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エピソード106:彼を愛しているのは私だけで充分なのよ

 治安団の本部として設置されたアークス。団長室の椅子には本来座るべきイクモは席を外されており、希が席を乗っ取っている。

 要するに治安団はもはや傘下としてではなく都合の良い駒として動かれているという訳だ。

 

 希はここ数分間、沈黙を固めてただ呆然と空を眺める。今や日常の上に染め上げられた青空は綺麗さっぱり消え果て、禍々しい色使いの赤が浮かび上がる。

 それもこれも、翔大を追い込む為に使った波動の影響が大きい。

 自分が1から使った人間を思い思いに操作するのは実に安易で現に概ね満足はしている。

 但し、あの副団長のザットと本来ならば存在しなかったアビスが翔大と共に牙を剥いてきたのは想定外であったが。


「遅かったじゃない。さぁ、貴方の口から良い結果を聞かせてくれるかしら?」


 部屋の扉から入る事なく姿を表に出すガンマ。今まで窓を見ていた希が振り返るとそこには顔の頬がやつれ、表情がやや死んでいる彼の姿が目に写った。

 

 あの戦闘で無事には帰れなかったのだろうとすぐさま睨んだ。恐らく、調子に乗っていた所を三人の手により集中放火されたのだと。


 とんでもなく無様である。まさか、こんなにも使い物にならないとは。

 予測は大体付いてはいたが、服装もボロボロで表情が死んでいるのが無様な敗北を物語っているではないか。


 膝を床に付かせ、いつもの元気が薄れているような気がするか細い声。

 あの戦闘で大分疲労しているのだろうと希は失態を犯したガンマに対し、所詮は駒でしかなかったと感じた。


「今回の戦闘で戦力を一部損失。ジェイドと私は運良く逃れましたが、バルフレードが死亡しました」


「あーあ、あれだけ忠告したのに。むざむざ見殺しにしちゃったの?」


 手駒を一つ失った。まぁ、あれだけ暴れまわられると心情的にも鬱陶しい所ではあったので静かになったのは少しだけ良いことだ。


 特に問題児のショウと基本誰に対しても戦意を隠そうともしないバルフレードが二人同時に再会したら、何らかの接点でいつになく喧嘩に発展しそうになるのはよもや恒例だった。

 まぁ、結果的に落ちつけるのは好都合ではある。手駒としては唯一パワーのある戦力を失ったのはやはり痛い所ではあるが。


「申し訳ありません。この作戦に置いて失態を置かしてしまったの私です。どうか命だけはお許しを!」


「貴方は私がよっぽど寛容と捉えているようね。そんな安っぽい命乞いで許して貰おうと考えている時点で!」


 おもむろに椅子から立ち上がり、何故か不気味な大剣を取り出す。

 そうして次の瞬間、顔の横には鋭い刃が風を切るかのような速さで突っ込む。


 これがあと何センチかずれていたら顔面は無傷では済まされないだろう。

 亀裂が入り、奥までめり込む赤のラインが幾つ刻み込まれた黒い大剣。

 ガンマは振り返らず敢えて平静を装う事にした。びびっていても主の思う壷でしかないからだ。


「失態は取り戻します。必ずや、この身を掛けても!」


「命乞いをしておきながら、身を掛けて戦うなんて随分と矛盾しているんじゃない?」


「主よ。私はただただ貴方の求める世界に尽力したいだけなのです! 例え、その世界に私が居なくともーー」

 

 ガンマが語る心からの懇願……ではない。これら希自身が最初から都合の良いようにコントロールされた云わばロボットのような物で。

 言葉の全てを都合良く書き換えているに過ぎないのだ。心底、その言葉が段々腹が立ってきた希は空気をどこかで吸う事にする。

 ここに滞在していても、無駄にイライラするだけだ。


「もう結構。本命を迎える前に少しだけ空気を吸ってくるから、貴方はどっか私の視界に入らない場所で休んでいなさい」


 態度を冷たくして、部屋に置き去りにする希。廊下を歩いている合間に出会う団員は目を合わそうともせず、どっかに逃げていくのを見ると自分がどれだけ嫌われているのかが微かに読み取れてしまう。

 

「ふっ、つくづく使えない連中ね」


 ジェイド・スタークは勝手に苛立ち、一部の団員を根刮ぎ集めて緊急集会なる物を開いてる。

 その一方でイクモとライアンに関しては命令としてあの地へ向かわせている。

 何せ、心から愛しき彼が必ず行くと推測したからだ。この世界の全てを見透かした神宮希ならば悉く知り尽くしている。

 どこに逃げようと無駄である。例え、人里離れた外れに身を隠していても希なら発見が可能なのだ。


「愛しき翔大に会いにいかなくちゃ♪」


 翔大の顔を想像するだけで自然と鼓動が早まり、顔が自然とにやけてくる。

 心なしかリズムに乗ってきた希はハミングをしながら、本部の敷地内にある屋上へと踏み入れる。


 普段から見張りとして解放されているこの場所は二階のダンクーガ室を出て、ホールから繋がる階段を使う事で通れる部屋でとんでもなく見晴らしが良い。

 しかしながら、自分の行いのお陰で空気が少々不味くなってしまったのが新たに追加された不便な点ではあるのだが。


「いい加減に間延びさせ過ぎよね……そろそろ、私の手で終わらせないとなぁ」


 いつまでも上から傍観者のように眺めていてはアザー・ワールドの自然消滅を許してしまう。

 よもや手段を選んでいられる状況ではなくなっている。早い所、翔大とは手早い決着を付ける他ない。


 なるべくなら傷付けないようにして穏便に済ませるの理想……という算段で実行したいが、それは夢のまた夢で終わる。

 翔大と希の想いのすれ違いは亀裂となって今もなお続いているから。


「私はどんな形であれ、愛を残す……全ては貴方の為だけにね」


 神宮家の跡取り娘として道を半ば強制的に歩かされる運命を小さい頃から与えられた神宮遥の子供として命を宿した希。

 産まれてから2年、病気の都合上僅か32歳で急逝した母の顔をしっかりとこの目で焼き付けられなかった自分。

 親族に押し付けられた神社の跡取り。小さい時からそれが悩みの種となりストレスの権化と化した。

 そんな薄暗い人生の中で幸いにも一つの希望という名の光が誕生する。


「ぼくはしょうた。きみはたしか……のぞみだったよね?」

 

 人と関わるのはうんざりだと希は極力避けるように態度を冷たくしていた。

 なのに……沈黙を守っていた希に対し彼は笑顔で毎日毎日嬉しそうにあれやこれやと会話をしていた。

 正直、振り返ってみてもどうでも良い内容が多かった。だが、彼の話している時の横顔と何かと気に掛けてくれる優しさに彼女の心は動き出した。


「ねぇ?」


「うん?」


「これからもずーーとしょうたってよんでもいい?」


 翔大を自分の物にしようとする心も同時に沸き立った。独占欲に埋もれた希はこのつまらない世界に置いて、唯一の楽しみが生まれたのだ。

 それからは神社の行事を抜け出し、あまつさえ祖父の命令にも逆らい自由気ままな生活を翔大と共に謳歌した。


 翔大以外は必要性を感じない地球。目を付けられないように礼儀正しく振る舞い、自分にとって無難な成績を残す。

 とんでもなく茶番な世界……希からしてみれば翔大さえ居てくれたら、こんな邪魔な世界は今すぐにでも捨て去りたいと感じていた位に。


「ふふっ、けど……これでようやく私は掴める。今でも謎めいた神の導きによって」


 その気になれば、天候を読み取り、念じれば物を多少は動かせる不可解で神秘的な力。

 物心がつき始めた能力に関して、希はこれをつまらない世界で神から送られた宝物だと確信した。

 

 以来、自分だけの力として固執していたが、翔大に出会ってから彼だけにその一部を少しだけ微かに披露している。

 もう、あの時点で神無月翔大は神宮希に関して只者じゃないと睨んでいる可能が充分あるのだが。


「さーて、ピリオドをボチボチと打つとしましょうか♪」


 夜風に吹かれ、吹き荒れる風によって飛ばされそうになる髪を押さえながら神宮は予め待ち伏せしていたであろうショウと目を合わせる。

 愛しい翔大をモデルに、性格をがらりと反転させた白髪の青年。


 戦いその物を楽しもうとする節があるショウは相反する翔大に対して憎しみを抱いている。

 戦闘能力では心配する必要性は感じられないが、翔大はそれらをも上回る力を秘めている。

 となれば、幾ら彼が裏で鍛えようとも勝てる確率は……


「はっ、随分と機嫌が良いんだな! 何か良い事でもあったか?」


 あったとしても他人は言わない。翔大だけは自分の個人的財産に等しき存在として置いている以上は。


「まあね。それよりも色々と覚悟は出来たかしら? もしかすると、この先に進んでいけば戻れないかもしれないよ?」


 あくまでも忠告だけはしておく。どうせ、断るという選択肢はないだろうが拒否すれば掌で存在自体を打ち消してやるだけだと冷ややかに見つめる……のだが、ショウはどうも思っていないらしい。

 とんでもない豆腐メンタルである。


「構わねえよ。どのみち俺はあいつを殺して、本物にならなきゃならねえんだ……」


「そこまで拘る必要あるの? 一応何回も言っていると思うけど、私の愛しい翔大を仮に殺しても絶対に代わりとして誕生する事は生涯ない。それを肝に命じておく事ね」


「ははっ! そう言っていられるのも最後になるかもな!」


 上機嫌のまま、建物の屋上から飛び降りて戦地に赴くショウ。これが最初で最後の挨拶になるのか……彼女自身まだ知る由もない。


「始めは物語のスパイスとして作ったオウジャと次に中盤に対して盛り上げ要素を築くために急遽準備したアルカディア。そうして最後はミゾノグウジンと皆から謳われ、神と崇められる事に成功を収めた神宮希! 最終幕の扉を……私達の手で一緒に閉めようね、翔大♪」


 虚無に覆われし世界を潰し、新たなる世界の創造を拒もうとする神無月翔大。

 続いて、自分の過去と設定が全て神によってコントロールされた事に世界の敵に回った裏切りの青年ザット・ディスパイヤー。

 最後に散々場を荒らし回り、挙げ句の果てには自分の過去を受け止め翔大達と手を結ぶアビス。


 これら三人が果たして、どこまで滑稽に抗うのか? 神宮希の楽しみは抱き、彼女もまたショウに続けて彼等三人が向かう座標へと先回りするのであった。

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