エピソード98:好きなの、どうしようもなく。だから……今更止められないの♪
「戻って来たか!!」
「はっ! 何をごちゃごちゃと!」
手には剣の感触が伝わった。異世界に戻って来てすぐ眼前に映るは僕とよく似た銀髪の青年ショウ。
先読みの力を使用。動きを予知していくと彼は足を止めた僕に対して隙ありと判断したのかここぞとばかりに剣を急所の部分に突き刺そうとしていた。
しかし、ここで運良く剣を丸々弾き飛ばしたのはナイスだ。
《現実世界》→→→→→《異世界》
「この野郎!!」
ショウは気性が荒く、尚且つ冷静沈着という言葉が当てはまらない程の豪快さ。
状況がまるで見えていないショウ。上手く嵌めれば、安易に体勢がこっちに回ってくれるから助かる。
「頭に血が回ったのが痣になったね!」
「偽物ごときが! いい気になるな!」
相変わらずショウは僕の壁として立ちふさがるようだ。今の所ら、集団相手に対してザットとアビスが上手い具合に追い払ってくれているようだけど。
それも長くは続かないと見て良いだろう。頃合いを見定めて、何とか撤退を図らないと。
こんな多勢無勢では僕達は元も子もない。真正面でやり合っても痛い目を見るだけ。
だが、最大の難敵はこの青年。気性が荒い上に相手は僕を執拗にマークしているようで、そう安易に逃してくれるような雰囲気を醸し出してはいない。
「お前をぶっ殺す! そしてノゾミを覚まさせてやるんだ!」
揚げ句の果てに、僕を偽物呼ばわりして自分こそがショウタ・カンナヅキになると主張する辺り。
かなりの重症に冒されているようだ。はっきり言って、ショウの全てが異常である。
この子をこんな風にしたのも彼女なら……希の狙いはどこにあるのか?
まぁ、深く考えずにただの余興としての対戦相手と自然に考えた方が無難かもしれないけど。
「君を作り上げたのは紛れもなく神宮希だ! 所詮君は僕の対戦相手用に作られた駒の一つでしかない。だからこそ、生みの親である希に怒りを覚えないのか? ショウ・オメガはノゾミの掌で転がされているという事に」
「そうやって俺を混乱させるつもりか! 上等だ!」
武器が手元になかろうと、拳で反撃を!? とんでもなく素早い動きにたじろぎ、僕の行動が一瞬だけ遅れを取る。
それを好機と睨んだか空気を切り裂くかのような蹴り上げであろうことか真・蒼剣が手元から離れてしまう。
くっ、致命的なミスだった。武器を弾いたら、それなりに狼狽えるだろうと油断していた。
「武器が使えなきゃ、ただの一般人だな!!」
「そりゃあ。体術なんて人並みに鍛えていないからねえ!」
実際に拳を経験は殆んどない。喧嘩はされるにしても基本殴られて黙るだけ。
専ら喧嘩を最終的に止めるのは希の役割だった。男としてはかなり恥ずかしい。
けれど、それが本来の僕。刃物を振り回して圧倒する位の実力は実を言うとないと思っていた。
だが真・蒼剣は一味違ったらしく、貧弱な僕が持ってもそれ相応の力を開花させる。
きっとこれを最初に手向けたのは世界の裏を操ってきた彼女が用意した武器に違いない。
偶然と見せ掛けた計算。僕があの剣を入手して冒険をさせる事さえも希の掌で踊らされていた。
「でも忍耐力は人並みに強い!」
今度は早々君に踊らされるつもりはない。次は僕らが反逆する!
例え、この手に武器が果てようとも力ずくで阻止する。それが現実世界の僕にしか出来ない唯一の手段!
殴り返されて終わりにはしない。やられた分はきっちりとやり返す!
もう、過去に囚われた僕とはおさらばだ。今はもう未来に向き合う!
「ぐはぁ!」
「うぉぉぉぉ!!」
互いにしがみつき、地面に転がりながら繰り返して殴りあう。顔面を何度殴られようと無様にやられようとお構い無し。
自分の身が持つ限り、永遠と淡々と拳を使ってやり返す! そうしている内に手が震えてきた。
どうにも身体がピークに達しているようだ。額にも指先にも血がドクドクと流れ始めている。
相手も僕と同様に全身に傷がくまなく渡っているようで。あの威勢は消え失せ、今や気力を尽くして立っているような状態に思えて仕方がない。
「こうもしぶといとは……少々侮っていたか」
「ふっ。僕もやる時はそれなりにしぶとくなるんだ」
「へぇ! だったら、まだまだやれそうだな!」
気力で保っているように見えるのに。己が朽ち果てるその時まで拳を振るうつもりか!?
そうまでして僕を倒したいのか! 何と願望が強い事か!
「お互い潰れ合うまでやろうぜ! それが本気の殺し合いって物だろ?」
君との勝負で死んでやるつもりはない。ここでは何としてでも生き抜いてみせる必要性がある。
これで乗り越えなかったら僕は彼女の暴挙を止められない。ショウのペースに乗せられてたまるか!
「潰れるのは君だけだ。僕はこれから、この先……ミゾノグウジンの名前を使って好き勝手にしてくれた彼女の暴走を食い止める。例え、しつこく付きまとわれようと僕はもがくさ!」
「てめえ! 俺のノゾミに対して随分と生意気な口を吐いてくれるじゃねえか!」
殴って、殴られて。攻守ともに激しい戦闘が永遠と続く。周囲の人達はどうやら僕達を目にしてはいない。
ここで戦場は現実世界から異世界に移動した青年ショウタ・カンナヅキとあくまでも希に固執するショウ・オメガ。
彼の気力はとんでもなく溢れている。どれだけ叩いても、血を地面に吐こうと起き上がるという根性。
そろそろ、いい加減に倒れて欲しい所だ。さすがに手が痺れてきたので辛い。
「はっ! その顔面ごと……拳で粉砕してやるぜ!」
「させるか!」
やらなきゃ、やられる! ふらふらになりそうな身体。この状態を気力で堪えて、今もなお殴り掛かるショウに向かって拳を振り上げようとした。
だが、その瞬間。僕にとっては大切な人でもあり、そしてその最悪を引き起こした張本人の一声が飛び交う。
「そこまでにしておきなさい、ショウ」
「ノ、ノゾミ!! どうしてお前がこんな所に……はぁ!?」
ショウは鳩が豆鉄砲を食らったかのような表情を浮かべている。
まぁ、そういう表情になるのも無理はない。希がどういう訳か僕の背中に腕を回している。
本当に気を抜いていた。まさか、一瞬の隙を突いて……そんな事を平然としてくるとは。
思わず変な声が出そうになった。危ない危ない。
「あーあ、こんなに傷だらけになって。私の部下が余計な真似をしちゃったみたいね。本当にごめんなさい」
「あの……謝るんだったら、この暴動ごと止めてくれるとありがたいのですが」
「嫌よ。翔大の言う通りにしちゃったら、私の世界が丸つぶれじゃない」
言ってみた所で従う訳もないか。ある意味希らしいと言えば希らしい……って、こんな状況下で和んでいる場合じゃない!
「おい、そいつからさっさと離れろ!」
「こんな状態になってまで、彼と相手するなんて……辛い目に逢わせちゃったね」
ぐっ! いつの間にか縛られて!? 上手くほどけない! うぅぅぅ、やってくれたな希。
「ショウタ。てめえぇぇ!」
何故か恨まれている理由は何となく分かる。ショウは完全に僕に敵対心を感じているんだ。
主に希が敵である僕に寄り掛かるから。正直彼女の行動はここまでいくと予知不能でしかない。
「俺は正しい事をした筈だ! それなのに、どうしてノゾミはそいつに気を掛けてんだ!!」
「ふっ……そんなの至極簡単よ」
何を言うつもりか。不安を余所にして、彼女の解答は予想の遥か上へと飛び越える物であった。
「神無月翔大を誰よりも愛しているから。どれくらいって言われてそうね……もう、どうしようもなく言葉では埋まらない位に」
「なら、俺は!?」
希にがっちり魔法か何かで縛られているお陰で顔ははっきりとは窺えない。
しかし、ショウ・オメガはどん底に突き落とされたのかと思ってしまう程顔色が青ざめている。
「貴方は戦場を駆け抜ける優秀な駒。バルフレードとガンマと同様に。でも、結局はそれでしかない。ショウ・オメガが翔大の変わりにはなり得ない。天地がひっくり返ろうとしてもね」
「ノゾミ、何故だ? 俺はお前の期待に応えようと必死に頑張っているのに!!」
「余計な頑張りは結構。貴方は私に与えれた使命を全うすれば、それで充分。なのに、今回不要な分までするのはどうして?」
「お前の命令はショウタを弱らせろ……だっただろ! だから、指示通りにやっている筈!」
希はショウを上手く扱いきれていない? 彼女にとって与えた命令は望ましくない結果に陥ったようだ。
「全く……貴方という役立たずは」
うわっ、耳に口付けされた!? 正体を突き止めた辺りからどうも色々とテンションが上がりすぎじゃない!?
と言うか……身軽になりすぎているような。
「ショウ、これだけは忘れないで頂戴。貴方が必死に私の期待に応えても翔大にはなれない。何故なら、翔大は唯一無二の存在だからよ!」
問答無用で言い切った。もはやショウの戦意は完璧に薄れきってしまっている。
今が、彼女を止めるチャンス。でも剣はあっちに飛ばされていて迂闊には拾えない。
「畜生畜生畜生! うぉぉぉ!」
「はぁ、耳障りね。とんでもなく腹立たしい」
「何故僕を助けたんだ? 君と僕は敵同士の筈だろうに!」
いつの間にか痛めていた身体がピンピンしている。まるで、お風呂の混浴剤を溶かして疲れを取った気分に浸されている。
彼女がここまでする理由は僕に貸しを作る為か。あるいはただの気まぐれだったりするのか。
「翔大、貴方を深く愛しているからこそ私は止まらない。この世界の神として、地球を壊して世界も貴方も最終的に手に入れてみせる! もし……それが貴方にとって拒絶でしかないのなら」
彼女にとって、生を授かった地球がどうとなろうが知る由もないのか? そこまで吹っ切れる理由はどこに存在する?
「いつでも真正面で受けて上げる♪」
「くそがっ、どうやらノゾミの気紛れで命拾いが出来て良かったじゃねえか!」
負け惜しみかどうかは分からない。それよりも希の逆鱗にまたしても触れたようで、亜空間から瞬時に不気味な大剣をかざしすと力強く横に払うという衝撃過ぎる光景。
どうも彼女の機嫌を損ねてしまったようだ。敵ながら実に不憫な奴である。
「おわっ! あ、あぶねぇ」
「それ以上喋ったら次こそは手加減しないから……分かった?」
「うっ……了解」
「じゃあね、翔大。また近い内に会いましょう」
渋々従うショウ。無理矢理力ずくで従わせる希はそそくさとどこかに消え去っていく。
追跡しようにも魔法陣を使って、消えた以上は追跡のしようがない。
無駄に追い掛けるよりも二人のサポートに回った方が良いか。
「希。また、いずれ会おう」
地面に派手に飛んでいった真・蒼剣を回収。これより僕はザットとアビスの加勢に入る!
うーん、とは言うものの……二人共結構実力あるから余り心配する程でもないんだけどね。