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二人の距離④

誰かが私を呼んでいる。とても優しい声だ。こんな声で私を呼ぶ人なんていたかしら?とロゼは不思議に思った。


「ロゼ、寝坊助さんもうそろそろ起きなさい」


目を覚まさなければと思うのに思うように瞼が開かない。早く目を開けなければと心は焦っている。何故かわからないが早く声の主を見たい。


「ファイはもう起きて遊びに行ったわよ。貴方いつも置いてかれて怒るくせに・・・」


クスクス笑いながら声が降ってくる。とても心地いい。

撫でられている頭も気持ち良くて中々目が開けられない。


「・・・お仕事・・終わったの?」


目が開けられないので口だけ動かしてみる。むにゃむにゃしながらも相手には伝わったらしい。


「ええ、今日は妖精の機嫌が良くて。やっと仕上がったのよ。ロゼも早く起きて完成品を見て頂戴」


見たい!と思うのにやはり身体が動かない。ああ。早く早く目を覚まさなければ・・・。


「あら?こんな早い時間に誰かしら?」


誰かがドアを叩いている。早く起きなければ行ってしまう。止めなければ!今の私は知っている。


「はいはい、どなたかしら?」


(やめて!扉を開けないで!お・・・・・)


目を開けると視界が歪み真っ暗になる。そして次の瞬間その暗闇は瞬く間に赤く染まっていく。

思わず目が眩んで目を細めた先に恐怖と憎悪を浮かべた人々がロゼを睨んでいた。


「もっと早く気付くべきだった」


男は吐き捨てるように喚き立てた。


「化け物共め!お前達のせいで何もかもメチャクチャだ!****を守る為今までどれほど我々***が苦労して来たか!それをお前達が一瞬で無駄にしたんだ!」


何か喚いているが上手く聞き取れない。辺りからは逃げ惑う人々の悲鳴が聞こえている。


(これは・・何?なんなの?)


頭の中が掻き回されているような気持ち悪さと激しい痛みでまともに立っていられない。眩暈を感じながらも隣から聞こえてくる荒い呼吸音に気が付き早急にここから脱出せねばとそればかりがロゼの心を支配していた。


「ふざけるな!お前らがロゼの***を***たことを知らないとでも思ってるのか!!」


この子を守らなければ・・・ここから早く逃がさなければ・・・早く早く!アイツがここに現れる前に・・・


「ファイ!!」


(アイツ?アイツって誰だっけ?)


焦っているのに記憶があやふやで声が出てこない。おかしい。さっきから思った通りに身体が動かない。危険なことはわかっているのに何故だろう。

その時喚いていた男が突然悲鳴を上げて地面に倒れた。

そのままピクリとも動かない。

周りにいた数人の者達も逃げようと走り出したが次々と倒れていく。


「こんな所にいたのね。私の可愛い子猫ちゃん達」


その声を聞いた瞬間身体中が粟立ちロゼは戦慄した。

この声は最初に聞こえていた優しい声と似ていたが、まるで違う物だとロゼには分かっていた。


「***!」


隣にいるファイが何か叫んで走って行く。あの女のもとへ。


「ファイ!」


慌てて手を伸ばすが手が届かない。炎に包まれる中ファイが走って行ってしまう。


「行かないでファイ!!」


ファイが走って行くその先であの女が立っている左の脇に何かを抱えているのが見える。物ではないと何故かロゼには分かっていた。コレは記憶だ。誰の?


「嘘・・・・・」


ロゼは震える手で口を押さえた。そうしなければ今まさに自分から放たれそうになっている何かがすぐにでも爆発してしまいそうだったからだ。


「アーシェ!」


思い出した。その子の名を。私の大好きだった青年を。物静かだがいつも優しい笑顔で頭を撫でてくれた彼を。人気のない裏庭の森の中で、時折二人だけの秘密の会話を楽しんだ日々を。


「ロゼは本当に賢いよね。とても10歳とは思えないよ」


「そんなことないもん!全然アーシェに追いつけないじゃない!」


「そりゃ僕の方が年上なんだから当たり前だよ。でもこの調子だとすぐ追いつかれそうだね」


(ああ。何故忘れていたんだろうこんな大切な思い出を)


綺麗なブラウンの瞳がロゼを見下ろしている。色素が薄く金色に見えるその優しい瞳が誰かと被る。


(あれ?誰だっけ?ついさっきまで見てた記憶が・・・)


ここが何処なのか。夢なのか現実なのか。ロゼは分からなくなった。


(いや、こんなに優しく見つめられたことはない気がするけど。なんていうか全体的な見た目だけが似ている気がする)


ロゼはふと目線を上に泳がせる。アーシェは不思議そうな顔でこちらを眺めている。

アーシェは物静かだがとも表情が豊かだ。彼は違う。


(全く別人なのになんで似てるなんて思うのかしら)


ブフッと吹き出してしまう。


「・・・エルグレド・・・」


「なんだ?」


その名を思い出そうと呟いたら何故か目の前の青年がぶっきらぼうに返事を返して来たのでビックリする。


「どうした?俺はここにいる」


よくよく見ると目の前にいた青年はいつの間にか大人の男性と入れ替わっている。ここでようやくロゼはコレは夢であるとハッキリ認識できた。


「エルグレド?」


夢の中でぐらい笑ってくれてもいいのに。仏頂面である。


「俺が側にいる」


そう思ったのにロゼは嬉しくて笑ってしまった。初めて見た時からロゼはエルグレドの見た目が好きだった。自分も随分とミーハーだったのだなと思たのだが。


「ふふ・・・エルグレド」


今度こそ守りたい。ロゼはこの日自分の欠けていた一部を取り戻した。


* * * *


話しはちょっと前に遡る。


「エルグレド様」


支度を終わらせ部屋を出る途中で執事のクライスに呼び止められる。心なしかげっそりしているように見えるのは気のせいではあるまい。


「どうした?クライス」


ここ数日ロゼと事あるごとにぶつかっているのをエルグレドは知っている。そしてその度にクライスが言い負かされていることも。


「先程ロゼ様が着替えを終えたのですが・・・・」


クライスが憎々しげな顔をしていたのでまた一悶着あったのかと思っていたらそうではないらしい。エルグレドは首を傾げる。


「何か問題でも?」


「・・・・いえ、それは素晴らしくドレスを着こなしてらっしゃいます。」


驚きましたよ私は。と呟きながらまだ何か言いたげにしているクライスに益々訳が分からなくなる。


「似合っているならいいじゃないか」


「・・・・とにかく、お会いになられては?」


そういえばロゼはドレスを選んだきり礼儀作法の勉強を全くしていなかったと思い出し不安を抱きながら自分がしなければならないであろうフォローを考え無意識に眉間に皺が寄ってしまう。そんなエルグレドを横目で見つつクライスは大きく息を吐いた。


「俺だ。入ってもいいか?」


声をかけると中から使用人がドアを開けた。エルグレドはその使用人から視線を中に移し、その中心人物を見た途端よろめき横のドアに強く頭をぶつけそうになり反射的に手をドアについた為物凄く大きな音が部屋に響き渡った。


「エルグレド様!」


慌ててクライスが駆け寄るのを手で制して赤くなりそうな顔を精神力で立て直した。見事な仏頂面である。


「・・・クライスといい・・本当に失礼な人達ね。こういう時は嘘でも褒めるものではないの?」


どうやら先に見ていたクライスも同じ反応を示したらしい。気持ちは分からなくもない。


「い、いや。とても似合っている」


と、いうか正直美しすぎる!とエルグレドは頭を抱えたくなった。

ロゼがいつも着ている服はドレスではなく宮廷で支給されている動きやすい魔術士などが着る制服である。元々学園の制服に似ていた作りの為抵抗なく支給されるまま着ていたようだ。

だから気がつかなかった。ロゼのプロポーションが抜群に優れていることに。

濃くはないがしっかりと施された化粧といつもは無造作に下されている髪が美しく結い上げられそれによって美しい顔のラインがはっきりとわかる。

瞳はパッチリしていて可愛らしいのにロゼの大人っぽい表情が幼さを感じさせずいい感じにバランスが取れている。背はそこまで高くないものの、出る所はしっかり出て引っ込む所はしっかり引っ込んでいる身体に着ているドレスが映えている。いうなればパーフェクトである。


(・・・・・こ、これは。)


エルグレドは目配せだけでクライスと会話する。


(目立つ上に間違いなく男どもが群がりますね。)


目の前の婚約者が美しく微笑み優雅にお辞儀をするのを呆然と見ながら頭の端でゼイルのセリフを思い出した。


(認めるのは癪だか。ゼイルは俺より女性を見る目があるようだ。)


エルグレドが懸念していた礼儀作法も難なくクリアしたらしいロゼをエスコートすべく妙は敗北感はとりあえず横に置いておこうと決めロゼの手をとるエルグレドであった。


* * * *


パーティ会場はざわついていた。

エルグレドとロゼが入場した途端様々な奇異の視線が一斉に二人に注がれていた。

まずあのエルグレド・ファイズが女性をエスコートしながら会場に現れたことに驚愕し、一緒にいる女性がとても美しく男性からの視線を一身に集め、事情を知るものがロゼの気品溢れる立ち振る舞いに本当に平民なのかと目を白黒させていた。

そんな中優雅に近寄ってくる一人の女性がいた。


「やっとお会い出来ましたわねロゼ様」


「エレナ王女」


エルグレドが深々と頭を下げる。ロゼもそれにならう。


「陛下からお話を伺った時からお会いするのをとても楽しみにしておりました。顔を上げて下さいな」


ゆっくりと顔を上げるとそこには天使がいた。


「私はエレナ・アグレイナ以後お見知り置きを」


ふわゆるウェーブを可愛らしく結い上げピンク色のドレスを素敵に着こなすこの少女この方こそバルド・アグレイナの一人娘である。ロゼは思わず凝視した。


「かっ!・・・・可愛い!」


思わず漏れた本音に隣にいたエルグレドはギョッとする


「え?」


聞き慣れないのかエレナも思わず聞き返してしまった。しかしロゼの暴走は止まらない。


「わたくし今日ほど女に産まれたことを後悔したことないと思いますわ」


「は?」


今いち飲み込めていないエレナはやはり首を傾げる。それに構わずウットリしながらロゼは喋り続けた。


「貴方ほど美しく愛らしい方は見たことがありませんもの。私が男性ならば絶対放っておきませんわ!」


ここでやっとロゼの言いたい事がわかりエレナは一気に顔を赤らめた。


「ま、まぁロゼ様っ!お、お上手ですわね・・・ありがとうございます」


下を向いてモジモジしてしまうエレナにさらにロゼは悶えた。


(ふぉぉぉうなんじゃこの可愛い生物!!)


「せっかくこうして知り合えたのですから今度お茶でも如何ですか?」


どこかのナンパ男が吐いていたセリフを平然と口にしつつほんわかと和んでいたら横からそれを邪魔する声が降ってきた。


「えらい分かりやすい媚び売りだな。やり過ぎは褒められたものではないぞ」


まぁ見方によってはそう取れなくはないがあの目はガチだったとエルグレドは新しい問題の種に目を向ける。


「ベルグレド様!」


エレナの瞳が一気に輝きを増した。一方ベルグレドは淡々とロゼに話しかける。


「一曲どうだ?未来の義理姉殿」


礼儀も何もない誘い方である。ロゼは完璧な笑顔を顔に貼り付けた。


「いいかしら?エルグレド様」


「あ、ああ。構わないが」


エルグレドとロゼはまだ踊っていない。本来なら断るところだかベルグレドはエルグレドの弟であり皇帝陛下の娘の婚約者である。踊っても何も言われはしまい。そう考えて了承する。

二人が踊り出すと隣でほぅとエレナが吐息をはきだした。


「ロゼ様はダンスもお上手ですわね」


本当にとエルグレドも思う。いつの間に習得したんだあいつ、と。


「全く、本来ならエレナ様の側に居るべき所を・・・無礼な弟で申し訳ない」


エルグレドの謝罪に力なく首をふりエレナは微笑んだ。


「いいえ。仕方ありませんわ・・・ベル様は私には興味がおありにならないのですから」


「何をおっしゃいます。そのようなことは・・・・」


「いいんです。私は・・・あの方の近くに居られるだけで幸せなのですから」


そう言って羨望の眼差しを向けるエレナを見てまた深々と溜息がでるのである。


(本当に、どうにかならないものか・・・・)


その視線は思わず睨むように踊る二人に向けられていた。
























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