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そして小鳥は空を飛ぶ

「ベルグレドから手紙?」


「はい。ロゼ様宛に届いております」


クライスが手紙を差し出す。

ベルグレドから手紙が届いたのはこれが初めてだ。


「ついにエレナ様との婚姻に踏み切るのかしら?」


半分冗談のセリフにクライスが睨んでくる。

本当に冗談が通じない面々である。


「でも何かしら?」


なんだか嫌な感じがした。

まだそのまま控えているクライスにふと目線を移すとさり気なく目線を逸らされた。

なんなんだ一体。


「ありがとう。後で確認するわ」


手紙をヒラヒラさせて部屋に向かう途中でエルグレドが帰ってきた気配がした。ロゼは反射的に身を翻し階段を下りていく。


「ロゼか、今帰った」


「お帰りなさい」


実は最近ロゼはこのやり取りにハマっている。

宮廷に行かなくなりエルグレドの帰りを迎えるという行為がロゼにとってかなり新鮮だった。

思い返せばロゼは去って行くばかりで人の帰りを待った記憶がない。


「変わりなかったか?」


クライスや侍女たちは「ハイ」と返事をしている。

エルグレドはロゼにも眼で尋ねて来たので正直に答える事にした。


「そうね。今日は中々面白かったわよ?」


皆が何が?と言いたそうな顔をしている。


「まず、エルグレドが屋敷を出た後数人の男が屋敷に入れ替わりで来ていたわ。私が出て行くのを待ってたのかも知れないわね。でも数時間で諦めて皆帰ったから大丈夫。それからしばらくして若い女性が数人通りかかる振りをして中を伺っていたわね。これはどちらかは分からないけど害は無いと思う。どちらも塀から侵入して来そうな奴はあらかじめ仕掛けた罠でさり気なく失敗したように見せかけておいたわ。あと相変わらず私たちに見張りが付いてるみたい。3人かしら?多分それぞれ違う者の指示で動いているわ監視時間が若干被ってたから・・まぁそのうち2人はど素人だったから大した雇い主では無いと思うわ。と、いうわけで今日はお客様が多い退屈しない1日だったわ。」


使用人一同はポカンとしている。

それはそうだ。この屋敷の者は誰一人としてそんな事気がついていなかった。そもそもただの通行人かそうでないかなど見極められない。


「そうか。やはりまだ宮廷には連れて行けそうもないな」


「あ!しばらくベルグレドの所にでも行こうと思うのだけれど、どうかしら?」


ロゼの言葉に若干周りが変な空気になった。

ロゼは「ん?」と辺りを見回す。

心なしか皆顔が引きつっている。


「・・・・・・・・・・・・・そこも危険では無いとは限らないが」


ああ!とロゼは違う違うと顔の前で手を振った。


「どこにいても安全で無いならあまり気にしてもしょうがないでしょ?用事を済ませに行かせて欲しいだけよ」


クライスが思わず口を出しそうになるのをエルグレドの言葉が妨害する。


「構わないが行く期間はこちらで指定させて欲しい。それで構わないか?」


「そうね。任せるわ」


クライスは不服そうに、そのやり取りを見ている。

言いたい事があるなら言えばいいのにと思いつつ、クライスらしく無いなと違和感も覚えた。


「夕食はすませたか?」


「いいえ。まだよ」


夕食も貴重なエルグレドとの交流の時間である。

ロゼはいつもエルグレドが帰って来るまで待っている。

エルグレドも分かっているのか無意識なのか定時には帰って来るようになった。


「ではすぐに用意させるから支度して降りて来い」


「分かったわ」


ロゼが部屋に戻る為その場から居なくなるとクライスは黙っていた口を開いた。


「エルグレド様。今屋敷からロゼ様を出しては・・・」


「しばらく俺は屋敷を空ける。その間はあちらの屋敷にいた方がここよりは安全だからな」


エルグレドの言葉を聞いてクライスはしばし沈黙した。


「・・・・私達では力不足ですか?」


この聞き方は卑怯だ。そう思ったが止められなかった。

クライスは恐らく少し感情的になっていた。


「そうだ。あの屋敷にはブラドがいる。ここにいればロゼはお前達に何かあった時、敵と戦う事になる。」


しかしエルグレドは珍しくハッキリとその事を肯定した。クライスはそれに何も言い返せず口を閉じた。


「力がある者はそれを使わなくてはならなくなるんだ。出来れば彼女には戦って欲しくない」


それはきっと冒険者の仲間達が聞けば笑ったであろう言葉かも知れない。彼女は強い。そんな心配はないと。


「ロゼが強い事は、俺が彼女を守らない理由にはならない。」


クライスはハッとした。

皆どこかで"ロゼなら大丈夫"と無意識に思っていた。

だから()()事件は皆にかなりの衝撃を与えた。ロゼが酷い姿で屋敷に帰って来た時、まるで雷に打たれたように動けなかった。どんなに頭が良く戦闘能力に長けており強い魔力があったとしても身体はまだ16歳の女の子なのだと。そう、思ったはずなのに。


「申し訳ありませんでした。差し出がましい真似を致しました」


クライスが頭を下げると「そうじゃない」とエルグレドは首を振った。


「お前達がロゼを大事にしている事は気づいていた。だから気に病む必要はない」


使用人達は一斉にエルグレドに頭を下げた。


「急いで食事をご用意致します」


その言葉にエルグレドは黙って頷いた。




それから数日後。やっとエルグレドの許可がおりロゼは明日ベルグレドの領地に出発する運びとなっていた。


(確かに、そちらに合わせると言ったけど。ちょっと時間かかりすぎじゃないかしら)


お陰でロゼはこの数日暇で暇で堪らなかった。


(・・・ちょっとした暇つぶしだってバレてたかしら?)


ロゼはとても時間を持て余していた。

空いた時間で装飾技師の仕事もしているがそれでも暇だった。

その日エルグレドはいつもより早く帰って来た。


「ロゼ、今から出掛ける。すぐに出れるか?」


一緒に外に行く気らしいと気づき自分の姿を見下ろす。

今は旅に出るようの軽装備を身につけている。


「わざわざ着替えなくてもいい。宮廷に行くわけでは無いからな」


ロゼは頷くと軽く準備してエルグレドの後についていった。


「どこに行くの?」


「あそこだ」


指さされた場所はこの町にある時刻を告げる時計台だった。時刻を鳴らす鐘が遥か上に見える。


「結構高いが大丈夫か?」


「大丈夫よ。私空が飛べるから高い所は平気なの」



意地悪い顔で笑って言ったロゼをエルグレドは呆れた顔のような愛おしい者を見るような、なんとも言えない顔で見つめている。


「ここで飛ばれては目立ち過ぎる。悪いが歩いて登ってもらうぞ」


あら、それは残念だわ。そんな事を言ってロゼはクスクス笑った。



二人が時計台の天辺まで来ると美しい夕陽が辺り一面に広がっていた。二人はしばらく黙ってそれを見ていた。

しばらくしてエルグレドが口を開く。


「昔、まだここに来たばかりの頃、よくここに登ってこの町を眺めていた」


昔を思い出すようにじっと遠くの景色を見ている。


「ここがあの方が守っている国なのだと」


ロゼも隣に立ち町を眺める。美しい町だ。整備されて住みやすく人々が飢えぬ町。


「そうね。とても美しい」


「あの方の国を一緒に守りたいと思った。側に居られなくてもあの方の役に立つのならそれだけでいいと」


夕刻を知らせる鐘がなる。

ロゼは時計台の端に腰掛けた。


「エルグレドはあの人が死ねと言えば死ぬのね?」


「そうだ」


その返事に躊躇いはなかった。


「私は死ねないわ」


「当たり前だ」


「だから私は貴方を守るわ」


エルグレドは驚いた顔でロゼを凝視した。


「誰が貴方を見捨てようと私は見捨てたりしない。ずっと貴方の側にいる」


「何を言っているんだ?」


「ずっと貴方の味方でいてあげる」


エルグレドはその時、迷子になった子供の様な、どうしたらいいかわからない気持ちになった。ただ自分の中から込み上げて来る気持ちに負けてしまわない様に必死に自分を押し殺した。


「だから簡単に死んだりなんかしないで」


ロゼは立ち上がりエルグレドと向かい合った。


「約束よ。私もいつもちゃんと戻ってくるでしょ?エルグレドも私の所に帰ってきてね」


それはバルドに忠誠を誓うエルグレドが簡単に命を投げ出しかねないと思っていたロゼの精一杯の抵抗だった。

ロゼがそんな事言った所でエルグレドが考えを変える訳がない。それが彼だ。


「ロゼ」


それには答えずエルグレドは別の事を口にした。


「何?」


やはり答えないかと思いつつ聞き返す。


「今夜俺の部屋に来るか?」


とんでもない事を口にされ思わず叫ぶ。


「もしかしてからかってるの!?」


「なんだ、ずっと側にいると言ったくせに」


やられた!エルグレド如きにからかわれるなど。

ロゼはブンむくれた。


「怒るな。分かった。善処する」


美しい夕陽が沈むのを眺めるロゼは後に後悔する。

この時もっとエルグレドの話をしっかりと聞くべきだった。そして自分はエルグレドの側を離れてはいけなかったのだと。




****




ロゼは次の朝、屋敷を出発した。

エルグレドには早朝に出て行ってしまったので会えなかったがすぐに戻ってくるつもりだったので気にしなかった。


「それにしても大事な用事って何かしら」


ベルグレドの手紙はただ一言とても大事な話があるから1人で来て欲しいと書かれていた。

だがこの前ルシフェルが彼方へ行った時は特に何も問題なかった様子だった。


「まぁただの暇つぶしだから別にいいけど・・・」


というか面倒な事ではない事を願っている。これ以上問題を起こしたらあの屋敷に本気で監禁されそうである。

そんな考えに浸っていたロゼの馬車の中に突然後方から物凄い勢いで何かが飛び込んできた。


「!?」


窓に当たったそれを確認してロゼは馬車の窓を開ける。するとぶつかってきたそれはクルリと方向転換しロゼの目の高さを保ち羽を広げた。


[お久しぶりですねロゼ]


そこには美しい掌ほどの大きさの緑色の鳥がいた。

しかし鳥から発せらたのは聞き覚えがある声だった。


「リュカ様?」


[貴方に急ぎお伝えしたいことがありまして・・・突然この様な形でお知らせに来てしまい申し訳ありません]


「それは構いませんが、一体何事です?」


[やはり何も聞かされてないのですね。落ち着いて聞いてください。今朝パラドレアがガルドエルムまで進軍して来ました]


「!?」


そんな馬鹿なとロゼは驚愕した。


[民は誰一人知らされていません。混乱を避けるため知らせるなと報せが行かなかったのです。陛下が倒れ私の兄アストラが指揮を取ることになりまして]


(陛下が倒れた?!)


何て事だ。自分が宮廷に行かない間にそんな事になっていたなんて。ロゼは舌打ちしたくなった。きっとエルグレドは今戦っているはずだ。


[しかも、アストラは偽の情報を鵜呑みにし、パラドレアは海域から攻めて来るとそちらに兵力ほとんどをつぎ込んでしまいました。しかし恐らく・・・・・」


パラドレアには海からガルドエルムを攻める舟も武器も揃っていないはずだ。心臓が早鐘のようになっている。


[ファイズはパラドレアとの境界線。地上を守っています。恐らくこの戦負けます]


エルグレドが負ける。ロゼは呟いた。それはエルグレドが死ぬと言うことだ。


[すぐにこの国から離れなさい。今ならまだ間に合います]


国の戦争だ。ロゼにはどうにも出来ない。そして

ただの冒険者である自分が口を出す問題ではなく、このままロゼが止まればエルグレドの婚約者として国の問題に巻き込まれる可能性もある。それは爆弾を抱えているロゼにとってとても危険な事だった。


[今なら誰にも邪魔されず逃げられます。そのままこの国には戻ってはいけません]


だがロゼはその時覚悟を決めた。


「欲しいものがあるんです」


[ロゼ?]


「ずっと諦めていて。でも、やっと決心しました」


ロゼは笑った。馬車を降りて身体を伸ばす。


[ロゼ?一体何の事を言っているのですか?]


「ありがとうリュカ様。この借りはいつか倍にして返しますね!」


馬車の従者も異変に気づいてこちらをみている。


「貴方はこのままベルグレドの所へ。私は用事が出来たからあとで向かうわ」


[ロゼ!?まさか戦場に行く気ですか!!いけません!いくら貴方でもどうにもなりませんよ!]


ロゼは空を見上げ風の流れを確認する。

幸いな事に今いる位置はガルドエルムより戦場に近い。


[ろぜ〜とぶのぉ?]


気がつくと周りには妖精達が集まって来ている。


[いいよ〜きょうはいいかぜがふいてるからひとっとびだね〜きもちいぃ〜]


風の妖精達だ。

ロゼは手に妖精を数人乗せて息を吸い込んだ。


私は可愛い小さな小鳥

あの青空に憧れる

憐れな悲しい籠の鳥

どうか私を連れ出して

広い大きなあの空へ

私の全てを受け入れる

あの真っさらな青空へ

愛しい愛しいあの人の

すぐ近くまで行く為に


ロゼは歌った。

彼女が何を言ったのか従者には分からなかった。

それは妖精達が使う言葉だったから。

だがリュカには何を言ったのか理解できた。


[駄目です!!]


リュカの叫び声と同時にロゼの身体が空へ舞い上がった。

そのまま背中から光の翼が現れる。


[すてき!あなたのいとしいひとのもとまでわたしたちがつれていってあげるわ!]


ロゼの身体は旋回し次の瞬間猛スピードで空を飛び出した





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