世界は動くのよ!」
「ショウタ・カンナヅキ。お前には私を超える力の源がある……故にまだ諦めの道は早いと言えよう」
アビス。君の言動や態度には何度か付いてこれそうになかったけど、今ならその言葉だけで凄く勇気付けられそうになるよ。
「俺達の存在なんて気にするな。元々居なかったんだし。だから、あのむかつく女に一発だけでも手痛く痛め付けやがれ!」
「ははっ、無茶を平然と言ってくれるね」
ザット。彼とは一時期折り合いが悪くなったりして、揉め事も多々あったけど色々と乗り越えていく内に目的を共に目指す仲間になった。
治安団という僕とは若干違う世界で生きていた人だけど、最後に仲良くなれたのは良かったと思う。
僕のこの旅路は今回ばっかりは一人だけだと思っていたけど、いつもいつも力を貸してくれる人達が居た。今回もその例にもれず、ザットやアビスが肩を貸した。
それに上手く説得したのかは定かではないが、希の手駒と戦っている治安団も居る。
どうやら僕は君とは違って、独り善がりで戦っている訳じゃなさそうだ。
「でも無茶を通り越して……奇跡を起こしたら、それはそれで格好が付きそうだ!」
武器がないから戦えない? そんなのは自分への誤魔化しだ。彼女に抗う対抗策はまだ僕に秘めているのかもしれない。
「何をするつもり? 貴方にはもう力は残されていないのよ……だと言うのに、どうしてそんなに堂々としていられるの?」
希。君とはザットとアビスと出会う前から何十年も一緒に遊んでいたよね。
中学三年の時に頃だったか? あの時突然交差点で僕を突き飛ばして自分一人で亡くなくなったのは本当にショックを受けたけど、異世界で最初に出会った白髪のマリーが実は神宮希だと判明した時は冗談なしで驚いた。
本来なら、もっと喜んでも良い筈なのに。今までの犯した罪を考えると許されない気持ちが沸々と沸いてきて仕方がない。
「君の罪は僕が制裁する。この……揺るぎなき意思を持って!」
願うなら神宮希を止める力を寄越せ! 一分一秒でも構いやしないから、罪を断罪させる正義の鉄槌を!
祈りを込めた……これ以上ないって程に。そうして静かに流れていく時の中で希は怪訝な表情で目の瞳孔を大きく開ける。
あぁ、そうだ。この蒼の一筋の光こそが僕の希望を照らすんだ!
「あり得ない!? 武器を粉々に破壊して、残る力もないと言うのに!?」
「この世界が創造によって作られたのなら、こういう方法だって出来るんだろ?」
「いいえ!! そんな力はアザー・ワールドでは確立されてはいない! どうやったら、そんな事が平然と出来てしまうのよ!?」
実態がない蒼の光。シルエットはとてつもなく剣に酷似しているけど、その実態とやら一度試してみないと分かった物ではない。
軽く感触を何度か試してから、猛烈な速さで先手を取ろうと振りかざす奇妙な大剣に向かいつつ今度は腕に力を精一杯込めてから大きく振り下ろす。
すると、力に耐えられくなった大剣は押されて希自身も後ずさる。
これなら……充分にやれる! 巻き返しを図ろうとする僕に対して希は怒濤の斬撃を休む間もなく与え始めた。
しかし奇跡と呼ぶに相応しい剣の形状を司る素粒子はいとも簡単に容易く希の所有する大剣を圧倒する。
何が起きているのか? 全く持って、置かれている状況に今一つ理解出来ていないらしい。
「僕は取り戻すよ。この存在しない世界を打ち破り、消えかけようとする星を救うって!」
「翔大! 貴方が思う程にあの世界は私達を残酷の末路へと導くのよ! そんな世界で生きたって絶対に幸せになれやしない!」
人に言われて、ああそうだと相槌を打てる物か! 君が消そうとしている世界では数多の人が様々な想いを抱いて、沢山の人生を歩んでいる。
それを安易に消そうって言う魂胆が悪魔に等しき所業なんだって、理解しろ!
「君が現実から背くのなら、僕はまだ現実に囚われよう!」
神宮希の犯した犯罪は例え戻ろうとも償う権利が発生しない。この上は僕が原因で起きた事件であると踏まえて、生き抜いていくしかない。
そういう認識が生まれてから人は世界は変わっていくんだ。
「ぐぅぅぅ! クライシス・ノヴァ!!」
これ以上ないって位に飛んでくる黒い球体。それら全てを目に見える範囲で軽く弾いていく。
そうして遠くで爆発音を耳で聞きながらも、彼女の間合いへと一気に詰めていこうとした。
すると、希も僕と同じく段々と足を早めながらもやはり刀身の部分に目玉がちらつく大剣に交えようとこっちも剣を構えて突進を試みる。
不思議と僕の剣の方が実態もない筈だというのに、威力は約束されていた物であった。
「実態のない剣なんかにむざむざ負けてしまうなんてね」
希の所有する大剣は武器同士でぶつけた瞬間に希の方の大剣は遠くに弾かれた。
武器を失い、もはや対抗手段をなくした希に戦意という文字は見当たらない。
だが……それでも僕は君に容赦のない一撃を加えよう。これは神宮希が独りで勝手に暴走し過ぎた罰だ!
とどめの一撃に振り下ろした。半ば諦めていた希は切られた直後満足そうな顔で宇宙に似た景色を眺めている。
この異世界はこれで終わりを告げるのだろう。創造主を失った世界が到底保てるとは思えないからだ。
「ねぇ? これから貴方には多くの現実で辛い事が待ち受けているのかもしれない……それでも、進むの?」
「君の死は今も昔も酷く後悔しているさ。けど、いい加減僕自身も割り切らないと……前に進めないじゃないか!」
「………そっか。それなら、もう私から言う事はないのかもね」
全ての景色が段々粒子と成り果てる。粒子で形成された武器は跡形なく消え失せ、希を含めた人達も例外に漏れず消滅しようとしている。
唯一僕以外だけはその輪の中に弾かれて。
「へっ、これにて俺達もお役後免で所か」
「ようやく私達は輪廻の地獄から解放されるのだ。それに対し、幸福となろうではないか」
「たく……相変わらず意味不明だぜ」
ザットもアビスも自分自身が消滅しようとしている事態に置いて半ば吹っ切れている。
これもそれも全部が僕が原因で始まったというのに。
いやいや、責めるのは違うか? 希を止めようとした時から彼等には色んな場面で助けられたんだ。
だったら僕が最後に彼等に伝えるべき言葉はこれに尽きる。
「ザット、アビス。君達には深く深く、事態の収拾に感謝すると同時に居なかったら居なかったで僕自身大変な事になっていたと思う」
「気にすんな。どうせ、仮に上手く成功したら末路としてこうなるのは話し合っていた時から既に知っていたんだ。俺はもう存在しない世界とやらかはおさらばさせて貰うぜ」
「始めは敵同士ではあったとは言え、世界の真理を会得し、神という概念なる障害を越えし日が訪れた事に大いなる礼を告げるとしよう。これにて、ようやく長い眠りに付ける」
「じゃあ、あばよ。一生会う機会はないが、精々あっちの世界とやらで幸せに生きやがれ」
「あぁ……さようなら」
二人は満足そうな表情を浮かべ、とうとうアザー・ワールドと呼ばれる世界の存在から外された。
空高く設置されているモニターの向こう側も悪戦苦闘している彼等はあの怪物と一緒に消え去った。
きっと、こうなると途中で僕をしつけてくれたエレイナ将軍もまた例に漏れず。
すいません。僕が全てを招いたばっかりに。
「私の犯した罪って相当重たいのかな? ただ、貴方と一緒に純粋に永遠の人生をこっちで歩みたかっただけなのに」
「君の願いは到底受け入られる物じゃない。僕は神無月翔大は希にまた形がどうであれ再会した時は感無量だったけど、あの生まれた故郷の存在を消させるなんていう選択は出来ない」
「あははっ、だとしたら私が渡した異世界の切符も最初から意味がなかったのね」
最後に現実世界で渡してくれたお守り。あれは薄々は気が付いていたけど、答えは異世界と現実世界を繋ぐ不思議な不思議なお守りか。
もはや、現実世界では原理が分からない一級品になっちゃったな。
「ごめんなさい……経緯がどうあれ私の野望に貴方を巻き込んだ責任は凄く重い。現実世界の方でも異世界の方でも数えきれない罪を犯した重罪人は死を持って償わせて頂く所存よ。まぁ、そんなんで許されると思ってはいないけど」
あくまでも、それが君の選んだ道か。だとしたら僕はどんな道を歩んでいけば良いのだろう?
「翔大……貴方がそっちの世界を選んだのであれば、悔いのないように生き抜きなさい。願わくば重罪を犯した私の存在を消して」
僕は倒れ込んだ希の手をただそっと握る。もう、とてもじゃないが消え掛かっている彼女を見るのは酷く辛い。
また、あっちに戻れば神宮希が居ない現実が否応なしに始まる。
例え彼女自身の口から忘れてと言われたって早々忘れらないんだ。
そんなに僕の心は鋼のように強くはないのだから。
「絶対に忘れるか! 君は僕にとって最初から最後まで……大好きな存在だったんだぞ! 嫌でも思い出は消さないぞ!」
「……!?」
好きって言葉を伝えるのは一瞬で。けれど、伝えた時には消え掛かろうとしている希には一粒の涙と笑顔に満ちた表情が。
「ふふっ、ありがとう。私も大好きだよ。世界中で誰よりも愛しています」
粒子となって、存在がなくなり世界は終わる。この存在しなかった世界は本来通りに消滅の道へと進むのだ。
最後の最後に取り残された僕はどうなるんだろう? 呑気にしながらも、神秘的な空間かつ光となって目映くなる世界に一人。
「やっぱり辛すぎるよ」
消えていく。異世界の……希が作り上げた景色が。