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二人の距離①

ガルドエルムの竜騎士長といえば、数多の戦さで圧倒的強さで勝利を収めてきた最強の戦士である。

また、その人間離れした強さ故に周りから恐れられている。


(何なのかしらね、この空気)


ロゼは今、宮廷の敷地内にある訓練所に足を運んでいた。

そこは竜騎士や宮廷に仕えている兵士達の鍛錬の場である。


「次」


(と、いうか何で騎士団長自ら部下一人一人相手してるのかしら?皆んな怯えてるけれど)


剣を受けていた兵士はあっという間に打ちのめされ、次に呼ばれた兵士は少し青ざめている。


「おい、あの子誰だ?あんな子この宮廷にいたか?」


「いや、見たことないな。誰かの知り合いか?可愛い子だなー」


「声かけてみるか?いや、騎士団長がいるしな・・」


にわかに周りがざわつき始める。

訓練所は女性騎士も使うので全く女性がいないわけではないが、それでも男性騎士に比べれば圧倒的に少ない。

こんな汗臭い場所に女性が来るのは、とても珍しいことだ。


「次」


先程までロゼを興味あり気に見ていた青年は、急にエルグレドに目で呼ばれ、ヒュッと息を吸った。

顔はみるみる青ざめる。

ロゼはそんなエルグレドを呆れた顔で見つめている。



「・・・・お前、何故ここにいる?」


その時始めてロゼに気がついたのか、それとも気づいていたが無視していたのか、やっとエルグレドはロゼに話しかけてきた。ロゼはそんな彼にニッコリ笑いかける。


「何故って貴方に会いに来たんですけど?」


「それでは、こんな所ではなく客室で待て」


「待ってました先程まで。いつまでもお越しにならないので私が来たんです」


何時間待たせるつもりだと微笑みながら訴えてみる。

無言の圧力にエルグレドはそれ以上の苦情を取り敢えず飲み込んだ。この少女は口が達者である事を、この短い間にエルグレドは学んでいた。


「・・・・わかった。そちらへ向かう」


「あら。構いませんよ?私はこちらで貴方の勇姿を拝見していますので」


見られて嫌がる姿を見ていたい、と瞳を輝かせるロゼの様子に何かを感じとったエルグレドが眉根を寄せる。


「やめろ。お前よからぬことを考えてるだろ」


「失礼ですね? よからぬことなんて物騒な物言い。終わるまで意味ありげな視線を送り続ける程度の可愛い嫌がらせですよ?」


「その時点で迷惑だと言っているんだ」


この辺りで、先程までハラハラと見守っていたギャラリー達が本格的にざわつき始めた。

大の大人でも避けて通るエルグレド相手に全く物怖じせずに軽口を叩いている少女に皆呆然と目を向けた。


「え?団長と普通に話してるぞ、あの子。何者?」


「いや、まさか・・・・でも 。まだ公表されてない婚約者って・・・」


「あの団長とあんな風に言い合えるなんて・・・信じらんねぇ・・・」


誰もが二人の関係が気になっているが話しかけられない。

そこに今日初めてエルグレド相手に躊躇なく話しかけてくる人物が現れた。


「ファイズ団長、珍しいですね?こんなに早く鍛錬を切り上げられるなんて。雪でも降るんじゃないですか?」


「ゼイル。お前は随分と遅かったようだが?」


「仕事してたんですよ。剣を振るうだけが仕事ではありませんよ?報告業務も立派な職務です」


癖の強い波打つ長い髪を揺らしつつ現れた人物は、口元に笑みを浮かべエルグレドの嫌味も難なく軽口でかわしている。


その立ち振る舞いから、この男も貴族なのだとロゼは瞬時に判断した。

そんなロゼの視線に気がついたゼイルは、一瞬呆けたように口を開いた後、目にも止まらぬ速さでロゼの前に片膝をついた。


「美しいお嬢さん。私はゼイル・デュバルエと申します。貴方のお名前をお伺いしても?」


「ゼイル様?副騎士団長の?」


「ご存知のだったのですね!貴方のような素敵な女性に知って頂けるなんて!今まで励んできた甲斐があります!」


周りからは、またかという呆れた視線と、おいおい大丈夫なのか? という不安そうな視線が三人に集中した。

その場にいる全員、嫌な予感しかしない。


「こんな場所で貴方のような方と出会えるなんて運命に違いない!」


「え?それはないかと・・・」


「僕は一目見て貴方に惹かれてしまった。君はどこに仕えているんだい?一度ゆっくり二人で親睦を深めるためにお茶でもしないかい?うちに招待するよ!」


「え?無理です」


「何故だい?うちが嫌ならどこかに出かけるのでも構わないよ?」


「いえ、そういうことではなく・・・」


やばい。阿保がいる。ロゼは頭が少し痛くなった。こういう手合いは思い込むと人の話しを聞かないことが多いので困る。相手は貴族であるしギャラリーが多い為、一瞬対応にもたついていると、思わぬ助け船が入った。


「ゼイル。彼女はダメだ」


今まで黙って聞いていたエルグレドが渋々と言った感じでゼイルを制止する。


今までになかった事なのか、ゼイルは驚愕の表情をエルグレドに向けた。


「・・・え?まさか団長も彼女を?イヤイヤだめです!貴方には最近婚約者が出来たばかりでしょう!」


ゼイルがそのセリフを吐いた瞬間、周りの空気が凍りついた。その後自分達の騎士団長から知らされるであろう内容が予想出来たからだ。


「その婚約者が彼女なんだが?」


そのセリフにゼイルがまた呆然と固まってしまう。


「ゼイル。前にも言ったが必要以上に風紀を乱すな。仮にもお前は副団長だろう。誰彼構わず手を出すな」


「しっ失礼な!そんなことしてませんよ!彼女ほど魅力的で素敵な女性なんてそういませんよ!それなのによりにもよって団長の婚約者なんて・・・・」


「そういう馬鹿みたいな発言を慎めと言っているんだ。罰として残りの兵士達の相手をしろ。サボるなよ。後で他の者に報告させるからな」


エルグレドはロゼに目配せすると歩きだす。

執務室に戻るらしい。

ロゼは一応淑女の礼をして後に続く。


「・・・おのれぇぇぇファイズ!!何故お前ばかりぃぃ!!」


背後から何か雄叫びの様なものが聞こえたような気がしたが、エルグレドが何も言わないのでロゼは聞こえないフリをした。


「だからさっさと帰れと伝えただろう。お前、先程のやり取りで完全に色んな奴に目を付けられたぞ」


「あっちが勝手に絡んできたのよ?不可抗力じゃないかしら?」


「せっかく面倒ごとから遠ざけているのに自分から乗り込んで来るとは・・・とにかく、これ以上王宮で目立つことはするな」


「でも、そういうの慣れてるし。大丈夫よ?」


むしろ今更じゃないかしら?とロゼは首をかしげる。


「俺が大丈夫じゃないんだ!」


おやおや?っとロゼは悪い顔をする。


「えーと。それはつまり・・・誰にも私を見られたくないと?」


ロゼは可愛いらしく笑みを浮かべながら執務室のドアの前に着いたエルグレドを覗き込んだ。エルグレドはいつの間にか近い距離にいるロゼに反応出来ずただ見返した。


「ファイズ騎士団長は私の事、そんなに大好きだったんですね?知りませんでした」


(大好き?何故そうなる!)


すぐにでも否定したいが、嬉しそうに見上げてくるロゼが目に入ってくると、何故かすぐに言葉が発せられなかった。


「・・・・どうしたらそんな発想になるんだ」


精神を立て直すべく次の言葉を口にしようとして、また言葉を出せなくなった。ロゼがエルグレドのお腹に抱きついてきたのだ。


「早く二人きりになりたいわ」


あまりに突然の出来事に瞬時に頭が冷静になる。

自分達が覗かれていることに気がついたのだ。


(全く・・・本当にとんでもない)


ロゼを見ると無邪気に甘えているようにしか見えない。

だがその内情は、さっさと鬱陶しい見張りがいない所へ移動しろ!と訴えている。エルグレドは黙って膝をつくとキョトンとしたロゼの太ももに腕を回し、そのまま上へ担ぎ上げた。


「え?っきゃ!!」


「もう喋るな」


思いもしないエルグレドの行動にロゼは思わず顔を赤くする。自分から抱きついた時は何ともない顔をしてた癖にとエルグレドは内心苦笑いした。


(あら?もしかして怒らせちゃったかしら?)


ロゼはロゼで大胆な行動に出たエルグレドに狼狽えつつ、もしかしたら加減を間違えたかと心配になる。


ここ数回交流してロゼはエルグレド・ファイズという人物が自分が思った以上に穏やかな気質であると思っていた。


生真面目で厳しくぶっきらぼうには間違いないが、彼自身が理不尽な物言いをすることは無いし、要求もしてこない。

周りの貴族がする様な淑女への丁寧な対応をロゼにするわけではないが、それは恐らくロゼが平民で慣れていないからだと思う。来るなと言うくせに、訪れれば何だかんだロゼの相手をし不都合がない様、取り計らってくれるのだ。


ロゼはいけないと思いつつ彼といることが心地よいと感じ始めていた。


(仮初めの婚約なのに、あまりに馴れ馴れしくし過ぎたかしら。でも・・・・)


チラッとエルグレドを覗き見ると冷静な顔で扉を閉めている。恐らくロゼの意図に気がついたのだろう。


(何だろう。なんか悔しいのよね)


なんとなく、もやもやしていると扉を閉めたエルグレドがロゼを支えていた腕を緩めた。降ろすのだと思い、されるがままになっていると何故かそのまま流れるように横抱きにされた。


「え、エルグレド?」


「見張りはもう行ったか?」


耳もとで囁かれて変な感覚が背中に走り抜ける。

なんだろう。凄く恥ずかしい。


「・・・・気配は、まだあるけど。この中にいれば話は聞かれないと思う。覗かれは、するかもしれないけど。魔法を使われていれば私が気がつくから」


なんだか悔しいのでロゼもエルグレドの耳元で囁いてみた。しかし動揺は感じられない。

ロゼはなんだか面白くなかった。


「そうか」


エルグレドはロゼを抱えたままソファーに座った。

まだロゼを下ろす気はないらしい。


「忠告を聞かなかったお前が始めたことだ。最後まで付き合ってもらうぞ」


(あ。やっぱり結構怒ってるわ、コレ)


見張りがいなくなるまで仲睦まじい婚約者を演じなければいけないらしい。何が彼の怒りに触れたんだろうか、と考えてすぐ考えるのを放棄した。


(この方が都合がいいし、まぁ深く考えるのはやめよう)


会いに来るたび逃げられては本来の目的が果たせなくなってしまう。ロゼの本来の目的は彼を守る事だ。


(バルドは、こうなる事が分かって見張りをつけているのかしら?それとも他の目的がさらにあるのか・・・)


「何を考えている?」


考えに耽っていたせいか耳元の囁きにビクリと身体が反応してしまい。思わず顔をそらす。


「何って色々よ。貴方の事とか」


その返答に苦笑いを浮かべながら、エルグレドはもうそれ以上は聞いてこなかった。話を逸らされたと思ったらしい。


(事実なんだけど信じてないわね。まぁ・・・信じなくて当然だけど)


まだエルグレドに本当のことを話す事はできない。

いつか真実が話せる時、彼は心を開いてくれるのだろうか?そこまで考えてロゼは何故か少し落ち込んだ。


(何を考えているの。すべて終わったら関わりがなくなって清々するだけよ。それ以上もそれ以下もないわ)


そんなことを考えながらロゼは無意識のうちにエルグレドの胸元をきゅっと握っていた。力は込められていなかったがエルグレドは気がつき周囲の様子を確認してから不快にならない程度の力でロゼの背中を撫でた。

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