エピソード113:神の力は非合法にまみれている
「私は理想を実現させる義務がある! あの惨めで下らない世界を滅ぼし、最後に貴方と私だけが死を別つまで幸せになれる世界へと」
そんな願望は君だけだ! 僕はその重すぎる想いを蹴り飛ばす。
あの地球には君の父親や僕の両親と親友を含め多くの人が暮らしている。
それを君の勝手だけで死へと導くなど自己中心にも程がある。だからこそ、しがみついてでも食い止める! 意地でもなんでも、やらなければ明日はない!
「どうして……そんなに必死になれるの? あんな無用な世界を貴方は愛せると言うの?」
希に死の選択を無下に与えた地球を心から愛しているかと言えば、はっきり言って愛してはいない。
けれど……その地獄の運命も受け止めて生きていかなければならないんだと思う。
幸せも不幸も全てを引っ括めて、それこそが人生って物なんじゃないのかな?
でも、君の答えは一つだけ。僕と出会う前から家系に縛り付けられて空虚であり悲しき人生を植え付けられた宿命であったからこそ、母に受け継がれたとされる神秘的な力を悪用してでも……異世界の神へと君臨した。
ただし森羅万象全てをまとめて作り上げた創造神ミゾノグウジンという名前を置いて、自らは僕を思いのままにあくまでも物語の裏方と設定したマリー・トワイライトと堂々と偽って。
「分からない、分からない! 私が大好きな翔大が地球を好きになれる筈がない。だって、貴方を死んだ私を見てからドン底の人生を歩んできた。それ故に自由自在に力を神となった私から与えられた時、ショウタ・カンナヅキは生き生きと異世界生活を謳歌していた! ならば、もうあんな薄暗くてどうしようもない世界なんて捨ててしまって問題はない筈!」
赤のラインが縦に刻む黒と基調としたどす黒く、はっきりと言えば見た目がおぞましく気持ち悪い大剣。
所有者である希はこれを軽々と扱い、女性にしては扱いづらいと思われる大剣の実力を見せ付ける。
衝突する剣の重みは尋常になく、こちら側に増していく。
そうして、やがてはこっちの蒼の刃が敗けを許して身体を含めて丸々と彼方に飛ばされていく。
しかし、その光景にまじまじと希は眺めない。目的を遂行する為となれば多少なりとも僕を痛め付けるつもりなのだ。
そこに決して悪意や善意が存在していたとしても。
「私を許さないで!」
彼女は泣いている。一粒の涙を瞳から溢して……躊躇いのない一撃を大きく放った。
見事に直撃を受けた身体。全身からくまなく傷が刻まれており、青の上着とか全体を含めてボロボロに生地が廃れている。
そして、その横に遠くであるが緑の星と青の星と距離が近付いている。
「間もなく……終わりを告げるの。私が作り上げた星があの醜き世界を呑み込んで、古き時代が新の時代に刷り変わろうとしているの」
よもや時間は残されていない。僕が生まれた星を守る為には、見殺しにした彼女を今度という今度は自分の手で殺めなければならない。
とてもつなく辛い選択をしているのは分かっているつもりだし、後々それをずーと引き摺るという可能性も無きにしもあらずだ。
けれど、こうでもしないと前へと進めない。彼女の願いは叶えてはいけない。
僕を幸せにしよう考えている野望だったとしても。人の多くの人生を勝手に奪い去ってはいけないんだ!
「でも……刃を向け続けるのを止めない。それが私の告白に対する答えだって言いたいの?」
「神宮希は確かにあの場所で死んだ!」
叶うなら、神につまらない人生の中で小説に逃げ込んだ僕の命と引き替えに生き返らせてくれって頼みたい位に君を守りたかった!
しかし現実はどんな魔法も起きやしない。科学だって、過去へとタイムリープしたり未来へと飛ぶ事も絶対に起きないくそったれな世界だ。
それでも……リアルに起きた出来事をしっかりと受け止める必要がある。
存在しなかった異世界を存在させる訳にはいかない。神宮希が間違った方向性を止める気がないのなら、力ずくで潰す。
僕は誰よりも君を愛しているからこそ、この身がどうなろうと動けるんだ!
「私は確かにここに存在するよ? まさか、それすらも否定しちゃうの?」
「いや……そこまで否定はしないさ。だけど君の起こした全ての行為は到底許される物じゃない」
次の君の行動を先読みで見切ってから、力業で押し返す! そんな意気込みで僕は最大限に能力を開花させようと試みるも、刹那瞳からパリンとガラスが割れるような音で崩れ去る。
痛みは不思議となかった。だが、それとは同時にもう一度使おうとしても何も起きない。
戸惑いが起きる僕とは反対にニコニコした表情を浮かべる希。彼女が裏から何か操作でもしたのか?
「先読みの力は幾らなんでも強すぎたようね。まぁ、物語を進める内に厄介で面倒そうでもあるけど即行破壊なんていうのも芸が無さすぎるからねえ」
ある程度の期間を置いて長らく放置していたのか。今日までずっと。
「結果的に壊したのは人間である貴方への負担が最高潮にあるから。そのまま、続行されていたら身も滅ぼす凶器と化したから今この瞬間に潰しておいたの」
希と僕の距離はすぐそばに。反応が出遅れたのは完全に僕の失態で、彼女がこれみよがしにぞんざいに力を振るう。
これまで幾ばくかの敵と出会いながらも蒼剣の力を駆使して倒していたけど、最後の真なる敵は僕と10年以上幼馴染みだった希。
そんな彼女をそう簡単に力で食い止めるのはことばだけだったのかもしれない。
いざ、こうして巡り会わせた時僕の心の中には躊躇いという邪魔な感情があるから。
一方で希には叶えたい野望を抱いているからこそ、本気になれる。
小さい頃からつまらないと思っていた頃から不意に発動する不可思議な力に魅了されていく内に、彼女は敢えて現実世界を投げ捨てて自分だけの世界を築こうと決めた。
勿論、それはどんどんと間違った方向性で進められていく。
「ほらほら! キビキビと動かないと、良いようにやられちゃうよ?」
敵だって分かる。でも、今頃になって怖じ気づきそうになる。彼女を切れば神宮希という存在は消えて、また失った現実に苛まれながら行き続ける。
それが耐えられるのか? 心の弱い僕が受け止められるのかな?
「はぁはぁ。強すぎる」
「いいえ……貴方は徹底的に手を抜いている。差し詰め私を殺したら、またしても辛い人生が待ち受けているからこそ本気で切れないと」
喋っていないのに。心の中にある言葉が完全に見破られているのは、やっぱり僕と小さい頃から遊んでいた影響なのかな? それにしたって、心の中を読み取り過ぎだと思うけど。
「ここに足を踏み入れたのなら迷いは断ち切りなさい! それは翔大にとって最大の障害でしかないのだから!」
なら、なんでそんな顔で僕を見る!? この先にある結末が分かっていても何故武器が震える!?
言葉と態度がまるで合致しない希の剣は更なる凶悪さを滲み出す。
刀身にある目玉は一つから二つ、そして数えようとした時には絶え間ない数へと構成されて。
武器としては想像以上にグロテスクな武器へと仕上がっていた。
それでも引き下がれない僕はあくまでもこの身がある限り、否応でも戦い続ける。
結果的に優劣が最初から定められていたとしても。
「真・蒼剣。本来なら翔大の剣はあの貧弱な剣の状態で保たれる予定だった……なのに、貴方は!」
イレギュラーだった。神宮希にとって、今あるこの姿はシナリオに想定されなかった武器。
僕の想いと同調されて、進化した真・蒼剣は創造された異世界の枠外れとして残された異物。
もしかしたら……それは意味合いが違うけど、本来異世界では消されていた筈のバグとして残ったアビスに似ているのかもしれない。
「創造の斜め上を平然とやってのけてしまう! やっぱり貴方は他の奴等とは違って至高の宝ね♪」
あれだけ速く動いていて、まだ息が途切れないのか!? くそっ、希は華奢でありながらとんでもない運動量を保持しているらしい。
僕とは違い、世界の神として君臨した希は通常の人間とは倍掛け離れた力を保持している。
となると……衝突してきたオウジャやアルカディアとは全く異なる異次元。
あのチートもどきの拳銃はアルカディア戦限定にしておいた上にすぐに返したから手元には残っていない。
「私を倒す為にあれこれと考えているのかしら? でも、そんな思惑に敢えて乗らせないよ!」
単純な力比べではこちら側が完全に劣っている。何とか希を黙らせる方法はないのか!
「オウジャは貴方にとってインパクトを大きくする為だけに印象として深く刻まれるように設定した上に私の呪いの囁きで暴れまわるように導いてやった。それとは反対に私を心より信仰するアルカディアにはシナリオの転として貴方に絶望を与える設定に仕上げた」
「だけど、本当ならアルカディアは別の方法で倒す予定だった筈が想定外の行動に予定が狂ってしまいあまつさえ出してはいけないボロを出してしまった」
「それが計画の一番の汚点だった。咄嗟に喋った言葉がこうも簡単に暴かれてしまうなんて」
あの、いつも可憐な白髪の少女が黒いドレスを着飾り自分の失態が滑稽が如く嘲笑う。
そうこうしている間に剣から聞きたくない音が漏れ出す。ピキピキと今まで蓄積したダメージが今になって返ってきたというのか! 頼むから、もう少しだけ辛抱してくれ!
「ふーん。その相棒もいい加減限界が来たのかしら? お別れの時は近いようね」
「まだだ……君をこの手で葬るまでは、一緒に戦って貰う!」
いつしか時々使ってきた先読みの力は希の介入により破壊され、残るは恐らく真夜中に希の介入により空から武器を降ってきた蒼剣だけ。
こいつだけが唯一神宮希を消し飛ばす神器にして絶対的なる力。
いよいよ始まった決戦に置いて僕はありのままの全ての力をさらけ出した。
通常の一本の剣から二本の剣に別れて、数多の敵を退く双剣形態。
大剣状態に近い剣の持ち手が銃を発砲させるトリガーとなり、瞬時に銃を展開させ遠方の敵を撃ち払う銃形態。
剣が真っ二つに左右に展開する事で対象に向けて変幻自在な動きを披露する薙刀形態。
その、全てを含めて他にはない最強の武器として構築したであろうに希はすんなりと回避する。
まるで僕の尋常ならざぬ動きを予め予知しているかのように。
「はい♪ 残念ながら、貴方の武器は頼りならない位に弱っているようね」
観念しろと言いたいのか? あるべき手段を全部使い果たした僕にはもう対抗する力は残されてはいない。
もはや、ここまで……力を精一杯出し切り体力を吸い取られた僕の身体は鉛のように動かない。
彼女の優越感に浸る声。振り下ろした剣は二つの剣に見事に遮られて、希は咄嗟に後ずさる。
「へぇ。まさか、貴方達の世界を壊さそうとする翔大を守ろうとするなんて」
「こちとらお前に散々弄ばれた上に当の本人様は何食わぬ表情で世界を操ってきた。責任は相当に重いって事を知りやがれ!」
「お前の判断が世界の全ての定めを狂わせた。故に世界を蔑ろにした事実は重く受け止めて貰うとしよう」
「世界を混乱させてきた貴方が言う台詞がそれ?」
人数が増えようとも、余裕の表情が消えない。一体何故? 普通なら、もう少し焦りの顔を浮かべてもおかしくない筈だ。
この状況に不自然に思った時、希は僕だけにウインクをかました。
「残念ながら、生憎……この大規模なる宇宙の舞台は私と翔大専用なの。貴方達二人の参加は許されてはいない」
「あっ? 何を言いたいのか知らんが、俺は強引にでも参加ーーー!?」
言い切る前にアビスとザットの武器を粉々に破壊した。それも明らかに合法とは言えないやり方で。
これが世界を創造した神の力だと僕に分かりやすく教えたいが為なのか。
「ふふっ、さすがに武器がなければ私に歯向かえないでしょ?」
「この……舐めんなよ!!」
武器がなかろうとザットは諦めようとはしない。直接肉弾戦に持ち込もうと、拳を振ろうとした瞬間に希は容赦なく切り裂いた挙げ句に一回の蹴りで遠くに飛ばす。
たったの数秒間でザットの身体は重症と成り果てた。もう、あの強気な表情はすっかり消え失せている。
「あはははっ! もう、くたばっちゃったの? 幾らなんでもギャグ過ぎない?」
「糞が!」
「あれが……世界を歪ませた神の力なる礎か」
神宮希。彼女は名前からして神を宿した子供でありながらも、間違った方向性で計画を導こうとする。
その修正は結局の所、事件の当事者に相当する僕だけにしか介入が出来ないのであれば!
「神であろうが僕はやります! 希のしている事は絶対に許されない事だから!」
やはり、僕が彼女のやり方に否定すればする程に希はどこか淋しげな表情を見せてくる。もしかしたら、気のせいなのかもしれないけど。
「貴方の威勢が……一体どれくらい保つか? 実に見物ね♪」