エピソード105:馬鹿な、こんな筈では!?……くぁwせdrftgyふじこlp!?
すんなり追い払えると思ったのは大間違いで。希の手駒であるガンマは以前にも増して、強大な魔術を用いて迎え撃つ。
剣を主体としながらも各形態を状況に応じて変更を可能とする僕なら難なく立ち向かえるかと踏み込んでいたけど……やっぱり、それは思い込みだったようだ。
「往生際が悪いとはこの事ですか」
「はぁ……はぁ」
地味なコートを羽織り、よくある眼鏡を身に付けたガンマのタフさは相当な物。
幾ばくか何分ぐらい平行線が続いているのだろうか? 一向にこの男を倒せる段階に踏み込めていないような気がする。
これでは、無駄に体力を消耗させられて自滅の道も危ういレベルに到達しかねない。
しかし、だからこそ改善する余地はある。この戦、決して戦っているのは僕だけではないんだ。
「主の障害もここまで粘られると、かなり厄介ですが……次こそはこの一撃で旅立たせて上げるとしましょう」
非常に鋭い幾つもの針。一回でも下手に刺されば悲鳴は止むなしか。
とにもかくにも、あれに当たるのは非常にまずい。こいつだけは何とか避けないと。
ガンマの合図で襲撃に取り掛かる怒濤の針。力の限りを尽くして、先読みの能力と相棒と呼ぶべき真・蒼剣の力で来たる物を対処する。
「双剣よ! 全てを切り裂くぞ!」
瞬時に分割する2本の剣。手をこれでもかと使い果たし、弾かれた針は地面へと無惨に刺さる事でそこら中に放置される。
「ふっ……なるほど。ならば、このアプローチには対処出来るでしょうか!!」
下から手が!? 地面からも罠を忍ばせていたなんて。くそっ、目の前に集中しすぎて気が遅れてしまったのか……先読みの力を駆使しながら何とも情けない。
「ではでは、このままじっくりと絞め殺すとしましょう」
「ぐうっ!」
身体を絞める圧力がとんでもなく力強い。そのお陰で手持ちの双剣も地面に落としてしまうという致命的なミス。
上手い所、どこからともなく突如出現した不気味な手から切り抜けないと絞殺されるのも時間の問題だ。
「この絶望に陥った状況。果たして貴方はどうやって脱出を試みるのか? 精々思考が生きている限り、頑張って脳を活性化させて下さい」
ゲームオーバーという言葉がふと脳裏をよぎる。けれど、これはあくまでもリアルだ。
殺されたら最後異世界として旅をしてきたショウタは死去する上に現実世界で眠っている神無月翔大は恐らく例外に漏れず死ぬ。
くそっ! そうこうしている間にも希は自分の願望を叶える為に現実世界を消して、異世界を新たなる星として誕生させようと企んでいる。
事の発端を起こした僕は命がけで止めなければならない。どんな状況が襲おうとも。
「まだだ! ここで大人しくくたばって堪るか!」
「往生際が悪いですね。ならば、もっともっと存分に絞め殺して差し上げましょう」
強気でいったけど身体はもう限界の域に達している。このまま気を張らなければ、どこか人目のない遠い世界へと旅立ちそうだ。
「あぁぁ、がぁぁぁ!」
「所詮は手持ちのあの優秀な武器さえ奪えば、ただの素人でしかない。だと言うのに……何故こうも主はお前ごときに気を掛けるのか? 全く解に辿り着かないのが実に腹立たしいです」
それは彼女が僕に対して何らかの情を持っているからだろう。じゃないと、こんな部下を手足として回りくどい事はしない。
邪魔ならいち早く気付かれないように抹殺されていた筈だ。容姿端麗で頭脳明晰な希なら尚更。
「死を迎え、ショウタ・カンナヅキはこの生を消す! 主の偉大なる駒として招かれた私の罰を受けて!!」
駄目だ、視界がしっかり捉えられない。大切な得物を床に落とす。
そしてあろう事かがっちりと拘束され身動きが取れそうにない僕。
助けは来ないか。もう、こんな場所で人生を終了させてしまうのか?
……いや。諦めるのはまだ早いのかもしれない。
「罰を受けるのはお前だ!!」
「苦しみの輪廻を解き放たん」
僕は一人で立ち向かっていない。気付けば……人数に関しては心許ないかもしれないけど、共通の目的を抱いて一緒に歩んでくれる人達がそこに居る。
それだけで負担は大きく変わるし気も少しは晴れる。やっぱり自分だけで彼等に突っ込むのは余りにも無理がありすぎて仕方がないから。
「ごほっ! ごほっ!」
「喉元をやられたか。少し大人しくしているが良い」
あの忌々しい不気味な手はアビスが追い払ってくれた。が、しかし散々苦しめられた痛みは早々引かない。
元に戻るには多少なりとも時間を掛ける必要がありそうだ。これでは一緒に戦えそうにないじゃないか。
「……もう、彼等を退けたのですか」
「お前の同士を抹殺した。終焉に結ぶまでも救いようのない足掻きが印象を刻んでいたがな」
同士というのは、あいつだろうか? アビスから直接知らせを聞いたガンマは溜め息を漏らしている。
別段怒りの感情を表に出してはいない。それより、どっちかと言うと呆れているのか?
「やれやれ。まさか彼が貴方の手で始末されるとは。やはり、主から注意を促されていただけはありますね」
ガンマはアビスに対して恨みを募らせた様子は微塵にもなく、ただ同士のバルフレードが情けないと心底嘆いている様子。
なんて奴だ。僕らにとって敵ではあるけど、貴方からしてみれば仲間が一人殺られたんだぞ?
それに対する報復とか、そういうのを考えないのか?
「お仲間が死んだ。なのに、てめえは随分と冷静に保っているじゃないか」
「バルフレードは精一杯挑み、その身を滅ぼした。ならば私が貴方達に怒りを出す感情などありません。全ては結果に終わったのですから」
「てめえが仲間に対してどうも思わねえ、糞野郎だって事はよーく分かったぜ」
「貴方も私と同じような者でしょ? 主からはザット・ディスパイヤーは暴れん坊かつ部下にフォローすら入れようとしない自己中野郎であるとお伺いしていますよ」
表情は笑いながら、だがしかし裏の底ではお前らと一緒にするなと言わんばかりに腕が震えている。
正直、あと一歩の所で爆発寸前だ。その一方でアビスは長刀を肩の位置で固定。
いつでも斬りかかる準備は万端って所か。言葉の話し合いで済むような相手でもないガンマには今度は三人掛かりでリベンジだ。
三人に対して一人というのは大人げないかもしれないけど四の五の言っている場合ではない。
貴方にはそれは相応に痛い目に遭って貰おうじゃないか!
「無事に生きていたら、お前の主に伝えておけ……一言、余計な言葉を撒き散らしてんじゃねえってな!!」
殺人的な加速で目にも見えない斬撃。間一髪の所で緊急回避を強いられたガンマは速攻で炎の球体を幾らでも作り上げ、頭上から遠隔で投球。
僕らは思い思いに退け、その内のアビスは炎の球体を弾き飛ばしつつガンマの間合いを図った。
あまりの早さに幾らかのシールドを正面に張り付けるもいかんせん敵は一人ではない。
「判断の愚かさに絶句しろ」
「何を言って!?」
アビスが障壁を抉じ開け、タイミング良くザットが飛び込む。その灰色の剣に稲妻を蓄えながら容赦なく振るう。
「こいつでも喰らいな! ライトニング・ブレイク!」
「ぐぁぁぁ!!」
まともに直撃を浴びたガンマ。全身に強烈な言葉にならない痛みが光の早さで迸る。
バチバチと鳴り止まない音。痛みを堪えながら後退していこうとするガンマを標的に、再び拾い上げた真・蒼剣を銃形態へと変貌させて的を絞る。
大雑把ではあるけれど銃としての範囲は極太だからある程度は許容の範囲に当たるからさほど心配はない。
よし、狙いは定まった! 今からガンマを狙い撃つ!
「身体が痺れて言うことが効かない!?」
「そりゃ、俺が仕上げた最高峰の十八番だからな。元々魔力がないから、使えそうな時に使う事にはしていたが……まさかそれが、こんな日になっちまうとは」
「おのれ……主に逆らう反乱分子の分際で!」
「悪口言っている暇があるなら、自分の事を考えた方が良いぜ。次は軽口も叩けない程の特大級の技が飛び込んでくるんだからな」
鼻で小馬鹿にした態度を表に上げるザット。その言葉が何だったのか、答えが出るのにそう時間は掛からない。
が、身体は思うように動いてくれない。まだまだ抜けない痺れが足を強制的に止めさせられ自分は動かない的に成り果てた。
こうなってしまえば、照準に収まるだけで絶対に当たる。寧ろ、これで外すというの全く持ってあり得ない事であった。
諦めを悟ったガンマ。しばらくして敵の放った攻撃だと言うのに、蒼くて美しい粒子が混ざる素晴らしき光が目の前に舞い込む。
悲鳴は上げない。寧ろ、それどころか笑いが止まりそうにない。
「ぶち抜け! 真・蒼天砲!!」
「おのれぇぇぇ!」
遥か後方に吹き飛び、爆音と共にガンマ自身が宙に舞い上がる。
彼の思考の中では宙に舞う時間が少々感じられているのかもしれない。
対照的に僕は彼が呆気なく、空高く降下していった。惨い音を撒き散らして。
「さすがに死んだか?」
「まだ安堵する時ではない。ガンマの死は直接確認する必要性があるだろう」
「最後まで気は抜けないってか」
死んでいるのかどうか。二人は目を交わさず、ほぼ同時なタイミングで口を開こうともしないガンマを見下げてから生死の確認に取り掛かろうとした。
しかし、想定外の事態が発生したようだ。ま、まさか……黒い水のような物がガンマを包み込むなんて。
あれで逃走したのか……今更追い掛けるにしても無理そうだな。
「逃げられたか!」
「直接あの場所へ向かう方が良い。追跡すれば余計な時間を喰いかねない」
アビスの言葉はごもっともで。片耳を立てていたザットさえも渋々承諾。
良い所でガンマを取り逃した僕達三人はアビスの示す……あの座標へ向かう。
「そこに、希は居るのだろうか?」
もし居なかったら完全に時間の無駄でしかない。今頃になって何を言い出すんだと言われかねないけど。
「居るかとどうかは行かねば分からないだろう。だが、お前に対して執着心が根深い以上……」
僕の中にある不安を微かに読み取ったであろうアビスは黒色の長刀を鞘に収めて、静かに佇みながら。
「ジングウは待ち構えている。この世界を作る重要な切っ掛けであったお前と会う為に」