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アルド・ラズ

彼女はアンドリュー家の末端の血筋を受け継ぐ下層貴族の家に産まれた。

性格は非常に大人しく決して目立つ事がないよう幼い頃から心掛けていた。

母がとても気が弱く目をつけられる事を酷く恐れたからだった。

静かに何事もなく平和に生きることこそラズ家に課せられた人生であった。

しかしそんな平和な日々は突如崩れ落ちた。

ラズ家長女のアルドが上流貴族の男に気に入られてしまったのである。

そして不運な事にその男は自分達を束ねる貴族の頂点。

アンドリュー家の娘の初恋の相手だった。

その日からアルドに対する執拗ないじめが始まった。

最初は仲の良かった友人達の態度がよそよそしくなった事から始まった。

その内周りの貴族から遠まきに噂されるようになり、その辺りからアルドは異変に気付き始めた。

そしてアンドリュー家からお茶会の便りがアルドの元へ届いた時、アルドはやっと事の重大さを知った。

自分はアンティに目をつけられてしまったのだと。

それからは地獄のような日々だった。

逃げようにも誘われてしまえば断る事が出来ない。

しかし出向けば何故お前のような者がここに居るのだといびられた。

その日も散々笑い者にされ我慢出来ず逃げ出した宮廷内の庭の隅でうずくまりながら泣いていた。


(どうして、私が何をしたというの・・・・)


そう。アルドは何もしていない。

ただ一人の男性に好まれただけだ。しかもだからと言って彼女がその男性と結婚出来るかといえば出来る訳がない。家格が釣り合わないからだ。


(酷い。酷いわ・・・誰も、誰も助けてはくれない)


このまま死ぬまで自分はアンティに辛く当たられながら生きて行かねばならないのか。彼女が一言アルドを悪く言えば彼女は結婚すら出来なくなるかも知れない。

彼女が悲しみの淵で喘いでいる時、彼女の背後から誰かが声をかけてきた。


「どうかされましたか?」


アルドはびくりと身体を震わせた。

アンティの知り合いに見つかったらまたいじめられる。


「気分が優れないなら、こんな所に居ては身体に障る。場所を変えた方がいい」


恐る恐る振り向くとその人物は竜騎士の制服を着た綺麗な顔立ちの男性だった。


「あ。す、すみません。だ、大丈夫ですから」


アルドは少しホッとして辺りを見回した。

他には誰も居なさそうだ。


「お心遣い感謝致します。お忙しいのにお声掛け頂き有難う御座います」


アルドが最上礼をすると彼は無表情なまま、事態を把握したようだった。


「アンドリューか・・・」


アルドがびくりと肩を竦める。


「噂は知っている。俺に話が届くくらいだ、余程酷いものなのだな・・・・」


その言葉が自分に向けられたものでないと気付きアルドは首を傾げる。


「本来であれば、あなた達の見本にならねばならぬ身でありながら本当に申し訳ない」


アルドは驚きで彼を見上げた。

今の言い方であれば彼も上流貴族だ。しかもアンドリューより上の。それなのに彼は自分みたいな身分が低い者に謝ったのだ。


「いいえ・・・」


アルドは無意識に潤む眼で彼を見つめた。


「いいえ。貴方の一言で私が今までしてきた事が決して無駄ではなかったのだと思えました。どうかそのお心のままこの国の人々をお支え下さいませ」


そう。そうだ。こんな下らない事をしながら生きていくなんて間違っている。私達はこの国の人々を守る為にいるのだ。


「そうか。貴方の様な方がまだいるのならこの国もまだ安泰だな。今日はそのまま帰るといい、俺が上手く伝えておこう」


そしてそれをキッカケにアルドへの嫌がらせはぐんっと減った。

どうやらファイズ家から圧力がかかったらしい。

後から知ったのだがあの時アルドに声をかけてくれた男性はファイズ家の長男エルグレド・ファイズだった。


「エルグレド様・・・・」


そして彼女は叶わない夢を抱く様になる。

年を重ねれば彼女も自分に見合った男性と結婚しなければならない。しかし彼女はそれを受け入れられなかった。

彼以外と結婚するのなら修道女にでもなると言えば両親は激怒した。

諦めるしかないのは分かっていた。ただ気持ちが言うことを聞かなかった。そんな時だ。エルグレドの婚約話が耳に入ってきたのは。


(やはりエルグレド様ほどになるとエレナ様かしら)


アンティという可能性もあったがそれは考えたくなかった。しかし相手は彼女が思いつきもしなかった相手だった。


「今年えらい優秀な魔術師が卒業しただろう?四年も飛び級して主席で卒業したあの女性がそうらしい」


確かに噂は聞いた事がある気がするがそんな貴族の女性がいただろうか?


「しかし噂によると平民らしい」


それにはアルドも驚愕した。陛下は一体何を考えておいでなのだ。


「陛下は貴族が平民と結婚することに何か問題があるのかと宰相様に申したそうだ。確かにそんな決まりはないが」


なんということだ。ではアルドでもエルグレドと結婚できる可能性があるということだ。アルドは高鳴る胸を押さえた。


(もし、もしこの婚約がダメになったら・・・私にも可能性があるかもしれない・・・だって、だってあの方は私を助けてくれたもの・・・・)


相手はどんなに優秀な人材でも所詮は平民。貴族の世界に馴染めない筈だ。

アルドは希望を持ってしまった。だが・・・・・。


「エルグレド・・・様」


彼女は見てしまった。

自分の目の前で彼が熱い眼差しでその少女を見つめているところを。

その眼差しの先で彼女は美しく踊っていた。

その姿は決して平民には見えなかった。

その会場の中で誰よりも美しく光輝いていた。

アルドは彼女がエルグレドに抱き上げられ、その場から連れ去られるのをただただ呆然と眺めていた。


「あら?アルド様もいらしてたのね?」


その時今一番聞きたくなかった女の声が耳に入ってきた。


「エルグレド様の婚約者様はとても素敵な方でしたわね?平民だと言うのに才能がおありであの美しさ・・・陛下が名指しするのも納得ですわ」


アンティは心にもない事を口にした。もちろんワザとアルドに聞かせる為に。


「どこかの誰かさんとは大違いですわね?一度助けられただけで図に乗って・・・・本当に恥を知った方がいいのではないかしら?」


アルドはそう言い捨てて去って行くアンティをただ白い顔で見送った。

自分の屋敷に戻ると弟が心配して何かを話かけてきたがアルドはもう何も耳に入らなかった。

そのまま自室に入り部屋を見渡す。

何も無い部屋だ。

ドレスだってほとんど持っていない。父はいつだって領民の為に働いてきたが決して贅沢をしない人だった。

お金があるのなら出来るだけ民のために。

長男である弟はとても優秀で宮廷使いになる予定がある為そちらにもお金がかかる。

だからアルドは今まで我慢してきた。

アンティにドレスの事で罵られようと新しいドレスを父にねだる事はしなかった。

だってそうだ。自分はこの家で一番役に立たないから。頭も良くないし、見た目だって中ぐらい。魔力も使えなければ運動も出来ない。ただ、彼女は血筋を残す為それだけの為に生かされてきた。彼女の瞳から涙がこぼれおちた。


(死のう)


唐突に思った。

こんなに苦しいのにまだ生きていなくてはならないのか?

このまま生きていてもいずれ好きでもない男のところへ物の様に引き渡されるだけだ。そこには愛情さえ生まれないであろう。

アルドはシーツを捻り輪を作ると椅子の上に乗りそれを天井の柱に縛り付け固定した。


(きっと苦しいのは一瞬だけ。大丈夫。上手くやれば楽になれるわ)


彼女はこの時正気ではなかった。

ただただ自分の境遇に失望し、まったく未来が見えなくなった。全てを投げだし、逃げ出すにはこれしかないと思った。

彼女は出来た輪っかに首を通すと思いっきり椅子を蹴飛ばした。

その首に布が締まるその瞬間。

その布の先端が切れ彼女の身体はそのまま床に落ちた。


「うっ!!ぐっ!」


衝撃で一瞬息が出来なかった。

訳がわからず顔を上げるとそこには知らない女が立っていた。


「ー!?」


「可哀想に・・・・・」


げほげほと息を吐きながら、その女の声を聞く。

その声は優しく慈愛に満ちているような甘い囁きだった。


「貴方は何も悪くないのに。周りにいるクズ共のせいでこんなに追い詰められている」


女は倒れているアルドを抱き寄せ優しく背を撫でた。


「貴方をこんな目に合わせている奴らの為に死んでやる事はないわ。貴方が今のままで辛いのなら貴方の望む力を貸してあげる」


辛い。今のままは嫌だ。


「簡単よ?貴方の邪魔をする奴らをみんな消してしまえばいいの。そうすれば貴方の一番欲しいものが手に入る」


欲しい。もし手に入れられるのならなんとしても。


「大丈夫。もし貴方の言う事をきかないならお人形にしてしまいましょう?」


女は優しく微笑んだ。アルドは泣きながら歪んだ笑みを作った。



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