定めの子
エルグレドは、もう生気がない愛しい少女を自分の腕に抱いたまま見下ろした。
「・・・・ロゼ」
震える手で彼女の頭を撫でる。何度も何度も。
「なぜ・・・・来たんだ・・・・」
彼女の顔にポツリとポツリと水滴が落ちすべり落ちる。
「俺は、お前を傷つけたくなかったのに・・・・」
「・・・・ロゼはちゃんと目的を達成したんだな」
傍にルシフェルが膝をついた。
他の二人はまだ呆然と立ち尽くしている。
「ロゼがあんたの側にいたのは最初からあんたを助ける為だった」
最初に対面した時のバルドとロゼの目のやり取りがエルグレドの頭の端で思い出される。
「褒めてやれ。こいつは自分の信念を貫いた。例えそれがあんたにとって辛い現実でも。そうじゃなきゃロゼが救われないだろ?」
ルシフェルは自分にもそう言い聞かせた。
「ロゼ・・・俺は・・・・」
いつも、いつだってエルグレドが辛い時。そのタイミングでロゼが現れた。
彼女はエルグレドの苦しみをちゃんと理解していた。
そして決してエルグレドを責めたりしなかった。
彼女はいつもエルグレドの味方でいてくれた。
エルグレドを助けに行くと、言っていたのに。
「お前を、幸せにしてやりたかった・・・」
例えその相手が自分でなかったとしても、生きて笑ってい欲しかった。
彼女が自分より早く逝くなどとは考えてもいなかった。
もう息をしていない彼女の唇にそっと自分の唇を重ねる。
エルグレドがその冷たくなった唇からそっと"祝福"を送っ
た。
彼女が少しでも安らかにあの世へ旅立てるように。
しかし。
[この少女を生き返らせたいか?]
息をしていないロゼの口が突然言葉を吐き出した。
これには全員目を剥いた。
[この者は五つの宝玉を持つひとり。この地に選ばれた神の御子である。今彼女が死ぬことはこの地が滅びる事に等しい]
「お前は誰だ?」
エルグレドはロゼじゃない者に問うた。
[私は全てを見守るもの。そして神の御子達を導く存在]
「じゃあ生き返らせる事が出来のか?」
ルシフェルの問いにそれはハッキリと答える。
[出来る。ただし人では無くなる]
それには皆絶句した。
[この者の時は今より止まり、永遠に動く事はないであろう。愛する者を永遠に見送り続けるのだ。その苦痛で狂うかもしれぬ]
例え世界が滅ぶとしても今このまま眠りについた方が彼女にとっていいのかも知れない。
[エルグレド・ファイズ。そなたはロゼと出会うべくして出会った]
そう言われてエルグレドは驚いた。
エルグレドは予言の事を知らなかった。
[そなたはロゼが使命を果たす為に必要な定められた者。本来ならもっと早くにその使命を果たせた筈だった。だが神の御子はその定めを変える事が出来る唯一の存在]
自分がロゼにとってそんな存在であるなど考えたこともなかった。ロゼもそうだろう。
[ロゼが人で無くなるのならそなたも人ではない者になるのだ。彼女と運命を共にし生死も共に分かち合え。次に彼女が死ぬ時そなたも一緒にその一生を終えるのだ]
エルグレドはロゼをじっと見た。
どの選択が正しいのかエルグレドには分からない。
[そなたが選ぶのだ。その権利がそなたにはあるのだから]
エルグレドは他の三人の顔を見る。
皆蒼白な顔をしているがその瞳は皆同じだった。
「俺は・・・・・・いいだろうか?彼女と生きて」
三人はその答えに歪んだような泣き出しそうなそんな顔をした。だがその答えを全員が望んでいる事がエルグレドには分かった。
「かまわない、俺は死ぬまで彼女と共にいる」
カーンと全員の頭の中で鐘の様な音が鳴った。
[そなたの願い。確かに聞いた。哀しき魔人の子よ。そなたの親がつけた本来の名を教えてやろう。それをもってそなたは永い永い生を生きるがいい]
エルグレドとロゼの身体が金色の光の渦に包まれていく。
三人はそれを固唾を飲んで見守っている。
[きっとそなたはその名を聞いても思い出さぬであろう。だがいずれロゼにはそれが必要になる。その時まで大事にとっておくがいい]
ビリビリと足先から力が抜けていく。エルグレドはロゼを離すまいと必死に抱きしめた。
[そなたはずっと前にすでにロゼと出会っている]
手も痺れはじめ、身体の中がかき回される様な、浄化される様な不思議な感覚を感じながらそれでも耳を必死に傾けた。エルグレドにはロゼに会った記憶がない。
意識が途切れそうになる瞬間その名はエルグレドの耳に入ってきた。
[本当のそなたの名は"アーシェ"という」
****
「泣いているの?ロゼ」
ロゼはいつものあの森で一人泣いていた。
声をかけてきたのはアーシェだ。
「泣いてない!あんな奴らなんかに泣かされてない!」
ロゼが生まれたこの村はとても貧しかった。
ロゼの両親はその中でも裕福な方で母親がいた頃は皆を助けながら上手く付き合っていた。
しかし父が帰らなくなり母親も数年前急に倒れ、亡くなってから、村人の態度は急変した。
かろうじてロゼが母の装飾技師を受け継いでいたため何とか生活出来たが、それでもロゼとファイは村人達には厄介者だったらしい。
たまに力が制御しきれずにファイがぼやを出したり、ロゼが家を破壊してしまうのも原因の一つだった。
「早くこんな村出て行きたい。ねぇアーシェはいつまでここにいるの?」
「そうだね。多分そんなに長く居ないと思う。パメラの用事が済んだらここを発つよ」
その言葉にロゼの心は沈んだ。
数ヶ月前にアーシェは母親のパメラとここにやって来た。
父親の所へ向かう途中で迷ってしまったらしい。
村人は最初警戒し留まるのに懸念を示したがパメラが持っていた宝石を見て眼の色を変えた。今では少しでも滞在を引き延ばそうと躍起になっている始末だ。
「いいなぁ。ねぇ、私達も一緒に行っちゃ駄目?」
それにはアーシェが困った顔をした。
それはそうだ。母子二人の旅に更に子供二人を連れて行けるわけがない。
「君を連れてはいけないけど、その代わり君には外の事色々教えてあげるよ。なるべく早くここから出られるように」
その言葉にロゼは大喜びでアーシェに抱きついた。
アーシェは愛おしそうにそんなロゼの頭を撫でる。
「いつか・・・僕が自由になったら一緒に旅をしよう」
アーシェはきっとそんな日は訪れないだろうと思いながら自分の愛しい彼女を抱きしめた。
****
がやがやと騒がしい音でロゼは眼を覚ました。
部屋が薄暗くてここが何処か分からない。
身体の節々が痛くて上手く動かせない。
自分は一体どうしたのか。
「・・・・エルグレド」
そうだ!エルグレドはどうなったのだ。
そして自分は・・・・・・。
記憶を必死に呼び覚まして自分の胸元に手をやる。
おかしい。痛みがない。
身体を起こそうとしてグラリと揺れ倒れそうになるのを必死に支えながら何とか立ち上がる。
しかしなかなか足が動かせない。
壁に寄りかかりながら足を進め何とか部屋を出て下に降りる階段へ向かう途中。下から聞き覚えのある声がした。
「ちょ!ルシフェル!!それ私が取っといたやつなんだけどぉ〜勝手に食べないでよ!」
「お前食べ過ぎなんだよ。これ以上食べると脂肪で身体が重くなって木に登れなくなるぞ?木に登れないコルボなんてコルボ族じゃないだろ?」
「はぁ〜!!ちょっとルシフェル私達の事何だと思ってるのよ!!」
「ちょっと二人とも落ち着いて。上には病人がいるのに」
いつもの仲間のやり取りが聞こえてくる。
皆んな無事だったのかとホッとしてまた急に不安になった。
急いで壁にそって歩き階段の手すりに手をかけて下を覗いたロゼの耳にその声は飛び込んできた。
「おい。もうそれぐらいにしろ。そんなに元気が有り余ってるなら俺が相手をしてやろうか?」
もちろん鍛錬のである。
二人はその言葉にピタリと口を閉じた。
もう二人はすでに彼の並外れた体力を知っている。
呆れた顔で顔を上げたその男はロゼの姿を見て驚き、持っていた水差しを置くとロゼに駆け寄ってきた。
「何をしている。まだ一人では立てないだろう?」
かろうじて立っていたロゼを抱き上げそのまま部屋に向かう。
ロゼは信じられなくて彼の名を呼んだ。
「エルグレド?」
「なんだ?」
その声はさも当たり前のようにロゼに返ってきた。
ロゼはその声に泣き出しそうになった。
「よかった。無事だったのね?」
そのロゼのセリフに今度はエルグレドが驚いた。
「お前。意識が戻ったのか?」
「え?どういうこと?」
エルグレドはロゼをベットに下ろすと身体を起こしやすいよう背もたれを作ってやり、傍に置いてあった水差しからコップに水を入れロゼに渡した。
喉はカラカラだったので有り難く飲み干す。
エルグレドはそれを確認し近くの椅子に腰掛けた。
「お前はずっと高熱を出して寝込んでいたんだ。ずっと意識も混濁していたから・・・熱はだいぶ下がったか?」
エルグレドの手が額に当てられロゼは顔を赤くした。
「どこかおかしな所は無いか?痛い所とか・・・・」
「だ、大丈夫・・・・あの、エルグレド・・・」
心配そうに見ているエルグレドにロゼは混乱する頭で何とか最初の気掛かりを聞いた。
「あの時の、私達が駆けつけた時の事なんだけど」
その言葉にエルグレドの表情が暗くなる。
エルグレドが彼女にした事を思い出したのだ。
「あの・・・どれくらい覚えてる?」
そう問われエルグレドは意図がいまいち分からなかった。
「あの時正気じゃなかったわよね?私が飛び込んで行った時、何か聞こえた?」
それは・・・・・。
エルグレドはプルプル震えているロゼをみた。
そして思わず思い切り吹き出した。
「ちょ!違う!あれはなんて言うか聞かなかった事にして欲しい!」
この後に及んで往生際が悪いロゼにエルグレドは笑いを引っ込め真面目な顔で聞き返した。
「何故だ?相手が俺では嫌か?」
もうロゼ気持ちは分かっていたがそれでも聞き返さずにはいられなかった。
だがロゼの返答はエルグレドには意外なものだった。
「嫌なのは私じゃなくてエルグレドでしょ?」
これには流石のエルグレドも呆れてしまった。
確かにエルグレドはロゼに好意があると言った事がない。
だがあの誓約の場でロゼ以外とは結婚は考えられないと口にしている。それが最上級のロゼに対する愛の証だった。
そもそも好きでもない相手に触ったりキスなどしない。
「ロゼ・・・」
エルグレドはロゼの隣に座るとそのままロゼを抱きしめた。ロゼは驚き固まっていたがゆっくりと身体の力を抜いていく。
「出会った時からずっとお前が好きだった。」
エルグレドがロゼの耳に優しく囁いた。
「これからは、お前が嫌だと言ってもお前の側から離れないから覚悟しておけ」
そのまま頬にキスを落とされロゼは真っ赤になってそのままエルグレドの胸に顔を埋めた。
それにまた吹き出しそうになり、しかしロゼが怒るのが分かっていたのでその笑いをエルグレドは噛みころしたのだった。




