婚約者らしく
あれからさらに数日がたった昼下がり。
エルグレドは王宮の執務室で新たな問題に頭を悩ませていた。
「何故こう次から次へと面倒事が起こるのか・・・」
「なぁーにを、そんな難しい顔して睨んでるんですか?」
突然自分の頭上から声がして、思わず思考が停止する。
その一瞬をついてロゼはエルグレドが持っていた紙を取り上げると首を傾げた。
「婚約パーティー?」
「お前・・・いつの間に・・・」
気配が全く感じられなかった。その事に内心動揺していると、ロゼはエルグレドの問いには答えず会話を続けた。
「ここってお茶入れられるかしら?あ、あれね」
そして執務室の角に置いてあるティーセットを手に取り勝手にお茶の用意を始める。
その様子にエルグレドは溜息をもらした。
「何故ここにいる?」
必要な時以外、来なくていいと告げた筈だ。
ならば何か用があるのだろうと、次の言葉を待っていたエルグレドはロゼの返答に再び動揺した。
「何か理由が無きゃ来ちゃダメなの?私一応婚約者よね?」
正確にはダメではないが仕事中に特別用も無く来るのは褒められた行為ではない。しかしエルグレドは何から尋ねるべきか少し考えた。
「婚約者であろうがなかろうが、用もなく会いに来るとは思わないだろう」
「貴方の数少ない休憩時間を提供しに訪れた優しい婚約者って事にしておけばいいんじゃない?」
確かに普段からエルグレドは仕事中、休憩をあまり取らないが何故そんな事この少女が知っているんだ? と思うのと同時に目の前にお茶が置かれる。カップの中を覗いてみると見たこともないような黄色い液体が揺らめいている。
「初めて見る色だ・・・」
「この辺りでは栽培されてないからね。南西部にあるスノーウィン国で取れるのよ」
少し離れたソファーに座り優雅に同じお茶を飲むロゼがいる。エルグレドはじっとお茶を見つめた。
「毒なんか入れてないわよ?」
「そんな心配はしていない」
ロゼは軽く肩を竦めてみせる。
少しは疑っただろうとは口に出さない。
面倒だからだ。
「ここに書かれてる内容、私達の事じゃないわよね?」
エルグレドから取り上げた手紙を見せながらロゼが尋ねると元々隠すつもりもなかったのか、すんなり頷いた。
「それは俺の弟とエレナ様の婚約パーティーだ」
「・・・・・は?」
ロゼは目が点になる。
そうなるのも仕方がない。
今エルグレドが口にした"エレナ様"に、ロゼは覚えがあった。
「エレナ様って皇帝陛下の一人娘の?」
「他に誰がいるんだ」
流石のロゼも顔を引きつらせる。
他人事とはいえ、同じ兄弟とは思えない待遇の差である。
「そ、それは溜息も吐きたくなるわよね。・・・・弟の相手は次期女王陛下・・・」
それなのに兄は平民と半ば強引に婚約させられたのだ。
事情を知らないとはいえ、気の毒すぎる。
「誤解があるようだから言っておくが、俺はこの2人の婚約を祝福しているし、弟を誇らしく思っている」
変な勘違いをするなとエルグレドは眉を寄せ、呆れた様子でロゼを見る。そんなエルグレドにロゼは首を傾げた。
「じゃあ何でそんな悲壮な顔をしてるのよ?」
エルグレドは眉間を押さえながら苦々しげに言葉を吐き出した。
「問題は弟が、この婚約を嫌がっていることだ」
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「あんな頭の悪い女と結婚だなんて真っ平ごめんです。断って下さい」
絶対零度の空気を発しながらエルグレドの弟、ベルグレド・ファイズは言い放った。
「第一に、何で兄さんが素性も知れない平民の女と婚約させられて俺が王女と?おかしいでしょう? なに考えてんだ、あの国王は!」
「・・・・口を慎め、ベル」
今コイツ、王女の事頭悪いって言わなかったか?
思わずエルグレドは外の気配を伺った。
「陛下の決めた事だ、恐らく覆ることはないぞ?」
そんなエルグレドをベルグレドは忌々しげに見つめてくる。
「兄さんはいつも陛下の言いなりだな」
怒りの篭った声でベルグレドが吐き捨てるように呟くと、なんとも言えない重い空気が室内を包み込んだ。
この国の貴族にとって政略結婚は良くあることだ。
ましてや位の高いファイズ家である。縁談の話など腐る程来ている。だが今までエルグレドはその縁談を断り続けてきた。
「エレナ様と結婚したとしても、お前が王になることはないと思うぞ。王の血筋なら他にもいる。他に心に決めた者がいるのか?」
答えがわかっていても、この問いを言わずにいられないのは、あの儚げに笑う王女の幸せを出来れば叶えてやりたいと心の端で思っているからだろう。
「そんなものいない。ただエレナと結婚したとしても俺は彼女に優しくできない」
エルグレドは内心がくりと項垂れた。
****
「それはまた・・・強烈なご兄弟をおもちで・・・」
「お前、面白がってるだろ」
エルグレドは両者から板挟み状態である。
苦々しく思いながら目の前のお茶に口をつけると爽やかな香りとほんのりと優しいお茶の甘みが口に広がっていく。
それは思いの外エルグレドの口に合った。
「人事ではないぞ。それに、お前も出席するのだから」
「必然的に私のお披露目パーティーにもなるわけね」
「そうなるな。まだもう少し先の話になると思うが」
エルグレドが奪われた手紙を取り上げず話を進めたのは、それをロゼに伝える為だったらしい。
ロゼは興味無さげに手紙をエルグレドに差し出した。
エルグレドはそれを受け取りながら最初に尋ねた質問をもう一度ロゼに投げた。
「それで?お前の要件は何だ?」
「だからね? 私達、見た目だけでも婚約者らしくした方がいいと思うのよ」
何が、だからなのかとエルグレドは思う。
イマイチ反応が悪いエルグレドにロゼは話を続けた。
「お互い何も知らないままじゃ親睦も深められないと思うの。だから周りからそれらしく見えるようになるまで手が空いたら貴方に会いに来ることにしたの」
「婚約者らしく見せる必要があるのか?」
「後々困るのは貴方の方だと思うのだけれど」
確かに。陛下直々の命である。蔑ろになど出来ない。
「私達見張られてるわよ。なんとなく気づいてるとは思うけど。恐らく陛下が見張らせてるのだと思う」
エルグレドは苦々しい顔をする。薄々気づいていたが、まさか婚約者との関係までを心配されてるとは考えつかなかった。
「一体何を考えていらっしゃるんだ」
考えられない。そんな事させる暇があるなら別の仕事をやらせて欲しいと心の底から思う。
「乗りかかった船だから付き合ってあげる。因みに、このお茶は私のお気に入りなのよ。覚えておいてね?」
ロゼの満面の笑みを見つめながら、これは最早だだ二人にから揶揄われているだけなのでは?とエルグレドはまた深い溜息を吐き出したのだった。