エピソード111:いつしか僕は君をーーーー
「役者は躍る。貴方を盛り上げようする舞台装置もまた、躍り狂う」
いつの間にか僕は寝かされていた。朝早く起きる感覚でふわふわとした中に佇む一人の少女。
彼女は黒を基調としたドレスを着飾り、非常に艶のある白髪を腰まで伸ばして何かを見つめている。
倒れていた床から起き上がり、近付いてみようとした時には既に気づかれていたようでこちらを見てニッコリと微笑んできた。
あ、あんなに足音を立てないようにしながら近付いていこうとしたのに……気配に察知するのが早すぎるんじゃないか?
いや待て。ここで僕に笑顔を向けているのは紛れもなく希だ。僕に対してはやたらと気配にも気遣いも長けているから、これは当然なのかもしれない。
きっと常人には永遠と理解される物ではないだろうけど。
「よく眠れた? 布団がなくて、床に寝かせてしまったのは謝るね」
「僕はベット派なんだけど」
「あらら、そうだったの? 布団もいける口だと思っていたけど」
そんな事はどうでも良いから、今はどうなってしまっているのかを具体的に説明してくれ。
「希……こんな場所に僕を連れてきてどうするつもりなんだ?」
疑問だった。何故、連れ去ろうとする前に処分しなかったのか?
僕が君にとって邪魔な存在であれば早い内に消した方が無難な筈なのに。
それ実行に移そうとしないのはあくまでも希の考えがあるからか?
今、この場に居るのはあの頃のような仲ではなくお互い敵同士に近い二人。
起き上がり、床を眺めるとそこに確かな地面はなかった。とは言え、無重力でもない以上僕は神秘的な空間に連れて来られてたのだろうか?
希は微笑みながらもある方角に指を指す。黙って、視線を追い掛けた先にはまるでリアルタイムで映し出されたアビスとザット達の姿がある。
立ち向かっている対象は……確か、やたらと性格が悪かった人だったかな。
あんまり僕としては印象が薄いけど。
「さすがに色々と疲れているんじゃないかと思ってね……休憩がてらネタバラシをしようと思ったの」
「そうか。だったら、こんな馬鹿な計画を実行に移した君の考えを聞かせて貰おうじゃないか」
君にはさぞかし立派な考えがあるんだろう。けれど、その自己中心的な考え方が今や地球上の人間に対して破滅をもたらしている。
それでも、神宮希は自分のやり方に臆する事なく実現しようとしている。
どうせ納得しようのない答えが返ってくると思うけど、聞いておいて損はないと思うんだ。
「聞いた所で……今も私を止めようとしている貴方が納得するのかしら?」
「どんな事であれ、僕は経緯を知る必要がある。最終的に君をそういう風にさせてしまったのは……もしかしたら、僕のせいかもしれないしね」
「自分を責める必要性はないよ。あくまでも、この計画を始めようと思った切っ掛け自体は私が母を亡くした辺りからだし」
「な、何だって?」
意外ではあった。ま、まさかそんな頃から世界を作る神になろうとしていたなんて。
幼少期の頃から関わり始めたけど、こんなにも早い時期から始まっていたとは。
「最初から……あの世界は私にとって相応しくない物だった。願わくば突然壊れてしまえば良いのにと思っていた位に」
「でも、希は実際現実世界に居た時はつまらないと言いながらも何だかんだ僕と一緒に楽しんでいたじゃないか? あれも全部まやかしだったの?」
「翔大はどんな時でも特別だった。誰一人も関わりを持とうとしなかった私に親切に話してくれた素敵な人だから」
止してくれ。僕なんて、ただ座り込んでいる君がとんでもなく綺麗で放ってはおけないと当時は子供ながらも惹かれていたから話し掛けただけに過ぎないんだ。
大した理由も立派な理由なんて物もどこにも存在しない。それなのに、希は……僕が輝いて見えるのだろうか?
「それまではいつか私の思い通りになってくれそうな機会があれば世界を丸ごと上書きしてやろう思っていた。けど、貴方のその健気な優しさと素敵な表情を見ていたら同時に翔大も独占してやろうって思い始めた。だから、私はこう聞いた……翔大には叶えたい夢はないのかって」
彼女の口から聞かされた言葉。それは未だに朧気でどう解答したのか皆目検討に付かない。
が、しかし今なら分かってきたような気がする。そうだ……僕はあの日に正確な日時は覚えていないけど確か。
「いつか……何のしがらみもない自由な世界に飛び込みたい」
「そうよ。それが貴方の解答でもあり私の求める答えでもあった」
だからって、現実世界を滅亡させようとしているのは頭がおかしすぎる。
幾ら何でも正気の沙汰じゃないだろ! いい加減に頭を冷やせって今頃言ってみた所で全てが手遅れになっている。
もう滅亡のカウントダウンを刻もうとしている現実世界を救うには本来存在していなかった世界を作った管理者を抹殺するしか方法が残されていない。
となると、即ち苦渋の決断ではあるけれど……この一手で葬るしかなさそうだ。
「暗い世界に興味はない。だから、母から受け継いだのかもしれない神の力を有効活用して今度は私と貴方の理想を作る! あの、退屈な世界を消し去ってやった後は素晴らしい世界に仕上げて翔大と一緒に不自由のない生活を送るの!」
あの事故を境に……君はとんでもなく間違った方向に向かった。悲劇的な出来事から僕は何とか苦難を乗り越えつつも、大切な人が欠けてしまったモノクロの生活を送って。
そして、ようやく落ち着いた頃には自分には想像が出来なかった異世界と現実世界の移動を体験しちゃったりして。
「でも、僕はそれでも君の計画の障害となってみせよう」
確かに君が前に言っていた通りに、異世界で暮らしていた僕は現実世界よりも明らかに生き生きしていた。
けど、やはり生命が司り両親の愛情を受けて育った町を壊す事を承認なんてとてもじゃないけど出来ない!
そんな傲慢は! 幾ら立派な理由を並べようとも許されてはならないんだ!
「説得は出来ないか……原因は現実世界で起きた殺人事件と消滅するという危機感かな?」
鋭いな、さすがは僕の事を何かしら把握している希だけはある。
「本当に翔大って嘘が下手だよね。簡単に騙せるから、あっちでもちゃんとやれているから心配になってくるよ」
「君は嘘ばかりだ。マリー・トワイライトもミゾノグウジンも適当な名前で偽って、あまつさえ傍観者を決め込んで!」
「そうね……マリーっていう名前を使っていた時期があったね。でも、それもこれも今回の件が片づいたら一から再スタート出来る!」
仮にもし僕を倒して、思い通りに進めた先には君の育った町は跡形もなく消滅してしまうんだぞ!?
「父さんも明も死ぬ! 希は冗談抜きで実行に移すのか!?」
「別にどうだって良い! 世界で何よりも取られたくない翔大さえ失わなければ!!」
赤い魔法陣。よもや、またしてもあの気持ち悪い形状を宿した大剣を見る事になろうとは。
あの武器の攻撃力な今まで巡り合わせた敵よりも遥かに凌ぐ性能を誇っているであろう。
きっと、希は世界の創造神としてどんな奴にも負けない特注品としてあの武器を作成した筈。
刀身の中心に位置する目玉がこちらをギョロと見るとんでもない代物。
それに対抗する唯一の手段は希に踊らされる前から旅を共にしてきたこいつだけ。
さぁ……正真正銘の最後の戦いに付き合って貰おうじゃないか!
「蒼剣か。思えば、そいつも先読みの力と併せて、私がタイミングを狙って準備した物だったかな。多分、もっと時期が早かったら剣も力も存在自体をなかった事に出来たのに」
出来なかったのは僕が余りにも強化させ過ぎた影響か。そのお陰で外部の力が一切受けなかったと。
取り敢えず一安心は出来そうだ。この重要な戦いで神宮希からの外部のコントロールで武器を失う訳にはいかないしね。
「綺麗さっぱり終わりにしよう」
泣いても笑っても、これ異世界と現実世界を交互に行き来していた忙しい生活にピリオドを打つ。
それと同時にしてまたかけがえのない人がまたしても救えないのはとてつもなく苦しい。
「……ふふっ、そうね♪ 貴方の言う通り、ピリオドを打たせて貰いましょうか♪」
フィールドが宇宙。いや、もっとスケールのでかい銀河だ。僕が横に視線を送ると地球。
もう片方である神宮希の横には彼女自身が作成させた星。
この双方が激突を起こし、最終的にあの星に呑み込まれてしまう前に終止符を打とうじゃないか!
「翔大……私はどんなに貴方から見放されようとも世界で一番好き。お願いだから、それを一生忘れないで」
希、僕は君が敵となる前に話すには長過ぎる辛い体験をしてきた。
それでも、それを引き換えに一番辛いのは君を消すという事だ。
何かの間違いだと思いたいんだけど、違う。
この、ありのままの現実からは決して……決して、逃れられないんだ!
「じゃあ、徹底的に骨抜きにしてあげる。せめて苦しまないように!」
大好きな人を殺すのに抵抗感がない訳がない。本音を言うのであれば、これが全部まやかしであって欲しかった。
もう……戻れない。あの頃に戻りたいと思ったとしても。
駄目だ。まだまだ未練タラタラで到底捨てれそうにないじゃないか。
希に何をされたとしても僕は彼女が大好きなんだ。きっと、時間が経ってもいつでもその気持ちはこびりつくのだろう。
「最後にこれだけは言っておく。好きだ、誰よりも心の底から僕は君が恋しい」
「素敵な言葉ね。こんな状況じゃなければ……もっと、ときめいていた筈なのに」
一瞬希が曇ったような表情をしていた。けど、また悠然とした表情に戻した。
あれは気のせいなのか?
「オウジャ・デッキにアルカディアを倒した翔大。ラストのボスは世界を創造したミゾノグウジンもとい神宮希である私。貴方がアザー・ワールドの存在をするなら……地球を消そうとする私を物の見事に倒しなさい!」
彼女の周りにある危険なオーラを纏いて、得物である大剣を構えて高速で駆け抜ける。
対して僕も同様に駆ける。一方は異世界の存続を、そのもう片方は現実世界の存続を。
お互い、譲れない想いは天に高く昇っていく。
「希ぃぃぃぃ!」
「そうよ、翔大! 折角なんだから、もっともっと楽しみましょう……悔いのないようにね!!」