二人の距離③
貴族や上流階級の者達が住む貴族エリアはガルドエルム城の坂の下。城を囲む様に建っている。
東西南北と城下町へ繋がる門があり、その先は一般の平民達が暮らすエリアである。
貴族達はガルドエルム各地に領地をもっており、それぞれの血族が代々領地を治めている。
しかしこの世界に生きているのは人間だけではない。
この[階級]という制度は人間族同士のみ通用する秩序の維持を目的とした制度であり、一歩未開の地へ足を踏み入れたのならば貴族であろうが、か弱い子供であろうが、そこを住処にしている者たちに従わなければならない。
この世界ファレンガイヤ で人間が治めている地は多くはない。
大まかに分かっているだけで人間族、エルフ族、コルボ族、ドワーフ族と分かれている。
人間以外の者達が住む国がそれぞれにあり、その領域はお互いに侵してはならないという暗黙のルールがある。
またこの四種族以外にも存在している者たちがいる。
それが魔人と呼ばれている者達だ。
彼らは他の種族が使えない黒魔法を使うことができる。人間がこれを無理に使おうとすれば代償に呪われたり身体が蝕まれたりするが彼等はなんの負荷もなく扱うことが出来ると言われている。
故に魔人は滅多に他種族と接触しない。
何故なら、その力を自分の利益のため手にしようとする者に狙われやすいからだ。
しかも魔人の魔力はエルフ族に匹敵するかそれ以上である。
もし、彼等が本気を出せばこの世界を保つことが出来なくなるとまで言われている。
実際遠い昔一度この地は滅びかけたらしい。
その数百年前に魔人を封じる事を目的とした一族が生まれたという。
それがもう一つの一族[魔女の末裔]である。
どんな経緯かは、いまだ解明されていないが彼等は魔人がこの地の秩序を乱す時、現れると言われている。
しかしこの事は一部の研究者や冒険者しか知らないことであり、もし魔人が気まぐれで人間の滅亡を望むのであれば、人間族は成すすべなく蹂躙されるであろう。
人間族は他種族達にも良く思われていない。
だが、今まで人間族の歴史上他種族に侵略された歴史はない。また逆も然り。
これも今だに仮説の域をでないのだが例え他種族の地を奪えたとしても、その地では決められた種族しか生きられないのではないかと・・・。
「各地にはそれぞれ決められた儀式や掟などがある。時が流れて人々が忘れていたとしても、無意識に体が覚えているってことかしらね」
ロゼは読んでいた本をそっと閉じる。
(他種族との争いが無くとも同種族同士争っていたら意味がないけどね)
本をしまい椅子から立ち上がるとロゼは両手を上げて伸びをし、気合いを入れて部屋から出る。
(とりあえず私は私の戦さ場へ行こうかしらね)
ただエルグレドの屋敷までの距離を考えていただけなのに違う所に思考が飛んでしまいロゼは首を傾げた。
(最近考えることが増えて頭が疲れてるのかしら?)
これから対峙するであろうファイズ家の面々に備えておかなければいけないロゼは頭を切り替えるべく貴族街に向かって歩き出した。
* * * *
「ようこそお越し下さいました。私はファイズ家の執事のクライスと申します。以後お見知り置き下さい」
屋敷の玄関先で迎えてくれたのは数人の使用人とこの家の執事だった。エルグレドは遅れて城から来るようだ。
「私ロゼと申します。こちらこそ色々ご助力いただけるそうで。感謝致します」
「では屋敷の中をご案内させていただきます。どうぞ」
執事は優雅な動きで先を促す。ロゼはそれに続いて歩き出す。歩きながら執事は順番に必要な部屋を説明してくれる。
(・・・特に変わってるとは思えないけど。強いて言うなら歳が若いくらいで・・・何が問題なのかしら?)
エルグレドのあの様子だとよっぽど癖のある人物達がいるのだとロゼは思っていた。実際噂だとエルグレド目当てで訪問してきた令嬢を何人も追い返していると聞いている。
(どこでも噂話って皆んな好きよね〜お陰で私は助かるけど)
そんな事を考えていると先を歩いていたクライスが話しかけてきた。
「ところでロゼ様は・・・どうやって陛下に取り入ったのですか?」
このセリフどこかで聞いたような?と思考を巡らせ、ああコイツの主人だと思い出す。
「貴方のような田舎くさい娘がエルグレド様の婚約者になるには、さぞかし御苦労されたのでは?」
カーン!とロゼの頭の中でゴングがなる。
やる気は朝から充分のロゼである。
「あら?苦労なんて全く感じませんわ!どうしてもと切望されて・・・逆にこんなにアッサリと決まってしまってよかったのかしらと心配してます」
申し訳無さそうに俯いてみる。もちろん微塵も思っていないが。
「それはそれは杞憂でしたね。貴方ほどの女性になると意中の男性を思い通りに操るのなど造作もないことなのですね?ぜひその手腕を拝見してみたいものです」
「思い通りになど・・・そんな事が出来るのなら是非私も教えいただきたいものです」
「何を仰います。我が主は貴方に夢中でございますよ。その証拠に貴方からいただいたという指輪を片時も外そうと致しませんから」
「それは良かったですわ。よっぽど気に入っていただけたのですね」
(この様子をルシフェルが見ていたら、きっと大爆笑されるだろうな)
ロゼは必至に笑いを堪えていた。
「ええ!それはもう!それがどんな安物であろうとも主人が幸せであれば、それでよいのです」
「・・・私では彼の婚約者に相応しくないと?」
先程からこの執事、柔らかい笑顔で明らかな攻撃を仕掛けて来ている。もう少し付き合ってもいいが、そろそろエルグレドが来そうなので話を進める事にした。
「まさか。私はエルグレド様が選んだ方でしたら、どんな方でも受け入れます。それが例え薄汚れた下級層の人間であったとしても・・・」
「・・・っふ」
クライスは顔を伏せたロゼにさらに追い討ちをかけようと口を開きかけ身体を硬直させた。泣き出したのだと思っていた相手が鋭い目つきでクライスを射抜いているのに気がついたのだ。
しかし口元は怪しく弧を描いている。
「あんたいいわぁ〜」
口調がガラリと変わり先程までとは別人のロゼにクライスは確信を深める。
(やはりこの女!良からぬ目的でファイズ家に取り入ろうと!)
「可愛そうに。薄汚れた下級層の女にこき使われなきゃならないなんて、ご愁傷様」
クスクス笑いながら毒を吐いてくるロゼに早急に追い出さねばとクライスが思案していると背後から声がかかった。
「ロゼ!先に俺の所に寄れと言っておいたはずだが?」
クライスは内心舌打ちしながらロゼを窺い見る。
ロゼはキョトンと少女らしい表情で見返している。
「申し訳ありませんエルグレド様。私は貴方をお待ちしてはと申したのですが。ロゼ様がどうしてもと仰るものですから先にご案内しておりました」
大嘘である。ロゼの印象を悪くしたかったらしいがロゼは全く気にならないのか、その流れで話を進めだした。
「ドレスを選ぶのにエルグレドは必要ないけど?」
(なんて事言い出すんだこの女!)
クライスは茫然とロゼを見る。
「何だ。俺に居られると困ることがあるのか?」
主人の言葉にクライスはさらに驚愕で動けなくなる。エルグレドは一見分かりづらいが不服そうな拗ねたような表情をしている。しかしそれは子供の頃から一緒にいたクライスだからわかる僅かな変化である。
「そうじゃなくて、楽しみは本番に取っておくものじゃない?」
「誰が楽しみにしてると言った」
「貴方が楽しみにしてなくても心待ちにしてる人は他にいると思うわよ?」
そのロゼの言葉に瞬時にゼイルの顔が思い浮かびエルグレドは苦々しく眉をひそめる。
「っお前は・・・」
ロゼの言葉に他意はなかった。ただ単純にバルドや自分を知らない者達のことを言ったのだが、いつも言葉の裏を読んでいるエルグレドはその言葉がどちらか分からなかった。
「エルグレド?」
エルグレドは不思議に思い呼びかけたロゼの声にハッと我に返り肩を掴みそうになった手を下ろす。
「さっさと選んで下に来い」
思わず強めに吐いてしまったセリフにまたもや失敗したとエルグレドは思ったがロゼは気にならなかったのか呑気に手を振って衣装室へ入っていった。
その二人のやり取りをこの屋敷の執事は何も言えず黙って見ていた。