エピソード102:おいおい、こんなのと相手する時間なんざないんだが?
「赤い空。いつになったら、普通の空を拝めるんだろうな?」
希を倒したら失われた空が戻るんじゃないのかな? と言おうとしたけど、仮に倒してしまったら希ごと世界が崩壊するのではないだろうか?
そう思うと僕の口は一向に閉口してしまう。
ま、まずい。さっきから沈黙を守っているから逆に怪しまれてしまっているのではないか!?
こういう時に普段から喋らないアビスが何とも羨ましく感じてしまう。
「……妙だ」
「あ? どこが妙なんだ?」
まあまあ居心地の良かった小屋を出て、僕達三人は敵の目を気にしながら南下した地点にあるとされる座標へ。
アビスが主張にどうやらそこが希と出会った場所でかつ謎めいた場所らしいが、直接足を踏み入れてみない事には分からない。
そんな訳で旅を始めてみたは良いけど、馬という移動手段がない以上一日では到着しないので残念ながらやりたくない野宿生活を強いられる。
いや~、あれは思い出すだけでも結構な苦痛がのし掛かったなあ。
ザットはガアガアといびきを上げて眠るから寝ようにも寝られないし。
対してアビスは……どこで寝ていたんだろう? 多分そう遠くの場所に行っていないような気がするけど。
まあ……とにもかくにも、あの悪夢の時間を乗り越えたのは奇跡と言いたい。
「空気が静と織り成している。故に奴等の動きが鋭敏と化す」
昨日の出来事を振り返っていたら、アビスは妙な気を感じとる。
その場で待機して何かを感じ取っているようだ。この静かな野原において、どうやら異質を掠め取っている。
「やれやれ、これじゃあ幸先が重いな」
「アビスは……きっと僕達と違って、感覚が鋭いんだ。一旦ここは彼の判断に委ねよう」
僕とザットと大きくかけ離れ、彼だけは特異な体質を宿している。
それ故にアザー・ワールドに住んでいる人間とは違う神経を所有している。
時々彼の言動が理解出来ないのはアビスが従来と違う生き方を歩んできたからなのかもしれない。
例え、ミゾノグウジンもとい希が元々作成したバクだとしても。
アビスはその事実を敢えて受け入れ今日を生きるのだ。
「遠くに邪気を感じた。恐らく、この気配を正当にすれば」
その奥に僕らを待ち伏せているのか。ここに三人が来訪すると知って。
とんでもなく準備が良いのは僕達の居場所が何者かに調べ尽くされていたからなのか。
だったら、あの真夜中で襲撃してもおかしくなかったけど。
「事前に待機させた伏兵か。ちくしょう、そう安易に通すつもりはねえって事か」
また三か国の人達が僕達が来るのを今か今かと待っているのか。
性懲りもなく懲りない連中でしかない。こうなったら、徹底的に動けないように痛め付けて力をはっきりとさせる必要がありそうだ。
「行けば自ずと道は開かれる。今更足を留まらせる理由は存在しない」
「おっしゃ! 敵が誰であろうが……ぶっ飛ばしてやらあ!」
この先にあるのは僕らの邪魔をしようとする集団。ただ、ざっくりとした敵の数は未知数だから用心しておくしかない。
いつ、敵が姿を現すのだろうかと恐怖と戦いながら足を動かす。
無言の歩みの中で見えていく景色に敵が待ち受けている図を直接体験させられる。
白いローブに黒いローブ。白はこの間やりあった治安団の連中ときたか。
じゃあ、残りの黒に関しては……まさかとは思うけど、ミゾノグウジン教を捨てきれない哀れな信者か。
君達の神はこの世界すら、おもちゃとして遊んでいるだけだというのに。
ん? それにしても、僕達を迎え撃つには随分と少ない戦力だ。
いつしか赤い腕を武器とするバルフレード並びに分厚い本を片手に魔法を器用に扱うガンマ。
そして中央と堂々とリーダーシップを取る新たな刺客が舞い降りた。
「お持ちしておりましたよ、三人方。まあ……私が一番用事があるのはお前だがね」
頑張ったら腰まで届くんじゃないかと思わせてくれる青の髪。その男の睨み付ける視線はザットに注がれている。
どうやら何かの因縁を持たれているようだ。こればっかりは僕達には分からない。
「は? 誰だ、てめえは?」
「惚けるのもそこまでにして頂きたい、ザット・ディスパイヤー」
「その服装で治安団というのは把握出来るが……あんまりてめえと関わった事がねえから、本当に検討つかねえな」
「馬鹿な!? あの一年前の模擬戦で私を散々苔にした過去を忘れたというのか!?」
拳がわなわなと震えている。相手にとって、敵に回ったのは過去が最大の恨みの原因と見て良さそうだ。
対してザットはいまいち覚えていないようで、一年前と言われた所でピンと来ていないらしい。
「一年前? そんなの色々有りすぎて、細かい事なんざ覚えてねえっての。と言うか、お前の顔……全然知らねえんだが、なんで俺に喧嘩売ってんだ?」
「ジェイド・スターク。この由緒ある名を捨て去るとは……実に良い根性をしているじゃないか!」
「がははっ! んだよ、お前忘れ去られているじゃねえか!」
「覚えているのは貴方自身ですか。なんと、哀れな御方でしょう」
バルフレードと首をぐるんと一周回してから、気に入った相手を舐め回す。
どうも目に入った奴を標的にするようだ。同じくガンマも戦闘の構えに入っている。
うーん、残念ながら見学目的で来た訳じゃないのか。こっちも真面目に相手をしてやる必要が出てきたらしい。
「ふん! まぁ、そうやって私を馬鹿にするのもそこまでです! 今の現時点に置けるジェイド・スタークは治安団の副団長として任を担う事となりました! それ故に私は組織を永久機関とする為、ミゾノグウジンの傘下となり世界の反乱分子かつ裏切り者のザットに関しては抹殺させて頂きます!」
腰に取り付けた鞘から引き抜くと、綺麗な水色を纏った剣が表に。
キレのある動きを終えた後にザットに対し刀身を向けるジェイド。
ザットは欠伸を殺しつつ、灰色の剣を取り出して身構える。
「組織を抜けたんだから、裏切り者でもなんでもないと思うんだが?」
「お前は団長から除隊の言葉を告げられたとはいえ、組織に逆らい抜けたのは裏切り者の範囲として該当する」
「理由を無理矢理正当化か。やれやれ、お前って結構無駄な事に力を注ぐタイプなのか?」
水色の剣先から水流がジェイドの周囲に展開する。おおよそ、ザットは彼を怒らせているようだ。
もう少し、機嫌を取った方が良いんじゃないか?
「過去の恨みと裏切り者の制裁! どちらも両方……ミゾノグウジン様から与えられたチャンスを活かし、今度こそは抹殺させて貰うとしよう!!」
「おいおい……こんな基地外に相手を掛けている時間なんざないんだがな!」
嫌々そうに襲い掛かってくるジェイドを振り切ろうとするザット。
間合いに入った瞬間に目にも見えない超絶怒濤の剣捌きが繰り返される。
それは横槍を入れるのも臆病になってしまう程の凄まじい攻防戦と言えよう。
二人が争う中で小数の者が空気を読まずに加勢に入ろうとしているようだけど、呆気なくザットに返り討ちにされてしまっている。
何とも惨い死に様だ。相手にされずに人生を終えるなんて。
「先の道へ、ミゾノグウジンの天命の粛清を断つ事を未だに拒むか」
「アビスとか言ったっけ? お前もすっかり、有名人だな」
「主からは要注意せよとのお達しが来ております。我々は用心深く構えるとしましょう」
「ガンマ! こんな真っ黒な服装を纏っている野郎に警戒する必要性はねえ! 最強の腕を得物にしてしまう俺がやり合えば、話は全部解決するからよお!」
自信満々なの会ってからいつもそうだ。ここは一発でも良いから、アビスが問答無用に成敗してくれる事に期待しておこう!
「バルフレードに関しては私が請け負う。ショウタはもう一方の相手を頼む」
よりによって、魔法を得意とするガンマか。上手く接近戦に持ち込んでいけたら勝機はあるかもしれないけど……それを許す程、ガンマは甘くはない。
しかしバルフレードはバルフレードであの得物が非常に凶暴で手に負えない。
となると、ここはアビスに任せた方が良い。何か秘策があるのかも。
「あぁ、ガンマは僕がやる」
バルフレードとアビスは混戦状態に陥った。残るは希がまとめるメンバーの中で結構冷静な部類に入るガンマだけとなったか。
銀色の眼鏡を鼻に押し付け、僕を見据えている。
「余り者となってしまいましたか。しかし、この世で一番の不穏分子を潰してしまえば……後の障害はないと言っても等しい! そうと決まれば血祭りにして差し上げましょう!!」
ガンマにとって僕は計画の障害。神宮希を主と敬う姿はバルフレードとショウ以上に忠誠度が高い。
これは、もしかしたら本来駒として扱いやすくする為に希が忠誠度を予め設定している可能性もあるのかもしれないが。
ただ、そうだとしたら上手く利用された滑稽な男でしかない。
ある意味ではそれを知らされずに活かさせているのは幸せかもしれないけど。
「燃え盛る刃の舞い。バーニング・ブレードの躍りを見てひれ伏せるが良い!」
真・蒼剣は僕の意識を通して、すぐさま掌に。しっかりと持ち手を握り締めつつ自由に舞い踊った炎の剣を悉く跳ね返す。
それを未然に防いでもなお多数の竜巻を派生させるガンマ。今度いう今度は完膚なきまでに封じ込めたいようだ。
「まだまだ! 私の舞台は始まったばかりですよ!」
「このぉぉぉぉ!」
炎のの剣を跳ね返しても、次は竜巻が押し寄せた後に雷の球体を素早く投げ付ける。
油断していたら、完全にこっちがしてやられかねない。何とか、こいつに一泡吹かせられたら!!
「おやおや? その剣はお飾りでしょうか?」
「そうやって余裕でいられるのも今の内です」
態度がデカイとどっかで痛い目を見る。貴方はオウジャとアルカディアのようにいつしか不幸を辿るのです!
「薙刀形態で障害を打ち払わせて貰う」
刀身は左右に展開。通常の武器なら片手で振り回すのも力が必要。
だけど、真・蒼剣に限ってはその心配をする必要性は皆無だ。まるで……この剣は武器だというのに、身体の一部と錯覚させられる。
「ガンマ、貴方が神宮希を頑なに守ろうとする配下である以上は一切の妥協はしない!」
「貴方がどう足掻こうが結果は何も変わりませんよ」
大丈夫。いつものように落ち着いてやれば、あの人は落とせる。
さぁ……やってやるとしよう。