エピソード104:だから、お前は俺より格下なんだよ
「貴様の動きは粗暴で実に動きが荒々しい。だからこそ、冷静に判断すれば状況の的確など容易い物です」
「はっ! 自分から攻めず、部下頼りか。何とも哀れな大将さんだな!」
水色の剣が灰色の剣と交差し、甲高い金属音を撒き散らす。その間に部下を用いてザットを数で落とそうと目論むジェイド。
しかし、どれだけ攻めようが一網打尽にしてどや顔を浮かべるザット。
それがいかに腹立たしく、またプライドを根そこぎ潰すのか奴は微塵にも分かっていない。
顔では何とか冷静を装うも、裏では腸が煮え繰り返りそうになっていた。
「ジェイド。部下ばっかり使っていると、副団長の名前が泣くぜ?」
「荒くれ者でなおかつ副団長の名前に一番相応しくない貴様が何故私を愚弄する!?」
水色の刀身は液体となり、ジェイドを自身を水と化す。そうして作られ整えられた物は水色の龍として生まれ変わり、突進していく度に水を地面に落として豪快な激流をお見舞いする。
まともに直撃を貰い、口の中に大量の水が入り込む。傷という傷は受けていないが動きが止めてしまうザット。
だが、それでも強気な姿勢は止まない。こいつに下から目線はプライドが許さないからだ。
「そりゃあ、お前が名前負けしかしていないからな。前まで団長に左遷させられ、情けない支部で情けない肩書きなんだから当然と言えば当然だろ」
「口の聞き方がなっていないようですね。所詮は偉そうに語らって、組織を抜けた裏切り者風情が」
「粘着タイプは嫌われるぜ? 部下にも上司にも」
「態度は高飛車ですが……体調は宜しくないようですね」
さすがに強気で表を浮かべても身体は正直で嘘は誤魔化せない。
あの反動で少しながら肺がやられている。これでは激しい動きにも制限が掛かりそうだ。
どうにかバレないように始末を付けなければ。
「へぇ、お前にはそう見えちゃうのか?」
「嘘が下手で助かりました。お陰でもっともっと……こいつでいたぶれそうですね!!」
息を荒くしながら手持ちの剣で防御の構えに入るザット。龍状態から人間に戻ったジェイドはここぞとばかりに切り込みを入れ、上手くよろけてくれたザットに対し集団で総攻撃に望む。
片手で肺を押さえながら、ザットはどうにか利き手で乱暴に追い払おうとした。
しかし、それにも限度は存在する。
水の効果で緋色のジャケットは愚か服全体がびしょしょになったお陰で動きが重くなり、肺という器官が若干やられた影響により体力的に全快と言えない。
正面から力業で追い詰めず、あくまでも冷静に打ち落とす。それはある意味治安団本部に所属して居た当時に作戦をあれこれと考案していた頃のずる賢いジェイドとそっくりであった。
「男なら真面目に正面から挑んだどうだ?」
「賢い私は正面に切っての戦闘はなるべく行わない。もし、決行するとなれば……それは、確実に勝てると踏み込んだ時だ!」
水色の剣の切れ味は相当な物であった。腹の部分に横から裂かれた傷。
吹き出した液体は赤として地面に垂れる。
痛みを押し殺して、何とか座らずに立ち上がるザット。あの……吠え面もいい加減終わったようで何より。
後はじっくりとゆっくりと思う存分過去の怨みも含めて切り殺してやるだけ。
副隊長という名誉ある称号。こいつを倒して、次は隊長と名乗る割には生温い事しかしていないライアンを裏で抹殺するだけ。
治安団は自分こそが支配し、動かされる物である。
所属していた頃から計画が始まっていた時がこれでやっと実現の一歩として幕を開く。
という魂胆である事は治安団に所属して来た時からザットは知っていた。
あの胡散臭い雰囲気は後々面倒な事態に追い込まれていくと。
「良いぞ! 良いぞ! そうやって貴様は私の元で無様に散っていくのだ。この名誉あるジェイド副隊長の前で!」
「やれやれ、プライドだけが高いと性格も嫌な奴になっちまうな」
「負け犬の遠吠えか? 私の心に傷が付くとでも思っているのかな?」
「別に何とも思わねえさ。お前なんざ、ただ階級しか付いていない雑魚に変わりねえからな?」
灰色の刀身が瞬く間にバチバチと大きな音を鳴らして放電する。
少しながら、呆気に取られそうになる団員であったが息を合わせて同時に武器を振り下ろそうとしていた。
ザットにとってはそれこそが一網打尽に仕上げるチャンスで。実に気分が晴々しくなる位である。
意図を察知したジェイドは下がるように指示をなるべく早くに出した。
だが、しかしそれは時既に遅し。部下を思うようにコントロールせず瞬時の判断で味方を失うという副団長として、致命的な部分をジェイドは残してしまったのである。
「ほらよ、これが現時点に置けるお前の弱さだ。よーく脳裏に焼き付けておきな!」
「ぐうっ! 調子に乗るのも……そこまでだ!」
屈辱をこらえ、迫真の表情で振り下ろす剣撃。その動きは一転して芯がぶれており、ザットからしてみれば回避など実に容易い事でしかない。
ジェイドにとって、その余裕の態度が憎しみを増長させる。前から自由気質で自分とは対照的に組織のゴミでしかない男が、何故こうもイクモ団長とライアン隊長に好かれるのか?
自分は組織の発展の為にとあれこれ策を考案し、独断で作戦を決行して上手く仕留めていたと言うのに。
世界は理不尽である。こんな奴がどうして副団長だったのか今考えてもなお采配ミスだったとしか考えられない。
「どうしたよ? さっきまでの冷静さがなくなっているぜ?」
「ザット……お前さえいなければ!」
組織の根本を支えられるのは自分。独りよがりで上手く扱える部下を敢えて使わず勝手に暴れまわるザットだけは信用ならない。
だからこそ、ようやく神の力で副団長の座に着任した時は最高の一時であった。
自ら役職を投げ捨て、この世界を受け入れようとしない哀れな男に断罪を。
「なぁ、お前が俺より劣っている理由を教えてやろうか?」
劣っている? それこそ、間違いだ。自分は小さい頃から学びに関しては人並みにあり、武に関してもそれなりの力を付けてきた。
人より上に立ってはいないが軒並みの平均には位置すると。しかし、何故こんな裏切り者に劣っていると言われたのが謎でならない。
こんな自由気取りでチームワークが必要な組織を根底からひっぺはがす奴などに。
「その腐った外道丸出しな性格と尖った思考が弱さを招いているんだ。俺とは根本的に違ってな」
「自分が優秀だと言いたいのか? 貴方もつくづく救えない男だ!」
動きが機敏だった。さすがの速さに対応が遅れ、守りの姿勢に入る。
だが、それこそがザットの狙い。動きが一瞬でも止まれば、こちらとしては大助かり。
ジェイドとは僅かな期間で嫌な所を見ていたが、これ程温い奴で逆に助かった。
こいつは誰よりも弱い。後ろからこそこそ見下して、楽しんでいる陰気な奴である。
そんな男が副団長に自分が抜けた途端に就任など……どうせ、裏の圧力が回ったに違いない。
「別に俺は優秀だとか思っていねえよ。けど、少なくとも!」
気づけば、ザットとジェイドの間合いは手を伸ばして触れれば触れる距離にある。
怒り任せに撃退しようとするジェイドの水色の剣。だが……ザットは鼻で笑いながら灰色の剣を横に強く振るって、水色の剣を遠くに飛ばす。
カランコロンと音を立てる剣。この間合いなら完璧に自分が勝ったような物だとザットは心の中で嘲笑う。
「至近距離なら俺が上か。こりゃあ、二代目の副団長にしては随分と貧弱な奴が就任しちゃったな」
「しかし、動きを止めたのは……貴方の致命的なミスです」
転がり落ちた水色の剣。そこから水で派生した竜巻が急激な勢いを伴って襲い掛かる。
その勢いがザットを狼狽えさせる。まさか、またしても顔面に水がぶっかかるとは。
とんでもなく運が悪い……調子に乗って、ジェイドに蔑みの言葉を送ったのは間違いだった。
「ぶはぁ! 野郎!!」
「ははっ、実に無様で! 気味が良いですね!」
ジェイドは剣を拾い直して、距離を大きく離す。焦っていた表情が一変して、いつものムカツク表情に戻っていた。
完全に自分のペースに取り戻したようである。実に心底腹立たしい……あの時、動きを一瞬止めていたのが失敗であると嘆いた所で何もかもが遅いのだが。
「ちっ! 尻尾を巻いて逃げる気か!」
「貴様を追い詰めるのはいつでも出来る。なるべくなら、現時点で始末しておきたかったのですが」
それは言い訳か? 現状、不利だと感じ取ったジェイドはザットから後ずさるようにしている。
逃しても為にならないと速攻仕掛けていくザット。だが、そうはさせまいとジェイドは水色の剣を媒体にして自身を水の球体として纏う。
剣が思うように通らない。水は水でも特殊性が増していて手に負えない。
「しかし、まあ……貴様らがどこへ逃げようともミゾノグウジン様の目がある限り絶対に逃れる術はない」
「だからどうした? 俺はそんな神をもぶっ潰す一人の勇者として、この舞台に上がっている。何も生半可な気持ちでやっていると思わねえ事だ」
世界はミゾノグウジンの監視により、自分達のやっている状況すらも汲まなく見えているのだろう。
だからと言って、恐れを抱く気持ちは毛頭ない。
「それとこれだけは覚えておきな……お前が何百、何千の戦力を引き連れようとも根刮ぎ潰す! この呪われた世界を潰す為に!」
幾ら戦力を引き出そうとも徹底的に叩く。どんな絶望が待ち受けようと。
ジェイドは腹立った。まさか、まだ抵抗を粘るとは。一体どうすれば、こいつを消せるのかと。
「後悔するなよ! その発言を!」
言っているだけ、そうに違いないと心の中で言い聞かせつつ戦場から離脱する。
副団長という称号を持っている奴が何とも情けない撤退である。
ジェイド・スターク。自分からは動かず、仲間に付けた部下を手足のように操ろうとする利己的な性格はいずれにせよ組織を悪い方向へと導いていくのだろう。
「俺は決して負けねえさ……少なくとも格下のお前ならな」
静かに灰色の剣を鞘に収めて、振り返るとそこにはかつて熾烈を持って争っていた人物が居る。
言葉を交わさなくとも、互いにやるべき役目は見えていた。
「じゃあ、ちょっくらお迎えに行くとしようぜ」
「あぁ……向かうとしよう」
世界を救おうとする少々根が甘ったれな青年を迎えに行く為に。