エピソード114:心の運命は既に僕の中へと
希は神だ。対して僕らは彼女に利用されたストーリーの駒。歯向かおうとする二人の武器を物の見事数秒で破壊し、彼女に唯一抗える存在は僕だけ。
しかし、剣の耐性はもはや無きに等しい。こいつを後何回か使えば刃は砕け散る。
そうなれば最終的に残る武器は何もない。僕は手ぶらで彼女に抗える力を持っていない。
「さぁ、その剣もいい加減ガタが来ているんじゃない?」
「くっ! まだまだ!」
蒼剣、少しだけでも良いんだ。もうちょっと力を化して欲しい!
切実な祈りを込めながらも容赦のない斬撃を振る舞う希。ただただ守りに徹するしかない状況に置いて、今はもう動かない的になってしまっていた。
まずい、このままでは真・蒼剣は間違いなく砕け散ってしまう!!
ピンチに陥る僕を徹底に追い詰める希。じりじりとまずくなった状態に置いて、ザットとアビスは武器がなかろうと闘志があるのか希を二人がかりで行動を封じ込めよう背中から襲いかかる。
「武器がなくとも俺は!!」
「お前の偽善は俺達も正す!」
「威勢だけ立派なのは認めてあげる……けどね!」
軽く手持ちの大剣を横に振り払うだけで二人を相手に軽々とやっつける希の脅威は尋常ならざる物であった。
もはや、一人の少女にしては場違いな力を保持している。さすがは世界を作り上げる神だけはあってあの大剣と共にとんでもない力をさらけ出しているようだ。
遠くに蹴散らされたザットもアビスも彼女の攻撃に、手も足も出ないようでかなり身体を痛めつけられ全身が言うことを聞かない。
苛立ちが募っているのかザットはその場で片方の拳を疑似の宇宙空間の地面に叩き付ける。
どうしようもないという怒りだけが込み上がっているのだろう。
一方でアビスの方は表情を険しくしながらも、ふらふらと立ち上がり片手から球体を築き上げる。
「私に作られたエキストラ。それ以上の活躍は結構だと言うのに……それでも歯向かうなんて。余程の死にたがりのようね」
「世界を根本的に支配するお前の計画を受け入れるつもりはない。故にミゾノグウジンは間違った存在として正しき物語へと修正しなければならない」
「大層な言葉をペラペラと喋るのはさぞ立派ね。あとは行動だけが伴っていれば、褒めちぎって上げても良いくらいよ」
アビスの言葉に反して、希は圧倒的に挑発すると掌から数秒で黒き球体を作り上げる。
一体それをどうするつもりなのか? 考えなんて、すぐに出てしまう。
そう、彼女は黒い球体を遠慮なくアビスに向かって投げつけた。
アビスが放った球体と希が投げつけた球体。2つは相対される事なく後者の方の球体がとんでもない出力を保ちながらアビスに急接近。
手持ちの長刀は合法とは呼べない介入により武器はない。敗北を刻んだアビスは無力であったと悟り、なるがままに直撃を貰い遥か後方に吹き飛ばされていく。
結局……僕は出来なかった。彼等の協力を無駄にしてしまったのは汚点にしか過ぎない。
そうこうしている内に希は剣を振り上げ始めた。どうにも落ち込んでいる時間は与えないようだ。
「実に下らなかった。無駄な時間を掛けさせないで頂戴」
「希……君のしている事は決して望まれない! なのに、何故そこまでして成し遂げる必要がある!?」
「私はあの時の止まった世界を丸ごと潰して、貴方と一緒に新たなる世界で導く! その偉大なる計画を貴方は拒絶しようとしているのが今も分からない……本当に何故なのか?」
言葉で話し合おうが君はまるで話を聞こうともしない。僕は最初から君の横暴なやり方について拒絶していると言うのに!
「間違った方向を正すのは幼馴染みであった僕の責任でもある。だから……いくら君が計画を為そうが、この身が果てない限り僕は君を討つ!」
「ふふっ、お互い理解しあえないのがこんなにも辛いなんてね」
どす黒い球体を分かりやすく見せ付けてきた。今度と言う今度は僕であろうと息の根を止めようとしているらしい。
真・蒼剣の刀身にもいよいよ崩壊の時が訪れている以上余計な時間は掛けられない。
次に投げつけてきた瞬間に多少のリスクにも目を瞑ってでも、強行突破にて凪ぎ払うしかない。
意思を固くした僕を試すかのように希は突然掌に収まりきらない程のどす黒い球体を野球のボールのような感覚で投げ付ける。
「受けてみなさい、渾身のクライシス・ノアを!」
一直線上に戦が乱れる事なく真っ直ぐと向かってくる球体はある地点でとんでもない爆発を起こした。
急いで緊急回避を実行する僕。あわよくば回避出来たから、大きな傷を受ける事なき終わったけど……まともに味わったら無事に生きて変えれるか不安になってしまいかねなかった。
「はい、隙あり♪」
「……!?」
しまった!? 距離が空いていようがなかろうが希は距離に関係なく瞬間移動が安易に可能なのか!
くっ、どうしてこうも学習が出来ないんだ自分は!
「あははっ! 身持ちが随分と固いんじゃないの?」
咄嗟に身構えた。背後から勢いよく息の根を止めようとする希がピクリと止まる。
どうも、苦し紛れにアビスがリングのような物を飛ばして腕を拘束しているらしい。
助かった。ひとまずはこれで回避出来る。
「お前の好きにはさせん」
「ふっ。どこまでも邪魔をしないと気が済まないようね……ならば!」
腕に固定されたリングを粉々に砕き、アビスを悉く根絶やしにする。
武器がないアビスに抵抗する力はなく、ただただ動かない的と成り果てる。
これ以上彼を好き勝手にやらせる訳にはいかない。前までは自分の目的を成し遂げるが為に僕と衝突していた事もあったけど、今は失ってはならない仲間だ。
意地でも守り通してみせねば! 希の思い通りにさせてたまるか!
「よぉ! 悪いが、お前の相手はまだ一人居る事を忘れてないか?」
「あらら……初めて会った時から鬱陶しいと感じていたけど。やっぱりうざいのは間違いないようね」
「あの砂漠の時からやけに突っ掛かってきやがったしな! 思えば、その時にお前の腹黒さが出てたんだな!」
「ザット・ディスパイヤー。貴方の過去の設定として村に偶々訪れたモンスターに家族と姉だけを食い殺されるようにしておいたのに……どこで間違えたのかアビスというバグが予想していない行動を起こしてくれたお陰で、私の計画に少しのズレが入ってしまった」
アビスという人物は希にとって必要のない存在で、これが後々の計画の邪魔となってしまった。
もはや修正が簡単には効かない程に手遅れと化したのだ。
「でもでも! 貴方達は所詮神の下でもがこうとする哀れな存在。例え、力があろうとなかろうと永遠に私に勝てないのよ!」
圧倒的優位を誇る希。反対に武器を失おうと懸命に抗い、容赦なく傷を請け負うアビスとザット。
とてもじゃないが、こんな状況をずっとは見ていられない。真・蒼剣の限界は間近……か。それでも僕はやらなければならない瞬間が存在する!
「僕が止めてみせる! 君のその大いなる悪行を!」
「これは善よ。翔大にはとても伝わらないでしょうけど」
構うものか! 僕は全部の力を使うつもりで真・蒼剣に魂を込める。
通常態の剣を二本の剣に分解して、竜巻のように広範囲を凪ぎ払い希が軽々と跳躍をした所で薙刀形態へと変更し、大きく図上で回転させてから上から下に勢いを入れて振り下ろす。
力の差は通常であれば確実に僕が強い筈なのに、どうしてか彼女の方が一際上のようで。
不気味な大剣の底力に良いように凪ぎ飛ばされていく。くそっ、これじゃあいつまで経っても希を止められないじゃないか!
「もう終わりっていう認識にしても良いかしら?」
それで終わったと思わないでくれ。欠伸を堂々とやってのけている希に僕は剣を一か八か銃形態に掛けてみる事にした。
少々発射するまでに時間が掛かるというのがネックではあるけど、待たせた分効果は絶大的でどの形態よりもパワーは上。
これなら、彼女を止められる。渾身の一発を込めて、充電された真・蒼剣の持ち手となるトリガーを引く。
轟音と呼ぶべき鼓膜が少し痛みそうな程の音量。それはとてつもなく速く、綺麗な線を一ミリもずれる事なく真っ直ぐに放射された。
「へぇ~、中々粋の良い真似をしてくれるじゃない♪」
希はどうなった? いいや、構う物か! このまま全力で狙い撃つだ!
威力は衰えれず、ずっと同じ威力で保持される真・蒼剣。こいつの耐久もいい加減持ちそうにない。
これでも随分と長く持ってくれていた方ではあるのだけど。
そうして、長らく放射された真・蒼剣の力は収まる。これだけの量をまともに喰らえば無事では済まされない……と思っていたけど、やはり彼女は神。
所詮希の計画によって突如世界に召喚された僕とは実力が遥かに違う訳だ。
己の未熟さを痛感させられる。身体を傷一つ受けず、ピンピンとしている希はこちらに分かりやすく手まねいている。
「このぉぉぉ!」
実力はあっちが上だったのか!? だとしても、認めたくない!!
僕はこの真・蒼剣で長らく戦いを共にしてきた。それをあんなぽっと出の剣なんかより劣って堪るか!
余裕を浮かべる希に対し苦し紛れに剣を振るおうとしたまさにその時。
予期したくない事件が起きた。希に振り下ろそうとした刃先はポロポロと音を溢し、それからは本の数秒の流れで。
「残念♪ 貴方の伝説はここで終わりを告げるのよ」
「そ、そんな」
粉々に。希に何かされた訳でもないのに、修復が不可能な程に崩壊する。
地面には破片が所々あるが拾ってかき集めた所でどうにもならないのは分かる。
希は崩れ落ちる僕を無視して、ある方角を見つめる。それは緑の星と青い星で。
あの星達は互いに衝突されず、どちらかと言えば青い星は緑の星に飲み込まれて終わる。
そうなれば地球はもう二度と取り戻せない。なのに、剣がなければ力が全くない僕に抗う手段は残されていない!
「長かったけど、これで平和になる。計画が上手く運んだ暁には私を苦しめた世界は消え去り、貴方と一緒にずーと幸せな世界で暮らせる!」
「自分の願望を押し付けるな!! 君の我儘でどれだけの人が死んだのか分かっているのか!?」
希が立てた計画で少なくとも現実の人達にも多大なる影響を及ぼしている。
それが分からない君じゃないだろ! って強く言った所で彼女は素知らぬ顔であの景色を眺める。
どう足掻いても……止まるつもりはないのか?
「あんな世界に居た所で意味はなきに等しい。ならば、いっそ消した方が早い……そうよ、そうしなければならないの」
まもなく泣いても笑っても、放置すれば地球の命は途絶える。人間を捨てた希とは理解し合えない。ならばどうするか? そう、答えなんて既に心の内に決めていた筈なんだ。