魔人とイントレンス
(身体が重い。ここはどこかしら?)
ロゼは眼を開いた。
エルグレドを宮廷に強制的に飛ばしてもらった後、何とか歩いて森の中で身を隠したまでは記憶している。
ロゼはベットに寝かされている。
辺りを見回すと覚えのある部屋だった。
[あー!ロゼおきたぁ]
目の前で妖精がクルクル回っている。
「貴方が助けてくれたの?」
妖精に尋ねているとドアを控えめに叩く音がした。ロゼは目線をそちらへうつした。
「お加減いかがですか?」
現れた人物を見てロゼは正直に驚きを表した。
「え・・・え?エレナ様?」
ここはベルグレドの屋敷である。何故ここに彼女がいるのか。
「宮廷は今危険なのでこちらに身を隠しているのです」
ロゼの疑問にエレナはすぐ答えてくれた。
しかし何故自分はここに居るのだろう?
「実はリュカ様から私の下へ報せが飛んで来たのです」
リュカ様?とロゼはあの鳥を思い出した。
彼には悪いことをした。しかし何故エレナとリュカが連絡を取り合うのだろう。
「リュカ様にロゼ様の事を教えたのは実は私なのです」
エレナ様が?何故?彼女は滅多に部屋から出てこないと聞いていた。他との交流も無く祭り事にも関わらない無害な姫だと。
「リュカ様は今夜命を狙われます。実の兄に」
確かに彼は命を狙われている。だが今夜?
「そこから逃げのびるための手段になるのでは、と私が提案しました。あとロゼ様にもそれとなく情報を流して欲しいと」
ロゼはパカリと口を開けた。
何て事だ。今までベルグレドが散々頭が悪いだの何だの言っていた姫はロゼさえ予測出来ない未来を予測し早々と行動をしていた。
「おかしいと思っていたのです。リュカ様程の方が、わざわざ私に頼るなど・・・本当に欲しかったのは外の世界の詳しい状況だったのですね?」
エレナは困ったように微笑んでロゼの手に自分の手を重ねた。
「しかしそれが思わぬ形で貴方を巻き込んでしまいました。申し訳ありません」
あの部屋の事を言っているのだ。おそらくリュカを陥れる為。罪を被せる為にだろう。あの部屋には本来リュカしか入れないのだ。しかしその策は失敗した。
「いいえ。すぐに助けて頂きましたから」
リュカの判断はいつも迅速に的確に行われてきた。恐らく今回も無事逃げ果せる筈だ。
「エルグレド様をお助けになったのですね?」
その言葉にロゼはもう驚かなかった。
「貴方は何者なのですか?」
エレナはその問いに悲しげに笑った。
「私はエレナ・アグレイナ。人間の王妃と魔人の陛下との間に生まれた存在してはならない者」
「ま、じん?」
ロゼは一瞬理解出来なかった。しかしその答えはすぐにやってきた。
「我が父バルド・アグレイナはイントレンスからこの国に予言を告げにきた魔人なのです」
では。ロゼは息を飲んだ。
「そして私の腹違いの兄エルグレド・ファイズは陛下がまだイントレンスにいた頃愛していた女性との間に出来た、正真正銘彼が愛した魔人族の息子です」
なんて事だ。ロゼは顔を両手で覆った。では何故バルドは違う女性と結婚したのだ。そして何故エルグレドがあそこに居るのだ。エルグレドの母親は死んでしまったのだろうか?
「何故?とお思いでしょうね。しかし全てをお話しするのは難しいのです。全ての出来事が複雑に絡み合いそして今があります。ロゼ様はイントレンスについてどれぐらいご存知でしょうか?」
イントレンス。そう呟きルシフェルを思い出した。彼はイントレンスにかなり詳しかったが関わるなとか、予言されれば経過はどうあれ必ず当たるとしか教えてくれなかった。
「そもそも全てはそこから始まったのです」
エレナの話に首を傾げる。
「イントレンスの巫女は魔人なのです」
「まさか・・・・」
巫女は聖魔術や魔法を使う。魔人は正反対の属性の筈だ。
だが確証はない。
「魔人は本来。どの種族より温和で平和主義。虫も無闇に殺したりしません」
そういわれエルグレドを思い浮かべる。
無表情なのに温かで素っ気ないのに酷く優しい。
「彼等はこの世界を愛しています」
そう。きっとそうだとロゼは思った。醜く争い人を殺すのはいつだって人間なのだ。
「しかし必要になれば殺します。心で酷く傷つきながらそれでも愛する者の為に」
ロゼは叫び出したい気持ちになった。
戦いが終わり凱旋のパレードを通ってきたエルグレドのあの顔がロゼの頭からはなれなかった。
「だからイントレンスは本来魔人を守る為の場所なのです。何者にも邪魔されずそして出ることも出来ません」
だがバルドはイントレンスから出た。
そして何故かこの国の王にされてしまったのだ。
「出れないと言ったけど・・・陛下は出てきたのよね?一体どうやって・・・・」
ロゼには詳しい事は分からない。入りかたも出かたも何故出れないかも。
「出れないと言いましたが、外に出れない訳ではありません。しかし自分から出ようとする者はいません」
「何故?」
ロゼはエレナの言葉に絶句した。
「イントレンスに生まれた者は、その外へ出ると身体の一部を失ってしまうからです」
そこまでして外に出て行く必要があるのかと言われれば彼等には無いだろう。
ロゼは嫌な予感がした。
「まさか・・・・陛下が失った物とは・・・」
それを知った時バルドはどれほどの衝撃と失望を味わったのか。ロゼに想像など出来ないであろう。
「はい。彼が最も愛した人の記憶です」
そうか。そういう事か。つまりバルドは騙されたのだ。
恐らく彼の力を手に入れる為にもしくはこの国の王妃がバルドを欲したのか。
「陛下はそれを愛する者に呪われたと同時に思い出しました」
エレナの瞳が悲しみをうつしている。これ以上この話を聞いていいのかロゼは苦悶した。
「その呪いは"愛する者を苦しめ殺す"というものです」
こんな理不尽な事がなぜ起こるのだ。
「そして愛する者を殺すたび。その苦しみが長ければ長いほどその期間、正常に物を考える事が出来ます」
そこまで話し、エレナはロゼの手を強く握った。
「貴方がエルグレド様の側にいる事があの二人を苦しめる事になります。どうか今は、このまま国を出て下さい」
バルドは倒れたと言っていた。
時間が無いのかも知れない。
「そして探して欲しいのです。陛下を呪った魔人の女性を」
「貴方はどうするのですか?」
エレナだってバルドの実の娘だ。危険が無いとは言えない
。しかしエレナはこれにはバッサリと言い放った。
「陛下は私の目の前で母を殺しました」
彼女の瞳からはもう悲しみの色はみられなかった。
「あの方は私をカケラも心の隅に留めておりません。母がした事を思えば当然でしょう。殺す価値も私にはない」
この時この人はやはりエルグレドと血の繋がりがある兄妹なのだとロゼは実感した。全てを受け入れ。あきらめて。しかし心で涙を流している。ロゼは思わずエレナに抱きついた。エレナは驚き慌てている。
「ロ、ロゼさま?」
「貴方は悪くない」
エレナはその言葉に息を飲んだ。
ロゼはそのまま彼女の柔らかい髪に手を置きその頭を何度も何度も撫でた。
「もし、万が一貴方が放り出されたら私が貴方を迎えに行くわ。絶対に」
エレナは笑った。なのに何故か頬を涙が滑り落ちた。
「本当に。ロゼ様が男性なら良かった・・・」
その言葉にロゼは思わず吹き出した。
その日ロゼは日が沈む前に屋敷を出て行った。
追っ手がこの屋敷にまで来るかも知れないからだ。
ロゼはこの時、こっそりルシフェルに作ってもらった[道]を教えてあげた。その魔法陣を通れば一瞬で王都に帰る事ができる。この前ルシフェルにお願いして作ってもらったのだ。
「・・・・・ごめんなさい」
もう姿が見えない方向にエレナはポソリと呟いた。
「ありがとう。そしてさようなら」
彼女にはこの後自分に起こる全てが分かっていた。
そう。彼女には見えていたのだ。
「あなた方が運命に打ち勝つ事を、心から願っております」
そしてその日エレナは姿を消した。




